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愛を求められる幸せな時代に

2008-05-03 20:52:32
先日食事をご一緒したTさんですが、今後二人だけでお会いすることははなさそうです。Tさんからメールが来ない日は「返事を書かないで済む」とホッとする日々でした。私だけでなくTさんの方も、同じく違和感を感じているようで、やりとりが間遠になってきました。パートナー候補などという以前の問題でしたが、もしも時代が30年前だったら、この話はもう少し先に進んだかもしれないな、と思うことがあります。

Tさんは、難関大学出身で、一流企業に勤務されています。人柄は穏やかで、外見にもなんら問題はありません。無口で不器用そうですが、それゆえに浮気の心配はまずなさそうです。加えて東京出身で次男。昔の価値観でしたら、周囲が熱心に勧めてくれるような好条件でしょう。

しかし、私はそういうことでは決められません。なぜならば私には仕事があるからです。特殊な才能のない私が、女性に仕事が少なかった時代に生まれていたら、自立できるくらい充分な収入を得ることは難しかったでしょう。仮に稼ぎがあったとしても、世間の独身への偏見や男社会の論理に負けて、こんな歳になる前にもっと必死に周囲やお相手にお願いしたでしょう。

一方男性の側には、どうにも家事が立ち行かないという事情があったでしょう。今のようにコンビニや家事サービスがない時代には、大きな問題です。それに、独身への偏見はなにも女性だけに向けられていたわけではありませんし、男性の方も誰かと結婚せざるを得なかったかも知れません。30年前なら・・というのは、そのように考えたからです。

その時代、愛情以外で結婚を決めた女性はそれを就職先として考え、男性は、文字通り「女手」という人材や労働力と捉えていたように思います。そんな風にスタートしても、多くのご夫婦はともに歩み寄り、幸せな関係を築いたことでしょう。しかし、一部の方は、結婚にまつわるしがらみを苦しいと感じ、自由な意思で結婚を決められる世の中であればいいのに、と願ったかもしれません。

そして、今の時代がやってきたのかな、と思います。私は当時であっても結婚できなかったかもしれません。そのかわり、今の私にはどうにか自活できるくらいの仕事があり、独身でいても周囲からあからさまに非難されたりはしません。考えてみれば幸せなことです。女性の社会進出に尽力されたり、涙を飲んで職場を去った先輩達に感謝しなくてはいけません。

安定した生活を送っていて、さらに性格も穏やかな人なのに、そのうえもっと抽象的な愛情というものを求めるのは贅沢なことでしょうか?たとえそうであっても、今の私にはどうしてもそれが必要です。たとえ良い方であっても、この人と何かを楽しみたい、この人の苦しみなら代わってあげたい、必ずしもそうは思えないのです。私は結婚がしたいのではなく、幸せになりたかったのでした。一時的に視野が狭まって、自分がどうしたいのか見失うところでした。

生きるのに精一杯で愛まで到達しなかった先輩達、いつも穏やかに接してくださったTさん、私に自由を与えてくれた仕事と両親、その他いろんな人に支えられ、私はやはり贅沢を言います。私は「いくつになっても好きな人と結婚したい」です。これは大いなる勘違いなのかな。まあ、私の人生ですから、気にしないこととします。勘違いブログを最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。

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