ただ今、大阪から発信中。浦島太郎Joeyが見た日本はどんな国?

自転車に乗ること。海を見る事。波の音を聞くこと。
そしてキレイな物が大好きなJoey。

本音の海外生活から一転、ふるさと日本でどう思う?

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映画「クライマーズハイ」 [2008年07月30日(水)]
映画クライマーズハイを観て来ました。

主人公は堤真一、群馬県にある地方新聞の記者。後輩役には篤姫の家定将軍役で話題になった堺正人。新聞社社長には山崎努。





「クライマーズハイ」は、
1985年8月12日に起きた雄巣鷹山日航機墜落事件を取材する、記者達の激動の一週間をリアルに映画化しています。

1985年。

まだ携帯電話も無かった時代。電話を求めて走り回る記者達。一つの記事を巡る新聞社内の男の嫉妬、壮絶な争い。命を懸けて取材する記者達。

一方で、犠牲者となった日航機の乗客たちの惨状。遺族の深い憤りと悲しみ。


映画を観て、再度日航機墜落事件の惨劇を身近に感じたました。

山崎豊子さんの「沈まぬ太陽」を読んで以来、脳裏に焼きついて離れない事故現場の悲惨さが蘇りました。

中でも、映画の中でも紹介されていますが、飛行機が墜落するまでの約30分間で、家族にメモを書き続けた男性の話しが得に強烈な印象として残っています。


1985年。あの時、私は大阪のとある電機メーカーの新人OLでした。

東京発大阪行き日本航空123便には、直接知っている人は登場していなかった物の、会社関係の方々、誰もが知っている大会社の役員の方々、知人の知人などの女の子達などが犠牲者の中に含まれていました。

しかし、当時の私はあまりにも若く、この事件の奥の深さと本当の悲しみを感じる事はできなかったと思います。

あの当時は、プッシュホン回線もあったものの、多くの電話が黒電話。携帯なんて、パソコンなんて無い。あったのは、初期の頃の端末と、ワープロ。

電機メーカーに勤めていた頃の思い出と、事故の記憶が重なります。


話しがそれましたね。

この映画では、1980年代の新聞社内の男たちの戦い、情熱が良く描けていて、私の会社員時代が懐かしくなりました。

いまや携帯電話でどこでも連絡が付き、記事もデジタルカメラとパソコンですぐ送れちゃう。記事もパソコンで即完了の時代。

電話を捜し求める記者。それもピンクの公衆電話から掛けてる。必死だったんだなぁ。。あの時代。皆、会社が好きだったんだなぁ。。

この映画は、事故の模様だけでなく、新聞社内の人間模様が、本当にリアルに描けている。きっと脇役の人達の演技の素晴らしいからだと思います。



先日、日本の男性達の悪口書いてしまいましたが、、、この映画を観ると、日本のサラリーマン(会社員)達に惚れ惚れしてしまう

日本のサラリーマンに、改めてエールをおくりたいと思います。

ぜひ、劇場に足を運んで見てくださいね。

そして、事故の犠牲者の方々に心からご冥福をお祈りします。

Joey
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