時計を誉めよう
2008-06-05 00:21:53
幸運なことに、私は職場の人間関係に恵まれていますが、それでもやはり、仕事のやり方が違ったりして、苦手だなと感じる人がいます。そういう人に、「こちらの意見に歩み寄ってほしい」、「書類を直してもらいたい」、など、機嫌を損ねそうなことを言わなければいけない時って、気が重いですよね。そういう場合に私が使っているのは、「腕時計を誉めちゃう作戦」です。
「少しお話してもよろしいですか?」と話しかけた後に、「素敵な時計なさってますね。」と誉めるのです。「こだわりの時計なんですか?」と質問すると、「ええ、時計好きなんですよ。」とか「いや、安物ですよ。」とかいろんな返事がありますが、その話は適度に切り上げて「この件なんですけど・・」と、本題を出します。要するに、「敵意を抱いて話に来たのではなく、この件について『のみ』議論させてくれないか」ということが伝わればよいのです。ですから、ここは時計ではなくてもネクタイでもカフスでもワイシャツでもなんでもいいのです。
こういうお世辞に反発を覚える方もいらっしゃるかも知れません。でも私は、これはお世辞ではないと考えています。なぜなら、腕時計が素敵なのは本当のことだからです。心にもないことを言ってしまったら、嘘やお世辞になりますが、良いと感じたものをそのまま伝えるのなら、相手も心を開いてくれると思うのです。なので、アイテムはなんでもいいですから、本当に良いと思ったものを見つけなくてはいけません。「良いところなんて一つもないわ!」というくらい苦手な場合もあるかも知れませんが・・腕時計くらい、こぎれいなものを身につけてませんか?あとは、ちょっと頭をひねって、「逆にアリ」なところを見つけてしまうとか。例えばやる気がまったくないオジサマだったりしたら、「いつも力が抜けてていいですね」とか。
若い人には、やはり嘘っぽく感じられてしまうでしょうか?私自身も若い頃は、「自分らしくありたい」という思いが高じて、感情をストレートに出し過ぎていました。「自分の感情に率直であること」が第一だったので、その時にこの話を聞いても、反発をおぼえていたでしょう。ですが、歳をとってエネルギーが少なくなってしまった今、優先順位は「できるだけ摩擦なく、自分の仕事を遂行すること」に変わりました。そして、素顔で会社に行かないのと同じ様に、感情も、スッピン過ぎるのはマナー違反だと思うようになったのです。少しくらい心をお化粧するのは、自分を偽ることではないと思います。
歳をとって心が広くなったのではないのです。意見を通してほしいならこちらがまず心を開かなくちゃ、と気付いたところまでは良いのですが、徳を積んだわけではないので、苦手な人に対して開くのは小窓でいいかな、と思うのです。その小窓が「腕時計」なのです。価値観が違う人と仕事で接するだけですから、お互いに気分良く、短く済ませたいのです。恋人でも親友でもないのですから、身をすり減らして価値観をぶつけ合うのは最小限にしたいのです。
やはり厚かましくなったのでしょうね。でも、苦手な相手に真正面からぶつかっている若い人を見ると、昔の自分を思い出して、「そこは折れちゃったら?」と言くたくなってしまうのです。ちょっと考え方を変えれば楽になるよ、と伝えたくなってしまうのです。苦手オーラを出しながら近づけば、相手だって警戒します。先に笑顔を見せてはいかがでしょう。「苦手な人に対して感じ良く接することができた!私今日頑張った!」と思って一日を過ごすのと、「アイツめ〜!」と恨みながら過ごすのでは、どちらがお得でしょう?苦手な人に笑顔を向けるのは、相手に屈することではありません。自分のためなのです。
ずいぶんと偉そうに申しましたが、自分の周りの人には直接言えないので、ここに書いてみたのでした。若い頃、自分の感情を隠すことが嫌だったように、年上の人に分別くさくお説教されるのも煩わしかったので、意見を言うのが恐いのですよ。それなのに、皆様は最後まで読んでくださって、本当にありがとうございます。
「少しお話してもよろしいですか?」と話しかけた後に、「素敵な時計なさってますね。」と誉めるのです。「こだわりの時計なんですか?」と質問すると、「ええ、時計好きなんですよ。」とか「いや、安物ですよ。」とかいろんな返事がありますが、その話は適度に切り上げて「この件なんですけど・・」と、本題を出します。要するに、「敵意を抱いて話に来たのではなく、この件について『のみ』議論させてくれないか」ということが伝わればよいのです。ですから、ここは時計ではなくてもネクタイでもカフスでもワイシャツでもなんでもいいのです。
こういうお世辞に反発を覚える方もいらっしゃるかも知れません。でも私は、これはお世辞ではないと考えています。なぜなら、腕時計が素敵なのは本当のことだからです。心にもないことを言ってしまったら、嘘やお世辞になりますが、良いと感じたものをそのまま伝えるのなら、相手も心を開いてくれると思うのです。なので、アイテムはなんでもいいですから、本当に良いと思ったものを見つけなくてはいけません。「良いところなんて一つもないわ!」というくらい苦手な場合もあるかも知れませんが・・腕時計くらい、こぎれいなものを身につけてませんか?あとは、ちょっと頭をひねって、「逆にアリ」なところを見つけてしまうとか。例えばやる気がまったくないオジサマだったりしたら、「いつも力が抜けてていいですね」とか。
若い人には、やはり嘘っぽく感じられてしまうでしょうか?私自身も若い頃は、「自分らしくありたい」という思いが高じて、感情をストレートに出し過ぎていました。「自分の感情に率直であること」が第一だったので、その時にこの話を聞いても、反発をおぼえていたでしょう。ですが、歳をとってエネルギーが少なくなってしまった今、優先順位は「できるだけ摩擦なく、自分の仕事を遂行すること」に変わりました。そして、素顔で会社に行かないのと同じ様に、感情も、スッピン過ぎるのはマナー違反だと思うようになったのです。少しくらい心をお化粧するのは、自分を偽ることではないと思います。
歳をとって心が広くなったのではないのです。意見を通してほしいならこちらがまず心を開かなくちゃ、と気付いたところまでは良いのですが、徳を積んだわけではないので、苦手な人に対して開くのは小窓でいいかな、と思うのです。その小窓が「腕時計」なのです。価値観が違う人と仕事で接するだけですから、お互いに気分良く、短く済ませたいのです。恋人でも親友でもないのですから、身をすり減らして価値観をぶつけ合うのは最小限にしたいのです。
やはり厚かましくなったのでしょうね。でも、苦手な相手に真正面からぶつかっている若い人を見ると、昔の自分を思い出して、「そこは折れちゃったら?」と言くたくなってしまうのです。ちょっと考え方を変えれば楽になるよ、と伝えたくなってしまうのです。苦手オーラを出しながら近づけば、相手だって警戒します。先に笑顔を見せてはいかがでしょう。「苦手な人に対して感じ良く接することができた!私今日頑張った!」と思って一日を過ごすのと、「アイツめ〜!」と恨みながら過ごすのでは、どちらがお得でしょう?苦手な人に笑顔を向けるのは、相手に屈することではありません。自分のためなのです。
ずいぶんと偉そうに申しましたが、自分の周りの人には直接言えないので、ここに書いてみたのでした。若い頃、自分の感情を隠すことが嫌だったように、年上の人に分別くさくお説教されるのも煩わしかったので、意見を言うのが恐いのですよ。それなのに、皆様は最後まで読んでくださって、本当にありがとうございます。


