あふれる思い
2007-07-03 11:44:29
marthaさんの記事で「動物のホスピス」について書かれていたのを読み、以前ウチにいた2匹の犬について書きたいと思います。
先に亡くなった方の「マリ」は雑種の16歳。老衰でした。
彼女は母の考えで極力病院は行かず、薬もなるべくあげずにいました。
それまでコリー犬のようにふさふさできれいな毛並みはごっそり抜け落ち、食欲はあっても身にならずどんどん痩せて体重は半分くらいに。筋力もなくなるのでふつうにすわることができず寝たきり状態になっていたので床ずれしていました。そうなると骨がみえてしまうので、母がドーナツ型のクッションをつくり両肩において包帯で巻いてあげてました。その上にかわいい上着を買ってきて着せてあげたりもしました。
もともと外で飼っていたのですが最後は玄関にベッドをつくってそこでじっとしてました。ときどきうなされるように夜中に鳴くので、私が実家に帰った時は膝枕をしてあげて玄関の床に一緒に寝たり…懐かしいです。
いつもごはんを食べる時でも体をさせてあげないと立てなかったのに、最後の日はなぜか元気に立ち上がったそうで、母が「クッションみんなはずそうか」と言ってはずしてあげた後、静かに亡くなったそうです。私はひとり暮らしをしていたのでマリの最後には立ち会えませんでしたが、深い深い愛情を感じるいい思い出です。
もう1頭の「大豆(ダイズ)」はシーズー。
えさの缶やおもちゃらしきもの、ブラシなどとともに近所に捨てられていました。とても愛嬌があって可愛くて、人が好き。スティッチにそっくりで、どこに出しても恥ずかしくないとてもカワイイ子でした
捨てられたくせに人見知りしないところがせつなかった(苦笑)リードを離してしまっても自分から玄関の前でドアが開けられるのを待っていたり。そこで育てられたわけでもないのに、すぐにウチの子としてなじんでしまい、ご近所では知られた存在に。
この子は病気になってしまい、手術も受けました。最後のほうは入院を続けるのもストレスになりそうだったので、点滴を受けたままウチに連れて帰りました。
そして最期の日。自分でたちあがることも難しかったのによろよろと立ち上がり私達に挨拶をするように近づいてきてから亡くなりました。ウチにいた時間はマリより短いけれど、近所の人気者でみんなに愛されました。
治療を受ける受けない、というのは飼い主の判断です。が、病院に行かないからといって世話をしないわけではないし、marthaさんが書かれていたホスピスのように最期の日を迎えるまで心静かに過ごせるように見守るのがその子たちをペットとして家に向かい入れた人間の役目だと思います。
この話しをすると涙が止まらなくなってしまって、現にいまも会社でこっそり書いてるのですが鼻をすすっております。ボロボロです。ちょっと離れたところに席があるのが幸いしてます(苦笑)
今は2匹とも虹のむこうで痛みも不自由もなく遊んでいると思います。悲しみの涙ではなく、愛があふれておさえられなくなる涙なら許してくれるかな(苦笑)
先に亡くなった方の「マリ」は雑種の16歳。老衰でした。
彼女は母の考えで極力病院は行かず、薬もなるべくあげずにいました。
それまでコリー犬のようにふさふさできれいな毛並みはごっそり抜け落ち、食欲はあっても身にならずどんどん痩せて体重は半分くらいに。筋力もなくなるのでふつうにすわることができず寝たきり状態になっていたので床ずれしていました。そうなると骨がみえてしまうので、母がドーナツ型のクッションをつくり両肩において包帯で巻いてあげてました。その上にかわいい上着を買ってきて着せてあげたりもしました。
もともと外で飼っていたのですが最後は玄関にベッドをつくってそこでじっとしてました。ときどきうなされるように夜中に鳴くので、私が実家に帰った時は膝枕をしてあげて玄関の床に一緒に寝たり…懐かしいです。
いつもごはんを食べる時でも体をさせてあげないと立てなかったのに、最後の日はなぜか元気に立ち上がったそうで、母が「クッションみんなはずそうか」と言ってはずしてあげた後、静かに亡くなったそうです。私はひとり暮らしをしていたのでマリの最後には立ち会えませんでしたが、深い深い愛情を感じるいい思い出です。
もう1頭の「大豆(ダイズ)」はシーズー。
えさの缶やおもちゃらしきもの、ブラシなどとともに近所に捨てられていました。とても愛嬌があって可愛くて、人が好き。スティッチにそっくりで、どこに出しても恥ずかしくないとてもカワイイ子でした
捨てられたくせに人見知りしないところがせつなかった(苦笑)リードを離してしまっても自分から玄関の前でドアが開けられるのを待っていたり。そこで育てられたわけでもないのに、すぐにウチの子としてなじんでしまい、ご近所では知られた存在に。この子は病気になってしまい、手術も受けました。最後のほうは入院を続けるのもストレスになりそうだったので、点滴を受けたままウチに連れて帰りました。
そして最期の日。自分でたちあがることも難しかったのによろよろと立ち上がり私達に挨拶をするように近づいてきてから亡くなりました。ウチにいた時間はマリより短いけれど、近所の人気者でみんなに愛されました。
治療を受ける受けない、というのは飼い主の判断です。が、病院に行かないからといって世話をしないわけではないし、marthaさんが書かれていたホスピスのように最期の日を迎えるまで心静かに過ごせるように見守るのがその子たちをペットとして家に向かい入れた人間の役目だと思います。
この話しをすると涙が止まらなくなってしまって、現にいまも会社でこっそり書いてるのですが鼻をすすっております。ボロボロです。ちょっと離れたところに席があるのが幸いしてます(苦笑)
今は2匹とも虹のむこうで痛みも不自由もなく遊んでいると思います。悲しみの涙ではなく、愛があふれておさえられなくなる涙なら許してくれるかな(苦笑)



