吉村峰子のアフリカに遊びにおいで!

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ダーバンから地球を半周すると言うことは……。 [2008年07月14日(月)]
 
意外と思われるかもしれませんが、私は外を出歩くのはそんなに好きなほうではありません。

どちらかと言うと、家で好きな本を読んで、好きな日本茶を飲んで、ぐた〜、としていたいのですが、どうした人生のめぐりあわせでしょうか。私の毎日はその“ぐた〜”とした時間にあまり恵まれないのです。

また、旅行もそんなに好きな方ではないのです。スーツケースに荷物を詰めるのも得意ではないし、自分で料理できない日が続くと、いらいらし始めます。旅行先の食べ物の供給先がレストランだけだと、好きな野菜をたっぷり食べられないのがつらいのです。

そんな私なのですが、不思議なことに、新しい街で生活することにはどきどきしてしまいます。新しい街でマーケットを探し、その土地の珍しいものを食べ、新しい可能性に出会う……。海外駐在の家族として、こういったドキドキ感を持って、世界各国を“旅行”のように滞在していたのかもしれません。

そういった“旅行”の果てに、たどり着いたのが、南アフリカ・ダーバンへの移住だったのです。

しかし、この移住先のダーバン、私たちにとって、住む土地としては本当に素晴らしいのですが、どこかへ旅行するとなると、世界的にはかなり辺鄙なところにあるのだ、と今回の米国行きでつくづく実感してしまいました。

アフリカ大陸の最南端に近いところから移動するのですから、当然と言えば当然なのですが、ダーバンから米国の西海岸は本当に延々と遠かったです。

ルートをご紹介しましょう。

まず、ダーバンから国際線の飛行機に乗るためには、ほとんどの場合、南アフリカの首都に近いヨハネスブルグ(首都のプレトリアから車で1時間弱)に出なくてはいけません。飛行時間は1時間。

その後、飛行機が新しくてご飯も美味しくその上サービスのよい、エミレーツ航空を使用してアラブ首長国連邦のドバイに飛びました。ヨハネスブルグから直接、地球を斜め左に移動してサンフランシスコかロスアンゼルスに出る方法もあるのですが、今回は帰りにニューヨークの近隣に住む友人にも会いたかったため、ニューヨークを経由地としたかったのです。


24時間人が行き交うドバイの空港


もちろん、ヨハネスブルグからニューヨークに直接出る方法もあるのですが、エミレーツ航空のマイレージを貯めたい私はこのドバイ経由を選択したのでした。

ところが、この選択は家族からあとで大ブーイングの嵐でした。なぜかというと、まず、ダーバンからヨハネスブルグまでが1時間、ヨハネスブルグからドバイまでが8時間、ドバイからニューヨークまでが13時間半、と、ここに書くだけでも、めまいがしそうなスケジュールだったのです。飛行機と飛行機との間にはもちろん、乗り継ぎのための時間も数時間づつ含まれますし……。

が、ダーバンからニューヨークまではまだまだ序の口でした。ニューヨークに着いたあと、なんと今回の最終目的地オレゴン州のポートランドまでの乗り継ぎ便まで、驚異的な12時間!の待ち時間があったのです。

ニューヨークについた時点で、もうへろへろの私たち。しかし、こんなことでこの待ち時間だけのためにホテルを探すほど柔な家族ではありません。

無謀にも、「そうだ、この時間は観光に使おう!」と足取りも重いくせに、全員がこの強行案に賛成。そこで、大きなスーツケースはJFKの空港ターミナルの荷物預かりに置き、地下鉄を乗り継ぎ、向かった先は、アフリカ育ちの我が家の子どもたちが「ぜひ、見たい!」と熱望した自由の女神でした。

実は、彼らがダーバンの自宅で見るテレビドラマなどは、米国発のものがすごく多いのです。南アでは米国の映画の公開も本場からせいぜい数日遅れるくらいですので、文化的にものすごく米国の影響を受けているのです。

そのためでもないのでしょうが、「ニューヨークに行ったら“自由の女神”」と思っていたようでした。

ところが!ニューヨークに着いたのが早朝とはいえ、入国審査を済ませ、荷物を引き取り、また預け、といった作業をしてから地下鉄に乗ってフェリー乗り場に着いた私たちを待ち受けていたのは、「今日のフェリーのチケットは全部売り切れです」という無情なお知らせでした。時間は正午を過ぎていました。

私が、「そういえば、私が以前ニューヨークに住んでいたときも、三回くらいこのフェリーに乗ろうとして乗れなかった」と、この段階で思い出し、またまたみんなからブーイング。「あのさあ、そういうことはもっと早く思い出して欲しい!」というごもっともなご意見。

でも、同じことを経験しないと過去のことを思い出せないのは、この頃よくある傾向なのです、ごめんなさい。



自由の女神を遠くから眺めて、それでもニューヨークの街をそぞろ歩きは楽しかったです。私にとっては四半世紀ぶりのニューヨーク。でも、地下鉄の汚さや、荷物預けのお兄さんの非効率的なお仕事ぶりは、「え、ここは途上国?」と一瞬考えてしまったほど。普段、途上国の一面も色濃く残る南アフリカに暮らす私にとって、先進国への旅行は、いろいろな面で現実以上の期待感があるのもしれません。





そして、この「自由の女神観光不成立」も含む12時間の待ち時間の後、ついに乗り込んだポートランド行きの飛行機で、私たちは席についてシートベルトを装着した途端に全員が熟睡していたようです。

幸か不幸かこのおかげで、その日、ニューヨーク近辺は大嵐で、自分たちの乗った飛行機がまったく離陸せず、2時間以上も空港で立ち往生していたことも知らなかったのです。目的地のポートランドに着陸する直前の機長のアナウンスでそれを知り、びっくり仰天したのでした。

ダーバンからドバイ、ドバイからニューヨーク、そしてポートランドへ移動する中、何回も時計を遅らせて時差も合わせているので、いったい現地時間でいま何時かも不明状態の上、身体的にも疲労がピークに達していたのでしょう。

さて、この片道、実際に何時間かかったと思いますか。

じゃじゃじゃじゃ〜ん、合計51時間!の旅行でした。過去30年、夫も私もいろいろなところに仕事や旅行で移動していますが、夫婦共々、片道にかけた時間ではこれが最長記録です。ポートランドの空港に出迎えてくれたネイスさんご夫妻にも、最初に伝えた言葉は、「このルートを戻りたくない!」でした。


ポートランドは中心部にウィラメット川が流れる
その上に浮かぶカラフルなハウスボート
この記事のURL

http://www.cafeblo.com/safrica/archive/58
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コメント


ミツコさん、

でも、でも、ダーバンに戻って、容赦なく仕事はあるのですが、家族全員、まだまだ時差ボケ中!夜中の2時ころ、みんなでごはん食べたりしています。早く身体を元に慣らさなくては!

Posted by:吉村峰子  at 2008年07月17日(木) 17:01
オレゴンからニューヨークですか!!峰子さん、すっごく楽しそう。
その51時間もめったにできないお土産話になったね〜!!(笑)
Posted by:ミツコ  at 2008年07月15日(火) 11:04
プロフィール
Profile
吉村峰子
(日本語/英語教師・ライター・通訳)
東京都生まれ。1980年頃より日本語・英語教育に関わる。教えた国は、日本、米国、デンマーク、ドイツ、リべりア、エチオピア、マラウィ、南アフリカなど。1986年頃より、アフリカと日本を交互に生活した後、2003年、南アフリカ・ダーバンに家族とともに移住。現在はダーバンで日本語・英語教育、執筆業、通訳業で大忙しの毎日を送る。
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