南アフリカ人に日本語を教える 1 [2007年09月15日(土)]
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南アのダーバンに移住してきて、職業的に、こんな恵まれたことになるとは想像もしていなかった。2003年に移住してきたとき、なんと、夫婦ともども、何かの仕事が決まっていたわけではなかったのだ。
![]() ダーバンのビーチをパトロールする警官 私は大学・大学院での勉強を始めとして、それからも長いこと、外国語学教育を研究、実践してきた。縁があって、各国で教える機会にも恵まれてきた。 学生時代の米国、デンマーク、ドイツでの英語教育に始まり、米国の大学院時代に教えさせてもらったアジア系移民の人へのESL(第二言語としての英語)授業。ニューヨークの法律大学院の学生たちへの日本語教育、NYに住む日本人の子どもたちへの日英バイリンガル教育にも携わった。 その後、日本に戻ってからJICA(国際協力機構)の青年海外協力隊の訓練生たちへの英語教育も少人数で行う語学訓練の醍醐味を味わった。そして、リベリア、エチオピア、マラウィでのそれぞれの現地の学校での活動は、どんな環境でも教師として自分の責任を全うすることがどういうことか、ということを思い知らされ、多くを学んだ。 日本ではGITC(Globe International Teachers Circle)という組織を立ち上げて、13年間、心から信頼できる仲間とともに、国際理解教育をカリキュラムの基本とした英語教育の教材を作り、全国を講演して歩いた。自宅を開放して、その作成した教材をパイロット的に近所の子どもたちに教えた。 こうして列挙していくと、自分でも驚くほどのバラエティだと思う。私くらい恵まれている教師もいないのではないだろうか。今でも、その様々な教室での子どもや大人の生徒さんたちの顔を鮮明に思い出すことができる。 そして、すべての経験が結集して、ここ南ア・ダーバンでの日本語教育につながっている。私は現在、ダーバンにある日系企業の南ア人エンジニアたちに日本語を教えているのだ。 どうして、南ア人のエンジニアたちに日本語が必要なのか。それは、この会社の世界に散らばる各国のエンジニアたちに、日本の企業の考え方、ものづくり、品質管理の真髄などを教えるため、世界中のエンジニアを日本に集めて1〜2年間の研修を行っていることに関係がある。 世界から集まってくるエンジニアたちの全員が英語を理解するわけではない。それこそ、中国、トルコ、フランス、アルゼンチン、非英語圏出身の人たちがたくさんいる。そうすると、日本の企業なのだから、日本に集めたエンジニアたちに、日本語で研修を行うことは一番自然な選択なのだ。 私は、”語学教師”という職業がとっても好きだ。そして、ここ南アで南ア人エンジニアたちに日本語を教えることも私の運命だったようだ。だって、私はアフリカで、自分のこれまで培ってきた経験を、アフリカ人のためにお返ししたいと思って、南アに引越ししてきたのだから。 私の直接教えることのできる生徒の数はそんなに多くはない。が、彼らのあとに続く多くの人たちの姿が、私には見える。 日本語力を身につけた私の生徒たちが、どんなに大きく羽ばたけるか、ということ、また、その能力を結集させることにより、アフリカのさまざまな部分の発展につながる可能性があるということを想像するだけで、わくわくしてしまう。 こういう背景に感謝しつつ、私の生徒たちには、“がしがし”と日本を学んでもらっている。そして、ふふふ。その中身ときたら! それは、それは、ものすごいことになっているのだ。 ……次回に続く。 ![]() これもダーバンの街中で観光客を乗せて走る人力車 |





