日々成長する子どもたち。その傍らに居ることができる、ということは、私は文句なしに「すごいとこ」だと思っています。
子どもが幼い頃は、それこそ、「一人で寝返った」、「コップから水が飲めるようになった」、「お友達と遊べるようになった」といった、とっても分かりやすい“成長”が眼の前にくるくると広がります。
そんな赤ちゃん時代もいつの間に過ぎ、口応えができるようになる生意気盛りも来ます。友人関係に悩む、学校の勉強に疑問を持つ、といった大人社会の予行練習のような季節もやってきます。
でもそんな台風でさえ、子どもたちと親は、一緒に悩んだり戦ったり、または反発しあったりしているうちに嵐はおさまるのです。
感心するのは、子どもたちはしっかりとその嵐の中でも成長しているのですよね。時には親や大人に自分のたちの気持ちを理解してもらっていない、と憤慨して、風に吹き飛ばされそうになりながらも。
そして、子どもたちの“脱皮”のクライマックスは、「子ども時代」そのものが終ることでしょう。
「子ども時代が終わる」と言っても、何か特別な節目があるわけではありません。決まった年齢があるわけでもありません。そして、これは徒競争のようにテープを切って“ゴール”となる“終わり”、ではなく、少しずつ時間をかけてその“時代の終わり”を迎えるようです。
カンジ(
18歳の頃の彼のことはここから)は今年5月に日本の成人年齢20歳を迎えます。その彼が、本当にいま、「子ども時代」を卒業しつつあるのです。
2009年お正月・自宅の裏庭で
彼が、自分の出来ること、出来ないこと、物の捉えかた、家族のこと、南アフリカで生きる日本人であることなどをすべて受け入れている態度に、それを見てとれるのです。
カンジはここ一年で精神的にもかなり大人になりました。自分の信念は貫きつつも、穏やかな笑顔を絶やさず、決して人を否定せず、何が起きても慌てず騒がず……。一緒にいると心が安らぐ、そんな青年に彼は成長してきました。同居している祖父母にも優しく、医者通いなどの送り迎えの車の運転なども嫌な顔ひとつせずしてくれています。
カンジはスケボーの他、写真が趣味です。実は私のこの
コラムに登場する、正面から撮っただけの芸ナシ写真
以外はすべて彼の作品。これは隣国レソトへの
ハイキングで撮影。
彼のこの「子ども時代の終了」のプロセスは2年くらい前からゆっくり始まったように思います。
カンジは、生まれてからこれまで多くの時間をこのアフリカ大陸で過ごしてきました。でも、いまだに人種差別が色濃く残っている南アフリカでは、自分の心地よく所属できる場所を探すのは容易ではありませんでした。
残念ですが、南アは現在でも、見かけの違いや肌の色の違いで人々を区別します。ただ、職業的には、これまで差別されてきた黒人やインド人、カラード(混血)の人たちには就職面では優遇処置をされるよう法律で決められています。
が、文化的、社会的にはまだまだ……。例えば、ダーバンなどではいまだに、異人種間のカップルは好奇の目でもって注目されるのも現実です。
白人は白人の、黒人は黒人の、インド人はインド人の、カラードの人はカラードのコミュニティを独自に持ち、一般の人々は学校や職場以外で社会的に交わることはいまだに珍しいのです。だからこそ、米国でのオバマ大統領の誕生はこの南アフリカでも大きな意味を持ちます。
そんな中、建築デザインという学問を地元の大学で勉強しているカンジは、それこそクリエイティブな仲間の中でやっと「人種」ではなく、「何をしているか」で、評価をしてもらえる環境に巡り合ったようです。
彼の高校時代は、たまたま白人が圧倒的に多い私立の高校に通ったがために、生徒のみならず、一部の心ない教員からさえも「日本人は日本に帰ればいい」などという言葉を投げつけられたこともありました。言葉での反論に長けていなかった彼は悔しさから、周りの人間すべてに対して反抗的な態度に出た時期もありました。
ただ、高校時代の終わりに彼の“生きがい”でもあるスケートボードを通して知り合った友人ができ、その彼との付き合いを通してカンジが大きく成長していったのです。
実は、カンジの父である私の夫は、かなり行動がエキセントリックなのです。元政府系の団体職員を21年もしていたくせに不思議です。夫の長所は、「非常事態・緊急事態」に強いこと。戦争による緊急退避とか、たった一人で200名規模の暴漢に襲われた時どう行動したら死なずにすむか、とか、まず一般の人では生涯めったに経験しないようなことに、何回も何回も遭遇し、結果的にその都度、的確な判断をくだしてきているオトコなのです。物騒な出来事が彼を呼ぶのか、いや、その反対なのか……。
でも、そういうオトコは、当然のように、通常の穏やかな生活では浮きまくります。はっきり言って、そこにいるだけで口をきかなくても、存在自体が“うるさい”という人騒がせなオトコなのです。結局、夫にとって、日本はこの「非常事態」が著しく少ないので、かなり居心地が悪かったはずです。
1月のある週末、レソトへのハイキングに行きました。
合計17名の参加者中、夫最年長、カンジ
最年少だったようです。
そんなオトコですので、日々、「えっ、どうして?」ということをします。でも、家族内では皆もう慣れていて、「お父さあ〜ん、勘弁してよ!」で済むのですが、あからさまな人種差別をする白人の前では、何をするか分からない自分の父親を、カンジは「恥ずかしい」と思っていたようでした。
でも、このスケートボードの友人、ミッチェルは違いました。カンジと仲良くなって、日本の家庭料理にも惹かれてミッチェルは本当によく我が家に遊びに来るようになったのです。
そのミッチェルが、ある日、夫のことを、
「ユア ファーザー ロックス!」
と言ったのです。日本語にすると、「カンジのお父さん、イケテル!」でしょうか。。
さて、その時夫の何が「イケテいたか」と言うと、彼は周りの人間の思惑関係なしに、自分の信じることを黙々とするところがあるのです。その時も、自分の額にハンズフリーの懐中電灯をつけてビデオが何かの修理に没頭していたのです。その時我が家ではお客さんをお呼びしてパーティをしていた日だったと思います。
なぜか、私も「ユア マザー ロックス!」とショウコの友人に
言われたことが……。でも、まったく別の機会でしたので、
「夫婦で似ている」などとは、間違っても、絶対思わぬよう、
皆さんに釘をさしておきます。
カンジはこのミッチェルの自分の父親の評価を聞いて、心底驚いた、と後から話してくれました。
彼はこの驚きからとっても大切なことを学んだようです。つまり、人の評判とか評価とかは、その人の取り方次第でどうにも変化する、ということです。悪意があればどんなことでも「悪く」見え、好意があれば、かなり変わったことでも、「おもしろくて不思議」になる、とでも言ったらいいでしょうか。
カンジは、これに気付いてから、この超ぶっ飛んでいる自分の父も、そのまま受け入れることができるようになったようなのです。そして、これが結果的に、彼の人間としての器量を“ぐ〜ん”と広げることになりました。
人の存在を丸ごと受け入れる、というのはたとえそれが肉親だったとしても、簡単なことではありません。特にその“個性”が自分とものと著しく違う場合は。
これは正に、彼の“成長”の証でした。そして、彼のような
TKC(Third Culture Kids)こそが、地球規模での次世代を背負っていく個性なのだろうな、と思いました。何よりも、彼にはフェアな精神とか、共感する心とかが育っています。母として、一人の大人として、嬉しいことです。
カンジ20歳まであと4か月。レソトへのハイキングにて。
子どもを持つ醍醐味とは、子どもが人との関わりの中で大きく成長していく様子、古い殻をそろりそろりと脱いでいくような様子を、じっくり何年にも渡って傍で見せてもらうことなのかもしれません。ドキュメンタリー映画の作製現場をリアルタイムで見ているような贅沢さではないですか。しかも、自分もそこに登場している、というオマケ付きです。
私は自分の周りに、若い柔らかい心をもつ子どもたちがいることの有難さに感謝したい気持ちでいっぱいです。