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ヴェネツィア的生活

自他ともに認めるVENEZIAマニア。
東京に暮らしながら、都市型スローライフ、
おいしいヴェネツィア的生活を実践中。

COCCOLONE
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東京に戻ってまだうっすら時差ぼけ中。こっちの日常にフィットしたいようなしたくないような、旅の終わりにいつもやって来るふわふわした感覚。朝食はいつも通りカプチーノとヨーグルト。数日前マリーナにもらったフォカッチャ(ヴェネツィアではパネットーネに似た甘いパン菓子のことを言います)を食べる。「ヴェネツィアのことを懐かしく思い出しながら食べてね」といわれた通り、充分に思い出に浸りながら。
ところで、今まで楽しかった思い出に浸るという気持ちを一言で表すぴったりなイタリア語はないと思っていたのだけれど、実はCoccoloneという言葉があるということをマリーナに教えてもらいました。Coccoleという言葉があって、お母さんが子供をいいこいいこしたり、抱っこしたりすることをいいます。nostalgiaというと、やや寂しさや悲しさが伴うニュアンスになるけど、コッコローネは甘くやさしい気持ちなんですね。



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2012年5月19日(土) 12:49 [ vita giornale ]
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もういくつ寝ると
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ただいま、例によって荷作り奮闘中。今回は荷物も少なくして身軽に――と思ったものの、やっぱりお土産をあれやこれや買い集めてしまい、荷物はふくらむばかり。イタリアへのお土産は長年通ううち、定番のようなものができています。筆頭は湿布薬、病院で貰える医療用のものです。イタリアにももちろん湿布薬はあるけれど、クオリティ的に比較にならないくらい日本製はすぐれものなんです。昔、マンマのために持って行って以来、ヴェネツィアのとある地域で口コミで広がり、今やみんなが欲しがる人気アイテムに。湿布もいろいろあって、ひやっと冷たいもの、伸縮性のあるタイプとか、市販品の薄くて透明で見えないものや微香性とか、商品開発の粋なところが、イタリア人にとっては、もう神秘なわけですね。お土産に持って行った湿布はみんな半分に切ったりして、大事に使っています。意外なところでは、日本の布製ガムテープも喜ばれます。あ、偶然どちらも粘着系ですね。

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それから靴下、特にバレエシューズのようにベルトのあるタイプのミニソックスは、イタリアにはないので人気。前回お土産であげたサンドラからリクエストがきているくらい。これも、みんなの顔を思い浮かべながら、1ダースほど買い、そのほかにも激落ちスポンジ、ユニクロのルームシューズ、柿の種、ほうじ茶、わさび、インスタント味噌汁などなど、結局行商人のような有様です。あ、今回は「わたりのふぐろ」も大事なお土産の品です。
前回2010年の11月に行った時は、急遽出発数日前にmac airを購入し、初の現地からのブログ更新を果たしたのでした。今回もmacは持って行きますが、更新は主にfacebookのアップになりそう。なので、みなさまこちらのチェックをよろしくお願いいたします。

2012年4月21日(土) 01:31 [ vita giornale ]
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旅の服
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衣更えのついでに今度の旅行の服装計画。候補の服をいったんあれこれ広げてみてから、着回しのきくコーディネートを考えながら、取捨選択していくとまとまりやすい。私はやたらと物持ちがよく、同じ服を長く着る性格。おまけに好みがかなり一定なので、新しく買い替える時も同じような服のことが多い。つまり、いっこうに代わり映えしないわけ。
旅の服といっても、基本は機能的で動きやすい普段着と一緒なんですが、こうしてみるとやっぱりボーダーが多いですね。色は黒、グレーのモノトーンベースに大好きなグリーン系のさし色が定番。好きな色は気持ちが落ち着きます。同じ服でもスカーフひとつで気分が変わり、温度調節もできるので便利です。もうちょっと明るい色のものが着たいから、それは現地調達するつもり。
旅行の時はいつにも増してユニクロのボトムスが活躍します。今回は黒のレギンスパンツを新規にゲット、裾丈をレギュラーと短めの七分丈にして2本買いました。それから靴下は圧倒的に日本製が優れていて、お土産にしても喜ばれるので、いつも多めに持っていきます。去年フリーマーケットで買った水玉のレトロなワンピースも持っていってみようかな。レーヨン素材でシワにならず、小さくたためるし。イタリアまであとちょっと。旅の支度も楽しみたい。
2012年4月16日(月) 01:42 [ vita giornale ]
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特別な日に
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あの日から1年が経ち、今年も3月11日がやってきました。あっという間に駆け抜けたような、逆にとても長かったようにも感じられます。いろんな意味で今まで経験したことのない1年であり、さまざまな決別と出会いが織り混ざった濃密な月日でした。確実に数年分の経験をし、そして年をとってしまったような気がしています。
どうしようもなく特別な日をどこでどう過ごすかは、ひとそれぞれだと思います。いつもとかわらぬ1日のありがたさを噛みしめ、ふだんと同じよう過ごすのもひとつの方法だと思います。いろいろと考えましたが、日比谷公園で行われる追悼集会と反原発を訴えるデモ行進に参加することにしました。これもまたこの1年で変化した自分の日常なのだと思うからです。

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午後から晴天に恵まれた日比谷公園には多くの人たちが集まり、静かな追悼の意に満たされていました。発表では約5万人ほどの集合だったそうです。反原発デモの方も、懸念されたような過激な行動をとるグループはなく、私たちが歩いた最後尾のブロックは特に外国人やシニアの方々が目立ちました。取材、撮影しているのも殆どが外国メディアばかりでした。日本のメディアには報道規制がかかっているようです。やれやれ。まだこの国のレベルはそんなものなのですね。
待ち合わせた友人たちとキヨシローの歌を歌いながら、官公庁、東電本社、銀座を歩き、最後は国会議事堂周辺をキャンドルを手にしたヒューマン・チェーンで取り囲むイベントに参加しました。夕闇の中、オレンジ色に輝くキャンドルの火が参加した1万人以上の気持ちを静かに伝えていました。

2012年3月12日(月) 12:26 [ vita giornale ]
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ヴェネツィア的生活とはなにか
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*霧深いヴェネツィアの夜の町、家路につく我がマンマとフォスカリーナの後ろ姿。

厳しい2011年が過ぎ、粛々と新しい年が明けました。日本全体が寒い寒い冬に覆われています。元旦からいきなり鳥島を震源とする大きな地震がありました。その後、山梨県を震源とする地震も頻発。地震情報はウェブで随時チェックしているけれど、北海道から沖縄まで日本中でひっきりなしに地震が起こっています。4年以内で70%の確率とか、15年で98%とか、巨大地震の起こる確率が報道されて、つまり私たちは時限爆弾の上に生活しているようなものです。

その一方では停止中の原発を再稼動するかしないかの論議がされています。おまけに予算委員会は復興対策そっちのけ、消費税と税制一体化でのろのろと愚劣な悶着を繰り返すのみ。沖縄の基地再編の問題も、原発同様国家的ビジョンがないまま、その場限りのご都合主義、既得権の確保に追われる政治家や官僚の言動は、もはや恥しらずとしか思えません。
原発は維持か廃止かなどという論議の余地なく、あってはならない存在なのです。安全性などという以前に、もとよりコントロールできない手に負えないものなのです。核廃棄物の処理問題もまったく先が見えません。ただそれが莫大な金と権益を生むシステムであったために、やみくもに作られてきてしまったのです。
原発の是非を都民投票で決めようーー昨年の12月より市民団体が条例改正を申請するための署名を集めています。2月9日の締切り期日数日前に法定数に達したわけですが、この署名の受任者として周囲に同意を求めても驚くほど反応は弱く、いまさらながら原発に対する無関心、情報不足による事実誤認の多さを思い知らされました。

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*サンドラの家から臨むサン・レオナルド通り夕刻の賑わい。

昨年の3.11以降、節電モードになった東京は一時ヨーロッパの町程度の灯りになり、町としての風情を取り戻したように見えました。本来陰影礼賛の文化を持つ国なのだから、抑制のある美について感じるものがあるはずだと、少しほっとしたものです。が、節電が叫ばれた夏を過ぎたあたりから、だんだん馴れてきてしまい、今やけろっと元に戻ってしまったところも多いのが残念でなりません。電車の暖房は熱すぎるし、ドンキホーテの大型モニター広告やパチンコ屋は復活するし、コンビニも24時間煌煌としている。「原発がないと電気が足りなくなるぞ」というのは、最初からただの脅しだと分かっていました。けれども、それが分かったからといって、元の電気使い放題に戻らなくてもいいのに。
電気を使い放題にして、私たちは幸せになったでしょうか?より少ないエネルギーで豊かに暮らす生活に切り替えていかなければ、意味がないのです。

十数年前にヴェネツィアとそこに住む人々の自然とシンクロして生きる暮らしに出会って、生活の質、本当の豊かさとは何かに気づかされました。以来、ヴェネツィアに通い、東京においてもヴェネツィア的生活と称して小さいエネルギーで暮らす都市型スローライフを実践してきました。繁栄という名の下に効率やスピードを求めて走り続ける世界に、いいようもない不安を感じていたからです。

3月のあの日以来、わたしたちの日常も大きく揺らぎました。何か現実と自分の間に1枚のフィルターがはさまっているような奇妙な感覚を抱きながら過ごしています。未来というものがきちんと描けないことが、どんなに不幸であるかも知りました。それでも、前を向いていくしかないのです。Facebookに日々の生活、料理の写真を意識的に載せるようになったのも、毎日を大切に生きようという思いからです。自分の日常を愛するのが基本、その上で支援や社会貢献をしていこうと思います。私たちは大きく価値の変換を迫られています。小さなエネルギーで豊かに暮らす、ヴェネツィア的生活はそのひとつの答えだと思っています。
2012年2月11日(土) 12:10 [ vita giornale ]
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ANNO NUOVO
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厳しかった2011年も過ぎ、淡々と新年が明けました。去年と同じように元旦を迎えたことに感謝です。年賀状というスタイルにはこだわらずメッセージカードを出しました。「ARS LONGA VITA BREVIS」(芸術は長い、されど人生は短し)ラテン語の格言です。ARSとはつまりアートですが、芸術という意味だけでなく、人が創造するあらゆるものを指していると思います。自分らしく、そして1日を大切に生きたいと思っています。
2012年1月1日(日) 17:05 [ vita giornale ]
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ARS LONGA VITA BREVIS
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今年も残すところあとわずか。いろいろと未知の経験をした信じられないような年でしたが、今までにない多くの出会いのあった年でもありました。震災、そして原発事故は呪うべき凶事ですが、何事もなければすれ違っていたであろう人たちや気づかなかった大事なことに向かい合うことが出来たと思います。結局今年はイタリアに行かずじまいのまま、過ぎてゆくことになってしまいました。イタリアからの友人も来ない。そしてなんと我が家にプロシュットの在庫がない、というまさに未曾有の事態に。

今年は自分の人生そのものが揺らぎました。節電や放射能による環境汚染という深刻な問題を含めて、自分の生活を見直すことになりました。
それでも、命も家族も失わず、家も仕事もある私たちは恵まれています。一番変化したことといえば、生活時間の配分、プログラムでしょうか。今までも自分に残された時間について考えることもありましたが、今年はより明白にその事実をつきつけられました。どこか怠惰ながらのんきだった時間は失われてしまったのです。優先順位をつけて、時間もエネルギーも大切に使わなければなりません。3/11に突然失われた多くの命、その人たちが生きたかった時間を私たちは生きているのです。大切なものは何か、考えながら暮らしています。

2年前から新年のカードに言葉を添えるようになりました。
2010年は「DOVE ANDIAMO」(私たちはどこへ行くのか)2011年は「APRE LA PORTA」(扉を開けよう)でした。それぞれ、その時の心境を顕したつもりです。思えば数年前からこの世界に対して不安と危機感を抱き続けていたようです。そんな気持ちを払拭すべく、今年はポジティブな気持ちでいきたいと思って「扉を開ける」ことにしたのですが、それがこのような現実につながるとは予想だにしていませんでした。

さて、今年もカードを作ることにしました。けれども、FELICE ANNOやBUON ANNOの新年を祝う言葉は入れる気にはなりません。
「ARS LONGA VITA BREVIS」
(芸術は長い、されど人生は短し)ラテン語の格言です。
ARSとはつまりアートですが、芸術という意味だけでなく、人が創造するあらゆるものを指していると思います。
2011年12月23日(金) 22:44 [ vita giornale ]
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1年経ちました
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先日までの暑さ、いわゆるインディアン・サマーもおさまり、一応季節に相応する気候になって少しほっとしています。それにしても世界中のあちこちで地震、洪水が次々と起こり異常な事態。地球レベルで崩壊が始まっているような。いままで人類が痛め傷つけてきた自然環境に報復されているような。今年は3月のあの日以来、今まで経験したことのない状況、目前の現実にいつも追われるような日々を過ごし、気がつけばこのブログを始めて1年が経っていました。

それまでもヴェネツィア的生活を標榜し、その自然のリズムと共存した都市型スローライフを東京でも実践してきましたが、私にとって特別な場所であるヴェネツィアや、そこで暮らす人々のことをもっと多くの方に伝えたい、共有したいと思って始めたブログ、この1年でそれは私自身の生活をあらためて見直すことでもありました。3.11以来、私たちの日常は位相を変えたものになってしまいました。自分にとって大切なものは何か、人生の優先順位もはっきり意識するようになり、生活時間の配分も変わりました。一日を大切に生きようという気持ちは、よりいっそう強くなり、家族や大切な人と過ごす時間はさらに濃密なものになりました。
ちょうど1年前に訪れていたヴェネツィア、毎日通る家路、夕方のミア・フォンダメンタです。ブログ生活1年の節目に、今の私にとっては胸が締めつけられるような懐かしい写真を眺めることにしました。
2011年11月11日(金) 01:23 [ vita giornale ]
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いちごの見る夢
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※青山通りを行くいちごのパレード。雨上がりの空にいちごピンクが映える。

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先週土日の青山まつり、宮城県亘理町の出店のお手伝いといちごパレード、おかげさまで無事に終えることが出来ました。東京で被災地の現状を伝え、復興に向けてのPRをする、というのがもうひとつの支援であり、ボランティア活動のかたち、と思っていましたが、まずは一応の結果を示せたのではと思っています。
土曜日のいちごパレードも、午前中のどしゃ降り加減に一時はどうなることかと危ぶまれましたが、昼頃になって急に雨が上がり、陽もさして、まさに奇跡的なタイミングで、無事パレードを行うことが出来ました。皆の思いが天に通じたのだと感じる瞬間でした。
実はパレードの当日は親しくさせて頂いた知人の通夜でした。故人となられたSさんは、家族ぐるみでおつきあいのあった伝説的なCFディレクターの方でしたが、「俺のロケに雨は降らせない」という有名な晴れ男であったことを、翌日の告別式での弔辞で知りました。ひょっとして、あの信じられないような晴れ間は、Sさんのお力添えもあったのかな思いました。

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STRAWBERRY FIELDS FOREVER---亘理町のいちご農家さんの再生を支援するパレード。あたりまえですが、どこをとってもいちごピンク。参加したボランティア仲間の皆さん、このエネルギーにあふれたピンク色にまけない、いい笑顔です!同じいちごピンクに染まることで、気持ちがひとつになりました。沿道の皆さんからも笑顔と、たくさんのあたたかい声援をいただきました。パレードという、ある意味原始的、根源的なコミュニケーションの方法を通じて、見知らぬ人同士の気持ちが通いあうのを体験しました。人と人が自然な形で助け合うことができるんだなと信じることも。
宮城の片隅に位置する亘理町のことも、この日東京の町に響いたのではないでしょうか。一緒に歩いた私の友人が「2時間近く亘理のいちご〜って叫んでたら、なんか親戚でもいるくらいの気持ちになってきた」と語っていました。

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また、青山まつりという国際交流の場ならではの出会いもあり、ITALIANS FOR TOHOKU「東北復興支援 在日イタリア人の会」というグループと急遽コラボ、途中から一緒に歩いて、結局2回パレードに参加してしまいました。いちごが結ぶ日伊のご縁でした。パレードのために作ったTシャツは期間中にすべて完売し、収益にあたる金額を one moreいちご募金に寄付することができました。今後も亘理のいちごの復活を継続的に応援していくつもりです。

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※パレードの集合場所へ向かうメンバーたち。何気ない日常風景の中のパフォーマンス

支援やボランティアをする、というと何か高邁な志をもって立ち向かうと思われているかもしれませんが、私たちの日常のなかでできることがたくさんあります。まず、東北で多くの方たちが今もなお厳しい現実と向き合って懸命に日々を過ごしていることを心に留めておくことだけでもいいのです。そして自分にできるささやかなことをみつけたら、ちょっとだけ勇気を出して手をさしのべてみましょう。その垣根を飛び越えたところに、きっと新しい世界が開けてくると思います。


2011年10月28日(金) 20:59 [ vita giornale ]
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節電BATMAN
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8月分の電気領収書には電気使用量の昨年の同月比データが表示されています。我が家はなんと33%減!!特にガツガツ節電というわけでもなく、ほぼ通常モードで過ごしていただけ、もうそんなに減りようはないと思っていたので、我ながらちょっとびっくり。節電BATMANのがんばりのおかげかも、と記念撮影してみました。(美術制作担当はイサオ君です)

待機電力もそうですが、電力消費の時間帯をずらすとか、パソコンは充電しながら使うとか、やはりこまめに気をつけているのがよかったのかな。我が家の通常モード、つまりヴェネツィア的節電についてはこちらで紹介しています。ただ、9月に入り「皆さん節電にご協力ありがとうございました。もう使い放題にして大丈夫です」とばかりに、節電アクションを解除するのはいかがなものか、と思います。バスや電車の冷房もけろっと元の木阿弥状態に戻っていたり。何のために節電したのか、そもそもの考えが違うようです。できるだけ小さいエネルギーで生活していれば、もとより電気は足りるものであり、そして原発は不要なのです。それが証明されたよい機会になったはず。電気の無駄遣いのために、命と環境の危険を対価にかけて原発を再稼働する必要など絶対にありません。電気をたくさん使うことが豊かな生活だというミスリードにひっかかってはいけません。エネルギー問題をひとりひとりが考え直す好機と考えましょう。
2011年9月24日(土) 12:51 [ vita giornale ]
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