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東京-最後の夜に見たもの- NO7 [2008-03-30]07:25:24

ここ数日の周辺創価の動向が妙に緊迫して、こちらにポイントを絞った照射を繰り返して来る為、エントリー更新が遅れています。

私がそれでも無理を通す場合には飼い鳥への脅し照射が酷く、先程も前方菓子工場裏に密接した老人宅住居方向より、固定の飼い鳥を狙い込んだ照射が連続でなされています。

前方菓子工場と裏の家屋方向

照射を何度も確認する方向

前方・左、常に照射反応のある家屋方向



近隣創価照射マップ3.11

最新照射元マップ


これを打ち込んでいる合間にも、前方ガレージ前宅(徳島ト○タ整備工として勤務)方向より、特定飼い鳥を狙った脅し照射を確認。
又、簡易測定にてこちらの照射機材を置いた場所は判明しています。
※赤○の入った納戸の中。確かにこちらに置けば、まだ家屋の自分達への被害は最小に済みますね。
前方ガレージ前宅方向・簡易測定の結果確認する照射機材の位置


※この周辺創価の直接指揮は、田を挟む側面・電気工事業者宅より行われている模様。
今回、他の方向がかなり加害者サイドとして表に出た為、今度は前方からの加害行為により、こちらが最悪党に訴えて行くとしても、そちらへ眼が行くようにと言う作戦かと。



上記記述の後、12:20前後まで強制睡眠を仕掛けられて眠っていました。
今日は昼にも一度強制睡眠により、夜の7:30頃まで眠らされていましたので、身動きも取れず。もう無茶苦茶な生活ですね。
唯、その強制睡眠の前に少々気付いた点が幾つかありますので、そちらは別エントリーで纏めます。

この強制睡眠への対応方法も考えるべきですね。
※一番簡単なのは、反射機能でも持ったヘルメットを付けるのが一番なんでしょうけれども。

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このままでは非常に危険な事態へ進展するのではないかと言う危機感が、ここ数ヶ月間否応がなく送り続けた創価のストーキング被害の日々から、直感的に意識の中へ警鐘を鳴らします。

私はお礼もそこそこに慌てて店から出ると、環状七号線に向かって走り始めたのです。

環七はほんの10数メートル先に見えており、私は後方にあの軽自動車が追って来るのかもと何度か振り向きながら確認しましたが、あの車は姿を見せないままでした。
視界が開き、眼の前に環状七号線の広い通りと、車の往来が飛び込んで来た後、こちらの中野方向に進む車線では通常タクシーの移動量も少ない為、反対車線側へ移動。

直ぐ眼の前を通り過ぎようとしていたタクシーを呼び止めると、そのまま乗り込み渋谷へ向かって欲しいと頼んだ後は、即顔が車窓から見えないように体を下へとずらし、更に私は少し特徴のある髪の纏め方をしていたので、それも全て外した上で、内心部屋の鳥達がどうなっているのかが最大に気にかかりながらも、沈黙のままタクシーが渋谷へ到着するのを待ち続けました。

タクシーが渋谷に着いたのは、既に1時後半になった頃で、駅前周辺の店は殆ど当日の営業を終えてしまっている状態。
実の所、長年住まいを構えていた世田谷若林は、渋谷へ電車で最短15分で到着するような場所であった為、周辺の気軽に停泊出来るホテル等には殆ど縁がありません。
通常なら前以ってネットでの検索にて情報を得てから行動しますが、既に数年前からテンペスト使用でネットでの情報も盗み見されている状態だったと気付いて間もない時期でもあり、又行為そのものが加害者側に情報を与えているようなもの、全面監視盗聴盗撮の状態ですから、友人に聞くにしても同じ結果です。

今回は全くの情報もない状態での移動だった為、私は一度ハチ公前派出所に出向き、警官に近辺のホテルに付いて質問をしてみました。

巡査は通常通りの対応で、近辺のホテル一覧がある事、その紹介の電話番号等をコピーし、それを手渡して貰った後、幾つかのホテルへ電話してみたのですが、ふと気付いた事がありました。
先程の自室でのタクシーを呼ぼうとした時の状況です。私があの後ホテルへ泊まるつもりなのは、外部での会話の盗み聞きから、既に創価の手に渡っている筈だと気付いたのです。

ホテルは既にあちらの探索の対象として押さえられている可能性が高い。
回避し、どこかで一晩、明日警察署に刑事氏が来る頃までやり過ごした方が得策ではないかと。

東京・逃走の初日・渋谷西武本店前のマクド○ルドにて

※この図には店内配置が一部あやふやな点もあります。もし正確な情報をお持ちの方はご連絡下さい

その後は一旦駅前の飲食店に飛び込み、そしてそちらも閉店になると24時間営業の渋谷西武本館前のマクド○ルドへ移動しました。

店内は既に平常営業を終えており、深夜用の構成で3階の禁煙フロアは一旦清掃に入り、朝5時まで2階の喫煙フロアのみ使用可能な状態になっていました。

一番安価に過ごせる事や場所的に眠る事のない街でもある為、店内はほぼ満席状態でした。
壁際の二人用座席が空いているのを見つけると、そちらへ移動しやっと腰を下ろす事が出来ました。
その時に考えていたのは、兎に角朝まで遣り過ごし、9時頃が来たら警察署へ出向き、この手元にある証拠データを、あの刑事氏に手渡そうと言う事が真っ先にあり、その後は一体どう動くのかぼんやりとしか自分でも掴めていない状況で、矢張りこの異常事態に色々な感情的動揺が意識の中を満たしていたのだと思います。

深夜のこのマクド○ルド店内は正に渋谷の縮図のようで、聞こえて来る会話からかなり危い生活を送っている人物も多数。しかし、その会話を聞きながら、ふと頭を過ぎった事は自分の今後の身の隠し場所をこう言う人々ならば、良い所を知っているのではないかとも。

それは実行される事はなく、それまで続いていた寝不足と疲れから、私はうとうとと席上で浅い眠りに落ちてしまったのでした。そして、何かこちらに向く気配を感じ、眼が覚めたのは朝の6時。
ふと眠りに入る前まで色々な話を交わしていた男性4人が座る斜め前の席を見ると、既に彼らは去った後でしたが、その代わりに私の座席からは一番前に当たる場所へ、二人の若い男が座っているのが確認出来ました。

渋谷に良くいるタイプで、こちらを二人でじろじろと執拗に見ながらそれぞれの携帯を覗き込み、更に私の顔と見比べているのが、即解かるような状態です。そして何等かを相談し一人が携帯に耳を当て、誰かに連絡を取ろうとしているのを確認した段階で、私は急ぎ席を立ちました。

まさかこんな形でこの場所にまで追っ手を掛けるとは、まだ全体を掴みきれていない私には予想外だったのです。

しかし、時間はまだ予定していた9時には程遠く、警察署へそのまま駆け込むべきかどうか悩みました。
考えながら渋谷ハチ公前の派出所前で暫しの合間、考えあぐねていたのですが、矢張りその時はかなり私自身が冷静さをなくしていました。
そのまま派出所にいた巡査に相談すると言う行動に出てしまったのです。

実の所、昨晩の内に自分が創価の隣人達とトラブった上で追われている事と、危険な状態に陥った事をそれとなくその時にいた巡査には話してしまったのですが、夜にいた担当巡査は心配してくれたようで、色々と話を聞いた上でホテル一覧のコピー等を私に手渡してくれました。
しかし、朝、今眼前にいる巡査は当然と言えば当然の事ながら、単なる妄想か虚言で自分をからかうか危い状況だと判断した様子で「仕方がないな」とばかりに笑いながらの対応をされてしまう訳ですが、昨夜の応対してくれた巡査が奥から現れ「署なら今行っても大丈夫ですよ」と昨夜と同様、冷静な対応をして回答をくれたのでした。

私が周囲の状況を確認し、焦りながらタクシーへ乗り込む際に先程の巡査に対し「あれは普通のトラブルとかじゃなくて創価が相手だから」と話しているのが聞こえ、その後二人の様子を伺い見るに、先程の巡査も至極納得した様子で、ふと私以外にも創価との問題でかなりの人数が区によっては相談を持ちかけているのかと、考えながらその場を後にし、再び世田谷へ移動を開始。

早朝の国道246号線は車の影もまばらで、ものの20分もしない内に世田谷警察署の前まで到着してしまうと、私は躊躇いながらも署の入り口へ進んで行きました。

以前のエントリーで既に紹介したように、東京世田谷時では振動波被害に付いて、警察(少なくとも世田谷区においては)自身がかなり被害状況を把握しており、一度通報で自室へ来訪して貰った際にも「ああ、最近多いんですよ」とのコメントを確認しております。
それだけ事件として多発していたのだと言う事なのでしょうが、そのお陰でこの件に関しては非常に説明はし易い状況でもありました。

続きます。

東京-最後の夜に見たもの- NO6 [2008-03-20]04:34:34

リンクに日本共産党のYouTubeチャンネルを追加しました。

※兎に角妨害が酷い為、小出しに出しながら、書き加えて行く方式を取ります。

尚、今日18日が前回今回と綴った東京最後で最悪の日の1年目となります。
丁度18日に私は早朝から彷徨わざるを得ず、休日出勤に出向いても更に強烈な振動波に晒され、最後は羽田空港へ向かう事となるのです。

17日処分すると言い放たれた東京駅での図

※17〜18日明け方まで、東京駅にて殺害される寸前だった時間帯を簡略化し図版にしてみました。

18日、この時刻は既に徳島1日目となっていましたが、夕刻まで泥のように眠っていたのを覚えています。
昨年と異なり、今年は随分と夜間の気温が高いのも、何か不思議な感慨を感じますね。

そして一年目の今日、早速ダイニングで仮眠をしていたのですが、右足の膝関節と筋肉部位へ照射されたらしく、激痛で叩き起こされました。
昨日膝関節を狙っていたのは、kando宅からだったのですが、こちらばかりではないと思われますし(創価の命令系統は結局一環して並列処理で行われていると言う事を今日改めて確認しましたので)今後の観測強化が必要でしょう。

父母が今日は親戚と墓参りに出向いた為、強制睡眠を夕刻の4時後半まで掛けられていた為、今日は上階の確認が取れておりません。

東京の他に電磁波犯罪における被害環境に付いて、更に理解を深めた事象がありますので、それは別エントリーで取り上げます。



まだ春も浅く、夜間の緊張も一旦ほぐれてしまった体には、かなりこの寒さが堪えました。
オフィス街の高層ビルと固められた石畳やアスファルトの上は、疲れた足にも堪えていましたが、無事を保障してくれる、帰宅するべき部屋も一番危険な場所へと変わり、店には今現在では高確率で創価関係者が潜み、店員と言う立場で隠れた場所から、確実に私を攻撃して来る場所へとなってしまう、春の薄暗い早朝の中、腕に抱いたゲージだけが精神的な支えだったのかも知れません。

兎に角、疲れた体にはインテリジェントビル前に整備された大理石の通りや、アスファルトは堪えました。
こんな時には裏道を行くべきだとの意見もあるでしょうが、それは先の逃走の時に散々やってみましたが、創価の実行犯は寧ろそう言う道にも、しっかりと人員を配しており、以前のビジネスホテルの際もわざわざ創価の張った罠の中に飛び込むような事態となった為、通常一般人の全く政治的背景もなく予備知識もない状態では、全く意味をなさないと気付いた為、表通りをそのまま歩き続けたのでした。

オフィス街で流通とも然程通りも関係してない為、殆ど車の陰もありません。人の姿がない沈黙のビル群に寧ろ安堵を覚えた程です。
唯、駅を目指して、途中途中で疲れの為に休まざるを得ない状態にも陥りながら、仕事で見覚えのある筈の通りを歩き続けた結果、何とか地下鉄・新橋駅への地上出口が見え始めました。

しかし、安易に地下へ降りる訳には行きません。
先程の丸の内線・東京駅と同じ状態と変わる可能性は、余りにも高い。
時間はまだ朝6時を回ったばかりで、やっと太陽が周囲全体を明るく照らし上げた頃合です。
出勤の時間にはまだ程遠く、どこかで時間を潰さねばならない。人の多い場所は却って狙われる事は先程のマクド○ルドが教えていますが、それでもあのような状況があの企業店全てで行われたかと言えば、そうでもなかったのです。

襲撃されたマクド○ルド内部での状況

※前回創価タクシー運転手によって、連れて行かれた新橋(駅より20分前後)のマクド○ルド店内での状況を同じく簡略化し図版化

この逃走が始まった初日、私は単身で所持していたものは隣室の秦noが起こした振動波の実証データ、そして財布のみで、夜中の12時証拠データを取られ逆ギレした隣室から、データを採取し終えた途端、最強の振動波を送られ、一旦自室を離れざるを得ない状況下にありました。

当初はデータを採った後、近場のホテルへ移動するつもりでしたが、まずタクシーを呼ぼうとネットで検索し一覧を表示。
別にどの会社にしようと呟いた訳でもありません。
その中から1社を選択し、電話を掛けてみると話中、これが一度ならまだ偶然と思えるのですが、その後数回掛けても話中で、他のタクシー会社にしても皆同じ現象が現れました。

世田谷若林にて隣室より振動波によって襲撃され、証拠データと共に移動せざるを得なかった初日


更に粘って室内で電話を掛け続けるには肉体の負担が大きく、私は何の当てもなく一旦部屋を後にするしかなかった事、そしてこの時点で私の室内には盗聴器が仕掛けられ、更に回線は全てあちらの監視下にあった為、室内での会話が一番危険な状態を招く恐れがあったのです。

当時、相談した刑事氏より「兎に角何か問題が生じた場合には即110番通報をして、その場を凌ぐように」とアドバイスを頂いていたので、夜半外へ出た後、即公衆電話のある場所へ移動しようとしたのですが、その時気付いたのが集合住宅の眼と鼻の先に止められた軽自動車でした。

その時、内部の全員が車内暗闇の中から明らかにこちらを見ているのを確認し、私は間違いなく創価の要員だと判断。
このまま移動するのは危険だと思い、直ぐ横の路地を覗くと、近くで一度助けて頂いたスナックが丁度営業を終える様子が眼に飛び込んで来ました。
私は迷わずそちらのお店へ、迷惑とは知りながらも駆け込ませて貰ったのです。

その店の女性オーナーにも、幾ら感謝しても足りないでしょう。
快く店内の公衆電話の使用を許諾し、中へ迎え入れてくれました。
好意に甘え、早速110番通報を行い、隣室から超強度の振動波浴びせられている事と、その行為に対して注意を入れて欲しい旨を伝えたのですが、その時対応した警察官の様子は正しく創価の要員そのもので、こちらの言う事は全面的に否定ばかり、会話中に何か半笑いのような雰囲気すら漂わせて来る。全く埒が明かない状態でした。
※後日、本署の刑事氏にこの状態を伝えた所「緊急の受付がそんな対応をする筈はない、可笑しい」との回答を得ています。

私は少し前に別の派出所にて確認した異様な光景を思い出し、この時と殆ど対応が同じである事を確認すると(本署の刑事氏に関しては、そのような経験は皆無です)明らかに今夜の状況を鑑みると、創価が全面自分達の体制で私の周囲を囲い込んで来たのだと理解しました。

まだ、世田谷線の最終も残っていましたが、電車での移動は単に付き纏いへ行き先を伝えるだけの行為である事は十分理解していた事と、このままここで滞在する事でオーナーにこれ以上の迷惑を掛ける訳にも行かないと判断し、タクシーでどこか近場のホテルへ移動すると伝え、これに付いて少し会話を交わしたのですが、ほんの数分後、この店の横にある住宅街の狭い道路に次々とタクシーが通り抜けて行くのが眼に留まりました。
少し前まで全く車の陰すらなかったと言うのに。

長年あの場所では生活して来ましたが、あの時間帯でタクシーがあの道路を裏道として使っていると言う話も聞いた事がありませんし、車自体夜半大量に通り抜ける事は稀です。
その不自然さとタイミングが、明らかに創価の罠である事を伝えていました。

私は内心この目の前のタクシー群は無視し、環状七号線にて流して来るタクシーを拾う事を決めながら一旦オーナーにお礼を言い、店を後にしようとした時、ふと右脇3M程に停車された車が視界に入って来たのです。
それは先程私の住居付近で停車していた軽自動車でした。
これも明らかに私を尾けて来たとしか思えない状態です。その時は車内にライトが付けられていたのですが、私が警戒し再度店内に戻り、オーナーと話した後に確認すると、又しても車内は真っ暗となり、車内にいる5〜6人の人間全てが下を向いて、こちらに顔等が見えないようにしているようでした。

東京-最後の夜に見たもの- NO5 [2008-03-11]02:35:02

昨日は本当に危険な状態となった所を、ネットに公開し、何とか病院送りとなる事もなく、現時点ではこうして再びblogへの書き込みも行える環境となっております。(唯、何時危険な状況へ再度陥るか、全く予断は許されない状況ですが)

これもこのblogを見て下さっている皆さんのお陰です。
重ねて御礼申し上げます。
ありがとうございました。

今日も今日で我が家横の駐車場、我が家の壁沿いに停車した軽自動車からは、強烈な放射反応が確認され、今まで疑惑を抱き続けて見ていたものが全て現実の現象として再認識されるパターンが続いています。

昨日も創価の照射システム構造に付いて触れましたが、今回は以前も紹介した創価の照射方法の何パターンかを図表で紹介させて頂きます。
この他に関連エントリーのアンダースロー有り。

創価照射法

関連エントリー
照射方法を考察する
http://sokahigai.blog120.fc2.com/blog-entry-258.html
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特に改札口の駅職員から振動波を受けた為、こんな所まで既に押さえられているのかと驚きでした。
質問する振りをして、なるべくこちらの被害を受けている照射エリアへ引き込むように近付くと、改札口職員は酷く困惑と共に微妙な不機嫌さを表情に滲ませながら、避けようとでもするように少しずつ体を私から離れようと遠巻きになって行くのを確認。

その時点で私は、この職員も創価の実行犯の仲間であると実感しました。

明け方の銀座は早々気楽に、即駅前で入れる店もなく、私は又取り囲まれる危険性を避ける為に、駅前でタクシーに乗り込みました。
しかし、これすら創価の用意した罠だったのです。

運転手は特にこうと言った攻撃もしては来ませんでしたが、私が「駅周辺で、この時刻も開いているお店を知らないか」と尋ねた所、「う〜ん、そうだな、この時間じゃあねぇ…あそこぐらいかな」と、呟きながら連れて行ったのは新橋駅から少し離れたマクドナルドと喫茶マ○アミが並ぶ通り。

知っている方は良くご存知の事と思いますが、どちらも創価系と噂されて久しい店ばかりです。

それでもこのまま歩き続けるには肉体的にも無理があり、ホテル等の宿泊施設はこの2日の状態を考えるに危険過ぎる状態でした。

目の前にある2店から選ぶとなれば、マ○アミに関しては創価関係を除いても、良い噂を耳にしていない為、自動的に後に残るのはマクドナルドとなります。

仕方なく、小脇に上着で包んだ鳥のゲージをこっそりと抱え、目の前のマクドナルドに入店しました。

簡単な飲み物と口に入れるものをオーダーしたのですが、その時に私の注文を受けたのはその店の店長。ふと目の前に飾られた名札が視界に入り、何とはなしに記憶に残りました。

そのマクドナルドは1Fはオーダー会計で2Fから飲食専用のフロアとなり、更に喫煙・禁煙と階が分かれていた為、私は禁煙の最上階となる3Fに移動しました。

丁度3Fは一人の男性がコーヒーを飲んでいるだけで、他には誰もフロアにはいない状態です。

しかし、散々見も知らぬ相手から振動波を浴びせられた私は、この男性にも大変な危機感を感じていたのですが、本当の敵は別にいたのです。

席に座り紅茶を口にした時、又しても足元から全身へと強烈な振動波を浴びせられ始め、私は唖然として、固まりました。

こんな店舗にすら仕掛けられるシステムとは、どのようなものなのか、その時も激しい疑問が沸き起こっていたのを、強く記憶しています。

しかし、このまま振動波に嬲られては体が持ちませんし、何等かの健康被害が十分に考えられました。そこで、多分この現状にあってもこの上着や荷物がある限り、創価は私の声を聞いている筈で、ならばこちらから、ここで私を嬲る事の危険性を明確に提示し、伝えるべきだと考え付いたのです。

その時は目の前にいる男性が、創価の実行犯であろうと考えていたのですが…。

「あの天下のマクドナルドで、死人が出るトラブルを起こしても構わないのか」と、又最小のボリュームで呟いてみました。

するとほんの数秒後に振動波は僅かにですが弱まりました。

この時を逃す事は出来ません。食べ物を口の中に放り込むと、ぬるくなったお茶で流し込むようにして全て飲み込み、立ち上がったのですが、その時又驚くべき展開を目の前で見せられたのです。

私が立ち上がり、ここを去ろうとした段階で突如振動波は停止。それと同時に奥のプライベートルームから、あの店長が現れ絶対にこちらを見ないように目を背け顔を下にうつ伏せ気味にしながら、慌てて私の前を横切りながら階下へ降りて行ったです。

やっと私は事態を理解しました。

私に振動波を浴びせていたのは、その店の店長しか有りえない状態であると。

それにまず、オーダーを取って私は躊躇せず、このフロアへ向かった筈で決して時間の余計なロスがあるとは思えないのですが、一体店長は何時先回りしてプライベートルームに移動したのでしょうか?
それも大きな謎でした。

階下へ降りて行くと、カウンターの向こうではこちらをしっかりと見据えた店長が「ありがとうございました」とマニュアル通りの声を上げているのを見て、私は非常に不気味な心持ちになったのです。

仕方なく店を後にして疲れた足が痛みましたが、しかしもうタクシーはトラップを張られている事がはっきりとした為、使用する事は出来ません。
他に選択肢はなく、私は歩いて新橋の駅前まで移動せねばならなくなりました。
そして、先程の運転手の嘘も明らかになりました。

駅前と言いながら、駅は多分に20分以上歩かねばならない場所に私は連れられていたのです。

続きます。

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東京-最後の夜に見たもの- NO4 [2008-03-10]17:33:38

早速ですが、先程飼い鳥へ散々虐待照射を加えられましたので測定し、その方向が判明した為、こちらに記録します。

田を挟む側面後方・創価老女宅・2F右端部屋方向、同側面・小学校教師・谷○宅2F右の部屋窓方向(こちらはの方向は昼間照射を受けた際に測定した所、家長の使用する黒いワゴンからも電磁波反応を確認しています)そして、後方右斜め端・創価の家屋が2軒斜め合って建っている・常に公明党ポスターを1枚道路沿いの家壁に貼ってあるnakagawa宅方向以上となります。

田を挟む側面前方


思えば数ヶ月前に同じように照射に苦しめられ続け、目の前にある餌すら啄ばむ事を出来なくされて、虐殺された、この鳥の事が真っ先に脳裏へ思い浮かべられ、憤りが渦巻いています。
虐待の果てに-3-
http://sokahigai.blog120.fc2.com/blog-entry-81.html

更に他の飼い鳥への照射を続ける後方左アパート・フレグランス国府向かって左端室方向

後方左アパート方向・赤い○部分が放射を確認出来たポイント


虐待照射追加
我が家前方右・建設会社数○組・倉庫改造娘二人居住宅2F向かって右端窓方向より
田を挟む側面・創価老女宅2F右端部屋方向より

3/9 10:45前後に最終確認
飼い鳥の1羽に今日未明から一定のレベルでの電磁波干渉が取れずに、興奮(怯えた)状態のままにされている。
照射元:田を挟む側面・創価老女宅2F右端部屋方向より
上記に追加し
後方右斜め端・創価の家屋が2軒斜め合って建っている・常に公明党ポスターを1枚道路沿いの家壁に貼ってあるnakagawa宅方向より照射確認。又子供が犯罪に参加している状態が続いている模様。

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延々と照射→回避の状態が続いていました。

私は昼間中移動し続けた疲れもあり、微かに意識も朦朧としていましたが、それでも腕の中の小さな老鳥の事を思うと、この寒さの中本当にこの上着だけで大丈夫なのか気がかりでしたが、早々に上着を取ってしまうと暖まった空気まで喪失させてしまう為、只管これも朝を待ち続けました。

随分とその夜は明けず、辛い時間が長引いた事だけ、意識の中で痛みとして覚えています。

疲労感で一杯になりながら、後は周囲に起きる音を遠くに聞き流しながら、唯々朝を待ち続けました。空が徐々に闇から僅かに紫色へ変化し始め、次には僅かに太陽の気配が空に覗く頃、「今夜はこれまでだな」と例の白髪キャップ帽の男が声を上げると、丁度時計が朝の6時近くを指していました。
周囲の実行犯達と共にこの男はどこかへ姿を消して行ったのですが、これで終わりでも、助かった訳でもなかったのです。

去ったのは、あの白髪キャップ帽の男と夜の担当だった学生達だけ。
その後間もなく通勤サラリーマン・OL風の人間や、少し変わった風貌の人物等が現れ、朝の駅に相応しく徐々に人気で満ちて来たと思ったのですが、この人員殆どがその実、先の実行犯と同じく、私に加害照射する為に集まって来た創価だったのです。

迂闊にも、いえ通常考えれば朝の駅中にあって取り囲む殆どの人員が、自分を傷付け殺害するに至る道を作る者である等と言う考えは、まず持ちはしないでしょう。
私は何とかやり過ごせたのだ、日常に僅かにでも戻れたのだと疲れ切った頭で、ぼんやりと考えながら、まず盗聴器と発信機を付けられた物品を、体から離さねばなりませんでした。

考えられるのは、先に見当を付けたように黒い大きめのバッグと鳥を包んだジャンパーコート。
寒さは確かに体に堪えますが、このまま移動すればこの状態を繰り返す事になってしまいます。私は少々疑心暗鬼気味にもなっていた為、もしかすると鳥ゲージまで付けられたのかも…と言う疑念すら湧きましたが、構造的に考えられるのは矢張り先に挙げた2点のみ。その為どちらかを一旦体から離さねばならないと考えていました。

そして、いっその事捨てるべきなのかとも思いながら、今日このままあの自宅となる集合住宅には大元の内T裕子や秦noがいる為、とても帰還出来る筈もない。
実の所、この最悪の事態が発生する前、金曜日の夕刻私は職場で週末休日出勤にて出る約束をプロジェクトへ共に当たっている同僚と約束していました。

一旦職場へ出向いた上で、職場にて安全を確保し、会社の同僚に相談してみた方が良いのかも知れないと考えたのです。

疲れた脚を引き摺り、その時身に付けているのはシャツ1枚と作業用ズボンのみ。通常なら耐えられるような状態ではありませんでしたが、胸に抱いた小さな老いた鳥の事を考えると、改めて気持ちが引き締まり、何とか自分を奮い立たせる事が出来ました。

それでも会社の鍵は同僚が持っていた為、多分彼が来るのはまだまだ先の時間です。
丁度時刻は始発が走り始めたばかりでした。

完全に気を緩めた訳ではありませんでした。
当時、昼間でも創価の付き纏いは多数私の周囲に確認出来ましたし、この現状ならば直接手は出さないにしても、徹底的に追跡して来るであろう事は容易に想像が出来ます。

まず、この盗聴器が付いた荷物を処理しようと思い付いたのが、コインロッカー。
目の前にJR取り付けのものがありましたが、東京駅なら移動するライン近辺のものを使った方が良いと考え、そのまま始発発射前に開いた連絡通路から地下鉄の駅へと移動を始めました。
JRを避けたのは元々職場が地下鉄を最寄駅としていた事と何より昨夜のJRの一連の記憶が強く、危機感を覚えた所以でもあります。

移動を始めると、気付いた点が幾つもありました。
まず、先程駅で怪しい動きを見せていた人員がこちらへ一定距離を取りながら近付いて来る事、そしてそれは地下鉄丸の内線への連絡通路の途中地下へ向かう階段を降り、通路を歩み始めて周囲に数人サラリーマンやOL、昨夜と同じような人員が現れてから起こったのです。

東京駅に現れて以来、妙にニヤニヤしながらやって来る老年の男がいました。
その男に関しては創価実行犯である確立が非常に高く、案の定近付いて来ると携帯を取り出し、一気に振動波を浴びせて来たのですが、私が使い捨てカメラで顔面から写真を撮った事により、自ら方向を変えて移動し姿を消して行きました。
しかし、それから目と鼻の先の丸の内地下鉄東京駅の改札近くに進んで行った時、日常のよく見る光景のように通勤の為、電車に向かう様々な職種の人員が私の周囲を取り囲んだ途端、丁度工事の為に間口が狭くなる通路にかかった途端、足元へ例の振動波が襲って来たのです。


続きを読む…

東京-最後の夜に見たもの- NO3 [2008-03-09]03:25:17

その初老の男は随分手馴れた様子で店を指示した後、更に若い学生(どうも数と全体的な纏まりや似通った雰囲気から創価大学生と推測)を集めると、丁度階段より数メートル離れた所で陣取りました。
そしてそのまま手にした避難用のバッグ、カートで引き摺っていた荷物をそこへ一旦置くと何やら開始し始め、次には私の座っているポイントに激しい振動波が襲って来ました。

今から思えば、あの荷物の内に電磁波派生の機材が入っていたのでしょう。
現時点の私なら、照射確認は間違いなくしていたのですが、当時の私はまだ電磁波への知識も乏しく、全く未知の領域であり、何とかこのポイントをずらす事を考えるのが精一杯でした。

そう言えば、今ワーキングプア問題で矢鱈と取り沙汰される「漫画喫茶」ですが、少し前2chの被害者スレで「電磁波被害を避けるなら漫画喫茶は危険だ」とのレスが入っていましたが、既に昨年の3月の段階でそれ等の業務店舗はどうやら創価実行犯達に把握されていた模様。

丁度若い実行犯とこの初老の男の会話をずっと聞いていたのですが、私が丁度東京駅周辺で深夜まで営業している店を知らなかった為、彷徨っていたのを挙げ、若い坊主頭の男(毛糸帽)が「この周辺って深夜までやってる店ないんですか?」と尋ねた所、「そんな事はない、一杯ある」とその漫画喫茶等を例に挙げていたのです。
※多分、この初老の男は東京駅から秋葉原まで移動した上での事を考えていたと思われます。

創価に把握されていたのは、多分ワーキングプア問題以前に、このような実行犯達が平素の自分達が眠る際等に利用しているからこそ、完全把握されていたのかも知れません。

振動波が強くなると、申し訳ないとは思いながらホームレスの方に体を寄せます。ホームレスも流石に妙な振動に気付き、「何だ?」と辺りを見回す。途端に止まる振動、この繰り返しです。
しかし、周囲は囲まれ脱出する術もない状態であり、私は正に窮地に追い遣られていましたが、先程の男子学生の様子から、既に私の周囲の何かに盗聴器や場所を知らせる発信機と判断されるものが付けられているのは確実だったものの、もう少し念を入れて私はこの事実を確認してみる事にしました。

丁度、私が使い捨てカメラのみで、携帯(当時は携帯を持っていませんでした)も、何も音声的な記録を取れないと踏んで、集まった若い創価実行犯と寒さを紛らわす為にべらべらと話始めたのを確認。

その時、その白髪のキャップ帽の男は「普通は友達の家に助けを求める。あれはそんな友達すらいないんだよ」と嘲笑したいようでしたが、実際私はその前の被害を訴え親身になった刑事氏にも「友達を頼ったら」と言われましたが、私の友人達は、ごくごく普通の一般人であり、それぞれ既に家庭を持っています。
その彼らに対してこんな犯罪行為、しかも殺人行為すら平然と集団で行って来る宗教団体と関わらせて良いのか否か、彼らの家庭を、その家庭の小さな子供を危険に晒す事を考慮すれば、それは絶対に出来ない事でしょう。

それを思いやれないこの男に私の方も笑いが浮かびました。
そして「自分も同じ癖に良く言う」と、膝頭に抱える老鳥の包んだゲージ向かって、小さく誰にも聞こえないボリュームで一言煽ってみたのです。

続きを読む…

東京-最後の夜に見たもの- NO2 [2008-03-08]00:32:00

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悪夢の始まり-東京3.10以降の現象を確認する- 01.5 NO2
http://sokahigai.blog120.fc2.com/blog-entry-195.html

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ダラス環境医学治療センタ− を追加しました。
電磁波過敏症治療の最先端の場でもあり、日本で唯一電磁波の健康被害を対処している北里研究所病院からも、症例参考等に交流があるようです。(※過去は北里大学とも交流有)

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誰一人いないJR・丸の内出口から、痛みと疲労でかなり脚も重くなってはいたものの、不思議な事に全く後からの追撃がない。
改札口は静まり返り、私と小さな老鳥以外は生命の気配もない状態でした。

改札口を出ると更に疲れ切った体を引き摺るようにして、タクシーを探すべきなのかどうなのかを考えながら、少し前に冷たい態度と創価に通ずるあのニヤニヤ笑いを浮かべる巡査のいた丸の内派出所前付近まで歩いて行った所、状況は急変。

一気に周辺へ今度は労働者風の白髪の男が1名、同じく労働者風の男数人、そして如何にも学生としか見えない男女が複数次々現れては待ち構えていたように携帯を片手に何かを打ち込み、その直後私の足元へ例の振動波が発生しました。

そうです、私が外部へ出て来るのを待ち伏せしていたのです。
今までの手口を思うに、それぞれの出口へ人員を配していたのではないかと、容易に推測される手際の良さでした。
そして夜から開始された異常な手際の良さと人員の多さを鑑みると、今までの付き纏い等とは違う、生命的な危険を私は本能的に感じ、足元へ次々と照射されながら、交番も当てに出来ずその背後にある地下鉄への連絡階段方向へ必死で移動した時、その場所で寒さを凌ぎ眠る準備をしているホームレスの一団が目に入って来ました。

その時、私は「これだ!」とひらめき、そのままホームレス達が眠り始めている階段へ降りて行きました。

その時私が考えた事は、創価は何としても私を事故死か、突然死として処分したいようですから、不審な点が残り警察沙汰になるのを極力避けようとする筈です。
先のエントリーで述べたように、私は地元警察署へ隣室秦noが私を殺す為に向けた振動波のデータを採取し、提出したばかりでした。
それ以前に既に上階と隣室から騒音の嫌がらせと、創価に集団でストーキング(警察への説明はこの言葉は使用しませんでした)行為を受けている旨を相談した後であり、一人の刑事氏に非常に親身になって頂いた上でアドバイスを受けたばかりでもあったのです。

深夜となりオフィス街しかない東京駅丸の内出口周辺は既に静まりかえり、人の姿も創価の実行犯しか認められません。
ホームレスの彼らと一緒にいる事により、容易に照射ポイントを設定させずにやり過ごせないかと考えたのです。
これで派手な暴力に出てくれば、ホームレスが目撃してしまいますし、派出所の(先の時点で既に私は創価関係警官であると予想していました。何故なら、派出所はかなりの高ポイントで創価が自らの人員を容易に配して被害を訴えて来る被害者を、更に追い詰める方法を取る事を聞いていた事と、既に私も派出所では一度、その創価要員と思しき中年警官の罠に一度嵌められた事があった為でもあります)巡査も容易には無視出来ない状況となるのではないかと予想したのですが、矢張り思った通り創価の実行犯達はホームレスの中には割って入ろうとはせず、5M程遠巻きに私を集団で取り囲み、何とか照射の設定が出来ないものかと四苦八苦している模様。

その内、若手の実行犯達が(風貌も服装もどう見ても男女共に大学生程度の年齢)痺れを切らし、ホームレス達の中に入る事は流石に出来ないようでしたが、階段の一番上段まで小走りにやって来ると、何とか私に照射を浴びせようと、自分達のギリギリのラインまで歩み、携帯にて照射コマンド、特に女子大生はわざわざ腰を下ろしたりして挑発しながら、幾度か照射コマンドを打ち込むと言う手段に出た為、その時持っていた使い捨てカメラで顔面から撮ってみると、やや思いつめた表情で移動して行ったりと、どうあっても諦めはしない膠着状態が続いていました。

この時、後先を考えない為か、特攻の勢いを付ける為なのか(私は加害者の真正面の顔面から、当時は遠慮なく撮らせて貰っていました)過度の酒に酔っ払った一人の大学生にしか見えない風貌の男が、千鳥足でこちらにやって来るといきなり仰向けになり、階段の一番上段から脚をこちらに下ろすような形で寝転んだのです。

そしてまるで度胸試しのように、寝た振りをしながら必死でホームレスの輪に混じる私へ振動波を浴びせようと照射ポイントを絞っている状態でした。



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東京-最後の夜に見たもの- NO1 [2008-03-04]04:52:13

このエントリーでは私がプロフィールにも記述している、東京駅丸の内出口で創価実行犯達に囲まれ、殺される寸前だった時に見た事象に付いて、部分部分を詳細に記録して行きたいと思います。

つい先頃、この東京駅丸の内出口の交番にて、警察官の自殺が再度起こりました。
tokeisoさんのblogでもそれは触れられていましたが、この交番では過去にも自殺者が出ており、何か問題が背後にあるのではないかと思われていましたが、東京での最大の被害となったあの夜に、私はこの交番の裏で創価の実行犯達に囲まれ、殺される寸前と言う状況下に追い詰められていたのです。

私が助かったのは、丁度この交番の裏にある地下鉄への連絡階段に集まったホームレス達のお陰です。
創価は兎に角私を自然死か事故死に見せかけた上、処分したかったとの事で、電磁波以外の手段は用いて来なかったのです。

実の所3月12日の最後の夜に私は東京中を、集合住宅上階・内○裕子、そして隣室秦noが大元となって創価実行犯達の総動員と言った形で携帯を持っている物には携帯で顔写真を回され、更にIT関連に疎い者にはどうも紙焼きされた写真を回された挙句、その前夜から追われ続けていた訳ですが、ビジネスホテルにて罠に嵌り、最後東京駅でさ迷うような状況下に陥った後、一気に集まった実行犯に囲まれ、丁度夜半12時を境にJR東京駅のホームにて、強度の振動波に晒されると言う、最悪の展開を迎えていました。

唯、先にも記述したように、創価は飽くまで事故死、及び身体異常による突然死を徹底して装おうとしていた為、直接身体に傷が残るような手段を選択はしませんでした。
それは多分、この最悪の結果に進んだ元凶が、先に挙げた秦noの振動波に対するデータを私が測定し、警察に渡した直後であったと言う事情が影響していたのは間違いないでしょう。

ホームに現れた人員は付き纏い同様に多様で、作業要員風の者もいれば通常のOL、サラリーマンと傍目から見れば最終便を待つ風景と何等代わりありません。
唯、通常ホームで見られる最終電車を待つ光景と異なるのは、酔っ払った人間が全くいない事。

そして、一人の女性の目つきが、明確に私への敵意と悪意、そして目的意識ではっきりとした視線を向けて来ている事にも気付きました。

最終電車を告げるアナウンスがあり、その後一斉に私に対して加害照射を開始し始めました。
突然ホーム上の私の足下から、強烈な振動波が発生。
数日間振動波で嬲られ続けた私の脚には、かなりの衝撃と痛みが走り、とても耐えられずその振動波をこちらに向けていると思われる加害者から逃れようと移動を開始したのですが、その移動ポイントの先々でその場にいた人物が豹変し、携帯を取り出した上で、何かを打ち込み始める。即、私の足元へ新たな振動波が打ち込まれると言う、悪夢のような状況が続きました。

私はこのままでは生命の危機に確実に関わるものと判断し、ホームより急ぎ移動を開始。
しかし、余りの疲れと、小脇に抱えた年老いた飼い鳥の為に激しい動きで早々に移動する事は適わず、又今までの経過から考えて現時点では東京全般と近郊には、対象地区の創価に対し顔写真は勿論、殆どのデータが出回り更に追い討ちの輪を広げて来るであろう事は容易に予想が付き、無闇に体力を消耗させる事の不利を考え、周辺の状況を確認しつつ改札口に歩を進めたのです。

すると、これも奇妙な事ですが、改札口に誰一人JR職員がいないのです。

続きます。

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