吉村峰子のアフリカに遊びにおいで!

2008年05月
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外国人恐怖症から来る暴動 [2008年05月26日(月)]
 
「xenophobia ---- ゼノフォビア」
という言葉をご存知でしょうか。

いま、南アフリカではこのゼノフォビアを原因に、都市部で暴動が起こっています。発端は南ア最大の都市、ヨハネスブルグ近郊のアレキサンドリアと呼ばれる不法占拠の家が多く立ち並ぶ貧しい地域でのジンバブウェ出身の移民への攻撃からでした。

ゼノフォビアとは、外国人や外国のことを一方的に嫌悪したり、恐怖心を持ったりする感情のことを意味します。

そして、残念ながら、今回のこの暴動は、南アフリカでも多くの貧しい人が住む地域のさらに貧しいアフリカ各国の移民の人に向けられています。中でも政情不安から大量に南アになだれ込んできたジンバブウェ出身の不法移民の人々が最大のターゲットになっているようです。南アとジンバブウェは陸続きです。歩いて、国境を越えてきた人々です。

2008年5月26日現在、今回の暴動で死亡した外国人は50人に上ります。今もヨハネスブルグでは3万人以上の人が自宅に戻ることができずに、教会の敷地内などで様子を伺っています。この暴動で、ターボ・ムベキ大統領の手腕にも大きな不満が湧き上がっており、25日の全国的な新聞では一面を使って、ムベキ大統領に辞任を要求していました。現在は不穏地域に軍隊も派遣されています。


銃を持った兵士が座り込んでいる
新聞の見出しは、「これは非常事態宣言」

私たち家族の住むダーバンではまだそれほどの暴動は広まっていません。このまま沈静することを祈るばかりです。

この暴動は実は国際社会にも大きな影を投げかけています。でも、その心配も、二種類に分かれているようです。その一つとは、2010年のワールドカップは大丈夫か?という具体的なイベントを心配してのもの。そして、あとの一つは、「アフリカは自分たちの真のパートナーになりうるのか」といったアフリカの持つ不安定さそのものに対する信頼の揺らぎです。

アフリカは確かに、南アフリカの隣国、ジンバブウェの民主化の問題もそうですが、まだまだ汚職がはびこり、自分たちの責任を明確にしないリーダーたちなどが大手を振って存在しています。でも、これはアフリカに限ったことではないですね。

2010年のワールドカップが成功するかどうかは当の南ア人たちでも意見が分かれています。外国人たちが犯罪に巻き込まれることの心配がその最大のものです。また、宿泊施設などのハード面が追いつかないのではないか、といった心配も聞こえてくるようになりました。

ただ、もう一つの「アフリカはこれからの国際社会できちんとその役割を果たすことができるのか」という心配。これは正直言って、お門違いだと思います。地域の特殊性は確かにあるでしょう。でも、これこそ、何をして、アフリカを誰のパートナーと捉えているのかが疑わしい。自分たちを絶対的な位置において、アフリカ全体をまるで“子ども”のような存在に例えている傲慢さがこの心配に見え隠れします。“グローバリゼイション”という先進国からの押し付けが途上国で嫌われる一つの理由がこの傲慢さにあると言っても過言ではないでしょう。

南アのゼノフォビアに戻りましょう。CNNなどの外国メディアの特派員たちが、暴力を振るっている人にその訳を聞くと、

「外国人が自分たちの仕事を奪っている」
「外国人が治安を悪くしている」
「外国人が病気を流行らせている」

といった、根拠のないものがほとんどでした。

結局、自分たちの置かれている立場への不満をさらに弱い立場の人へ向けている、という構図が暴露されています。

でも、これはアフリカだけのことでしょうか。

実は日本でも、米国でも、欧州でも、自分たちの生活が安定していなければ、社会の不安要因を自分たちと違うもの、異質なものに押し付ける傾向があると思います。例えば、テロリストといえば、イスラム教徒、というような911以降に世界各国で起こった、イスラム教徒への言われのない攻撃などがその筆頭です。

私は異文化の世界に身を置くようになって、かれこれ30年以上の年月が過ぎました。他の人と同じようなことをすることを特に好まない性格からなのでしょうか。自分と違う生活習慣や考え方を持った人たちと一緒に仕事をしたり、お付き合いしたりすることに何の不都合も感じないのです。

「人は違って当たり前」

という考え方を基本に持っていると、人との相違点が苦痛ではなくなります。もちろん、日本で同じような時代に育った人間同士だからこそ分かりあえる文化的な共通点とか、同世代の友人と子ども時代のテレビ番組の内容などで盛り上がる時間とかの楽しさは十分承知しています。気の置けない友人とのおしゃべりくらい楽しいことはないですもの。

でも、それでも、私は自分と違う考え、違う生活信条を持つ人とのお付き合いも楽しいと思うのです。統一された見解しか存在しない世の中はつまらないです。

アフリカ、と一口に言っても、それこそ、この大きな大陸にはたくさんの人種が住んでおり、統一された文化などありません。それだからこそ、今回のアフリカ人が他のアフリカ人を攻撃する構図がつくづく残念なのです。

アフリカを永住の地と思ってやってきた私たち。でも、これを錦の旗とは思っていません。もしも、この暴動がアフリカ出身以外の移民にも向けられ始めたら、自分たちの行動範囲の見直しなども迫られるでしょう。これもアフリカに住むということに付随している現実の一つです。

南アフリカは全人口の14%が“先進国”に住み、50%が“発展途上国”に住む、と言われています。ですから、人口の半分の人が目の前に自分たちの持っていない類の富を持つ人を毎日見て暮らしているのです。

格差社会の実態は日本のそれをはるかに上回ります。

ということは、その14%に入ってしまう私たちは、常にある一定の緊張感を強いられることになるのです。持つ側と持たざる側の距離が犯罪につながる、という緊張感です。その緊張感を持ちつつも自分がこの社会で何をすべきか、を常に思いながら、このゼノフォビアが一刻も早く収まることを願ってやみません。

プロフィール
Profile
吉村峰子
(日本語/英語教師・ライター・通訳)
東京都生まれ。1980年頃より日本語・英語教育に関わる。教えた国は、日本、米国、デンマーク、ドイツ、リべりア、エチオピア、マラウィ、南アフリカなど。1986年頃より、アフリカと日本を交互に生活した後、2003年、南アフリカ・ダーバンに家族とともに移住。現在はダーバンで日本語・英語教育、執筆業、通訳業で大忙しの毎日を送る。
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