残念ながらJoeyには子供を生んだ経験が有りません。残念ながらというのは、ちょっとおかしいかな?今までの人生で子供が欲しいと思った事が無いという方が正しいのかも知れない。
自分の人生で何をしたいか、何を表現したいかという気持ちの方が強かったと思うのです。多分、この気持ちは将来も変わらないだろうなぁ。と思います。
だからね、子供を持つ母の気持ちが今ひとつ理解できない様な気もします。客観的に子供の為に何をすればいいのか。などという事は分かりますが、やはり自分の子供に対する手放しの愛について問われると、ピンとこない様な気がします。
今日、バンクーバーの友人Nちゃんからイーメールが届きました。彼女は30歳をちょっと過ぎたところ。Nちゃんは二人の子供を妊娠。現在、妊娠5ヶ月でした。
イーメールには、子供を死産してしまった事が書かれていました。夫婦二人で人生でこれほど泣いたことは無いほど泣いた事が書かれていました。
しきりに大丈夫、大丈夫と書かれていました。
きっと、心が引き裂かれるような気持ちなのでしょう。深い悲しみが文面からも伝わってきます。しかし残念ながらJoeyは経験した事がありません。だから彼女の悲しみを、心の底から共感できない事が、何とも言えず、申し訳なく思ったのでした。
こんな時、経験が無い事だけは本当にどうしようも無いな。と自分が情けなります。想像する事ができますが、やはり想像だけでは足りないような気がします。
ただ、そんな私でも一つ言える事は、例え5ヶ月の命であろうとも、その子はなんらかの意味を持って命を授かったのだと思います。
若い両親が悲しみを味わう事でより優しさと愛情に満ちた人間になれるように、命がけで教えてくれたのかな。と
優しい子供は、
きっと再度生まれ変わってNちゃんのお腹に宿るような気がします。
もし、あのまま一回で生まれていたら、Nちゃんは子供の有難さを感じられ無かったのかもしれません。二度に分けて生まれる事で、Nちゃんはもっと子供を愛しく思い、二人の子供を、分け隔て無く、もっと、もっと愛するおかぁさんに成れるのだと思いたいと思います。
そして、二度にわけて生まれてくる事により、亡くなってしまった赤ちゃんとこの世に生を受けた子供達で、Nちゃん夫婦をより強く、優しく、賢いお父さんとお母さん、男性女性に育ててくれるんだろうな。そして、誰よりも絆が強い夫婦へ成長していくんだろうな。と思います。
そう考えると、
子供とは育てられる者では無く、育ててくれる者だったんだなと感じました。
Nちゃんの深い悲しみはJoeyには心底理解する事はできません。ごめんね。本当にごめん。
でもね、今回の悲しい経験は必ずNちゃん夫婦と子供のHちゃんに、
悲しいかった分の100倍になって将来戻ってくるとJoeyは信じます。
それだけは絶対に言える。
5ヶ月の命で旅立ったMちゃんに、心からご冥福を祈ります。
Nちゃん。身体を大事にしてね。必ず、素晴らしい事が近い将来あるからね。
Joey