吉村峰子のアフリカに遊びにおいで!

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日本語とお箸 [2008年06月09日(月)]
 
去年の秋ころから始まった何組かの日本語クラスの訓練終了の時期が近づいてきました。私の日本語の生徒さんとその家族には、彼らの日本出発直前に、我が家に来てもらって日本食の食べ方などの特別レッスンをします。

まず、お箸の使い方から。



欧米ではもう普通にお箸を使える人が多くなりましたが、南アフリカではまだまだお箸は“未知との遭遇”に近い人もいます。

これも訓練の一環ですので、簡単なものを食べてもらうわけにはいきません。今日のメニューはてんぷらと冷たいうどんです。別テーブルではダーバン近海で上がったばかりの中トロや庭でとれたアボカドなどがネタの手巻き寿司の実演も。

さて、この冷たいうどんの食べ方は特に大変です。何が大変かというと、“音”を立てながら食べ物を食べる、ということが習慣になっていない人が多いからです。南ア人もほとんどの人が、「食事のときに立てる音は失礼にあたる」という家庭でのしつけを受けてきた場合が多いのです。

日本人からすると、そば・うどん類を、音を立てずに食するのはあまり美味しそうな食べ方ではありません。試してみてくださいね。どんな上品な食べ方をしたとしても、まったく音を立てずに麺類を食するのは、かえって不自然なのです。

しかし!こういうと、中には、
「おおお!これぞ私の出番!」というように、盛大な爆音を立てて麺類をすする人が必ずいるのです。

いえ、いえ、爆音は立てないのです。
それに、爆音を立てると、汁が飛びますよ!

適度なすすりで、適度な音を立てて召し上がれ、と言っても、なかなかコツがつかめません。そこで、日本人登場で、デモンストレーションをするのですが、これがまた、全員に注目されていると、けっこう意識してしまうものです。毎回、咳き込んだり、噴出したり、……日本語の先生も大変です。


そ、そんなに見つめないで欲しいのに……。


次に、南ア人が不安に思うのが、なんとこの食器です。



取っ手のないお茶のみ。

「どこに手を添えるのですか」
「熱くないのですか」
「砂糖を入れるためにはスプーンを頼んでもいいのですか」

といった質問が出ます。最初の二つは実際に熱い緑茶をそそぎ、それを飲んでもらいながら説明します。

最後の質問にはもちろん、「日本茶にはお砂糖はいれないです」と念を押すのも忘れません。

私は言語を学ぶ、ということはその言葉を話す人たちの文化も一緒に学ぶことが大切、と思っているので、私の日本語の生徒たちには機会があるごとに自宅に来てもらって、日本人の家庭の雰囲気を味わってもらうようにしていいます。

それに、日本へ行くことに不安も抱えた彼らです。こういった機会で彼らのこれからの日本での生活に対して度胸をつけてもらえれば、とも思います。

ただ、“日本人家庭”といっても、我が家はアフリカ生活が長いので、私たちが正真正銘の日本人家庭なのか、と聞かれてしまうと、ちょっと自信がないのも事実です。夫婦揃って日本人なので、人種的には間違いなく日本人なのですが、文化的にはかなり複合的になってきています。

特に我が家の二人の子どもたち。こういう場にも母からの指令で必ず参加させられるのですが、その発言行動は確実に南ア人になりつつあります。

彼らの発言の中で、「ああ、こいつらはもう100%日本人ではない!」と関心?したことがあります。

まず、カンジの発言。

「ボクはキューピーちゃんのマヨネーズよりも南アのマヨネーズの方が好きだね」

え?なんでこれが非日本人発想なの?と思いますか。

実は、海外駐在の日本人家庭で、日本よりご用達の食料品で人気ランクに常に上位を占めるのが、あのプラスティックの容器に入った、キューピーちゃんの絵のついたマヨネーズなのです。

多分、あの独特の酸味が他の追随を許さない所以なのかもしれません。その独特さの証拠には、南ア・ダーバンのお寿司を出すレストランでも、「ジャパニーズ・マヨネーズ」は追加料金でオーダーもできるほど。

しかし、世の中には“マヨラー”と異名を取るほどマヨネーズが好きな人たちもいるというのに、カンジはつい最近までマヨネーズが苦手でした。だから、キューピーちゃんのマヨネーズにも感化されていなかったというわけです。

見かけは日本人なのに、彼に郷愁を誘うマヨネーズは、キューピーちゃんではないんだなぁ、と実感してしまいました。ふふふ、ちょっとおかしいですね!でも、現地調達に勝るものはないので、これはこれでいいことです。

さて、ショウコの発言。

南ア人の生徒さんたちに、「日本人は面倒くさいよ。あのね、一回断られても、それを信じてはいけないよ」と力説しています。

何のことを言っているのだろう、と聞いてみると、それは彼女の友達とのある“事件”でした。

日本の小学校に数ヶ月お世話になったショウコは、昨年帰国したときに、その当時のお友達と一緒に遊んでもらったのです。そのとき、南アからのおみやげのチョコレートを一緒に食べよう、とお友達に差し出したそうです。

すると、お友達は、「ああ、いいです」と断ったそう。

ショウコは、それを聞いて、「そう、じゃあ、私が食べよう!」と言って、その子の目の前で、美味しそうにそのチョコレートをぱくり。

そのお友達は目を真ん丸くして、「ああああ、食べちゃった」と驚いたそうです。

ショウコはショウコで、驚かれたことにびっくり。

「だって、いらないって、言わなかった?」

う〜ん、ショウコの描写ですから、細かいところはぶっ飛ばされているだろうとは思いますが、その状況はくっきり理解できます。

でも、これを聞いた南ア人は、おののきました。

「えええええええ、じゃあ、どんなに嬉しくても、日本人から何かをもらったら、私たちも最初は断らなくてはいけない、ってこと????」

いえいえ、そうではありません。

南ア人には、日本人の行動様式を真似する必要はないことをしっかり伝えました。ただ、もし、日本人がこういった行動をしたとしたら、それは文化的に、いったん辞退するのは礼儀のひとつだと思っているから、と説明しました。

しかし、確かに、ショウコのような文化的背景を持っていると、この状況は、

「日本人は面倒くさい!」

に、なるのだろうなあ、と納得してしまったのでした。





ひらがなOK、カタカナ少々、漢字はウ〜ン! [2008年05月12日(月)]
 
とっても楽しい、手作りの母の日のカードを娘・ショウコからもらいました。



でも、中身をよ〜く見てみると、あれれ、日本語におかしなところがたくさんありますよね。



でも、これこそが、ショウコ、14歳、幼いころから日本とアフリカを交互に生活してきて、いまは南アフリカに暮らす彼女の等身大の日本語の実力なのです。

前回の記事で、ショウコがいかに苦労して英語を身につけていったかを少しお話しました。その中で、学校の先生たちからの「家でも英語を話すように」というアドバイスも、私がきっちりと撥ね付けて、家族では日本語を話していたこともご報告しました。

その成果がこれ?
と、あきれますか?
なんだか……、とがっかりされますか?

ふふふ、でも、私は大満足なんですよ!

日々の暮らしを英語圏で続けるうちに、ショウコだけではなく、兄のカンジも、だんだんと英語のほうが彼らの思いや心の動きを表すのによりしっくりとくる言語になってきました。

もちろん、家族の会話はいまだに日本語で話すように心がけています。が、家で家族が話すことって、実はたわいもないこと、毎日の繰り返しなどが多いのが実情です。そうすると、家族以外の人からの日本語の情報収集がどうしても限られる我が家の場合、込み入った話やアフリカ近隣の政情のことなどを話すのは、どうしても身近な英語のほうが便利、ということになります。

例えば、南アのかつての人種隔離政策(アパルトヘイト)のことなどを説明するのは、どうしても英語です。第一に日本語でこういった関連の本を読んでいない彼らは、日本語での語彙が徹底的に不足していて、それを英語抜きで説明するのは無理があるのです。ですから、歴史や人々の政治的スタンスなどを説明するためには、お互いがすんなり理解できる英語での話しとなります。

実は、海外に暮らすと、多くの人たちから、「家では徹底的に日本語を話しなさいよ、そうしないと子どもはすぐ日本語を離せなくなる」に始まり、日本からの通信教育のお勧めなどを聞かさせることになります。これは片方の親が日本人以外だと、さらに拍車がかかるようです。日本語を保持させないのは、まるで日本人のアイデンティティを放棄するとか、将来、祖父母と話せなくなるのは残酷だ、とか。

正直に言って、私はこれもかなり勝手な意見だと思っています。

気持ちは分かるのですが、子どもたちにだってそれなりの意見があり、また、能力の差だってあるのです。まして、片方の親が日本語を話さない場合、日本語学習を進めることで家族の中に溝を作ってしまうことだって、実際にあるのです。もちろん、海外で一生懸命子どもたちに日本語を教えているご家庭を非難しているのではありません。それはそのご家庭のそれこそ、優先順位の問題だと思うのです。

ただ、私は海外で暮らしながらも、「日本語を保持しなさい」と言われ、動揺している、悩める家族を「そんな無責任な意見は聞く必要なし!」と励ましてきました。だって、そこに悩みがあるのなら、何が一番大切か、と考えればいいことです。そして、私にとって大切なのは、その言葉を話す真ん中にいるその“子ども”です。いくら流暢に何ヶ国語が話せても、その子どもに中身がしっかり詰まっていなかったら、何にもならないのです。そして、その中身は、いかに子ども時代を過ごすか、にかかっていると思うのです。

さて、日本に帰ることを想定していない家庭ではなく、数年間ののち、日本に帰る予定の多くの駐在員の家庭では、日本の勉強に追いつけるようにと、通信教育は当然のこと、休みには日本へ帰国させ進学塾の集中講座に通わせたり……、と子どもたちに日本の受験を目的とした勉強を促します。

そういった人たちの気持ちもよく理解できます。ただ、日本に帰る、ということしか選択肢を持たないのは残念だと思いますが。

でも、私は自分たちが“駐在員の家族”という立場だったころから、日本からの通信教育やひらがな、カタカナの勉強を子どもたちに強いてきませんでした。理由は、我が家の子どもたちはそんなに器用なほうではなく、インターナショナルスクールや現地校で課せられる宿題で毎日が精一杯。学校の勉強以外の日本語の勉強などさせたら、それこそ、遊ぶ時間、ぼ〜っとする時間もなくなってしまうからでした。

せっかくの子ども時代です。彼らからこういった一見“無駄”とか、“ぼんやり”する時間を取り上げてしまったら、それこそ大人になってから取り返しがつきません。

子どもだからこそ、私は彼らにじっくり、十分、子ども時間を味わって欲しかったのです。

私は成人してからここ30年近く、ずっと教育関係の仕事に従事してきました。

その中で、どうして親は、教師は、大人たちは、子どもたちに教育を受けさせたいのか、という問いを日本で、米国で、欧州で、そしてアフリカで日々考えてきたのです。

私の答えはものすごく単純です。

「子どもたちに幸せな人生を送って欲しい」

これだけです。

大人として、教師として、親として、子どもたちの学びは、どんな種類の学びであっても、究極的に子どもたちが幸せな人生を送るための糧であり、源であって欲しい。

で、この“幸せ”が問題ですよね。

“幸せ”って何なのでしょう。

私にとっての“幸せ”とは、自分の存在を肯定できて、なお且つ、自分だけの利益や幸せだけに捉われていない状態なのだと思います。積極的に人の人生に関わっていけるだけの体力や知力、そして生きていくための資力も持ち合わせていることも大切です。

自分や自分の家族だけの世界、状態にあまりにも捉われていると、自分を客観的に観察することができません。そうすると、自分がどれだけ恵まれているか、ということも、なかなか理解できないし、実感もできないと思うのです。

だからこそ、14歳のショウコのいまの状態、年齢相応に人のことにも関心を持ちつつ、自分のできること、得意なこと、そしてやや困難と思えることにも果敢に挑戦していく前向きな姿勢の彼女のすべてを肯定してあげたいと思うのです。その中でのひらがなの間違いや漢字がまったく自由に使えていない、といった彼女の日本語レベルも私からみると、「天晴れ、よくここまで一人で学びました!」と拍手したいくらいなのです。

それに、南ア人に日本語の読み書きや話す能力を教える立場の人間として、もしも、カンジ・ショウコが、これから先、もっと深い日本語の能力を身につけたい、と思うのであれば、再度日本へ渡って勉強すればいいだけのことです。それは大きくなった彼らが判断すればいいことです。

「将来役に立つから」と言った、未来の経済的恩恵を優先するような都合で、私は子どもたちの時間を奪うことを私はしたくなかったのです。

だって、“子ども時間”は永遠には続かないのですから。


兄・妹のケンカもよ〜くあきずにしていますよ!
でも、母の日の晩、妹は兄から数学を
教えてもらっておりました。

南アフリカ人に日本語を教える 3 [2007年10月02日(火)]
 
私が“カウンセリング・ラーニング”という外国語の教え方に出会ったのは、1980年頃の米国だ。私は外国語の教え方を学んでいた。

カウンセリング・ラーニングとは、精神分析医であり、カソリック系キリスト教の神父であり、言語学者であったチャールズ・カーラン博士が1970年代に、彼のこの三つの専門領域を網羅して編み出した画期的な外国語学習方法だ。

この学習方法で講師は、学習者が抱く、「恥をかかないだろうか」、「失敗したら嫌だなぁ」、といった不安や心配を、極力少なくすることを肝に銘じなくてはならない。なぜなら、学習者がびくびくしながらではその学習の成果はたいしたものが残らない、という極めて現実的な考え方が底辺にある。精神分析医のカーラン博士は、人の心のありようが、その人の学習効果にどんな影響を及ぼすか、ということを熟知していたのだ。

逆説的に、そうでない具体的な例を英語学習であげてみよう。巷で広く信じられている英語学習法の効果的なものひとつに、「英語を学ばせたいなら英語で教えろ」といものがある。これは、多くの人が「そのとおり!」と思ってしまうのが残念だ。その理由に、外国で暮らすことになった子どもたちが自然のうちにその土地の言葉を身につけていく、という誤った認識がある。だから、最初は分からなくても存分に“英語のシャワー”を浴びればいい、という考え方。

でも、考えて見てほしい。ネイティブの話す英語をそのまま聞いて、何をどういわれているか、すんなりそのまま理解するのはものすごく大変なことなのだ。言語を理解するのは、とっても複雑な脳の活動が不可欠だし、文法だって、語彙だって、相当知識を増やさなければいけない。ネイティブの話していることを聞いただけで理解できるようになるには、最低でも2000時間ほどの時間が必要、とも言われることがある。

「でも、子どもは違うのでは?」ということをよく言う人がいる。

確かに、文字学習前の子どもたちがその外国の言語の発音を大人より正確に学ぶケースもあるかもしれない。が、子どもたちだって、自分が慣れ親しんだ言語からいきなり異言語環境に放り込まれたストレスはものすごく大きいのだ。また見過ごしてならないのが、子どもたちの言語で表現したい世界、というものが大人のそれと比べて、非常に限られているという現実がある。

だから、多くても週2〜3時間の外国語学習で、コトバをシャワーのように浴び続けても、なかなか英語を話せるようにはならない。

カウンセリング・ラーニングは、大人が外国語を学ぶ際、リラックスした学習環境というものを重要視する。それは具体的には、講師に自分の分かる言語で、「何を言いたいか」ということを伝える、ということに代表される。

また、私は文法項目などは、その人がもっとも理解できる言語で説明している。つまり、日本人が英語を学んでいる場合は、その説明を日本語で行い、南ア人が日本語を学んでいる場合はその説明を英語で行う、ということだ。

カウンセリング・ラーニングには教科書がない。学習者が学びたいことをその場で講師がその言語に訳し、発音から文法から、字の学習まで、その出てきた内容に沿って、従来の教科書に書かれている文法の順序とは関係なしに学んでいくのだ。

つまり、学習者の表現したいことが過去のことであったら、文法もそれに沿って、過去形の動詞などを学んでいく。過去形を学ぶためには現在形を先に学ばなくてはいけない、という考え方は当てはまらないのだ。

カウンセリング・ラーニングの具体的なレッスン風景を簡単に説明すると以下のような手順となる。

@生徒たちが自由に自分の母語で、自分の言いたいことを講師に順番に伝える
A講師が同時通訳の手法を使って、瞬時にその学んでいる言語でその言いたいこと生徒に伝える。
B生徒は講師の発音に近くなるように何回も練習して、その自分の“音”が講師のそれと同じか、近くなった段階で、その“音”を録音する。
Cその一連の作業を4〜6名の生徒が繰り返して、意味のある、生徒たちがもっとも興味のある内容でその言語を学んでいく。
D一回、2分以内の会話を録音し、次のレッスンまでに自分のパートは暗誦できるようにしてくる。
E会話文の書き写し。各々が自分のパートを担当して黒板に自分のパートを書いていく。そのつど、文法説明が入る。

私はカウンセリング・ラーニングでこれまで英語と日本語を教えてきた。特に、切羽詰った、必要性に迫られた人たちに抜群の成果を発揮してきた。参考のため、ある日のレッスンで録音した会話のさわりを紹介しよう。

  A: ゴールデンウィークにディズニーランドに行きたいんですが。
  B: はい、何名さまですか。
  C: 大人8人と子ども4人です。
  B: お客様、パッケージ旅行がありますよ。新幹線とホテルとパスポートがついています。
  A: パスポートって、何ですか?  

こういった会話文の自分のパートを、口頭できちんと言えるよう練習し、また、ひらがな、カタカナ、漢字を駆使して黒板に書き進める。そして、書きながらそのつど文法の説明を受けていく。

すべてが彼らの興味に沿ったものであり、必要とされているものだから、その集中度が非常に高い。

英語をいろいろな形で学んだことがある人は、これが、いかに、能率のよい学習方法であることが理解できるはずだ。ただ、この学習方法の欠点は、ずばり、この手法を使えるだけの言語力を持つ講師の確保が難しいこと。

また、この手法が米国で爆発的に支持されなかった理由は簡単だ。米国などでは、学習者の出身言語が多岐に渡る。つまり、6人の生徒が6つの言語を必要としたら、そこには6つの言語が理解できる講師、あるいは、6人!の講師がいなくてはいけない。となると、経済的にこれは成り立たないのだ。

ところが、日本で英語を学ぶ場合や、南アで南ア人が日本語を学ぶ場合は、全員の理解できる母語が共通の場合が多い。私は、ここ南アフリカで、私がカウンセリング・ラーニングを使って日本語を教える、という偶然のような、いや、運命のような現実がとっても嬉しい。


会話の録音に使うデジタルレコーダー。昔はカセットテープを使っていたが、
今はこんなに便利なものがある。音質もきれいで使いかっても抜群。


南アフリカ人に日本語を教える 2  [2007年09月23日(日)]
 
“がしがし”と日本語を学ぶ……。

聞くだけで恐ろしそうだ。だいたい、外国人にとって、日本語はとにかく、「難しくて、絶対学ぶのは無理な外国語!」と思われている節がある。

私がまだ米国の学生だったころ、米国人にこんなことを聞いてみた。

「アラビア文字と日本語の文字を比べたら、どちらのほうがエキゾチック?」

私はもちろん、あの流線型に流れる麗しいアラビア文字のほうがエキゾチックだと思っていたから、米国人もそう思っているはず、と考えていた。ところが、聞いた人間、全員が、「そりゃあ、日本語の文字よ」と言うではないか。

“エキゾチック”という表現はいま、この原稿を日本語で書いているから使ったのだが、当時私が使ったのは“Foreign(外国の)”という英単語。つまり、どちらのほうが自分の文化から遠いか、という質問だったのだ。

日本語と英語を外国語として教えることを学んでいた私には、この米国人たちの“日本語の文字”に対する考え方に驚愕した。だって、学ぼうとする対象のコトバが、自分から遠いと思えば思うほど、そのハードルは高くなる。

でも、そんなことでくじけている暇はない。ここは逆転の発想をすることにした。それ以来、私の日本語の生徒たちには、「……そんなに“遠く”にある存在の言葉を自分の分かる“コトバ”にすることって、素晴らしい!」というイメージを持ってもらうことにしている。

さて、ダーバンでの私の生徒たちの場合。

生徒たちは話すこと、聞くことだけではなくて、読むこと、書くことも学んでいく。目標として、ひらがな、かたかなは完全マスター、漢字は350個を読んで書けること、その他、語彙は全体で1500個ほど。

実は、これは、外国人のための日本語の試験、日本語実用検定試験の三級で要求されるレベルなのだ。この三級に合格するためには、この前の段階である四級で約150時間のレッスン、三級で300時間のレッスンが必要とされている。まったくの初級から始めて、しかも日本以外の場所に住みながら短期間でいきなり三級に合格するレベルに到達するのはかなり難しい。たとえ、この時間数を確保できたとしても。

また、何で三級か、というと、日本で日本語を話して仕事をするためには、最低でも、このレベルに到達していないと意思の疎通が難しいからだ。日本人に馴染みの深い英語の検定試験、TOEICの点数で行くと、感覚的に450〜550点くらいになるかもしれない。日本語のまったく素地のないところから、この英語であれば、TOEIC450〜550点レベルに短期間で達するのは、超難関、ということを理解していただけると思う。

私の専門中の専門である実際の教え方は“カウンセリングラーニング”という。私は、英語でも日本語でも、聞くこと、話すこと、を教えるときは、この“カウンセリングラーニング”という教授方法を採用している。少し変ったその方法は……。

                                             
次回に続く



南アフリカ人に日本語を教える 1  [2007年09月15日(土)]
 
南アのダーバンに移住してきて、職業的に、こんな恵まれたことになるとは想像もしていなかった。2003年に移住してきたとき、なんと、夫婦ともども、何かの仕事が決まっていたわけではなかったのだ。

                   
ダーバンのビーチをパトロールする警官


私は大学・大学院での勉強を始めとして、それからも長いこと、外国語学教育を研究、実践してきた。縁があって、各国で教える機会にも恵まれてきた。

学生時代の米国、デンマーク、ドイツでの英語教育に始まり、米国の大学院時代に教えさせてもらったアジア系移民の人へのESL(第二言語としての英語)授業。ニューヨークの法律大学院の学生たちへの日本語教育、NYに住む日本人の子どもたちへの日英バイリンガル教育にも携わった。

その後、日本に戻ってからJICA(国際協力機構)の青年海外協力隊の訓練生たちへの英語教育も少人数で行う語学訓練の醍醐味を味わった。そして、リベリア、エチオピア、マラウィでのそれぞれの現地の学校での活動は、どんな環境でも教師として自分の責任を全うすることがどういうことか、ということを思い知らされ、多くを学んだ。

日本ではGITC(Globe International Teachers Circle)という組織を立ち上げて、13年間、心から信頼できる仲間とともに、国際理解教育をカリキュラムの基本とした英語教育の教材を作り、全国を講演して歩いた。自宅を開放して、その作成した教材をパイロット的に近所の子どもたちに教えた。

こうして列挙していくと、自分でも驚くほどのバラエティだと思う。私くらい恵まれている教師もいないのではないだろうか。今でも、その様々な教室での子どもや大人の生徒さんたちの顔を鮮明に思い出すことができる。

そして、すべての経験が結集して、ここ南ア・ダーバンでの日本語教育につながっている。私は現在、ダーバンにある日系企業の南ア人エンジニアたちに日本語を教えているのだ。

どうして、南ア人のエンジニアたちに日本語が必要なのか。それは、この会社の世界に散らばる各国のエンジニアたちに、日本の企業の考え方、ものづくり、品質管理の真髄などを教えるため、世界中のエンジニアを日本に集めて1〜2年間の研修を行っていることに関係がある。

世界から集まってくるエンジニアたちの全員が英語を理解するわけではない。それこそ、中国、トルコ、フランス、アルゼンチン、非英語圏出身の人たちがたくさんいる。そうすると、日本の企業なのだから、日本に集めたエンジニアたちに、日本語で研修を行うことは一番自然な選択なのだ。

私は、”語学教師”という職業がとっても好きだ。そして、ここ南アで南ア人エンジニアたちに日本語を教えることも私の運命だったようだ。だって、私はアフリカで、自分のこれまで培ってきた経験を、アフリカ人のためにお返ししたいと思って、南アに引越ししてきたのだから。

私の直接教えることのできる生徒の数はそんなに多くはない。が、彼らのあとに続く多くの人たちの姿が、私には見える。

日本語力を身につけた私の生徒たちが、どんなに大きく羽ばたけるか、ということ、また、その能力を結集させることにより、アフリカのさまざまな部分の発展につながる可能性があるということを想像するだけで、わくわくしてしまう。

こういう背景に感謝しつつ、私の生徒たちには、“がしがし”と日本を学んでもらっている。そして、ふふふ。その中身ときたら! それは、それは、ものすごいことになっているのだ。                                          

                         ……次回に続く。



これもダーバンの街中で観光客を乗せて走る人力車

プロフィール
Profile
吉村峰子
(日本語/英語教師・ライター・通訳)
東京都生まれ。1980年頃より日本語・英語教育に関わる。教えた国は、日本、米国、デンマーク、ドイツ、リべりア、エチオピア、マラウィ、南アフリカなど。1986年頃より、アフリカと日本を交互に生活した後、2003年、南アフリカ・ダーバンに家族とともに移住。現在はダーバンで日本語・英語教育、執筆業、通訳業で大忙しの毎日を送る。