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Xpat in Chicago

気がついたらシカゴ生活12年超え。
シゴトとママ業掛け持ちのXpatブログです。

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KEIKO
日本の復興を願って… (04/20)
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アメリカ人が我が家にやってきた!
…っていうかアメリカに住んでるんだからそりゃたまにはくるでしょ…と思ってますか?

違います!

っていうかアメリカ生まれのムスコのことでしょ…と思ってますか?

違います!

なんと。

うちのパートナー君、アメジンになってしまいました!

日本で生まれ育って、日本語しか知らない在日韓国人の3世でもガイコクジンである日本で生まれ育った私には、これは何とも不思議なものですが、アメリカではちょくちょくあることなのです。我がパートナー君は、1993年に高校生としてアメリカに移住して以来この日を心待ちにしてきました。そしてアメリカ国民権を申請できる最初の日に合わせて申請をし、先月21日正式にアメリカ人となりました。

7月21日、私も午前中は仕事を休んで、ムスコも一緒に家族総出でこの晴れの儀式に参加してきました。31カ国、85人の新しくアメリカ人となる人たちがこの日、シカゴの移民局に集まりました。こんなにいろんな国の人がひとつの部屋に集まる機会などめったにないなーと思いながら、我がパートナーや恐らくそれよりももっともっといろんな、つらい経験を超えてこの日を迎えた人たちのことを思うと目頭が熱くなってしまいました。

2011-07-21 001 049.jpg

オバマ大統領からのビデオメッセージ。ここまで来るのにいろんな思い、経験、そしてアメリカという国への貢献ををしてきたでしょう。これからもアメリカのために貢献し続けてくださいって。


2011-07-21 001 037.jpg

こうしてみんな片手を挙げてアメリカ人になることを誓いました。感情的ではないパートナーもちょっとウルウルしちゃったんだって。ちなみに儀式が始まるまで私と一時間以上この部屋で待ち続けたムスコ、疲れてパートナーの腕でくねくねしてました。ま、泣き喚かなかっただけよかった…


ちなみに。ガイコクジンがアメリカ国民になるには、まずは永住権が必要です。私もこの永住権を仕事がらみで取得しましたが(アメリカ人と結婚した人たち、難民と認定された人たちも取得できます)、パートナー君も仕事を通して取得した永住権を過去5年持っていました。つまり永住権を取得して5年経つとアメリカ国民権の申請ができるのです(仕事を通して永住権を取得した場合。多分アメリカ人との結婚を通したらもっと早いはず)。パートナーが取得したことで、私も取得しないのかといろんな人に聞かれますが、とりあえずは考えてないというのが私の通常の回答です。アメリカ国民となること、イコール、日本国民であることを放棄しなくてはいけなくなるのです。これは国によって違うのですが、パートナーのポーランドはポーランド国籍を維持したままアメリカ国籍を取得してもいいので、彼の決断はそれほど難しいものではなかったのです…とはいえ、もしアメリカとポーランドが戦争を始めたらアメリカ側につくよ、と言い切れる彼にとってのアメリカという国の意義の大きさは私の想像を超えるものなのです。
2011年8月25日(木) 07:08 [ Xpat Views ]
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震災から3ヶ月…シカゴでは。
気がつくとシカゴにも夏の気配が見え隠れしだしています。
同時に今日はあの東北の大震災からちょうど3ヶ月。どんなに時間を有意義に使っていても、日々の忙しさにかまけていても、時間は容赦なく経過していきますね…

さて。
前回のブログでも書いたように、微力ながら会社のオフィスで一人で初めた千羽鶴。あれからたくさんの仲間たちが協力してくれて震災3ヶ月を前にしてついに完成しました。アメリカでも自然災害が続きたくさんの被害者が出ている中で、3ヶ月という長い間協力してくれた仲間たちに感謝です。

2011-06-11 CRANES.jpg


東北の復興にはまだまだ時間がかかりますが、これからも私たちはシカゴから日本を見守って生きたいと思っています。頑張れ、日本!

ちなみにフェイスブックであれからの経過もチェックできます。よかったらのぞいてみてください。そしてアカウントを持っている人は、是非GANBARE NIPPONの右上の"like"をクリックしてください。新しい活動経過をチェックできますよ。
2011年6月13日(月) 01:04 [ Xpat Views ]
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助け合い、できることから。
お久しぶりです。

前回のブログからいろんなことがあっていろんなことを書きたいのですが、如何せん時間がない!などと言っていられるのも、日々の生活が着実に前に進んでいるから…今回の東北、関東のの震災で被害にあった方たち、その家族、お友達の方たちは前に進みたくても進めない日々が続いていると思うと居てもたってもいられません。心からお見舞いを申し上げたいと思います。

私が震災の事実を知ったのは、シカゴ時間11日金曜日の朝8時ころ。すでにM9の地震が大津波が日本を襲ってからしばらくたった後でした。この日に限って携帯を忘れた私は、通勤中にニュースをチェックすることもなく会社に着き仕事をしていました。そして最初に通勤してきた隣のオフィスの同僚に、”家族大丈夫?連絡取れた?”と真顔で聞かれて初めて事実を知ったのです。その日は仕事が全く手に付かず、会社のテレビとネットにかじりつきながら、私のオフィスに日本の家族友達を心配して声をかけに来てくれる何人もの同僚たちと話をして一日が過ぎて行きました。

あれから一週間以上が経って、こちらでは日本のニュースはメディアから徐々に減っていき、ここ2-3日はリビアのニュースばかりです。被害者の先行きはまだまだ真っ暗なのに、世界では次々と新しい不幸、災害、事件が自然に、そして人間によってもたらされているんだと実感します。

そんな中でこうして遠く日本から離れていながら、私たちにできることを少しずつしようと心がけてます。メディアがすでに日本離れをし始めているからこそ、復興は長期戦になるからこそ。そしてその過程で国境という枠組みを超えて、日本を助けようとしてくれる人たちがたくさんいることを目の当たりにすると、少しだけ気持ちが安らぐような気がします。

日本に飛んで行ってお手伝いをするのは大変だし、やっぱりお金はこの際あってもあっても足りないほどの被害・・・ということでまずは、私個人的に義援金を寄付させていただきました。こちらでは、非営利団体を通して個人が恵まれない人たち、動物たちや自然を助け守っていくことは当然のこととして存在し、こういった団体に寄付をした分所得税の控除が受けられたり、会社が個人の寄付額と同じだけ寄付をしてくれたりもします。つまり私が100ドルの寄付をしたら、会社も100ドルの寄付をしてくれるのです(年間一人当たり5000ドルまで)。

そして友達にも寄付をお願いしたかったのですが、日本人でない友達に、私の国が困っているから寄付をしてくれというのは自己中じゃないかな…とちょっとためらっていました。そこでパートナーが思いついたのが、ムスコをダシに使うこと(笑)。

早いもので今月28日は、ムスコの1才の誕生日。まだお誕生日会…なんて年ではないのですが、ムスコのため、というよりは私とパートナーが、この1年を友達と一緒に振り返れたら楽しいかな、との思いから友達を数人、今度の土曜日に我が家に招待しました。このときの招待メールに、ギフトはいらないよー、といってあったのですが、今回の震災を受けて、再度メールを送りなおし、ムスコへのギフトの変わりに日本へ寄付してくれませんかと頼んでみました。すると何人もの友達が、もちろん!と快く寄付をしてくれると言ってくれました。私とムスコの国が困っているから、そして個人的にもし日本の友達いなくても、困っている人が世界の反対側にいるから少しでも助けてあげたいと思う気持ちに、本当に心を打たれました。私もムスコのギフトという形でもう少し寄付する予定です。ムスコがもう少し大きくなって自分が日本人だと分かるようになったときに、こうしていろんな人たちが困ったときには助け合うこと、今回は日本のためにいろんな人が助けてくれたことを教えてあげたいと思います。

ちなみに、私が寄付をしたのはアメリカ赤十字Globalgivingという非営利団体です。アメリカ赤十字は日本の地震、津波被害のための基金を立ち上げているので、この基金に寄付すれば寄付金は日本のためにだけ使われます。Globalgivingも日本の復興のための基金があるのですが、この団体がユニークなのは、世界中のいろんなプロジェクトに寄付することができ、寄付したお金がどのようにして使われるのが報告をしてくれることです。英語でも大丈夫な方、是非リンクを見てください。これまでに何人の人が総額どれだけを寄付してくれたのかも出ています。ちなみに今現在28608人もの人が、総額2億ドル以上もの金額を日本のためにこの基金に寄付をしてくれています。ちりも積もれば山になるとはこのことです。

もうひとつ、会社でも世界中のいくつかのオフィスの日本人とその同僚たちが協力してフェイスブックで協力を呼びかけています。会社の仕事とは別にいろんな人たちが自分の時間を割いて立ち上げたページはここ。日本ではよく分かりませんがアメリカではフェイスブックはとまらぬ勢いでユーザーを獲得し、マーケティングの世界でもかなり使われているのですが、私は会社の同僚の中でも一人だけ、ここ何年も断固としてアカウントを作らずにいました。が、今回のこの同僚たちとの団結、地震で電話が使えずフェイスブックが家族友達の無事を確認するのに一役も二役も買った…なんて話を聞いてついに、アカウントを立ち上げることにしました。

長くなりましたが、地震からもう一週間半、まだ一週間半、これからもテレビでニュースを見かけなくなっても一日一日を、やっとの思い出生きている人たちの役に立てること、少しずつ、できることから。
2011年3月24日(木) 00:59 [ Xpat Views ]
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パスポートの取得
我がムスコ君、8月末に我が弟が結婚式を挙げるのにあわせて、初めて日本に上陸します。
それにあわせて申請した初の日本のパスポート、申請書類(戸籍、アメリカの出生届、写真と申請書類...これ、コンピューター入力できればいいのに、なぜか日本の書類は何もかも手書き...手書き、特に日本語に慣れてないので失敗しないか緊張しました)をシカゴの領事館に提出してからわずか一週間ちょっと、明日受け取りに行く予定です。

はや。
とお思いでしょうが、これでも準備が結構大変だったんです。

まず写真。これは大人ならその辺のドラッグストアに行って取ってもらえば2-3分のことなんですが、乳児の場合、首が据わってないし、寝てる時間が長いし...うちの場合は30分以上かかりました。まず、授乳直後のまだ寝てないときに近所のドラッグストアへ直行...でも車に乗ったりストローラーに乗ったらすぐ眠ってしまうので寝そうになると起こしながら...これで一応目の開いた写真が取ってもらえる...と思いきやそんなに簡単にはいきませんでした。首がまだしっかり据わっていないので、白い背景の前に首を支えて、でも支える腕が写真に入らないようにするとかなりの腕の筋力を要します。我がパートナーにこの役目は任せたのですが、これが予想外の展開に...実はムスコ君、いつも左を向く癖が出来てしまっていて(2ヶ月検診でお医者さんに首のマッサージを毎日して右も向くようにしなくてはいけないと注意を受けました)、このときもまっすぐ前を見てくれない...何度も何枚もの写真を撮り続けて何とか使えそうな写真が取れたのは30分以上経ってから...もっとかわいい写真を使いたいと思う気持ちもあったのですが、この時点で疲れきっていたパートナー君に説得されて撮影終了。この写真を日本のパスポートも、アメリカのパスポートも5年使うんだ...っていうか、顔、5年でかなり変わると思うんだけど...

それから日本の領事館。ここは平日の9時半から夕方4時までしか開いてなくて(しかもお昼休みで12時15分から1時15分まで開いてないし)、これは働く人たちにとっては仕事を休まないと使えないと前から思っていたのですが、ま、今回はまだ産休中だったのでいいとしても、子供の3時間ごとの授乳の時間と開館時間に合わせて、車にカーシートに乗せた子供をいれて(乳児でも本人がいないと申請、受け取りできないので)、ダウンタウンまで高速を飛ばし、地下の駐車場に車を止めてから子供を出して、なんてことだけでもかなり重労働。ちなみに申請した日の帰りに買い物をしてうちに帰ったらちょうど次の授乳の時間で泣き喚く子供、それに合わせて遠吠えを始めるさしゃ...なんとなく想像できますか...? いやはや楽しいです、うちの子たち(笑)。

受け取りの日はまた、こうして領事館にいかなくてはいけません。はっ。

アメリカのパスポートは、書類をオンラインで入力したあと私たち両親がサインをして、写真を貼ったら、出生届と一緒に親子3人で(子供のパスポートの申請には両親とも一緒に申請しなくてはいけないらしい)郵便局で申し込み。パスポートはこの日から郵送で4-6週間で届くとのこと。郵便局での申請は別途手数料が25ドルかかるのですが、土曜日も早い時間は空いてるので便利でした。

ちなみに、ポーランドのパスポートは来年ポーランドに行くときに申請する予定です。というのも、ポーランドのパスポートは子供が5歳までは一年有効のものしか発行してくれないらしいのです。

こうして我がムスコ、首もまだ完全に据わってないのに自分では何にもしないで初パスポート取得。しかも日本のものとアメリカのものとふたつ。私なんて大学生になってから初めて自分で作ったのに(しかも一つだけ)。私とパートナーの下に生まれてきたことでいきなり3国籍。0歳5ヶ月で初海外。これには私もパートナー君も、正直、ちょっとジェラシーです。
2010年6月18日(金) 04:49 [ Xpat Views ]
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自家製ワイン、完成!
報告遅れましたが、9月に会社の友達のお手伝いをした自家製ワインが飲み頃です。先月の感謝祭の時にはじめて頂きました。甘いグレープが甘すぎず、ほんのりと口の中で広がるとても飲みやすいワインです。



これはジンの1.75リットルの瓶ですが、中身は正真正銘、私も丹精込めて絞ったワインです(専用のボトルなどもちろんないので空き瓶に入れてくれました)。それがまた、”自家製”って感じをかもし出してませんか?
2008年12月17日(水) 10:21 [ Xpat Views ]
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シカゴのクリスマス 第3弾: クリスマスカード
日本人が新年の挨拶を年賀状でするように、こちらではクリスマスカードで年末のホリデーシーズンの挨拶をします(クリスマスは一応キリスト教徒の祝日なので、ユダヤ教徒などのその他の宗教のことも配慮して、クリスマスシーズンと言うよりはホリデーシーズンと言うのが政治的には正しいのです)。

私たちのものとに送られてきたカードは、年が明けるまでリビングに飾っておきます。カードもいろいろで、パートナーのポーランドの親戚が送ってくるクリスマスカードは、敬虔なカトリック教徒らしくキリストをあしらったものがほとんどです。クリスマスはあくまで、キリストが生まれた日として、カトリック教徒にはイースター(キリストの復活祭)と並ぶ一番大切な祝日なのです。

それに比べて、アメリカ人のカードは家族の写真をあしらったものが多く見られます。もちろんアメリカにも敬虔なキリスト教徒はたくさんいるのですが、家族が集まる大切なホリデーとしてのクリスマスは、キリストを信じる人も、信じない人にも共通することです。



ちなみに私とパートナーも一緒に暮らし始めてから、この時期になると親しい人たちにカードを送ることにしています。そして私たちのカードは、もちろんあかとさしゃも一緒の家族写真を添えて...この時期にカメラのタイマーをセットして、2匹の動物たちを一緒にカメラのほうに向かせるのは至難の業ですが、私にとっては結果ともあれ、それはそれで楽しく、そして気持ちが暖かくなる幸せな時なのです。
2008年12月17日(水) 09:45 [ Xpat Views ]
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報告です...少しばかりの自由を獲得しました!
水曜日の朝いつも通りに出勤、9時前にオフィスに着くと、電話のメッセージランプが赤々と光っていました。クライアントからの電話だと思い、今日はコーヒーもゆっくり飲んでいられないのかなーと、後回しにしたい思いを抑えて、すぐにコンピューターを立ち上げながらメッセージをチェックしました。

そのメッセージを聞きながら、心臓がバクバク言いだし、興奮から体が火照ってくるのがわかりました。受話器を置くと、押さえ切れない笑みを浮かべたまま深呼吸をしながらカナダ人の同僚の下へ直行するも、報告をしながら涙してしまいました。不覚にも職場で。

そうです。ついに。この日が来たのです。




...続きを読む
2008年12月5日(金) 08:58 [ Xpat Views ]
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やっと...そしてシカゴでの歴史的瞬間!
やっと、本当にやっと、大統領選挙が終わりました。
去年の今頃は共和党、民主党も予備選挙運動の真っ最中。
あれから一年以上かかって、やっと、やっと、来年から4年間のアメリカの大統領が決定しました。

今回の大統領選挙、初の黒人大統領誕生と言うことでアメリカ中がとても感情的になったまさしく歴史的な選挙でした。そのフィナーレを飾ったのがシカゴダウンタウン、グラントパークでのオバマ氏勝利スピーチ。シカゴのダウンタウンのグラントパークには100万人以上の人が集まるとの予想されたため、混乱を避けるために私の働く会社も含めてシカゴのダウンタウンの多くの会社はこの日、午後の3時に終わり。

スピーチはシカゴと2時間時差のある西海岸の選挙結果が出てから、恐らくシカゴ時間で10時半以降と予想されていたので、私は仕事を3時に終えた後、友達と一緒にグランとパークまで様子見に行って来ました。グラントパーク自体へはチケットを持っている6万5千人のみが入場できるようになっていたのですが、その近辺に集まる人も含めて100万人ほどが、この歴史的瞬間を体験しに来るのではないかと予想されていました。 しかもこの日は、11月だと言うのにシカゴはジャケットなしでも気持ちいい夏日。歩けないほどではないものの、たくさんの人たちがすでに5時の段階でグラントパーク周辺に集まっていて、大型スクリーンが設置された隣の公園でもCNNの選挙情報を見ながら、これから起こりうる歴史的瞬間に興奮する人たちが多く見受けられました。ただそこにいるだけで、アメリカ人でもない私までもが、それから何時間後に起こることを想像するだけで鳥肌が立つ感じを受けました。

10時にはオバマ氏の圧倒的勝利が確定。そして11時数分前にオバマ氏現れた時には、グラントパーク周辺は人、人、人。黒人大統領の誕生にうれしさのあまり涙を流す黒人の人たちも多く見受けられました。そしてアメリカは長引くイラク問題、景気の後退など不安が取り巻くアメリカに一筋の希望の光を見たのではないのでしょうか。


記念に買ったバッジ。上のバッジは、
"I was there! Senator Barack Obama Presidential Election Rally November 4, 2008"
その時私はそこにいたんだよ!ってこと。
下のは、”Obama Victory" (確定する前に買ったんだけどね)



グラントパークの北にあるミレニアムパーク。バックに見えるビルのUSAの文字は、オバマ氏のスピーチの最中もずっと背景にありました。



投票所によりますが、選挙日が平日にあたるため、こうして投票後に投票証明をもらい、会社に持っていくことができます。シカゴでは投票所は朝の6時から開いていますが、会社は投票のために遅刻した社員を首することはできません。会社の同僚に借りてスナップしました。


2008年11月6日(木) 11:09 [ Xpat Views ]
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自家製ワイン
今回は、先月会社の友達のうちでの自家製ワイン作りのお手伝いをさせてもらったときの模様を報告します。ちなみにその友達のお父さんは、10代のころに単身アメリカに移民してきたイタリアはシチリア島の出身。イタリアでも家族で毎年自分たちで飲むためのワインを造っていたとのこと。その家族行事をアメリカでも毎年、続けています。


これが葡萄を搾る器械。100年以上も前のものでもちろん手動。今では電動の機械も売っているとのことですが、イタリア人のこのお父さんはあえてずっとこの手動の器械をずっと使っていくとのこと。日本人が年末の餅つきを器械ではなく、あえて昔からのうすと杵でするような感じとちょっと似ているような。さてこの器械、上の部分に鉄の棒をはめてその棒を前後に動かすことで、真ん中の部分が下に下がり葡萄がつぶされていきます。絞られたジュースは右下に見えるステンレスのボールの中に入っていきます。



14ケースもあった葡萄も何時間も絞りに絞った後には、たったこれだけに。



最終的にはここでグレープジュースがワインへと変わります。絞られたジュースの一部を沸騰直前まで暖めると、グレープジュースの発酵が始まります。そして11月末の感謝祭のころにはグレープの甘みとアルコールのバランスが飲み頃になるとのこと。ちなみに大きなプラスチックの容器は40ガロン(151リットル)、小さいガラスの容器は5ガロン(19リットル)ずつ。来年のこの時期まで、この友達のうちに家族友達が集うたびにみんなでワインを飲みながらいろんな思い出を作り、また来年は来年のワインを造って、の繰り返しです。そんな家族のちょっとした伝統って素敵じゃないですか?
2008年10月24日(金) 13:23 [ Xpat Views ]
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オリンピックのテレビ放送とXpat
ちょっとだけRoad Tripの報告からそれます。

最近オリンピックオリンピックにはまってしまって毎日寝不足です...時差の関係でライブ放送を見ていると、気がつくと夜中の12時、1時になってしまう毎日。そこまでしても、大好きなバスケットボールは朝に放送しているのでほとんど見られず、土曜日に一つ見たっきり...

オリンピックは、開会式では今までに知らなかった国の存在を知ったり(インド洋に浮かぶ人口8万人ほどの島国、セーシェルとか)、解説から世界情勢の変化を学んだり(イスラム教国からの女性選手が少しずつ増えていることなど)する反面、競技が始まった途端アメリカの選手しか見られずに、Xpatにとってはとても残念。私が結構はまった体操の放映は、ほとんどがアメリカと中国の選手のみ...その点水泳はアメリカ人とともに一緒に泳ぐ他の国の選手も見られるので結構楽しめましたが。日本にかつて住んでいたというオーストラリア人は、日本でもオリンピックは日本人一色でオーストラリア人は見られなかったと言っていたけれど、それでも入賞国(6位まで)くらいは放映してなかったっけ? ここでは例えば体操女子団体の放映では、アメリカ、中国とは格が違うと言うことで3位のルーマニアさえほとんど放映されなかったので、メダルが確定してからはじめてルーマニアが3位だと知る始末。なんだかなーとぶつぶつ言いながらも最後まで見てしまったりしました。会社のドイツ人の同僚は、アメリカ人しか写さないオリンピックなど見てたまるかと、ボイコットしている模様で(確かにアメリカは多くのスポーツでとても強いけれど、他の国を写さないと本当に強いの?どれくらい強いの?といまいちじっくり楽しめないような感じ)、この国に長期、もしくは永住する多くの私のような外国人には、祖国への愛国心の高まるオリンピックのようなイベントで祖国との接点がもてないのは寂しいものです。インターネットがあってよかったと思うこのごろです。
2008年8月20日(水) 10:25 [ Xpat Views ]
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