娘・ショウコの通う学校は、幼稚園から高校三年生までの私立の女子高です。
さて、今日は、ショウコが出演した“Theater Production―シアタープロダクション”のことをご紹介しようと思います。
日本の学校の演劇祭、というものとはちょっと様子が違います。まず南アには、演劇部、というクラブ活動は一般的ではなく、「演劇をしたい」と思ったら、授業で“ドラマ”という授業を選択することは可能です。これはショウコの学校では10年生からのようです。
今回のような学校規模での大掛かりな“シアタープロダクション”(開催は隔年)は、まず、9年生から12年生までの生徒を対象としたオーディションから始まります。
つまり、「出たい」と思っても、このオーディションに合格するまではキャストにはなれないのです。オーディションは歌とダンスを先生たちの前で披露します。
ショウコは今年9年生なので、下級生はいるのですが、8年生は1月に入学したばかりなので、このプロダクションに参加できるのは9年生からなのです。
南アの学校文化の中には、「全員に主役を」というような風潮はまったくなく、実力勝負そのもの。きっちり、その歌とダンスの出来具合でオーディションに合格するかどうかが決まります。150名以上の応募があったようですが、キャストに選ばれたのは43名でした。
ショウコは、見事難関?を突破し、約9週間半の厳しい練習とリハーサルをこなして、連続4日間のショウに臨みました。この練習、最初のころは学校生活の合間を縫って、夜7時から9時半までが練習時間でした。この学校は生徒の約半分が寮生ですので、こういった夜の練習も比較的融通をつけやすいのでしょう。
でも、通常でしたら、金曜の午後に帰ってきて、月曜の朝に、学校に戻るのがショウコの一週間のパターンだったのですが、この練習が始まってからは、ほとんど週末に家に帰ってくることはできませんでした。そうです、週末にも練習がたくさんスケジュールされていたのです。
ショウコは、「オウチのご飯が食べたいよぉ〜」とは言いつつも、まったくこの練習に根をあげることもなく、元気に初日を迎えました。
さて、この初日と中日は、Supper Theater と銘打たれていて、ショウに来るお客さんが自ら“Supper―夕食”を自分たちのテーブルに持ち込みます。ショウの上演時間は、途中休憩を入れて2時間半は優に超える大作です。また、初演の日曜からその次の水曜まで連続で4回もショウをするのは、さすがに、体力のある時期とはいえ、かなり過酷なスケジュールです。でも、これが終われば、あとはイースターの休暇が待っています。
そうそう、もちろん、親でさえ、また学校の生徒でさえ、入場料もばっちり取られます。
今回のショウは大人子どもに関係なく、一人300円でした。テーブルは10人が一組で申し込みますので、今回は、友人たちも複数誘い、楽しいテーブルを囲みました。お酒も何でも持ち込み自由で、学校は、20分の休憩のときに、ビールなどの販売をしていました。こういったものから得る収入はすべて学校のものとなり、建物の修繕や新しいプロジェクトの資金となります。
今回のショウ、タイトルは 「IL DINO!―音楽で有名になった男たちへのトリビュート」と言うもので、ルイ・アームストロング、ナット・キング・コール、ビリー・ジョエルなど懐かしい歌手たちの歌を、彼らの人生をダンスと短いスキットで紹介していくという趣向でした。
現代劇ということもあり、限られた予算で、衣装などもほとんどが自前のものやお揃いのTシャツくらいでしたが、舞台狭しと、演じ、踊り、歌う43名の生徒たちはきらきらと輝いておりました。
このシアタープロダクションの責任者の教師が、プログラムの中で語っていたことが印象深いです。
「私は“演劇”を教育の車輪として使うことを情熱的に信じています」
確かに、このオーディションからの一連のプロセスは、彼女たちにとって、学ぶことがたくさんあったはずです。セリフを覚えたり、ダンスの振り付けを学んだり……、でも、何よりも演劇の醍醐味は、大勢でひとつのものを作り上げる、というチームワークの重要さを実感できることでしょう。
私はこの学校の南アを代表するようないろいろな人種の少女たちを見ていて、本当に心楽しい時間を過ごしました。
また、個人的にも、今回彼女たちが歌ってくれたナンバーの中で、ふたつ、私の『応援歌』がそこに含まれていて、感激しました。
一つ目はボブ・ディランの 『Blowing in the Wind− 風に吹かれて』です。
10代の多感なころ、このボブ・ディランの歌を聞いて、心を動かされました。メロディも大好きでした。が、この歌が私の人生で大きな意味を持ち始めたのは、それからかなり時間が経ってからでした。
それは、私が20代の後半から途上国に住むようになった頃、直接、手で触れる、目で確かめられるところにある「貧困」にどう向き合っていくべきだろう、と悩んだときでした。その時、この歌詞が、どこからともなく、私の耳に聞こえてきたのです。
How many times must a man turn his head,
pretending that he just doesn’t see.
いったい人は、何回、見えない、と偽って
顔をそむければいいんだ?
このとき、私はこの歌に再度衝撃を受け、自分がどうすべきかを考え始めたのです。
そして、手をあげて、「私は、もう、目をそむけません」と応える生活を送りたい、と思ったのでした。
さて、もう一つの歌は、ジョン・レノンの『イマジン』です。
南アで育つショウコには、こうやって日本語の文章で表現している私の心は、この文字を読んでは理解してもらえません。ショウコの日本語力は会話能力こそあれ、読み書きに関してはそれこそ、
「ひらがなOK、カタカナ少々、漢字はウ〜ン」だからです。
彼女のこれまでの努力を誰よりも知っている私は、これに不満を持っているわけではないのです。でも、日本語の文章を書くことを仕事にしている私にとって、本音を正直に言うと、これはちょっぴり寂しいことでもありました。
でも、この日、42名の南アフリカ人の中に入って、『イマジン』の歌詞を、大きな声でまっすぐ前を向き、堂々と歌う彼女を見ていたら、そんなことはまったく問題ないことなんだ、と思えたのです。
ジョン・レノンがこの歌を通して訴えた世界の平和のことを、真に彼女が英語で歌いながら理解し、心を動かされていたとしたら……。そして、彼女がしっかりとこの様々な人種の交わる南アフリカで自分から何をするべきか、ということを考える素地をこの歌からもらっていたとしたら……。
それは、彼女の日本語能力などをぶ〜んと飛び越し、彼女の人間性を大きく飛躍させることにつながるでしょう。そうしたら、私は、そのことの方が、彼女にとってはもっともっと大切なことなのだ、と心の底から思えたのです。