時代遅れな私
2008-08-18 00:00:33
昨日は再・内覧会でした。先週指摘した床の傷などは、キレイに直っていました。そしてもうすぐ、引き渡しと引越です。初めてモデルルームを見に行ってからたった2.5ヶ月で引越する私を、友人達は「さすがしずかだね。」と笑っています。友人の間では、私は黙々と課題をこなす人として有名です。
話は変わるようですが、先日テレビを見ていたら、精神科の医師が出演者の心理・行動分析をしていました。先生があるタレントに対して、「このタイプの人は『いかに用事を効率良くこなすか』ということに喜びを覚えるタイプで・・」とコメントすると、他の出演者は大笑いしていました。そうか、私は笑われるような性格なのか、とあらためて思いました。
TO DOリストがきれいに片付くと、よし!今日はなんて良い日だろう、と思います。脅迫観念でも義務感でもありません。純粋に、用事をこなすことが快感なのです。そして、これはどうやら生まれつきのようで、まだおすわりの赤ん坊だった頃から、パズルのような知育玩具は大急ぎで終えていたそうです。そんな私を見て両親は、「この子のせっかちは一体誰に似たんだろう」と笑っていたそうです。夏休みの宿題は、7月中に終わっていました。人が何年もかけて取る資格を、1年で取得しました(体を壊しましたが)。
しかし、「こんな女性はモテないだろうなぁ」と、我ながら思います。昔から「天然ボケ」に憧れていました。私は優秀な訳ではないので、失敗を沢山します。おっとりした人が失敗すると「天然ボケ」になりますが、私が失敗するとただの「ボケ」です。守ってあげたい、愛らしい、というふうには何故かなりません。加えて世の中はスローライフブーム。「のんびり」「ゆっくり」「まったり」などのキーワードが好まれていますが、私には、「着々と」「ぐんぐんと」などが似合いそうです。まったく時代遅れな性格です。私が青春を送ったバブル時代も同じで、要領よく生き(稼ぎ)、後は夜通し遊んでいるか、「自分探し」として目的を定めないことが流行っていて、私のように真面目に試験勉強しているようなのは、その当時もかっこ悪かったのです。
昭和40年代のモーレツサラリーマンに生まれていたら、あるいは、江戸時代に中店のおかみさんに生まれていたら、「働き者」と誉められたかもしれません。しかし、時代に合わせる為に生きているわけではないので、2008年のこの世の中にあっても、私は私らしく、あくせくと生きていこうと思っています。教師や上司に怒られる回数は確かに少ないですし、損ばかりではないのですから。私にとっては、無理しないこと=せっせと動くこと、なのです。
それでも、ときどき思うことがあります。私がすたすたと歩き去った道の横には、私が見なかった美しい景色があったんだろうな、と。私が猛然と歩いているので、声をかけそびれた人達がいたのだろうな、と。ですから、家のことが落ち着いたら、頑張ってゆっくりしてみようと思っています。ゆっくり歩いたら、どんな景色が見え、どんな人と出会えるのか、今から楽しみです。
明日は月曜日ですね。皆様も素敵な一週間をお過ごしください。
話は変わるようですが、先日テレビを見ていたら、精神科の医師が出演者の心理・行動分析をしていました。先生があるタレントに対して、「このタイプの人は『いかに用事を効率良くこなすか』ということに喜びを覚えるタイプで・・」とコメントすると、他の出演者は大笑いしていました。そうか、私は笑われるような性格なのか、とあらためて思いました。
TO DOリストがきれいに片付くと、よし!今日はなんて良い日だろう、と思います。脅迫観念でも義務感でもありません。純粋に、用事をこなすことが快感なのです。そして、これはどうやら生まれつきのようで、まだおすわりの赤ん坊だった頃から、パズルのような知育玩具は大急ぎで終えていたそうです。そんな私を見て両親は、「この子のせっかちは一体誰に似たんだろう」と笑っていたそうです。夏休みの宿題は、7月中に終わっていました。人が何年もかけて取る資格を、1年で取得しました(体を壊しましたが)。
しかし、「こんな女性はモテないだろうなぁ」と、我ながら思います。昔から「天然ボケ」に憧れていました。私は優秀な訳ではないので、失敗を沢山します。おっとりした人が失敗すると「天然ボケ」になりますが、私が失敗するとただの「ボケ」です。守ってあげたい、愛らしい、というふうには何故かなりません。加えて世の中はスローライフブーム。「のんびり」「ゆっくり」「まったり」などのキーワードが好まれていますが、私には、「着々と」「ぐんぐんと」などが似合いそうです。まったく時代遅れな性格です。私が青春を送ったバブル時代も同じで、要領よく生き(稼ぎ)、後は夜通し遊んでいるか、「自分探し」として目的を定めないことが流行っていて、私のように真面目に試験勉強しているようなのは、その当時もかっこ悪かったのです。
昭和40年代のモーレツサラリーマンに生まれていたら、あるいは、江戸時代に中店のおかみさんに生まれていたら、「働き者」と誉められたかもしれません。しかし、時代に合わせる為に生きているわけではないので、2008年のこの世の中にあっても、私は私らしく、あくせくと生きていこうと思っています。教師や上司に怒られる回数は確かに少ないですし、損ばかりではないのですから。私にとっては、無理しないこと=せっせと動くこと、なのです。
それでも、ときどき思うことがあります。私がすたすたと歩き去った道の横には、私が見なかった美しい景色があったんだろうな、と。私が猛然と歩いているので、声をかけそびれた人達がいたのだろうな、と。ですから、家のことが落ち着いたら、頑張ってゆっくりしてみようと思っています。ゆっくり歩いたら、どんな景色が見え、どんな人と出会えるのか、今から楽しみです。
明日は月曜日ですね。皆様も素敵な一週間をお過ごしください。
Posted at 00:00
| 自分を好きでいるために
| この記事の詳細


