マディーバ、お誕生日おめでとう! [2008年07月21日(月)]
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元・南アフリカ大統領・ネルソン・マンデラ氏が7月18日、満90歳になりました。
![]() 毎年、多くの小学校では子どもたちが彼の人生や彼のスピーチを勉強し、街中にはお祝いのポスターが見られ、テレビや新聞では彼の特集が組まれます。 アフリカの多くの国で、その時の政府のトップの誕生日に企業や有志が新聞でお祝いのメッセージを広告するのはよく行われることです。 しかし、マンデラ氏への誕生日のメッセージほど、心がこもっているものを見たことがありません。 ![]() そしてそれを読む多くの読者も、こういったメッセージを白けずに、心から感心して、ありがたく受け取るのです。発信する側と受け取る側の完璧なまでに統一された願い、それは、マンデラ氏が一日でも長くこの世に生きていて欲しい、ということです。 マンデラ氏は人種隔離政策を強いていた当時の南ア政権に“テロリスト”として捕えられ、27年間も獄中につながれていました。今年日本でも公開された、マンデラ氏の獄中の生活を描いた映画もあります。 マンデラ氏の数ある偉業の中でも彼の突出したリーダーとしての資質は、大統領に就任したあとに見せた人間としての度量の大きさです。彼は、自分を迫害し27年間も投獄し、またその政策にはむかう人間を殺すことも厭わなかった白人系南ア人たちを許し、新しい南アフリカをみんなで創り出そう、国民に訴えました。彼は全人種に公平な南アフリカになるよう大統領として活躍しました。そして、最初の任期5年が終わると、さっさと後進に道を譲ったのです。 私にとってマンデラ氏は、その名前を聞くだけで涙腺が緩むほどの人物です。彼の人生をこの原稿ですべて語ることは不可能です。が、マンデラ氏のすごさは、これだけまだ人種間の軋轢がある南アフリカでも、人種を問わず全国民に敬愛されていることでしょう。 「マディーバ……」という名前を口にして、笑顔がこぼれない南ア人に会ったことがありません。 南アフリカ人にマンデラ氏のことを尋ねると、一人ひとりの南アフリカ人が、「マディーバはね……」とマンデラ氏の愛称を使って、それぞれが知る彼のエピソードを語ってくれるはずです。 「人種差別を撤廃するために人生を賭けたヒーロー」 「生まれながらのリーダー」 「死をも恐れない民主化のリーダー」 「子どもたちを愛する大きなおじいちゃん」 「正直で、冗談好きな、シンプルな生き方を愛する人」 「“ハイ、エリザベス!”と英国の女王に電話をかける人」 「赦しと癒しの人」 これらすべてがマンデラ氏の人となりを表しているのです。 マンデラ氏、いいえ、マディーバがどんなに南ア人に誇りを与えてくれる存在かは想像に難くないと思います。 そして、私はたぶん、日本で最初にこのマンデラ氏のことを翻訳ではなく、オリジナルで子ども向けの書物にした著者なのです。その著書とは、すずき出版から出させていただいた、『チャレンジ!地球村の英語・全五巻』です。この本は図書館シリーズと呼ばれる堅牢な作りのもので、一般の読者対象ではなくて、図書館や学校で調べ学習などに使われるたぐいのものです。 ![]() 実は、この出版にはかなり紆余曲折がありました。このマンデラ氏の巻を執筆している際、彼の名前や写真、または似顔絵などを使うにあたって、肖像権の問題が出てきたのです。出版社の方と数カ月に渡って調べた結果、マンデラ氏などの南アの大統領職経験者の似顔絵やイラスト、強いては彼らの名前まで、その使用にあたっては政府の許可が必要、ということがわかったのです。 当時、私はちょうど南アフリカに移住をする直前で、時期的にもこのお仕事は大変嬉しかったのでした。が、この肖像権の問題をクリアする、ということが南アのお役所仕事の不効率さを経験する“最初の一歩”だったことは後から知ることになったのです。 具体的に、要求された書類を出しても、返事はなしのつぶて。こちらの締め切りなどまったく考慮されません。でも、出版はチームワークであり、まして五冊組の図書館本の場合、ひとつでも完成が遅れると他の四冊も世に出せないことになります。 そしてついに迫ってきた日本側の印刷へ回す時期のタイムリミット。もうその時は南アにいた私は毎日のように相手側に電話していました。相手も電話の相手が私だと電話にも出てこないようにもなっていました。 相手もこれだけ毎日電話してくる私をかなりうるさいと思っていたはずです。でも、私は、「マンデラさんのことを書いているのだもの、こんなことで負けてたまるか」と思い、また、「日本の子どもたちにマンデラさんのことを知ってもらいたい」と切望していたので、ここでくじけてはマンデラ氏のことを書物にする人間として恥ずかしいではないか、とも思っていたのでした。 ただ、別ルートでの調べによると、過去の大統領の肖像権の問題については、まだ法律もきちんと制定されていなくて、許可を申請された場合にはそのつどの判断を下している、という情報も流れてきました。 そこで、私は大きな決断をしたのです。すずき出版の担当の編集者、I氏にこう伝えました。 「どうぞ、マンデラ氏の刊も含めた印刷を進めてください。万が一、肖像権でマンデラ財団か南ア政府から訴えられたら、裁判で堂々と争います。私がマンデラさんの名やイラストを使ってしようとしていることは、お金儲けではありません。日本の子どもたちにマンデラさんのことを知って欲しい、アフリカにこんなすごい人がいることを子どもたちに知らせたい、それだけです。そのことを訴えれば、マンデラさんは必ずこの出版を支持してくれるはずです」 これは、今、振り返ってみても、かなり大胆な決断でした。 でも、この印刷に“ゴーサイン”を出してほどなく、南ア政府から出版の許可が下りました。強く願えば思いは通じる、と涙が出ました。 ![]() また、その許可には何とも粋な“条件”が付けられていました。その条件とは、本の売上の1%を貧しい地域の学校に寄付する、というものでした。そして、版元のすずき出版は、毎年その約束を忠実に果たしてくれています。 日本と南アをつなぐ善意がきちんと形になりました。去年はちょっと予算が足りなかったのですが、今年は近所の学校にまた遊具のプレゼントができそうです。 マンデラ氏がどれだけ偉大な人物であるか、ほんのちょっとでもお伝えできたでしょうか。私は南アでの生活が大好きです。でも、時にはくじけそうになるときももちろんあります。でも、そんなときは、マンデラ氏の自伝 『LONG WALK to FREEDOM』 を読み返します。そうすると、心の底から「私もがんばるぞ!」と勇気が湧いてくるのです。 マンデラ氏と同じ南アフリカの空気を吸っていることさえもが私には誇らしく思えてくるのです。 ![]() |








