ピーマイ遺跡
2008-07-20 23:59:02
→コラートキャットの泰三のルーツでもあるピーマイへ行きました。
タイの→東北地方(イサーン)の入口の街、
コラート Korat (ナコーン・ラーチャシーマー/Nakhon Ratchasima)はバンコクから約250km。
周辺にクメール遺跡が点在していて、東北部へ続く交通の要所としても発展してきた都市です。
そのコラートから北東へさらに60kmほど進むとピーマイ Phimai に到着です。
クメール帝国の時代(約1000年前)に建造された遺跡が残り、わずかだけど城壁も残っています。
まるでアンコールワットのような造りで、寺院を中心に人々の生活があるような遺跡の町。
タイ国内には数多くのクメール様式の寺院や仏塔が残っていますが、
ここピーマイ遺跡は、タイを代表する遺跡の一つといってもいいくらい

(カンボジアの→アンコールワットと酷似した遺跡です。 ピーマイは規模が小さい)
→アユタヤのクメール様式の遺跡
このピーマイ遺跡はアンコール朝時代(11世紀頃)に完成したとされていますが、
荒廃がひどく、遺跡の中央にある塔や回廊などは50年前にタイ政府が修復したのだそうだ。

(外側や塔内にある彫刻にも物語があるようで、目を凝らしてみると興味深い)
周辺には崩れかけているような回廊があります。
それでも手入れされた芝生に座り込んで、ボーと360度囲んでいる回廊を眺めると
なんとも寂しくなるような、クメール帝国の繁栄した様子を想像できるような・・・

(当時は美しい彫刻が刻まれていただろう遺跡の一部にしがみつく坊ちゃん)
外国人観光客ももちろん多いのですが、
タイ人もたくさん訪れていて、ゆっくり見学しています。
となれば、遺跡の周りをテケテケ走っている坊ちゃんは・・・
タイ人のお姉さんに遊んでもらってます。

(本当にタイ人はどこの子であろうと、親しげに遊んでくれます。 母、助かります。)
カンボジアが申請していた、タイとカンボジア国境に位置するクメール遺跡
カオ・プラウィハーン(プリアヴィへア)が今月 世界遺産に登録されたことで、
領有権 云々・・・が両国で大きな問題になっていますよね。
タイの周辺各国は、侵略が繰り返されてきた歴史上、
文化も遺跡も人々も境界線があるようでないようで・・・。
→ビルマとアユタヤの戦い
→東北部スリンに住むクメール系の人々
→ラオスで通じるタイ語
と、島国の日本人のかぁちゃんは思ってしまうのですが・・・
そんな戦いを繰り返してきた周辺国の人々にしてみると、
“境界” は想像する以上に意味の深いものなのかもしれません。
タイの→東北地方(イサーン)の入口の街、
コラート Korat (ナコーン・ラーチャシーマー/Nakhon Ratchasima)はバンコクから約250km。
周辺にクメール遺跡が点在していて、東北部へ続く交通の要所としても発展してきた都市です。
そのコラートから北東へさらに60kmほど進むとピーマイ Phimai に到着です。
クメール帝国の時代(約1000年前)に建造された遺跡が残り、わずかだけど城壁も残っています。
まるでアンコールワットのような造りで、寺院を中心に人々の生活があるような遺跡の町。
タイ国内には数多くのクメール様式の寺院や仏塔が残っていますが、
ここピーマイ遺跡は、タイを代表する遺跡の一つといってもいいくらい


(カンボジアの→アンコールワットと酷似した遺跡です。 ピーマイは規模が小さい)
→アユタヤのクメール様式の遺跡
このピーマイ遺跡はアンコール朝時代(11世紀頃)に完成したとされていますが、
荒廃がひどく、遺跡の中央にある塔や回廊などは50年前にタイ政府が修復したのだそうだ。

(外側や塔内にある彫刻にも物語があるようで、目を凝らしてみると興味深い)
周辺には崩れかけているような回廊があります。
それでも手入れされた芝生に座り込んで、ボーと360度囲んでいる回廊を眺めると
なんとも寂しくなるような、クメール帝国の繁栄した様子を想像できるような・・・

(当時は美しい彫刻が刻まれていただろう遺跡の一部にしがみつく坊ちゃん)
外国人観光客ももちろん多いのですが、
タイ人もたくさん訪れていて、ゆっくり見学しています。
となれば、遺跡の周りをテケテケ走っている坊ちゃんは・・・
タイ人のお姉さんに遊んでもらってます。

(本当にタイ人はどこの子であろうと、親しげに遊んでくれます。 母、助かります。)
カンボジアが申請していた、タイとカンボジア国境に位置するクメール遺跡
カオ・プラウィハーン(プリアヴィへア)が今月 世界遺産に登録されたことで、
領有権 云々・・・が両国で大きな問題になっていますよね。
タイの周辺各国は、侵略が繰り返されてきた歴史上、
文化も遺跡も人々も境界線があるようでないようで・・・。
→ビルマとアユタヤの戦い
→東北部スリンに住むクメール系の人々
→ラオスで通じるタイ語
と、島国の日本人のかぁちゃんは思ってしまうのですが・・・
そんな戦いを繰り返してきた周辺国の人々にしてみると、
“境界” は想像する以上に意味の深いものなのかもしれません。




