偶然本屋さんで見つけ、ここ最近、毎晩よみふけっている本が、「
自閉症だったわたしへ」(全3巻)。
この本は、
自閉症者であるオーストラリア人女性の半生を綴った実話である。
つまり、作者本人が、自閉症者であり、自閉症者の目から見た世の中と自分自身を描いている珍しい本。
(一般的に、自閉症者とはこうこうであると心理学や医学書には述べられているモノの、誰一人として自閉症者になったわけでもなく、あくまでも学者や医者が観察して述べたものにすぎない。)
話しの内容をざっと説明すると、、、
作者のドナは、幼い頃から母親に虐待されて育ち、学校では常に「きちがい」として虐められて育つ。しかし彼女には、なぜ虐められているのか、また虐められている事実さえ普通の子供達の様に理解する事ができない。
自閉症者であるドナには、ドナの世界があり、見え方があり、聞こえ方がある。
ある知能は、一般に人々より低いが、ある知能は天才の域まで達している。
教えられなくともピアノが弾け、作曲ができる素晴らしい音楽の才能。
自閉症を抱えながら、大学を好成績で卒業できる高い知能。しかし、字を読んだり、人の話を理解するのは苦手。
また、彼女は大人になるまで、自分が自閉症者である事を知らずに育つ。
家族の知的レベルが低く、また時代も自閉症者に対する教育の仕方、母親への支援の仕方が良く理解されていなかったからだと文中でドナは述べている。
自閉症である事を知ったドナは、なぜ自分が人と違うのか納得する。
そして、心理学者達の手を借りながら、一つずつ、人との接し方、考え方を身に着け、問題を解決していく。
しかし、ここまで来るまでの道は険しく、幼少期から、ドナは心が作りだした、二人の人格によって生き延びる事ができた。
彼女は二人の人格に、ウイリーとキャロルと名前をつけている。
ウイリーは気が強く、頭がいい。難局に直面すると、彼女がドナになって助ける。人当たりよくしたい時は、キャロルの出番。
だが、ドナは、「自分自身であることの大切さ」に気が付き、他人の仮面を捨てる決意をする。仮面を捨てるという事は、素の自分になるという事。
つまり、誰も守ってくれない欠点だらけの自分を世にさらすという恐ろしい事。
それでも、作者のドナはチャレンジを繰り返す。イギリスへ渡り、教職を取り、本を出版する。
こうやって書くと、ただのサクセスストーリーになってしまう恐れがあるけれど、そうじゃない。
勇気を持って自分を見つめ、他人の仮面を脱ぎ捨て、常に自分らしく、自分をさらす事の大切さと、恐ろしさが、常に客観的に
自閉症者の目で綴られている大変珍しい本だと思う。
私自信、バンクーバーの生活を通し、「常に集団の中で過ごす為の自分」を演技している「私」に気が付いた。
笑顔、優しい気遣い、相手が好みそうな話題、笑い、一生懸命相手の話を聞こうとする態度。。。。
これら全てが演技といえばウソであるけれど、素の私であったかと言われれれば、違う、、と答えると思う。
「素の私」と、「演技の私」の間には、徐々に大きなギャップができていき、次第に私は苦しくなっていったように思う。
幸いにして気が付いたので、ここ数年で、かなり自分らしさを取り戻せた。
もし、人と違う自分、何となく自分に違和感がある人は、ぜひ、この本を読んでみて下さい。きっと引き込まれると思います。
また、この本は、全3巻で構成されていて、一巻目は幼少期から大人になるまで。二巻目は大学生か社会人になるまで。そして三巻目はドナの結婚について書かれています。
暑さ厳しき折、おからだに気をつけて下さいね。かしこ
Joey