照射要員の交代
[2008年06月03日(火)]
何が何でも頭部に打ち込み、こちらに障害を引き起こすのが目的のようです。
現在後方と田を挟む・駐車場を挟む両側面から頭部への加害照射を受け、距離感覚が完全に掴めないような状態にされています。
最早、創価にしても協力している左派にしても、既に暴力主義のファシストと何等変わりがありません。
戦前の日本における、左派を弾圧し差別主義の権化たる特攻警察と、同存在とも言えるでしょうね。
戦中の日本陸軍に対して、悪感情を抱いているようですが、今私や家族に照射行動を行っている人間は、その陸軍とも同類と言える行動しか取っておりません。
根拠なき選民意識による徹底差別とそれから生じる絶対暴力。左派の目指すべき理想等、この中には一片も見出せません。
只々、暴力陶酔の弾圧だけです。
※照射方向に付いてはまとめサイトの「照射元に付いて」の項目を、今回更新をかけておりますので、ご参照下さい。
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以前このblogで記述した事項ではありますが、田を挟む側面後方の創価老女宅方向にて、激しい照射が加えられていた頃(今も照射は確認されていますが、出力は抑えられています)、この家の家長である老女が創価の集会か何かで夜一人外出しました。
午後20:00は既に過ぎていた頃ですので、地方の農業地区ですから無論周辺は殆ど真っ暗で、所々に電柱の外灯が燈されているのが頼りになる位(この周辺では、家屋も1部屋の主だった部分位にしか灯りが点らないので、住宅の灯りも非常に疎らな状態と言えます)であり、あちらの家屋も闇の中へ沈んでいました。
偶々私が暗闇の中、廊下を通りがかった際に見上げた時、2Fの部屋の闇に何か赤いチカチカと蛍光色に点灯する小さな光が目に留まりました。
それはどうも一般的に丁度人間の耳辺りの高さで短い距離の移動を繰り返し、暫くして又その灯りも消え完全な闇となった為、何か気に掛かり定点観測を行った所、約1時間程して肝心の家長は帰宅し、家屋前の外灯は消され家屋そのものに灯りが燈されたのを見て、非常に奇妙な感覚を覚えると同時に理解しました。
あれは照射専用の要員が2Fにいるのではないかと言う事で、あのチカチカと光っていたのは多分に携帯の光かと思われます。
以前もこの家屋方向は被害が一番酷い時に、近隣の創価宅と推定される場所から人員が訪問して来た途端、一気に照射出力が強められ被害が深刻化したと言う現象も確認しており、数人のローテーション、若しくは専用の照射人員で照射暴力の行動を担当し、その為に通って来ていたのではないかと言う疑問を感じていました。
何故又してもこれに付いての考察を記事にしたのかと言えば、加害照射活動が一番強烈だった頃に庭先の定位置へ止められていた自転車が、昨今消えたのを確認したからです。
これを記述する際に関して、手持ちの画像データを確認しましたが
初期は自転車なし→07.11自転車有り→08.03まで自転車有り→一旦この方向から照射は停止される(だが自転車は残る)→そして照射再度確認後(自転車は完全に消滅)
となっており、その間かなりの車輌による訪問者が多数いた事も忘れてはならない事項かとも考えています。
確かに年齢的なものから単純な放射性メーザーでの被害者への特攻は可能であっても、確実な照射は可能かと言えば、中々難しい点も多いと判断されます。
あの夜の一件はリモートの他に照射要員の配置の可能性も示したものとして、現在周辺加害者の状況を観測中です。


