過去への認識の失敗で、将来が危ぶまれる日本
2006-07-02 18:17:29
byマーティン・ジャキューズThe Guardian 2005年4月23日
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東アジアで長年続く地域的な敵対はこの地域の安定性を脅かしている。
いったいどれだけ東京都に書類を提出すればいいんだろうと心配になった頃、ロンドンの日本大使館のにこやかなスタッフは、ついに私の小さな息子の面倒を見てくれる人――フィリピン人なのだが――も名古屋で私たちと合流しその後4ヶ月同行できるビザを出してくれると教えてくれた。
嗚呼、しかし彼女が空港に着いてみれば、入国審査官は彼女を2時間以上尋問し、いったんはおそらく入国は許されないだろうねとも言い、やっと入国を許した。日本は移民をひどく嫌う国だ。それは日本の大都市の街角をしばらく観察していればすぐにわかる。日本人以外の顔を見つけるのはけっこう難しい。
しかし、息子のナニー(乳母)が受けたような屈辱は、白人にはほとんど起こらないようだ。こういったことは、大抵、日本の近隣諸国、とくに東南アジア国籍の人たちに起こっている。
まるでそれを骨身に沁みてもらうためかのように、この地域からの訪問者は、入国許可が与えられる前に特別な健康診断を受けさせられる。
この日本の東南アジアの人々に対する扱いは、日本のアジアのその他の地域に対する態度と非常によく似ている。何世紀も続く鎖国の後、1867年(訳注:慶応3年、大政奉還)以降日本は急速な工業化を遂げ、アジアの近隣諸国に大きな水をあけ、先進国の仲間入りを果たした。
この格差は、日本を他のアジア諸国から切り離し、日本は他の国よりも優れているのだという考えをもたらした。この優位意識はまず韓国や台湾、北東中国(訳注:満州)の併合となってあらわれ、第二次大戦中には一時期とはいえ東南アジアのほとんどをも植民地化することにつながった。もちろんこれはひどい暴力的な行為だったといえる。
敗戦後、日本はしぶしぶ自分たちの行為の責任の一部を取ることを了承したが、ドイツが変貌を遂げるに至ったような完膚なきまでの反省に比べればかなり甘いものだった。
反省はぼんやりとして謎めいた言葉としてしか表されず、補償はもっぱら中国を含むアジアへの経済的なものだった。
日本にとって、金を払うことは、言葉での謝罪よりも楽かつ危険性の少ない方法だったようだ。戦争直後の短期間日本を統括し、現在も日本を守る立場であり同盟国であるアメリカも、日本にもっときちんと謝罪をするように求めることはほとんどなかった。アメリカにとっては、当時、中国、分裂前の韓国、ベトナムを覆っていた共産主義こそが脅威であり、日本はこの地域の貴重な同盟国だったからだ。
言わずもがな、日本の過去の行いに対する反省の表れのなさは、昨日、小泉純一郎首相によって再び表された。彼はとくに中国や韓国に根深く残る痛みを無視し続けている。
この結果、日本の過去の行いの傷はただれ、いまだにパックリと口を開けている。ヨーロッパと違い、決着がついていないのだ。日本がアジア地域において経済大国としての影響力をさっぱり果たせないのは、ここに原因がある。
実際、日本は奇妙なほどにアジアに根をはろうとしていない。いろいろな側面で、どうも日本は西洋の一員だと思っている、あるいは思いたがっているように見える。
しかしこの30年、東アジアは急速に経済発展を遂げてきた。日本もそろそろこの考え方は変えなければ危ないだろう。もう、東アジアは日本の貧しい裏庭ではない。活力のある、日に日に力をつけている地域であり、それなりのリスペクトを求めている。
日本の過去に対する頭隠して尻隠さずな態度は、日本のアキレス腱になっている。中国だけでなく韓国、北朝鮮、フィリピンや他国の強い不満がこれほど明らかになっているのに、かなり鈍感ともいえるだろう。
実際、昨日発表された小泉氏の公式声明がこれまでの声明の繰り返しでしかないことに、戸惑いの声さえ上がっている。
少なくとも理性的には、日本がグチグチと言い訳まじりのことを言ったりするのを止め、心からの誠意ある謝罪を述べ、相互協力のもとに過去を検証する意思を表明すれば、こういった批判的な声を消して行くのは決して難しくないはずだ。
しかしそれどころか、日本はその反対の方向に進んでいる。いっそう頑なになり、悔恨の気持ちを表すつもりはないようだ。
この傾向は小泉氏の個性に集約して表れている。日本国内外からの幅広い抗議をものともせず、彼は東京にある靖国神社への毎年の拝礼を強行している。靖国神社は、日本の戦死者が象徴的に祀られている場所で、ここには1948年に戦争裁判後処刑された14人のA級戦犯も祀られている。
今週初め、彼は靖国への参拝は中国を刺激するとの指摘を無視した。しかし同時に、彼は日本を国際的により高い位置に持っていこうとしている。それはたとえば台湾の地位についての日米共同宣言であり、軍事的な役割に関わる憲法9条の改定への全身であり、国連安全保障委員会での常任理事国の仲間入りへの意志である。
この3週間、中国のさまざまな都市の街角で示された情が、そのまま一般的な中国人の日本への感情だと見るのは早計だろう。彼らの怒りは、日本が過去を償わないことへの怒り――とくに作家のイリス・チャンによれば30万人が殺されたという南京大虐殺への怒りである。
最近改定された中学校の教科書がこういった過去に上塗りをしていることは、ここで傷ついた人々をさらに傷つけ、また最近のデモンストレーションの原因にもなっている。
もちろん、こういった日本の態度は今に始まったことではない。環境が変わり始めていることもひとつの原因だ。自信をつけナショナリスティックになった中国、とくに街頭に出たような若い世代は、そろそろ日本が正式に謝る時期だと考えている。
日本は、アジアで発揮できるはずの影響力を無駄にしている
この2つの国の将来については悲観的にならざるを得ない。たしかに日本にとって中国が貿易高一位になるなど経済的な結びつきは強くなっているが、日本が不況から抜け出られたのはこの中国のおかげだという見方は世界の趨勢だ。さらに言えば、両国経済はお互いなくてはならない存在になっている。
しかし火種は、根深くなかなか消えにくいところでくすぶり続けている。
東アジアの歴史は、あのとき以来止まったままだ。ヨーロッパが第二次大戦以降根本的な変化を経験したのにたいし 、東アジアではあまり変化がない。経済的な大発展に比べると、皮肉なほどに。台湾、朝鮮の分断、日本の近隣諸国の植民地支配といった半世紀も前の軋轢が、今も続いている。
こういった下地の上に中国が台頭してくれば、東アジアのリーダー争いが起きるのは当然だろう。このことが広い分野に影響を及ぼすだろうことは覚悟しておく必要がある。これらの国は世界の第二位、第三位の経済大国であり、東アジアが世界でもっとも力のある経済圏にあるのは時間の問題だからだ。
アメリカ合衆国は、どちらかといえばこの火種に油を注ぐようなスタンスをとっている。この地域での圧倒的な軍事力を持つアメリカは、中国の膨らみ続ける野望の頭を抑えるために、日本との良好な関係は好都合を見ているようだ。
アメリカが、日本がこの地域で軍事的にも外交的にもより強くなるようにけしかけるのは確実だろう。実際、こういった兆候がもう現れてきている。日本はすでに米国が中国に対峙するための軍事力の一部を代行し始めている。
しかし、日本はこの地域にあまり親しい国がない。この中日の小競り合いを見せ付けられて、日本側につこうとする国などないだろう(特殊な例である台湾を除く)。想像に難くないが、やはり感情的になっている韓国はどっぷりと中国側についている。マレーシア、インドネシア、シンガポールは中国側の意見に同情を示している。
日本は、自分の始末は自分でつけなければなるまい。近隣諸国と疎遠になるシナリオを描いたのは自分であり、それについて何かする気も当面ないようだ。
#マーティン・ジャキューズはロンドン経済大学(LSE)アジア研究所の客員研究員。
Japan's failure to own up to its past threatens its future
--Long running regional hostilities threaten the stability of east Asia
by Martin Jaques
The Guardian April 23 205
http://www.guardian.co.uk/china/story/0,,1468592,00.html




このような記者個人の歴史認識が過分に含まれたような記事は、新聞やメディアに流されるべきとは思えません。事実を客観的に報道するのがマスコミの使命でしょう。自由な意見発表の場ではないと思うのですが……。