ネガティブ歓迎
2008-03-23 18:02:45
歳をとるのも悪くないな、と思うことの一つに、自分のネガティブな部分と上手く付き合えるようになった、ということがあります。ネガティブな感情はガンガン抱いちゃえ、というのが今の信条です。私には、それをゼロにすることなんてできません。その代わり、それを自分の中でそっと認めて、外に出す前に処理してしまえばよい、と思うようになりました。
昨日、「自分をイライラさせる必要はない」と書きました。それと同じように、「自分にウソをつく必要はない」とも思うのです。羨ましい、ねたましい、やりたくない、面倒くさい、煩わしい。よろしくないとされるこれらの感情を持つ自分が、若いころは嫌いでした。明るくさわやかに生きている友人を見て、どうして私はあの子のように前向きでないのだろうと思い、いつまで経ってもダメな自分に悲観していました。
しかし、思い出すのも恥ずかしいような人間関係の失敗も、積み重ねれば学びとなるものですね。例えば、いつも一緒にいた友達に、恋人ができたとします。おめでとう、という感情よりも、淋しい、羨ましいという感情が勝ってしまいます。若い頃はこの段階で「友達の幸せを喜べないなんて、なんてダメな人間だ」と自分を責め、感情を押し殺し、羨ましく思った自分なんていなかったことにしていました。
ところが、ネガティブな私はいなくなったわけではありません。自分の一部なのに、かわいそうに私自身にも存在を認められず、苦しんでいました。それは、こわばった笑顔、上の空の返事など、言語外の表現となっておもてに出てきてしまっていたと思います。それは、ネガティブな感情を表さないよりも、かえって「痛い」ことだと、いつしか気付くようになりました。だんだん自分のネガティブな部分に慣れてしまったんでしょうか。開き直ったとも素直になったとも言うでしょう。いったん負の感情を認めてしまうと、それを冷静に眺めることができます。
美しくない感情を、手の平の上に取り出して眺めるような感じです。そして、「ああ私ってば羨ましいんだ」と苦笑してしまうと、とても冷静になれます。相手によってはこれでおしまいにし、親友など心を開いている相手には、頑張って、できるだけ品良く口に出してしまいます。「おめでとう。私も嬉しい。でもこれから一人になると思うと淋しいし、意味もなく焦っちゃう。」と打ち明けます。
すると、友達は「なにを言ってるの。しずかとの付き合いに変わりはないし、彼の友達も紹介してあげるから。」と、優しい言葉をかけてくれます。実際そうしてくれます。そして、自分が心を開くと、相手も開いてくれ、いつも明るいその子にも、ネガティブな感情があって、それをどのように切り替えるのか教えてくれたりします。
負の感情は、存在を認めなければコントロールすることもできません。私の子供時代は、そういう気持ちを抱くことはいけないことだと習いました。でも多くの子供は未熟で素直です。あの頃に、ネガティブな感情の処理方法を教えて欲しかったな。そうすれば、青春時代に、あんなに傷ついたり恥をかいたりすることもなかったのに。傷つくこと、恥をかくことがすなわち青春なんだとしたら、そしてそれを乗り越えなければ大人になれないんだったら、致し方ないことだったのかも知れませんが。最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました。
昨日、「自分をイライラさせる必要はない」と書きました。それと同じように、「自分にウソをつく必要はない」とも思うのです。羨ましい、ねたましい、やりたくない、面倒くさい、煩わしい。よろしくないとされるこれらの感情を持つ自分が、若いころは嫌いでした。明るくさわやかに生きている友人を見て、どうして私はあの子のように前向きでないのだろうと思い、いつまで経ってもダメな自分に悲観していました。
しかし、思い出すのも恥ずかしいような人間関係の失敗も、積み重ねれば学びとなるものですね。例えば、いつも一緒にいた友達に、恋人ができたとします。おめでとう、という感情よりも、淋しい、羨ましいという感情が勝ってしまいます。若い頃はこの段階で「友達の幸せを喜べないなんて、なんてダメな人間だ」と自分を責め、感情を押し殺し、羨ましく思った自分なんていなかったことにしていました。
ところが、ネガティブな私はいなくなったわけではありません。自分の一部なのに、かわいそうに私自身にも存在を認められず、苦しんでいました。それは、こわばった笑顔、上の空の返事など、言語外の表現となっておもてに出てきてしまっていたと思います。それは、ネガティブな感情を表さないよりも、かえって「痛い」ことだと、いつしか気付くようになりました。だんだん自分のネガティブな部分に慣れてしまったんでしょうか。開き直ったとも素直になったとも言うでしょう。いったん負の感情を認めてしまうと、それを冷静に眺めることができます。
美しくない感情を、手の平の上に取り出して眺めるような感じです。そして、「ああ私ってば羨ましいんだ」と苦笑してしまうと、とても冷静になれます。相手によってはこれでおしまいにし、親友など心を開いている相手には、頑張って、できるだけ品良く口に出してしまいます。「おめでとう。私も嬉しい。でもこれから一人になると思うと淋しいし、意味もなく焦っちゃう。」と打ち明けます。
すると、友達は「なにを言ってるの。しずかとの付き合いに変わりはないし、彼の友達も紹介してあげるから。」と、優しい言葉をかけてくれます。実際そうしてくれます。そして、自分が心を開くと、相手も開いてくれ、いつも明るいその子にも、ネガティブな感情があって、それをどのように切り替えるのか教えてくれたりします。
負の感情は、存在を認めなければコントロールすることもできません。私の子供時代は、そういう気持ちを抱くことはいけないことだと習いました。でも多くの子供は未熟で素直です。あの頃に、ネガティブな感情の処理方法を教えて欲しかったな。そうすれば、青春時代に、あんなに傷ついたり恥をかいたりすることもなかったのに。傷つくこと、恥をかくことがすなわち青春なんだとしたら、そしてそれを乗り越えなければ大人になれないんだったら、致し方ないことだったのかも知れませんが。最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました。
Posted at 18:02
| 自分を好きでいるために
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