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芸大にパートタイムで行きだした理由 [2006年11月16日(木)] |
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時々ブログで、私がバンクーバーの芸術大学で絵の勉強をしている事をお話しています。
でも、なぜ芸大で今さら勉強したりしているんだろう?と中には不思議に思ってられる方もいるかも知れませんね。
以前お話したように、今から約1年前、燃え尽き症候群におちいった私は、からだがだるくてしんどくって、一時はベッドから起き上がれない程にまでなりました。
そう、全く仕事どころでは無くなってしまったんですね。
最初の頃は、そんな自分を情けなく思い、あせりも手伝って益々落ち込んで行きましたが、いつも何か考え付く事が上手な私は、
「仕事がダメなら勉強をしよう。こんな機会はもう人生に無いかも知れない。」と落ち込みながらも気持ちを切り替えたのです。
以前から趣味でフラワーデザインを習っていたので、デザイン学校を卒業して依頼、全く過去15年以上アート関係に接していなかった私ですが、わずかながらアート関係に慣れていたのも幸いしました。
私がカナダで立ち上げた仕事とは、カナダのアーティストが作ったクラフトやアートを日本に紹介する事です。従って日頃から多くのアーティスト達との関わる事が多く、私がアートの知識や経験を持たなければいけないなぁ。と日頃から感じていたのす。
だから思い切ってパートタイムでファインアート(美術)のサーティフィケート(認定書)をコースに申し込んだ次第です。
クラスでは、コンテンポラリーアート(現代美術)の歴史、基本的なドローイングに絵の描き方、構成の仕方、ダンボールやワイヤーで立体を作るトレーニング、色彩の勉強をする事ができました。
物によってはチンプンカンプン。その上当然の事ながら、授業は英語。周りは殆どカナディアン。会話にも入れず、専門用語の英語は分らず、先生が言った事がわからず、一人へんな事をしてみたり。
それでも、分る言葉だけでも聞き取ろうと必死でした。周りの人はなんとも思って無かったと思いますが、心の中でヒシヒシと孤立状態を感じ、本当に泣きたい気分。
美術=実技 だから何とかなるだろうと、たかをくくった私の責任なので、誰のせいでも有りません。
でもね、数ヶ月間続けていく内に、やっぱり見えてくる物ってあるんですよね。
何でこんな事しなきゃ行けないの?と思いながらエッセイ書くため10のギャラリー巡りした事によって、多くのアートに触れる事ができましたし、コンテンポラリーアートを知る事によって、アートは常に進化し続けている事や、アーティストのコンセプトや哲学にも触れる事ができた事は新鮮な驚きです。
絵を描くと言っても、色々な方法がある事。技術を知る事によって絵画の鑑賞の仕方、楽しみ方を少し理解できた事。
真っ黒になりながら、木炭を使ってドローイングする新鮮さ。
色彩のマジックを知る楽しさ。
そして、何よりも大きな収穫は、絵を描くことの楽しさが私の中に蘇った事です。プロで無いのだからへたでも良い。無心に絵筆やクレヨン、パステルを握っている内に心が童心に返ったような気がします。
今は最終課題である岡本太郎作「太陽の塔」と「明日の神話」から得たイメージを元に、絵を描いています。(ただ今、ちょっと休憩中、その間にブログをつづっています。)
小さな紙とクレヨンが有れば、どんな人でも絵を描く事ができます。きれいな色を見ている内に、ドンドン楽しい気持ちになる事は保障しますし、右の脳を使う事で脳も活性化されますよ。硬〜くなってた頭が柔軟になる感じがします。
もし、絵なんて描けないわ。といわれる形があれば、一度左手にペンを握ってみて下さい。
左手を使う事により、芸術的感覚を司る右脳を使うので、あれっと思う想像的な絵が描けたりします。音楽を聴きながら、音楽をイメージして描くのもいいかも。
と、お話している間に、休憩時間が終わりました。再度キャンバスに向かう事に致します。
今日も皆さん。一日お疲れ様でした。Joey
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Posted at 16:29
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