吉村峰子のアフリカに遊びにおいで!

2007年12月
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HIV/Aids、アフリカ、そして子どもたち B [2007年12月10日(月)]
 
自分の子どもが大切、そして、アフリカで知り合った子どもたちのことをしっかり日本やアフリカ以外の世界にも伝えていきたい、という二つの要素が私の中で、どんどん大きくなっていった。

まず、自分の子どもたちが大切、ということが、私たち夫婦が南アフリカへ移住する、という選択に大きく影響した。アフリカのインターナショナルスクールで育った子どもたちは、日本の学校や社会にすんなり適応するのが難しくなっていたのだ。

子どもたちも、休暇で訪れた際に見聞きする、日本の社会に違和感を抱いてきていた。兄妹揃って、私たち夫婦にこんな質問をしたことがある。

「日本の子どもはどうしてあんなに大人に対して威張っているの?」

アフリカで暮らす子どもたちは、交通手段が車での移動しかないことひとつとっても、大人の存在なしでは自分たちは生活できないことを実感しながら育つ。そうすると、自然に、大人にしかできない、あるいは、大人にだけ許されている様々な“特権”が見えてくる。結果、子どもたちは、心の底から、「ああ、早く大人になりたい」という希望を抱くようになる。

こういったアフリカの環境で毎日を暮らす子どもたちにとって、日本の小学生の子どもが親にぞんざいな口調で命令したり、教室の中で、教師に向かって「うるさいんだよ」などと暴言を吐いたりするのは、考えられないことだったのだ。

そのようなあれこれの状況は、私たちに、南アフリカへの移住への一歩を歩ませた。

南アフリカには、もちろん、途上国特有の問題や治安の問題があったとしても、先進国なみの居住環境があった。インターネットもADSLが使える。レストラン、ショッピングセンターも充実している。さらに、場所さえ選べば、英語で子どもたちの教育が続けられる、という最大のメリットがあった。

もちろん、私にとっては、エイズ渦の中にいる子どもたちに近くなる、という極めて個人的な理由もあった。

そして、南アに移住してくる、ということが、私にとって、更に意味を深めたのは、この国が世界でも一、二を争うほどのHIV/Aids感染者、患者が多い地域だったということだ。

前にも書いたとおり、私は自分の子どもを守るためには何でもする。自分の子どもの前に広がる“危険”を、どうやって防いだらいいか、ということは常に考えている。この犯罪率の高い南アでは、学校の行き帰りにだって、車ごとハイジャックされる可能性もたくさんあるのだ。

だが、それ以上に、これからそれぞれのパートナーに出会うだろう、十代の子ども二人を抱えて、これだけHIV感染者の多い国に移住する、ということはどういう意味を持つのか。HIVに感染する可能性を増やす、ということになるのだろうか。

私の行動は「子どもを危険から守りたい」と願うことと、矛盾する、と思う人もいるかもしれない。

ところが、私にとって、ここに矛盾はないのだ。

何故か。それは、私は、“無知”、“無関心”、という「心の持ち方」こそが、人を危険に導く、と強く信じているからだ。

HIVは血液を介して感染する。薬害エイズが犯罪なのは、患者自身があずかり知らないところで、製薬会社がHIVウイルスに感染した薬を製造して、患者に使う、というとんでもない経緯があったから。だが、薬害エイズをのぞけば、HIVは、感染する必要のない感染症なのだ。血液を介して感染するような行為を行わなければ、血液を介して感染する感染症には罹らない。

そうだとしたら、私は、自分の子どもをHIV感染から守るために、HIV/Aidsがどういう病気なのか、HIV/Aidsの患者さんがどのような思いを抱いているかを、具体的に、継続的に自分の子どもに伝えていけばいい、と考えたのだ。HIV/Aidsのことを積極的に知ることこそが、自分をHIV/Aidsから守ることになるからだ。

私は、毎週、エイズの症状緩和措置病院に通う。そして、子どもたちは、私から、患者さんのこと、このドリームセンターのことを日常生活のひとつとして話を聞く。子どもたちにも、時間が許す限り、私のビーズ・ワークショップの手伝いをしてもらっている。

そして、親しくなった患者さんが亡くなるたびに、ショックを受け、何日も泣き暮らす私の姿を子どもたちは知っている。そんな私を見て、最初のころ、子どもたちは私にこう言った。

「お母さん、誰もお母さんに行け、と頼んでいるわけではないのに。そんなに辛かったら、行く必要はないのに……」

私は、こういって私を慰めてくれた子どもたちに、どうして私がドリームセンターに通うのか、ということを改めて説明した。私がどんなに自分の子どもである彼らを大切に思っているか、そして、マラウィで知り合ったエマニュエルたちのことを、忘れないでもっとたくさんの人たちに伝えていくためには、自分たちの生活の中に、HIV/Aidsを常に身近に感じていることが必要だ、ということを。


リロングウェの“子どもの家”の子どもたちと一緒に


私にとって、HIV/Aidsと関わるということは、ものすごく単純に、南アフリカで暮らすこと、自分の子どもたちとアフリカを楽しむことと直結しているのだ。

そして、私にとって、アフリカの子どもたちのために、こうやって文章を書くことが、どれだけ大切なことなのか、Cafeglobe の皆さんに理解していただけたら、とっても嬉しい。

プロフィール
Profile
吉村峰子
(日本語/英語教師・ライター・通訳)
東京都生まれ。1980年頃より日本語・英語教育に関わる。教えた国は、日本、米国、デンマーク、ドイツ、リべりア、エチオピア、マラウィ、南アフリカなど。1986年頃より、アフリカと日本を交互に生活した後、2003年、南アフリカ・ダーバンに家族とともに移住。現在はダーバンで日本語・英語教育、執筆業、通訳業で大忙しの毎日を送る。
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