ザ・メモリー・キーパース・ドーター [2008年02月18日(月)]
![]() ザ・メモリー・キーパース・ドーター (The Memory Keeper’s Daughter) キム・エドワーズ(Kim Edwards)著 誰でも、「あの時、どうしてあんなことをやったんだろう」と、回顧する思い出のひとつやふたつはあると思う。 この本は、まさにこの、「あの時、どうして……」の物語だ。 まず、物語設定は1964年の米国のケンタッキー。私は1958年の生まれだから、この物語のとき、ちょうど小学生になっていた。この本で、この時代、米国でダウン症を持って生まれた子どもたちの多くは、親から離されて専門病院に隔離されていた、という事実を知った。日本はどうだったんだろう。 主人公の医師、デイビッドは産科医ではないが、いろいろな偶然が重なった吹雪の夜、自分たちの初めての子どもを自分で取り上げることになる。超音波などが診察に使われる前の時代のせいなのだろう、彼の妻ノラも自分もノラが双子を妊娠していたことを出産するまで知らなかった。第一子は障がいのない男の子。その数分後に生まれた第二子、フィービーがダウン症だった。 デイビッドには心臓に障がいを持って生まれ、若くして亡くなった妹がいた。家族の中に、先天性の疾患を持つものがいることの、どうしようもない切なさ、苦しさを誰よりも理解している、と考えたデイビッドは、フィービーが生まれたその瞬間に、彼女の存在を自分の妻の前から抹消することを決意した。彼は妻に、「女の子は死産だった」と伝えたのだ。米国では、この時代から、当然のように産婦に麻酔をかけていたことにも驚かされた。最後のいきみのところで意識がないから、自分が生んだ子どもをその場で確認することができない、という驚きの事実。 そのとき、デイビッドの助手をした看護婦は、デイビッドを秘かに慕っていたキャロラインだった。キャロラインは、デイビッドに、フィービーを遠く離れた隔離病院に連れていくよう指示された。キャロラインはデイビッドを慕うが故、彼のこの判断に従ってしまった。だが、その隔離病院の現実を目の前にして、彼女にはフィービーをそこに置いてくることはできなかった。彼女はフィービーを自分の娘として育てることにしたのだ。勤めていた病院も辞め、アパートを引き払い、離れた町でシングルマザーとして。デイビッドに自分たちの居場所を知らせることもなく。 こうして、吹雪の晩に生まれた双子はお互いの存在を知らないまま四半世紀を過ごす。 だが、人間がここまで作為的に人の人生を操作してしまうと、結局、その操作した人生に翻弄されるのは避けられないことなのかもしれない。妻を守るため、という一心でフィービーをノラから遠ざけたデイビッドは、このあまりにも巨大な秘密を自分で抱えるがため、ノラと自分の間にどうしても超えることのできない壁を作り出してしまった。 ノラとデイビッドは毎日、毎日、お互いから離れていくようになる。その乖離は、双子のもう一人ポール、にも影響を及ぼす。彼は両親の見えない”距離“に苦しみ、孤独感を深めていく。 ついにデイビッドとノラは離婚し、デイビッドはその数年後に亡くなる。その後、ノラとポールは、フィービーの存在を知り、四半世紀を経てフィービーのこれまでのシンプルでありながら、充足したこれまでの人生を知ることになる。キャロラインとフィービーは、大変な日々の苦労を抱えながらも、”シアワセ“な人生を送っていたのだ。アル、というキャロラインのしたことをすべて受け入れてくれた夫、フィービーにとっては育ての父にも見守られて。 確かに、多くの場合、障がいを持った子どもを授かる、ということは突然やってくるのかもしれない。出産前にかなりのことが分かるようになった現在でさえ、出産して初めて、思いもしなかったわが子の状態を知る人たちもいるだろう。 私も、自分が何年かの不妊治療のあとに授かった上の息子を妊娠中、自分自身に問いただしたことがあった。自分の子どもにどんな障がいがあっても、自分はこの子どもを受け入れる心の用意が整っているか、という当時30代前半だった私の自分自身への問いだ。 私はそのとき、 「いいよ、どんな状態でもいいよ。わたしたちのところにおいで。一緒に楽しく生きて行こうね」と、心の底から思えたのだ。 この物語の投げかけるものは決して小さくない。人の存在を受け入れる、ということにかかってくる大きな責任。だが、もしも、「運命」というものがあるのなら、私たちはそれから逃げられないのかもしれない。そうだとしたら、目の前にある状況が、どんなに困難なことに思えても、目をつむって“ど〜ん“と引き受ける、というのも案外一番、理にかなったことなのかもしれない。「先の心配をいまからしても仕方がない」と、思えるかどうかも大きな要素だ。 妻のために、よかれ、と思ってしたことで、自分の人生をまったく思いもよらない方向へ導いてしまったデイビッド。悲しい、切ない彼の選択に一番苦しめられたのは彼自身、という事実が重くのしかかる。 |





sala さま、
コメントありがとうございました。この本、米国ではベストセラーになっています。日本でも多くの人が読んでくださるといいですね。
たくさんたくさん考えることがありました。また、このブログの記事に私信で感想をいただいています。日を改めて、ここに書かれている内容のことを掘り下げようと思っています。