舞台では、落ち葉を集めてはぶちまける男(中山祐一朗)、オードリーという名前の猫を探す男(長塚)、その男を追いかける女(奥菜恵)、そして本を読む男(伊達暁)が入れ替わり立ち替わり登場します。
時に彼らは言葉を交わしていきますが、何について話しているのか、何のことを話しているのか、抽象的なセリフが多くなかなかつかめません。
正直、私は長塚さんがこの作品で描きたかったこと、作品のテーマというものはよくわかりませんでした。
でも、観ながら思っていたのは、自分のなかで意識しようとしまいと、顔見知りでもまったくの他人でも、人というのは少しずつ互いに関わりあっているんだな、ということ。
時間もわからない不思議な空間(時間が失われた場所、なのかな?)で、彼らはずっと同じことをし続けていたのかもしれない。
猫を探す男は、ずっとなにか失われたものを探し続けていたんじゃないだろうか。
もはや、本当に猫を見つけたいのか、それとも猫を探すこと自体が目的になってしまっているのか、わからないままに探し続けていたのかも、と。
そして後を追う女もまた、自分が何をしたいのか、何をすべきなのか見つからず、他人の探し物を自分のものにすり替えて、その空虚を埋めようとしているのかもしれない。
落ち葉を集める男は、自らの凶暴性を自覚しながらもそれを実行できずにいる。
誰しもが倦怠感と厭世観、自分への嫌悪感、イライラを抱えている。
どの登場人物も、不完全でなにかを求めようとしているけれど、その求めているものがわからずに、同じ場所をぐるぐると回り続けている。
そんな、進むべき道を見失いながらもがいている人たちの物語、なのかもしれない。
そして、彼らは出会い少しずつ変化していくことで、堂々巡りの部屋から一歩外に踏み出す時が来る。
演劇のおもしろいところは、こうやって訳わからない芝居をみながら、自分に置きかえて色々と想像を巡らすことができるところ、だと思う。
前筆の取材で「すいっと見られるものではなく、僕も演者も探っていく時間があるものにしたい。お客さんを馬鹿にせず、信じて責めていく芝居にできたらいい」というようなことを話していた長塚さん。
そうだなー。もう少しこの作品について考えを巡らせてみることにしようっと。
公演は、5月27日(火)までベニサンピットにて上演。
当日券は毎回出ているようです。あと2日ですが、長塚さんの挑戦を目撃してみてください。
阿佐ケ谷スパイダースのHP:http://asagayaspiders.net/