アフリカに遊びにおいで! [2007年10月22日(月)]
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Cafeglobe ユーザーの皆さま、
南アフリカ・ダーバンからはじめまして! 吉村峰子と申します。 これまで、Cafeglobe の World News Cafe でも南部アフリカ発の記事を書かせていただいていましたが、この度、改めて、Cafeglobe の連載コンテンツとしてスタートすることになりました。 私の詳しいプロフィールはこちらから。 さて、南アフリカ、現在、国中が大騒ぎです! 先週の土曜日(2007年10月20日)、南アフリカのナショナルチームが、フランスで開催されていたラグビーのワールドカップで優勝し、まだまだ、国中が興奮状態に陥っています。チームカラーであるグリーンとゴールドのユニフォームを着たり、顔をこの二色にペイントしたり……。同色のチームの旗が町中にあふれています。2010年のサッカー・ワールドカップの南アでの開催も決まっています。世界で、南アの存在感がぐっと増すことになりそうです。 ![]() 南アの英字新聞なのに、フランス語で書かれた見出し。 "Bokke" はチームの愛称。中央にムベキ大統領の顔も見える。 トロフィーを掲げているのが、キャプテンのジョン・スミット氏 今回、南アが優勝したラグビーですが、日本ではあまりメジャーなスポーツではないものの、世界では歴史的に英国に関係の深い国々、オーストラリア、ニュージーランド、南ア、などで大変人気があります。南アのワールドカップでの優勝は二回目です。今回優勝をかけて戦った英国とともに、過去6回開かれた大会で二度優勝している国は南アと英国だけです。 南アはアパルトヘイト(人種隔離政策)が終焉したあと、27年間も獄中にあった、ネルソン・マンデラ氏を大統領に選出(現在の大統領はターボ・ムベキ氏)し、全人種が平等に平和に暮らせるよう、各方面での努力が続けられています。しかし、南アの社会はまだまだ“住み分け文化”です。黒人は黒人のコミュニティがあり、白人は白人、カラード(混血)はカラードと、お互い職場で仕事は一緒にしても、暮らしの場においては、まだまだ交流がスムーズではありません。が、今回のラグビーのチームなどでは、スポーツに秀でた選手たちに人種の壁はないようでした。南アの選手たちが、南アの国家を聞きながら涙を流す姿には、南アの厳しい社会状況を知る私にも胸に迫るものがありました。 皆さまにとって、“アフリカ”は、どんな場所でしょうか。 私にとっての“アフリカ”は、旅行で訪れる場所でも、ニュースで流れてくる危険情報や戦争の起こっている場所でもありません。 アフリカは、私と私の家族、夫、18歳の息子、13歳の娘が生活する場所です。 私たち家族は、日本とアフリカ各地を交互に駐在する生活を20年ほど続けた後に、家族全員で南アフリカのダーバンに移住してきました。 「えっ、アフリカに移住?日本の仕事を辞めてアフリカに?」 「どうしてアフリカ?」 「ええええ!10代の子どもを連れて??」 とは、私たちの移住のことを聞いた、多くの友人・知人たちからの質問でした。 ふふふ。どうしてでしょうね? それは、これからこの連載を通して皆さんにお伝えしていきたいと思います。 私たちの暮らすダーバンは一年を通して気候が温暖で、サーフィンのできる海があり、欧米のブランドが揃うショッピングセンターもかなり充実しています。また、自宅や事務所ではインターネットもADSLが使える、といった先進国並みの環境もあり、皆さんのイメージする“アフリカ”とはまた別の世界かもしれません。 でも、ちょっと南アの社会を見回すと、そこには、犯罪、貧困、HIV・Aids……といった厳しい問題が山積み。それらを解決するには、まだまだ遠い道のりがあります。でも、その厳しい現実の足元には、雄大な自然、豊富な地下資源があり、そして、何とか自分たちの生活を良くしようと努力する人々がいます。 私と私の家族は、その、混乱に満ちつつも未来への希望がたくさんある南アの社会で、それぞれが、さまざまな困難と格闘しながらも、一生懸命生活しています。 私はここ30年ほど日本と米国、欧州、アフリカの地を交互に生活してきました。日本での10代後半までの生活。1970年代後半から80年代前半にかけての米国、欧州での学生時代。米国から帰国した後での日本での教師としての経験。そして、1980年代後半から足を踏み入れた、このアフリカ大陸での暮し。それと、1991年から2004年まで有能なスタッフとともに奮闘した、「日本の英語教育を変える!」という理想に燃えた民間教育団体を主宰した13年間。 これら全部が、2007年10月現在、南アフリカ・ダーバンに暮す、ということに結びついているようです。すべての出来事、楽しいこと、苦しいこと、震える出会い、苦い経験までもが、それぞれ必然性を帯びてそこにあったことがよく判る年齢になりました。 それだって、いまだに、毎日の暮らしは「平穏な日々」とは決して言えません。毎週通う、エイズ患者さんのベッドの横では世の中の不条理に憤り、頻繁に訪れる彼らの死には毎回打ちのめされます。日本語の教室ではひらがな、カタカナ、漢字を教えながら日本語の素晴らしさにうっとり。家の中では、弁当箱を出し忘れている息子を怒鳴り、バイクで通学する彼の後姿に毎朝心が痛くなります。また、靴の底に穴があくほど活発な娘の足のサイズが27センチになっていることに驚嘆したり、彼女の正真正銘の南アフリカ英語に“にんまり”したり。そして、インド洋で一本釣りされたまぐろに舌鼓を打ち、また、すっかりアルコールに弱くなってすぐ酔っ払う夫に怒ったり……。毎日がいまだに心も身体もフル回転です。 ![]() 晴れた日にはダーバンの海が遠くに見える萱葺屋根の我が家 これは、いわば、私の「アフリカ365日」です。そんな私の日常をお届けすることで、皆さんとアフリカの距離が少しでも近くなるといいな、と願っています。そして、皆さんが「遊びに行ってみようかな」とアフリカが身近に思えるようになることを願いつつ。 ![]() アフリカの空と萱葺き屋根はよく調和している。 ダーバンの温暖な気候と天井の高いこの家では、 一年を通して冷暖房を使わない生活が可能。 |







そうですか、ジェフリーズベイに何回もいらしているんですね。サーフィンのメッカですものね。でも、ダーバンもいいですよ。これからもよろしくお願いします。吉村峰子