吉村峰子のアフリカに遊びにおいで!

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『カイト・ランナー』&『A thousand Splendid Suns』 [2007年07月27日(金)]
 
タリバンに捕らえられた23名の韓国の方たちの一人目の犠牲者のニュースを聞いて、いま、自分が読み終えたばかりのアフガニスタン出身の作家、カレド・ホセイニの二冊目の本をみつめた。



カレド・ホセイニは、米国に住む作家だ。彼の処女作『カイト・ランナー』はNYタイムスのベストセラーリストに64週も載り、全世界で300万冊を売った。2001年以降の欧米諸国で、アフガニスタン出身の作家が描くイスラムの社会がこれほどの読書を獲得したのは意味がある。CNNやBBCから流れてくる情報を見ていると、欧米社会のイスラム世界に対する誤解、嫌悪、恐怖心は政治的に煽られすぎている、といっても過言ではないと思う。

この『カイト・ランナー』は、スピルバーグ監督による映画化も進められているようだ。書物からでも、映画からでも、自分たちの日常と遠く、離れている世界のことを少しでも知る機会が増えることは単純にいいことだと思う。どうか、映画がこの本の世界を忠実に再現してくれますように。



本書の後半、アフガニスタン人が苦労もなくパキスタンに入国したり、主人公の幼いころ彼をいじめた張本人が、タリバンの中でも残酷な主要人物になっていたりして、やや強引なストーリー展開が気にはなった。しかし、本書は全体の構成が見事だ。イスラムの異文化に触れ、その習慣や人々の考え方に驚かされながらも、非イスラム教徒の私たちにも共通の、肉親の情、自分の損得を超えた責任、といった本書に流れるテーマに引き付けられていく。

そして、カレド・ホセイニの二冊目の本が、『 A thousand Splendid Suns』だ。まだ邦訳は出ていないので、あえてタイトルを意訳すると、「千の輝かしい太陽」とでもなるだろうか。このタイトルを理解するためには、物語をかなり読み進めなくてはいけない。この本の衝撃的な後半部分に救いがあるのは、このタイトルが二人の女性主人公の心情を見事に表現しているからだ。

だが、この本は日本に育った私にはあまりにも辛い本だ。

前半部分に登場する主人公の女性と私は一歳違い。私が小学校の校庭でバレーボールを懸命に練習していたころ、彼女は自分の出生ゆえ、学校へ通うことを許されず、ただ週一回の父親の訪問を楽しみにしていた。私が高校受験の合間にラジオの深夜放送で音楽を楽しんでいたころ、彼女は30歳も年の離れた男に嫁がされた。私が自分の子どもに乳を与えていた頃、彼女は自分の娘のような少女が自分の夫の子どもを産むのを助けなくてはいけなかった。私が職業的に充実した日々を送っていたころ、彼女はタリバンに公開処刑された。

私自身、数多くの文化圏で生きてきているからこそ、それぞれの人の人生を単純に比べることがいかに無意味か、ということは身にしみている。しかし、それにしても、『 A thousand Splendid Suns』に登場するアフガニスタンの女性たちの運命は厳しすぎるのだ。

タリバンが国際社会で知名度を持ったのは、そのあまりにも行き過ぎたイスラム崇拝の姿勢だった。女性の社会進出を徹底的に否定し、バーミヤンの大仏を破壊し、数多くの市民の平安を奪った。だが、タリバンの兵士たちも、アフガニスタンの国としての混乱の中から生まれた子どもたちだということが重い事実として私にのしかかる。

『 A thousand Splendid Suns』の中には、タリバンがアフガニスタンの市民たちに配布した「禁止事項」も書かれている。その中には、「異宗教を広める行いは処刑される」というものも含まれている。

私は暴力を絶対に肯定しない。が、暴力の嵐の中でその正当性をかざす人たちを説得するには、個人の善意や心情だけではどうにも立ち向かえないことも知っている。タリバンが一刻も早く残りの人質全員の解放をしてくれることを切に願う。

ビーズ・ワークショップの資金作りに名案が浮かぶ! [2007年07月21日(土)]
 
ドリームセンターのビーズ・ワークショップのために、資金作りが必要だと気がついたところまではよいのだが、ドンブリ勘定もいいところの私は、きちんとした資金計画が立てられない。

試算をし、計画書を書いて、どこそこの機関に申請し、お金を得られたあかつきにはきちんと管理して、報告書を作る。これがこのような活動をするときに最適な案だろう。そこで、間違っても、赤字を埋めるために自分のポケットを“がそごそ”して帳尻あわせなどをするべきではない、などなど。頭で考えられるのだが、実際、……これができれば苦労しない。

私は算数、つまり計算が苦手だ。中でも金勘定は本当に苦手だ。でも、この活動を続けるためには資金を作らなくてはならない。患者さんの作ったビーズのアクセサリーを販売するための一便を日本に送ったが、実際のお金が来るまでは時間がかかる。

しかし、私の特技は“窮地”に陥っても、あきらめないこと。どんなに困ったときでも、投げ出す、という選択肢はめったに取らない。今回も、「何とかならないか」と、考えていたら、いい考えがぼっと浮かんできた。

以下の招待状を見て欲しい。4月23日は私の誕生日。普段は自分の誕生日に人を招いてパーティをするということもないのだが、今年はこれをドリームセンターの資金集めに利用する、という案が浮かんだのだった。

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皆さま、

私は今年49歳になります。

私の誕生日を今年はダーバンにいる私の信頼する友人たちと一緒に祝いたい、と思いました。

でも、皆さんにお願いがあります。贈り物やお花は持ってこないでください。私は皆さんに私への誕生日祝いに、私ががんばっているドリームセンターのビーズ・ワークショップへのお手伝いをお願いしたいと思います。ギフトの代わりにお金をください。お金は全部このビーズ・ワークショップに使います。当日はスモークサーモンのお寿司とてんぷらをたくさん作ります。皆さんも飲み物とお寿司とてんぷら以外のお料理を一品お持ちください。

どうぞ、お時間がありましたら、我が家まで足をお運びくださいね。

吉村峰子

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何も何歳になるかなど、書かなくてもよかったのに、と後で何人もの友人に笑われた。が、私はこれまででも、自分の年を語るのに躊躇したことがない。この年まで、十分健康で、仕事や自分の好きなことができることが素直に嬉しい。だから、平気で年を明かしてしまう。もう少し隠したほうが格好いいのはわかるのだが、根が単純なので、つい正直に年齢も、お金が必要なことも、話してしまうのだ。

当日は、ダーバンならではの素晴らしい集まりだった。人も食事も本当にバラエティに富んでいた。当日集まった人は、計40名。お料理もたくさん集まった。

私はスモークサーモンと偶然に入手できた大トロも巻いて、合計20本も太巻きを用意。天ぷらは、玉ねぎ、ニンジン、いんげんとイカのかき揚げを大皿に3つ山盛り。デザートにはシフォンケーキも。

そのほかに集まったお料理は、インド風マトンカレー、パキスタン風ビーフカレー、ダーバン・カニカレー、カジキと竹の子のタイ風カレー、春さめサラダ、肉じゃが、サモサ、ポテトサラダ、ハムの入ったパイ。デザート系では、みたらし団子、あんころ餅、ミルクタルト。

当日参加してくださったダーバン在住の皆さま、心からありがとう! 寄付もおかげさまで4000ランド(約7万円)近く集まった。そして、めでたく、これで日本から資金が届くまで、順調に教室が運営できることになったのだ。


ビーズ・ワークショップの悩みとは…… [2007年07月05日(木)]
 
昼夜ベッドに横たわって、ただ時間が過ぎるのを待つだけだった患者さんたちが、週一回の私たちのビーズ・ワークショップに参加してくれるようになって、嬉しい反面、私には大きな悩みが出てきてしまった。

ビーズ・ワークショップに参加する患者さんが増える、ということは、そこで使われるビーズも増える、ということ。当然といえば当然のことなのだが、私はこれを長期の計画を立ててしているわけでもないし、スポンサーがいて行っているわけでもない。ドリーム・センターは薬を買うお金さえ困ることもあるから、ここに頼むのもあまり現実的ではない。これまでは、私とヤスコさんのポケットをごそごそしたり、見かねた人が寄付してくれたり……、で何とかやってきた。また、ダーバン在住の日本人の奥さんたちの協力もあって、12月1日のワールド・エイズ・デイでは、ドリーム・センター内にお店を開店して、患者さんと日本人の作品を売って、資金を捻出してきた。

が、30人からの患者さんが参加すると、それにかかる費用も“ポケットゴソゴソ”では追いつかない。

そこで、ドリーム・センターの近くにあるパイン・クレスト・ショッピング・センターというこの辺では中規模のショッピングセンターに交渉して、土曜日にお店を出させてもらうことにした。

当日は、我が家の子どもたちをはじめ日本人家族が参加してくれて、朝9時から夕方まで声をからしてビーズを販売。しかし、用意した500個近いブレスレット、ネックレス、ピアスがはかばかしく売れない。理由はさまざま考えられるが、大きく2つが原因だと思う。

まず、ダーバンにはHIVの感染者及びエイズ患者さんの自助努力としてビーズ細工が他の病院でも目にすることがあって、そんなに珍しいものではない、ということ。それと、当日、割り当てられた場所がこのショッピングセンターの中でも北の外れにあって、あまり集客条件がよくなかった、ということだ。

この日の売り上げを楽しみにしてくれた患者さんたちにはなんとも申し訳ない。しかし、こんなことでくじけている暇はない。そこで、私は私が“日本人”であることを利用することにした。そうだ、ビーズは日本で売ることにしたのだ。日本だったら、南アのHIV感染者が作成したビーズをチャリティ目的であれば、きっと、買ってくれる、と思ったのだ。

が、このビーズ、運賃をかけて日本に運ぶわけにも行かない。日本へ帰国する人に預けよう。そして、私の友人たちに、人の集まるところで売ってもらおう、と決心した。

ただ、そのためには患者さんたちの作成した作品を買い上げなくてはならない。まあ、これも、“何とかなるだろう、えいや!”で、当日の売り上げを全部つぎ込んで、患者さんたちの作品を全部買い上げた。すると、当然、売り上げで買う予定だった次の材料費が足りなくなった。

む〜ん、なかなか、かなりの行き当たりばったりである。でも、ふふふ。懲りない私には、またまたいい考えが浮かんできた。




プロフィール
Profile
吉村峰子
(日本語/英語教師・ライター・通訳)
東京都生まれ。1980年頃より日本語・英語教育に関わる。教えた国は、日本、米国、デンマーク、ドイツ、リべりア、エチオピア、マラウィ、南アフリカなど。1986年頃より、アフリカと日本を交互に生活した後、2003年、南アフリカ・ダーバンに家族とともに移住。現在はダーバンで日本語・英語教育、執筆業、通訳業で大忙しの毎日を送る。