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さようなら

2007-12-31 23:58:27
あっという間のようでいて、けっこう長かった放浪の旅も終了



バンコク行きの飛行機の時間まで、
この数日間、毎日遊んだ→コンノート・プレイスでまったりすることに

芝生の上では、たくさんの家族連れがのんびり日向ぼっこしています。


コンノートで出会うインド人の皆さんは、とても友好的です。 
→スワンナプーム空港の話が弾んだり(来タイ経験のある若者)、家族連れから果物を分けてもらったり。


かぁちゃんが読書をしていると、
坊ちゃんは、いつの間にかお姉ちゃんとボール遊びをしていました

(ひたすら1時間くらい坊ちゃんのわがまま遊びにつきあってくれました)



テクテク、芝生を歩いていると、
ちょいワル風ファッションのダンディーなオジ様が声をかけてきました。

ちょいワル「日本人? 韓国人? 中国人? どこから?」
かぁちゃん「日本人です。」
ちょいワル「most welcome  と言い、握手をして去って行きました。


もしかして、インド人は親日家?   と、いうおもいが頭を駆け巡りました





そうこうしていると、坊ちゃんは、
とある家族の皆さんに遊んでもらい・・・、ファミリーの記念写真にまでおさまりました。

(かぁちゃんも、ちゃっかり1枚撮影しちゃいました)


ここにいると、
もしかして、もしかして・・・ かぁちゃんの抱いていたインド人のイメージ偏見だったかも?
と、反省してしまうほど、明るくて笑いの絶えない優しい人々ばかり。




最後のこの数日間、ネパールから インドに戻って来て良かったなー としみじみ





あまりの長旅だったので、少しバンコクでパワーを充電してから・・・
今度はやっぱり、西インド・南インド・東インドも旅してみようと思います
                           → 一時はインド周遊を断念

そんなことを思いながら見る、デリーでの最後の夕日は、あいかわらずキレイでした。

(コンノート・プレイスで見る夕日)


これから、我が家のあるバンコクへ戻りまーす





               とぉちゃん、私たちを旅に行かせてくれてどうもありがとう

バザール巡り

2007-12-30 23:59:12
いよいよ、約3週間に及んだ 母子2人旅、最終日(実質的な)を迎えました。


こんな日は何をしようかと考えてみるものの・・・、
ショッピングという気分でもないけど、バザールを廻ってみることにしました


デリーのバザールは、タイのタラート(市場)と同じようなモノかな。




とりあえず、有名どころを押さえることに。
メイン・バザールへ向かうことにしました

デリー・メトロ(地下鉄)で、Ashram Marg 駅へ。
メインバザールは、インドを訪れるバッグパッカーはここへ立ち寄るというほどの安宿街。
ニューデリー駅に近いこともあって、若者にとっては便利な滞在エリア。




これまた、朝早い時間だったので、
メインバザールにはあまり人がいなくて、牛ばかりが目立って、心細くなるかぁちゃん。

(ようやく西洋人のお姉さんとすれ違いました)
こんな時、外国人を目にすると、心底ホッとしてしまいます。 あぁ、自分もここではよそ者だと痛感。


でもって、この周辺は、魔の通りでもあります。
おいしい勧誘には乗らないことですねー  声かけの数がスゴかった!

つい、異国の旅で心細くなりがちで、日本語を聞くと嬉しくなっちゃいますが・・・、
日本語には反応せず、会話は英語のみでするほうが無難な気がします。
                 






昼になるに連れ、メインバザールも人がどこからともなく湧いてきました。

(まさに、→カオサン通りをちょっと庶民的にした感じの通り)

ここで、野良牛に自分のナンを与え、手を合わせている身なりのいいオジさんを見かけました。
                おぉー、これぞ宗教の違いだ! と、感心しちゃいました・・・。





メイン・バザールで、本日のパワーの80%を使い果たしてしまい・・・
半ば、ふらふらで→コンノート・プレイスへ戻ってきました。

気づけば、年末。
ということで、コンノート・プレイス周辺の店も閉まっている所が多く・・・




苦し紛れに、コンノート・プレイス Fブロック周辺地下にある
パリカ・バザール Palika Bazar
へ潜ってみることにしました

(地下にあって、店が並ぶ細い道はつい迷子になってしまいそうなほど)


お土産ならここで揃いそうな、安値の服や雑貨が売られています。
→タイのナイトバザールのデリー地下版みたいな雰囲気です。

(ここでは、100R(約300円)でインドの正装子供服っぽいのを買ってみました)




でも、何より、
“どうして、もっと早くここで買物しなかったのか!?”と後悔した 、穴場店が、
Central Cottage Industries Emporium セントラル・コテージ・インダストリーズ・エンポリウム

(コンノート・プレイスからJanpath通りを下って、徒歩10分くらいの場所)

れっきとした政府の物産店で、適正な値段で各地方のモノを販売をしている。
アクセサリーや服、おもちゃ、布地、家具・・・なんでも揃っていて、一店で用が足りる



で、何に驚いたかっていうと、
インド各地で交渉しながら買ったモノのどれもが、ここの価格の方が安値!! 
                             苦労して値引き交渉したのにぃー

しかも、品質もよいものが揃っている





ということで、
インド土産は、政府正規店エンポリウムで買うことをオススメします




悔しさの中で、バザール巡りは終了。

赤い砦

2007-12-29 23:59:51
→ジャマー・マスジット(インド最大のモスク)から歩いて15分のところに、
インドを代表する建造物があります。

ムガール帝国の5代皇帝→シャー・ジャハーンが、→アーグラからデリーに都を移し、
築城した「赤い砦」ラール・キラーです。

赤い砦=レッド・フォードとも呼ばれている、赤砂岩でできた城で、
セポイの反乱後は、ここにイギリス軍が駐屯し破壊された部分があるが、勇壮な佇まいは健在。




午前中の早い時間に行ったにも関わらず、
年末で、休暇でデリーを訪れている観光客も多いようで・・・、入場には長蛇の列


そんな中、とても親切に声をかけてくれたツーリストポリスの方。
子連れだから別ゲートからどうぞ促してくれたけど、他の家族も並んでいるのでお断りした。心遣い、ありがたい

(ベビーカーで行かれるバリアフリー道を案内してくれたり、親切なポリスマン)




城内の造りは、→アーグラ城に似ているものがあるかな。
白亜の大理石の建物には、サファイヤやルビーが埋め込まれていたらしいけど・・・今の姿は閑散。


坊ちゃんは、そんな城見学よりなにより、
かつてのきらびやかな玉座や、謁見の間を遠くから眺めるベンチ周辺で遊びます。

(ベンチに腰掛けるお年寄りや、庭師さんと遊ぶ坊ちゃん)




その昔は、この周辺も宮殿があったと思われる広い敷地には、
今は芝生が敷き詰められ、ちょっとした庭園になっています。

(坊ちゃん、ここぞとばかりに駆け回ります)

デリー観光でちょっぴり疲れた足を休めるのに、
ここでしばしゴロンと寝転がって休憩するのもいいかもしれません。 1時間くらいゴロンしました






ここを出てからが、地獄でした
ラール・キラーの前に1本伸びる大通り Chandni Chowk 。 (デリーの浅草みたいな場所)

最寄りの地下鉄の Chandni Chowk 駅へ行くには、ここを歩かねばなりません。
両側には店が所狭しと並び、寺院もあることから、人人人のおしくらまんじゅう状態

(人だけではなく、車道も大渋滞で、無法地帯。)

こうなると、というかここにいるインド人は、インド人らしいインド人なのかも・・・・
「自分さえよければよし」=他人は視界に入らぬ 状態。

ベビーカー押してようが、トラックが坊ちゃんにあと5cmまで近づこうが、
押しのけてぐいぐい進んでゆく・・・




インドでは、自分の身はもちろんのこと、
子供の身は、命を張って、親が守らねばならない。  と学びました





子供が大切な存在で、子連れに寛容なタイの社会 万歳。 
                              タイが恋しいよ。

オールドデリー

2007-12-29 23:58:45
インドでの交通移動手段って、→人力リクシャーとか、→オートリクシャーとか、
せいぜいタクシーに乗れたら充分なんて思っていたけれども・・・。


かぁちゃん、坊ちゃんが滞在しているホテルがあるコンノート・プレイスは、
デリーの地下鉄 「デリー・メトロ」が2路線交差する、Rajiv Chowk駅がすぐ下にある



というわけで、デリー移動は、地下鉄を駆使することに決定。

(地下鉄の駅内。とても近代的で雰囲気は、→タイの地下鉄MRTに似ている)

駅への入口は、とてもセキュリティーが厳しく、
バンコクの地下鉄で、形式的に行っているチェックとは違い、軍人風の2人組ががっちり調べます。
   ・・・といっても、子連れなので大目にみてもらった感はあるんですけど、ね。
                    →バンコクのテロ後の地下鉄セキュリティー



そうそう、このインドの デリー・メトロは、
日本の国際協力銀行からの政府開発援助(ODA)で、現在も路線を延ばしている最中です。
地下鉄の製作費の約6割を、日本が資金援助しているとのこと。


タイの地下鉄も日本のODAが関わっているのを知ったし、
なんだか海外に出た方が、ODA(税金の使い道)を実感するなぁ・・・ なーんて。
               といっても、そのODA予算も年々削減されてるって話だし・・・。大変だなー。




そのデリー・メトロ、とにかく利用しやすい

(これ、トラベルカード。デポジット+ルピーをチャージして使用)

行き先を表示している案内看板
例えば、観光名所などの建物の写真も表示しているから、観光客にも一目瞭然







で、坊ちゃんと共に、デリー・メトロでレッツゴー
目指すは、Chawri Bazar 駅。  

(いくつかのバザールがここで繋がる交差点で、人も牛もロバも、リクシャーも入り乱れ状態)



この一帯は、オールドデリー Old Delhi とされているエリアです。
ムガール帝国時代の都として栄えたエリアで、古めかしい庶民の町が広がっています。

その交差点から、Chawri Bazar を通り抜けて・・・

(早朝なので、まだまだ人の姿はあまりありません)

奥にドーンと見える、大きなモスク



そう、向かっているのは、ジャマー・マスジット Jamma Masjidです。
→ムガール帝国5代皇帝シャー・ジャハーンが、1658年に完成させたインド最大のモスク。

遠くからでも均等のとれた美しいモスク。
世界史で習った「セポイの反乱」の時は、ここは死体の山となったとか・・・。




→赤砂岩と白大理石の色の対比も、素敵です。

(坊ちゃん、ひたすら鳩に大興奮・・・  かぁちゃん 階段登るの大変だったんだぞ。



やっぱり、インドってすごい
大帝国を築いた偉大な国だったんだ 、と今さら 妙に感心してしまう、かぁちゃんでした。

再びデリーへ

2007-12-28 23:59:58
かぁちゃんと坊ちゃんの母子2人旅、残るところ・・・あと3日
とぉちゃんが→薦めてくれたネパールで、心身ともに、すっかり生き返りました




というわけで、カトマンズ国際空港
デリー・カトマンズ間は、しょっちゅう飛行機が遅れるとは聞いていたけど・・・
案の定・・・ 、5時間遅れ

しかし、待ち客は、皆 TVに釘付け。

(パキスタンのブット元首相 暗殺のニュースに見入る人々)


インドと中国という大きな国に挟まれたネパール
そのインドとパキスタンは、決して平穏な関係ではなく・・・(カシミール問題、パキスタンと中国の軍事協力など)

パキスタンの情勢は、ネパール国民にとっても関心の高い出来事のようです。





余談ですけど、ネパールの人々はタイの政治にも関心を寄せています。

23日のタイの選挙について、何度もTVで放送。   タクシン元首相のインタビューもね。
タイから来たことを伝えると、多くのネパール人は選挙の結果、政権が交代することを知っていました。





それはそうと・・・、
とうとう、カトマンズとお別れです        また来るよ〜

(世界遺産に登録されているカトマンズ盆地を惜しむ)






1時間半の飛行・・・  デリー到着

インド後半は、滞在先をコンノート・プレイス Connaught Place に選びました。
イギリスが計画的に、駐留するイギリス人のために造ったエリアで、
円形に緑の芝生広場と、それに沿うように道が走っているオシャレな一角。


(マクドナルドも、オシャレな外資系ショップもある、整然とした綺麗なエリア)



インド滞在前半に→ちょっぴりインドに疲れてしまった経緯から、どうなることかと心配したけど、
コンノート・プレイスに集うインド人の和やかなムードに安堵 夕日も超キレイ

(坊ちゃんも、芝生の上を思いっきり走り回って遊びます)



そして、前半滞在ではインドのホテルにはうなだれの連続だったけど・・・→唯一の極上 宮殿ホテル
たまたま見つけ、予約を入れたホテルが大当たり

(モダンなインテリアに、24時間ポカポカの部屋。パソコンを持参すればネット使用可)



洒落たカフェとレストラン併設のデザイナーズホテル。  しかも1泊$130と、デリーでは安め。

寝泊まりするところが充実していると、こんなにも気分が違うものか・・・と、
母子旅にはホテル選びも重要だと、実感したかぁちゃんでした。




すっかり上機嫌になり・・・
明日から、未知のデリーをテクテク散策してみます

チベット仏教の巡礼地

2007-12-28 23:58:19
ネパールは、ヒンズー教と仏教が絶妙なバランスで調和している国といわれています。

ヒンズー教徒が多いとはいえ、ネパール南部には仏教の聖地があるし・・・、
古くから、ラサと交易が盛んだったこともあってチベット仏教との関わりも深く・・・。



多くのチベット人が交易にやってきた時、
無事にヒマラヤを越えて来られたことに感謝するために訪れた、ボダナート Boudhanath

ネパール最大の仏塔ストゥーパがある)
カトマンズから約6km東にあるボダナートは、昔からチベット仏教徒の巡礼地で、
中国のチベット併合後は、多くのチベット人がこの周辺に亡命してきた。

                      →ネパールのチベット難民キャンプ




ボナタートの仏塔周辺は、チベット人の巡礼者が本当に多いです。

(仏塔周辺にはチベット人が営む土産屋が軒を連ねています)



この仏塔の周りには、小さな鐘のようなモノ=マニ車があって、
これを一つ一つ回しながら仏塔を廻っていくのです。  長さ30cmくらいの鐘です。

(マニ車には“真言”が刻まれているのだそう)

よくタイの寺院では、小さなコインのようなモノを仏像前の壺に入れていきますけど、
それに似た感じなのでしょうか。
                            →タイの寺院の場合



さらに、仏塔の周りを右回りに歩いていきます。    
                 →タイの万仏節での参拝

(おびただしい数の巡礼者が毎日ここを訪れるそうですが、この時間帯は少なめ。)

特にこの時季は、寒さから逃れるために
ブータンや近隣各国のチベット系の人々が巡礼にくるのだそう。





そうそう、ここの周辺の土産物屋は、品質がいいと聞きました。
同じようなものがカトマンズの町中でも売られていますけど、「買うのならココ」とガイドがボソっと囁きました。

坊ちゃんのこのポンチョは、$5(米)で売られていました。

(刺繍も入っていて、あったかです)





じつは、ネパールの各地でタイ人と出会いました
                (12/23の選挙以降にネパールに来たタイ観光客多し、な感じでした)
タイとネパールは、タイ航空の直行便が出ていて、訪れやすい国でもあります。



ネパールの政治情勢が不安定ということから、旅先として避けているケースが多いと聞きますが、
マジでネパール、オススメです




穏やかな日々をネパールで過ごすことができたので、
これからまたインドへ戻らねばならないのは、気が重いんですけど、仕方がない。 航空便の関係で。

これからインドへ向かいます








あと、こういう場ではあまり宣伝的なことはしたくないのですが
あまりにもよいガイド+コーディネイトだったので、ネパール旅行のお供にオススメしたい。

Shangrila Tours
1804 Kantipath , Kathmandu, Nepal 電話 44-6138
→http://www.nepalshangrila.com

クマリと王様

2007-12-27 23:59:54
→カトマンズのダルバール広場には、いくつかの寺院や旧王宮などがあります。

その中でも、ひときわ神秘で妖艶な建物がこちら。

バクタプルでも見ることができる精巧木彫り窓枠が素晴らしい

ここは、クマリの館です。
生き神であるクマリは幼い少女で、実際にここに住んでいます
強靭な女神の化身とされていて、人々に敬われ恐れられる存在だとか。


(ここに身の世話をする老女と暮らします。生活感がある住居。)




何より驚いたのは、クマリを選定する条件。
血統のいい家系の女児であり、血の汚れがなく(怪我無し、初潮前)、目鼻立ちクッキリの美人。

最終的には5人ほどにしぼられた後は・・・
暗室に牛の生首を置き、それを見ても動じない5歳くらいの少女が選ばれるとか・・・。
                    5歳くらいじゃ、普通怖くて泣いちゃうよねー。

(クマリの住む館の間口のひとつ。幼いながら両親から離れ、人々に祈願を行います)



年に一度の祭りでは、ネパール国王もひざまずくという幼女のクマリ。
初潮を迎え、大人になった歴代クマリは、不幸な人生を辿ることが多いと聞きました。
       





そうそう、話はそれますけど
ネパールには国王がいますが・・・、これがまた評判悪い。

ガイドはこう言っていました。
ネパールってどこ?という人が多かったが2001年の事件世界中に知られる国となった」
当時の国王一家を含む約10名の王族が、王太子の銃の乱射によって殺害されたという衝撃事件。




王族のなかでも、現国王ャネンドラ国王一家(前国王の弟)だけ生き残ったという不自然さと、
その後の、議会停止などの専制的な政治がネパール国民の反感をかっているそう。




ガイド談「前国王ビレンドラ国王は民主的だった。尊敬を集めていたほどではないが、現国王よりずっとよかった。」

という言葉を納得させるかのように、
いろんなところで、前国王ビレンドラ国王・王妃の肖像を見かけました。

(前国王のビレンドラ国王と、アイシュワリャ王妃)


去年の議会で、現国王の政治的権力は剥奪され、
すっかり王制も存在感のないもの=(王族は一般人と同じ)になったとのこと。



ネパール紙幣を見てみると、
前国王ビレンドラ国王の紙幣、現国王ギャネンドラ国王の紙幣、最新の紙幣はエベレストのデザイン。





あらためて、タイ国民にこんなにも慕われ尊敬を集めている→プミポン国王
偉大さを、感じずにはいられませんでした

カトマンズを歩く

2007-12-27 23:58:10
カトマンズの街の、朝の風景
住民の家の屋上には憩いのスペースがあって、洗濯物を干したり、朝食をとったり・・・ こっそり眺めちゃいました。

(ネパールの首都とはいえ、高層の建物もなく、住宅地はこんな感じで広がります。)



きょうは、パタンカトマンズ盆地のかつての3王国のひとつ →カトマンズ  →バクタプル)へ行く予定でした





ところが・・・、ガイドから連絡が入りました。
カトマンズでデモ発生。  石油の高騰に抗議しているものです。」

話を聞くところ、投石はしているものの、そう危険はないとのこと。
ただ、警官と国民があれやこれやすることで、道は渋滞しそうだと・・・。  石に当たっても痛いし・・・


ということで、“本日は適当に街歩きを楽しんで〜” と言われたのでした。






そこで急遽、カトマンズをテクテク歩きすることに

出発は、→タメルチョーク。
そこから南下して、Uターンをするように地元のバザールを通って戻ってくるルートに。



ただいま南下中  ダルバール広場へ向けて・・・。
カトマンズの比較的交通量の多い通り、Chhetrapati →Nhyokha Toleに進行。

(歩道はありません。人力リクシャーと車に気をつけて歩かねばなりません)




その間にも、野良牛の家族がゾロゾロ歩く列とすれ違ったり、異国情緒楽しめます
ダルバール広場に到達し、そこからV字に北東へ進むと・・・、

インドラ・チョーク Indra Chowk へ。

(ここも中世から変わらないような雰囲気のバザールで、観光客も地元人も行き交う)




すでに、坊ちゃんはベビーカーで爆睡していて、かぁちゃん気ままにお散歩。
ネパール旅行に、ベビーカーは欠かせません   →タイ育児に必需品ベビーカーは各地で酷使されてますけど。



雰囲気としては、タイで例えるなら、
→カオサン通り と、→サンペンレーン市場 を足して割った感じかな。

売られているモノは、土産物から生活用品から、食料品までさまざまです。







そうこうしているうちに、アサン チョーク  Asan Chowkです。
数本の道が交差するところ=Chowk は、一際人々の賑わいがあります



この周辺には、地元住民が買出しに来るような、スパイス屋や八百屋がズラリ。

(山のように盛られたスパイス。 カトマンズの中でも活気のある場所の一つ)





ベビーカーで眠り続ける坊ちゃんは、お気軽でよし。
さすがに少々疲れてきたかぁちゃん・・・     どうしても美味しいカフェラテが飲みたくなった!



カトマンズ初心者ゆえ、ゆっくりできるカフェの検討がつかず・・・
ひたすら北上すること約1Km。






タメル地区に再び戻り、西洋人が多く出入りしているカフェを発見
ここで、タイミングよく目覚めた坊ちゃんと一服

(カトマンズって、外国人がじつは多いことを知った場所です!)



古都巡りが、意外にも街歩きになった1日。
外国を旅するのに、自分の足で歩くことは、楽しいもんだなーと感じたりもしました。

                                               疲れましたけど・・・







あ、やっぱり
街中には“こん棒” みたいなモノを持った警察官がウロウロしていたりしていたんで、
デモが街のどこかであったんだなーと、呑気に思ったりもしました。

ネパールもガソリン高いです。
1L=約100円くらいかな。 これ、ネパールの物価でいうと、激激激高!!



バクタプルの町

2007-12-26 23:59:14
15世紀から18世紀にかけて、王国(カトマンズ盆地に君臨した3王国のひとつ)の首都であったバクタプル

ネワール族によって築かれた町で、精巧な木造彫刻や、レンガ造りの町並み、
人々の暮らしは今でも中世にあるかのような、文化的にも貴重な古都です。


(バクタプルの大通りに面した八百屋には新鮮な野菜が並ぶ)


1時間もあればグルリと町を一周できそうなほどの町ですけど、
バクタプルの町の中は、レンガ造りの建物の間に細い路地が入り組んでいて、迷子になりそう。


この町に詳しいガイドと散策できたのは、ラッキーでした




町の中には、ほとんど車がなく、
300〜400年前とほとんど変わらない暮らしをしていると思えるほど、ノスタルジック








ここは、小学校です。
児童が校舎から元気よく出てくる姿、教員がくつろぐ姿、自習する生徒の姿があります。

(バクタプル周辺には15万人もの人々が住んでいるそう、だから学校も多いとか)


町の生活通りを歩いていても、なんだか「映画の世界」に自分が入り込んだ錯覚に陥るくらい!


そうそう、じつはこのバクタプル、
映画「リトル・ブッダ」の撮影にも使われたそうです。  

時代の進化とは、まったく無縁とも思える人々の暮らし、町の風景・・・。






テクテクと路地の中へ進んでみることにしました

すると、4世代家族が編み物をしているところに遭遇、ちょっぴりここで団欒することに。
ガイドがネワール語が話せて助かりました。    ここに住む人々はネワール語しか話せません

(生後10ヶ月ほどの女の子の赤ちゃんと坊ちゃん)

女の子の赤ちゃんの目の周りに、黒いアイラインが引いてあります。

これ、この周辺では乳児〜少女によく見かけたので、聞いたところ、
「目の病気をしないように」という風習のようなもので、漢方に似たモノで目を保護しているのだとか。




ここに集まる女性達の中で、1番の長老の お婆ちゃん

(近くにいた鶏にビビり、お婆ちゃんに抱っこされて・・・ 少々べそかき坊ちゃん)

お婆ちゃんの歳を尋ねたところ、
「んーと、だいたい80歳くらいかな? 80は越えているかな。 はっきりと知らないのよ。」 (ガイド訳)

ここでは、年齢は大して重要なことではなく・・・、
また、お婆ちゃんは、生まれてから、たったの1度もこのバクタプルから出たことがないのだそう。




発展し続けている都会、バンコクから来た私たち母子にとって、
ここでの暮らしに触れることは、歴史探索に近い体験です

(町の広場をゆく住民を眺める坊ちゃん)




最盛期のネワール文化が花開いた、芸術の集合体、
ダルバール広場は必見。   →3王国の一つカトマンズのダルバール広場




なんとも言えぬ、余韻を記憶に残して、
カトマンズへ戻るべく、バクタプルを後にしました







山里をゆく

2007-12-26 23:58:46
→ナガルコットからは、天気がよければ・・・、
遥か遠くにエべレスト(サガルマータ=ネパールではこう言う)が見えることもあるらしい。


ネパールでヒマラヤ山脈を眺めるのには、空気が澄んでいて雨も降らないこの時期がいいとのこと、
でもナガルコットに来てからどうも霞んでしまって、ハッキリ見えない・・・。
                       丘陵でこんな感じのときは、カトマンズなどの盆地からは、山々はまったく見えない。


ナガルコット滞在3日目にして、ようやく山脈の全容が明らかに!! 

(尖っていてわかりやすいランタンを始め、連なるヒマラヤがすばらしくキレイ!)



ヒマラヤとナガルコットの村の一部がよく見えるこの場所で、
午前中は、坊ちゃんとひたすら景色を楽しみました・・・



と、言っても坊ちゃんは1歳児。
大人のように、山ばかりみて、楽しめるはずもありません。




ここの展望台には、こんな素敵なブランコがあるのです

(このブランコに2人乗りして、遊びながらゆられて眺めました)


そうそう、このブランコは、この周辺の民族祭りで使われるモノだそう。
このブランコに大人が乗って、みんなでそれを囲むという祭事。




どこかで聞いた話・・・、
そう、タイのアカ族の村にも、同じ形のブランコがありました。
毎年9月にブランコ祭りがあって、やはり同じように皆でブランコを囲むと言っていました。


民族の習慣って、どこか通じる部分ってあるもんなんですね。







そうこうしているうちに、ナガルコットとお別れする時間がやってきました。

ネパール人ガイドが迎えに来てくれ、
山の麓にある古い町、バクタプルへ向かいます

(山里にポツリポツリとある集落。この山里は、ネワール族の集落がほとんどだそう)


そうそう、ネパール滞在を有意義なものにしてくれているのは、ガイドの影響が大きいです

ネパールの国について、文化、政治、民族の習慣、国民の考え、娯楽、日常生活、歴史・・・
なーんでもサラリと会話に織り交ぜて話してくれます



ちなみに、ガイドさんは、ネワール族出身です。
じつは、ネパールに来て2日目に、ガイドが地元の人と話す言語が2種類あることに気づきました。


尋ねると、ネパール語とネワール語、とのこと。
ネパール語は、インド語に発音が似ているような気がします。
ネワール語は、韓国語の発音に似ていて、かなり優しい印象を与える音でした。


カトマンズに住むかなり多くの人は、ネワール語も喋れるし、通じるそうです。







ここは、ネワール族の人々が暮らす山里。

(住宅は1番高層階に台所があり、リビングは2Fだそう。団欒する女性達・・・)




「ネパールは農業国です。」、まさにそれを感じる風景、
畑仕事をする人々の姿があちこちで見られます。  お米、小麦・・・などを作っているそうだ。

(畑で作業をしている女性)



これから、ここで暮らすネワール族の文化が、
数百年もの間、生き続けている古い町へ向かいます
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