吉村峰子のアフリカに遊びにおいで!

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アフリカでおでん! [2007年11月05日(月)]
 
南アフリカで暮らしていても、そんなに日本食が恋しくならないのは、私が食いしん坊だからだと思う。

食いしん坊だと、日本での食べ物が恋しくなるのでは? 

もちろん、そのとおり! でも、食いしん坊だからこそ、私は何とか工夫して、毎日、日本に暮らしていた頃とそう大差のない食卓を整えるためにひとふんばりしてしまう。

美味しく炊けたご飯(ご飯に関してはコダワリのある私。“圧力鍋”の原稿を読んで下さい)
日本のお醤油
新鮮な魚、肉、野菜

これらが揃えば、現代の日本の食事は結構簡単に作ることができるもの。それに、子どもが生まれてからの我が家の食卓は、カレー、ミートソース、シチュー、ハンバーグ、コロッケ、といった洋風おかずが多いことも、南アに暮らしてあまり不便さを感じない理由かもしれない。これらのおかずはまったく問題なく南アで作ることができる。

それに、私は食いしん坊なのだが、あまり「○○○がなくちゃ駄目!」が、ないのだ。正直言って、好き嫌いはほとんどないし、少々古くなったものでも大丈夫だし、大好物は梅干のお結びにゆで卵、などと、情けなくなるくらいシンプルなのだ。

ここダーバンでは、新鮮な魚を入手できる。一般の魚屋さんで買った近海ものの魚をお刺身で食べられるのも嬉しい。季節にもよるが、まぐろ、シイラ、バラクーダ、などの魚は脂も乗っていて、本当に美味しい。値段もこのごろ上がってきてはいるものの、南アで水揚げされる魚は、高くても一キロ1000円前後。これは、肉類の値段と変わらない。2007年11月現在、私が普段のおかず用ステーキに買う牛肉のリブロースが、一キロ800円から1000円くらいだ。単位がキロ単位なのが、南ア流。一家四人分、一人300グラムずつ見当で約1.2キロのリブロースが、合計1000円程度で買えるのは南アに住むシアワセのひとつ。

ただ、アフリカに暮らしていると、同じ海外でも日本の食材が比較的手軽に入手できる欧米の大都市とは違い、本格的な日本料理を作ろうとしたら、かなりの部分を手作りすることになるのも事実。例えば、おでんの具、さつま揚げがその代表選手だ。美味しいさつま揚げが手に入る日本では、さつま揚げを手作りする人はあまりいないかもしれない。でもここでは、日本で買ったものを飛行機で運んでくる以外は入手不能、つまり、ダーバンでは、さつま揚げは手作りだ。

吉村家のおもてなし料理の定番、“おでん”には、このさつま揚げが欠かせない。

作り方はいたって簡単。新鮮な魚とえびをフードプロセッサーですり身にして、そこに、タマネギ、ニンジン、ヒジキなどの具を混ぜて、味噌、生姜、塩で味をつける。つなぎには山芋を入れたいところだけれど、これはないので、コーンスターチで代用する。全部をよく混ぜて、適当な大きさにスプーンで丸めて、食物油でゆっくりと揚げる。


手作りさつま揚げ。これは日本人に大好評!

私が使う魚は、日本ではメルルーサと呼ばれるお値段も安い白身魚、Hake。この魚はこちらでは、フィッシュアンドチップスによく使われている。えびは地元産の赤い小さなものを使う。両方とも一キロずつ使うのがいいのかもしれない、素直な味ながら、隠し味の生姜が絶妙なアクセントになって、おでん鍋にたどり着く前に、かなりの量が消費されてしまう。

そして、おでんに欠かせないのがこんにゃく。もちろん、これも手作り。

これは、日本に行ったときに東急ハンズで必ず買う、『手作りこんにゃくの精粉』が大活躍。箱の後ろ側に書かれている手順を忠実に守って、練ったり、寝かしたりしていくと、正真正銘、おいしいコンニャクが出来上がる。



私は元々大雑把な性格だし、自分の仕事などでは、かなり常識破りで、皆が信じていることもまず疑ってかかる、というメンドウクサイ女なのだが、“こんにゃく造り”などといった、こういったプロセスには素直に従う。「1350CCの水を80度に沸かしなさい」と書いてあったら、きっちりと1350CC の水を計って、80度きっちりの温度にする。これは、この『手作りこんにゃくの精粉』作成委員会(?)の人たちが、素人でも簡単にこんにゃくができるように、一生懸命考えて、イラストなどを添えて消費者に説明しよう、という熱い情熱が感じられて、そこに尊敬の念を抱いてしまうからだ。私はこういう仕事をする人たちに絶大なる信頼を寄せる。

さて、この他、中華材料を扱うお店から、大根、厚揚げを仕入れてきて、二日かけて大根と昆布から煮始める。ゆで卵好きの家族ゆえ、卵も最低でも2ダースはゆでておく。

確かに、“おでん”つくり、時間はかかる。でも、仕事をしながら、大きなお鍋いっぱいのおでんをアフリカで作るのもなかなか乙なものだ。

先週は、久しぶりに大勢の友人を呼んで、日本食パーティを開催した。このごろ仕事が忙しくなって、なかなか機会を設けられなかったので、お呼びしたい人がたくさんいて、大人数になってしまった。子どもたちも入れて総勢50名。この日は、日本人の英語の生徒さんたちもお呼びしたので、居酒屋メニューに挑戦した。

おでん(大根、厚揚げ、こんにゃく、さつま揚げ、ゆで卵、昆布)
太巻きすし二種(トロ+きゅうり、スモークサーモン+厚焼き玉子+キュウリ)
鶏肉ときゅうりのサラダ
ほうれん草の白和え
牛コロッケ(差し入れ)

デザートには、シフォンケーキを焼いた。でも、日本人の友人の手作りのミニ大福に評判が集中!今回は、料理の量がやや少なめで、ひやひや。でも、南ア人たちがおでんやおすしに舌鼓を打つ姿はかわいらしかった。


今やダーバンでもおすしは大人気。普通のスーパーでも購入可能。



アフリカのお皿 [2007年10月11日(木)]
 
アフリカの各地で暮らして、いつの間にか、いろいろな“お皿”に出会ってきた。


ディナー皿の上にスープ皿を重ねたところ


このお皿は、1980年代に、エチオピア政府の文化部がフランス人芸術家の指導の下、エチオピアの世界的に有名な、「ゴンダールの天使たち」の教会壁画をモチーフにして、なんと、海外でも有名な日本の一流陶器会社、「ノリタケ」にセット数限定で作成させたものだ。私たちがエチオピアに赴任したのが1994年で、その直後に知りあったこのフランス人芸術家がそっと教えてくれた。「ノリタケの大傑作のディナーセットがあと7つ残っている」と。

これは、全部で100ピースを越える本格的なディナーセットで、12人のお客用のディナー皿に合わせて、スープ皿、デザート皿、大皿、スープピューリン、グレービーボート、コーヒー茶碗、ソーサー、コーヒーポットなどなど全部揃っている。

夫はこの立派なセットを購入するにあたり、恐れおののいた。
「こ、こういうセットの中の皿をひとつ割ったらどうなるんだ」と。

私の返事は明快で何の迷いもない。
「……天井逆さ吊りの刑と決まっている」

このセットが我が家に来てから、すでに13年くらい経つが、これまでに、このディナーセットで吉村家のオモテナシを受けた人はかなり限られる。だが、こういうディナーセットを控え持っている、ということだけで私は楽しい。いつか、私の考えられる最高のメニューを、飛び切りの旬の食材を使って作り、最高の夕食会を催すことを夢見ている。そのときのお客様は誰になるのだろう。西から東から、北から南から、そして過去から未来から、大好きな人たちを総動員してご馳走するのだ!

さて、ここまで怖いお皿ではなくても、実は普段使いのお皿でアフリカには素朴で魅力的なものがたくさんある。



これは、マラウィのお皿。Detza Pottery と言って、現地の土を使って、マラウィ人のアーティストたちが、動物などの得意なモチーフを絵付けしている素朴なものだ。でも、マラウィにはライオンやヒョウはもういない。だから、猛獣たちの顔つきがややゆがんでいる。



だが、ライオンやヒョウにかわって、マラウィにはたくさんのカバがいる。だから、このカバの表情がずば抜けて味がある。実際に見たことのある動物とそうでないものとの差が歴然としている。しかし、実は、アフリカの動物の中で、カバほど毎年人間を殺している獰猛な動物はいないのだ。カバは自分のいる場所から河の自分の縄張りスポットへ、一直線の道を猛進する習癖があり、その道の真ん中に運悪くいるものに対して怒り狂うらしい。で、あの巨体なのに、時速40キロで走れるらしく、人間やほかの動物が逃げまどってうろうろしているうちに、その下敷きとなり犠牲となる。アフリカでは、カバにはくれぐれも要注意なのである。

残念なのは、Detzaのお皿は割れやすいこと。せっかく買った6つの揃いのうち、2つは割れてしまっている。残っているものでも、お皿の裏には何箇所かかけている。でも、このかけているところではなくて、それぞれのお皿の裏に描かれた“絵”を見て欲しい。前の動物のお尻が描かれているのだ。



さて、そのカバやキリンが表現されたもうひとつの作風のお皿が、南アのChasms製のもの。これは、南アから世界中に輸出もされているもので、お値段も普段使いにするにはちょっと高い。が、このChasmsの工場はケープタウンの近く、Haut Bay というところにあり、この直営工場には、製造の過程で出た、“二級品”が通常のものの十分の一という破格の値段で売られているのだ。“二級品”ということだが、ちょっとでこぼこがあったり、色がほんの少しはみ出したり、といった程度なので私はまったく気にならない。もちろん、そういう理由なので、同じ柄のものは揃わない。でも、こうやって、いろいろな柄があっても、Chasmsの作風は同じなので、毎日使いの食器としては大満足だ。



7月にケープタウンを訪問した際、Haut Bay まで出向き、このChasmsのお皿をたっぷり仕入れてきた。今、吉村家の毎日のご飯は、このChasmsのお皿に盛られている。普段使いのお皿に、一点ものの手書きの絵柄のお皿を自由に使えるのは、私にとって、アフリカに住むシアワセのひとつかもしれない。

圧力鍋 [2007年09月05日(水)]
 
私の台所には長く使い込んだ圧力鍋がある。

アメリカから帰国して、日本に帰り、就職したときに買ったものなので、かれこれ25年も使っている。この圧力鍋、日本とアフリカを往復する私にしっかり寄り添って、いろいろな国のいろいろな台所で活躍してきた。

長野県駒ヶ根市は中央アルプスの麓の田んぼの町。ここで協力隊の派遣前訓練の英語講師として働いていたころには、もっぱら玄米を炊くことに使っていた。日本の玄米の美味しさをじっくりと味わう幸せを思い出すと、いまでもうっとりする。

西アフリカのリベリア、モンロビアの台所は常時30度を越える暑さ。一年を通して高湿度、高温度の中、じっくり煮込み料理などしていたらこちらが茹で上がってしまう。家の他の部屋には冷房が効いていたけれど、キッチンはもちろん冷房なし。そんな場所での圧力なべは、煮込みを短時間で仕上がることができて大層重宝した。

エチオピアの首都、アディスアベバの台所は何と標高2400メートル。こんな高地はお湯の沸点がとっても低い。そうすると、お米も低い温度でしか炊けないため、炊飯器ではどうしても美味しくお米が炊けない。そこで、大活躍したのがこの圧力鍋。圧力なべは標高で沸点が左右されないらしい。

「……らしい」、というのは、実は、何回もこのことに関し、“科学的説明”を受けているのだが、いまいち、私の理解が追いつかないため詳しい説明ができない。ごめんなさい。

でも、こういう標高の高いところでも炊飯器やおなべでお米を炊けないわけではない。炊飯器で炊いたからといって、お米に芯が残るのではない。芯が残るのではなく、ふわふわとした正体のないお米ができあがるのだ。私はこれが駄目だった。でも、日本人のご婦人の中には、「芯があるわけじゃないから、炊飯器で炊くわ」という人もいた。このころのお米は、デンマークから通信販売で米国産の日本米を輸入していた。

さて、東京での、子どものいる働くお母さん時代。もう、これは文句なしに、煮込み料理の時間短縮に大活躍。カレー、シチュー、ミートソース。帰宅してから料理を並べるまでの勝負時間は毎日約40分。さまざまな器具を駆使して、野菜のたっぷり入ったこれらの煮込み料理を圧力鍋と共同作業していた。

南部アフリカ・マラウィの気候も爽やかな首都、リロングウェの台所。リロングェで嬉しかったのは、現地産の美味しいお米が入手できたこと。ただ、マラウィ米は、きっぱりとした短粒種の日本米ではなくて、長粒種の手前一歩、というようなもの。だが、これを圧力なべで炊くと、フンワリ、そしてしっとりねっとりとした「正しい日本のご飯」という風情のご飯が炊けるのであった。

そして、ここ南アフリカ・ダーバン。南アのお米は“パー・ボイルド”という工場で予め一回ゆでられてから流通に乗るというトンでもないお米。どうやらこの工程、虫の被害を防ぐために有効らしいが、お米本来の味はもう銀河系の彼方に飛んでいってしまっている。

炭水化物が大好きな私は、そんなお米では満足できない。そこで、見つけてきたのが、中国人の経営するアジア食材店。ここでオーストラリア産の短粒米が入手できるのだ。これを、もちろん、私の圧力鍋で炊くと、ふっくらねっとり、しっとりの美味しい日本のご飯となる。ちなみにこのオーストラリア米、25キロで160ランド(約2800円、10キロ当たり1120円)という値段がありがたい。

最後に圧力なべでのお米の炊き方を。これは、ガス代も節約できるし、時間が短いのが何よりも嬉しい。ぜひ、お試しあれ。

@お米は普通に磨いで、ザルにあげる。
A圧力なべにお米と同量か一割増しの水を入れて強火にかける。浸し時間の必要なし。
B圧力なべの重しが動き始めたら、弱火にして5分加熱し火を止める。
Cあとは15分ほど蒸らしてできあがり。



プロフィール
Profile
吉村峰子
(日本語/英語教師・ライター・通訳)
東京都生まれ。1980年頃より日本語・英語教育に関わる。教えた国は、日本、米国、デンマーク、ドイツ、リべりア、エチオピア、マラウィ、南アフリカなど。1986年頃より、アフリカと日本を交互に生活した後、2003年、南アフリカ・ダーバンに家族とともに移住。現在はダーバンで日本語・英語教育、執筆業、通訳業で大忙しの毎日を送る。