吉村峰子のアフリカに遊びにおいで!

見る、触る、聞く、嗅ぐ、味わう、交わる、そして考えるアフリカ。大変なことも楽しいことも、“そのまんま”のアフリカをお届けします。

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南アのこんな青年のこと

2010年8月31日(火) 06:44
私には悪い癖があります。

それは、若い、生き生きとした青年や女性を知ると、その人のことをもっともっと知りたくなってしまうのです。

シッド・マシュロボ君、17歳。

sid.jpg


彼は、娘のシュウコの“親友”です。

最初は、「えええ?男の子の親友?」とやや不思議な気がしたのですが、彼とショウコ、そしてもう一人の男の子、ターラは、三人で本当に仲がいいのです。

sid, Tala, & Shoko.jpg


ショウコの学校は女子校なので、もちろん、この二人は同じ高校に通う生徒ではありません。が、ショウコたちの学校、Epworth からとっても近いところに彼らの通う Maritsburg College はあり、普段からこの二つの学校は多くの交流があります。

ショウコは最初に、このシッドの親友、ターラと合唱団の練習で知り合いました。その後、ターラの紹介で、このシッドとも親しくなりました。

「へえ〜、男の子の親友って、何をするの」

と聞くと、

「私たちは何でも話すよ。女の子たちと話さないようなことが話せるから楽しいの」

ショウコはこの二人の男の子と、世界の経済や歴史、または人種問題のことなどをよく話すんだそうです。

私はこの話を聞いて、とっても感心してしまいました。

16,17歳くらいの年の高校生が、いわゆる“恋愛感情”とは違う“友情”を育んで、それを大切にしている日常、というものが大変新鮮でした。

さて、このシッド君。学術優秀、人柄も穏やか、そして礼儀正しい。本当に絵に描いたような清々しい青年なのです。

今回、彼はUWC(United World Colleges)の奨学金に合格し、これから2年間をカナダのビクトリアで過ごすことになりました。UWCとは、1950年代の冷戦時代に発足した知る人ぞ知る世界規模の教育機関で、世界に13カ所のキャンパスを持ち、120を超える国内委員会が活発に活動するユニークな組織です。南アの元大統領、ネルソン・マンデラ氏が1999年から名誉会長も務めています。

その彼を見送りにダーバンの空港まで出かけてきました。

私はこの日初めて彼にあったのですが、会ったとたんからその輝くような瞳に引きつけられました。

そこで、ショウコの許可も得て、シッド君にびしばしと取材をしてしまいました。

実は、シッド君、残念なことに、今年、彼のお母様を交通事故で亡くされています。お父さんはずっと前に亡くなっていて、彼の現在の保護者はお母様の妹の彼のおばさん、ということです。

「人生であなたにもっとも強い影響を与えた人は誰ですか」

という私の問いに、彼は、

「母です。母は常に自分の実力を100%出すこと、人のために何かをする習慣をつけろ、と教えてくれました」

と明快に語ってくれました。

実は、シュウコと彼が親しくなっていったのも、彼のお母様、そして翔子の父親が突然の不慮の事故で亡くなる、という悲しい偶然も重なっているのです。

自分の親を年若い時期に亡くす、という経験はできれば避けたいものです。が、シッド君のように、ショウコのように、運命は残酷です。だからこそ、そういう時に私たちは心から信頼できる友人が必要なのでしょう。

シッド君を取材していて、私を惹きつけたのは彼のまっすぐな瞳でした。どんな質問にも私の顔を正面から見据えて、言葉を選びながら、明快に答えてくれました。

彼に将来のことも聞いてみました。海外での生活を終えた後、南アに戻ってくるのか、自分の故郷となる南アの現実をどう考えているのか、という17歳の高校生にはやや難しい質問になってしまいました。

「私はきっと大学も外国で学ぶと思います。でも、学業を終えたら、必ず南アに戻ってきます。僕は経済や政治を学んで、南アの政府を変えるような仕事がしたいと思っています」

どうして?と聞いてみると、

「僕は南アを愛しているからです」

う〜ん、ちょっと優等生すぎる答えなので、やや意地悪な突っ込みをしてみました。

「でも、あなたも知っているように、南アは汚職もある、HIV/Aids の問題もある、犯罪率も高い、“国家”としてはかなり不利益な面をもうすでに抱えている国ですよね?その南アをあなたは“愛している”というけれど、そういった暗い面の南アのことはどう考えているの?」

シッド君、じっくりと考えながら、

「そう言った面があることはもちろん知っています。でも、僕はそうじゃない南アも知っているし、その困った面を併せ持つ南アを支えている南ア人とは、僕の家族であったり、友人であったりするわけです。そういった人を僕は愛しているから、その人たちを守るべき、南アをもっとよくしたい、と思っているのです」

どうです!この見事な答え。彼は弱冠17歳ですよ。頭脳明晰、人柄抜群、そしてこの弁舌の清々しいこと。

南アの将来は明るいなぁ、こういう世代がきちんと育っているんだなぁ、と涙腺がゆるゆるなっているのを抑えることに必死になってしまいました。

シッド君、カナダのUWCの高校で、世界から集まってくる次世代のリーダーたちに交じって、もっともっと広い視野を身につけて南アに帰ってきてね。心から楽しみにしています。

ショウコには、「ねえ、なんで彼を“親友”なんかにしておくの?あんないい青年ってあまりいないと思うよ。つばをつけておけばいいのに!」と母親にはあるまじき発言をして、彼女から、

「お母さん!まったく変なこと言わないでよ!私とシッドはベストフレンドなんだよ!なんでベストフレンドと恋愛関係になれるのよ!まったく気持ちの悪いことを言うなぁ、最低!」

と睨まれました。

そうなのかなぁ、シッド君、親友だけにしておくのはもったいないと思うのですがねぇ。

3 hugging.jpg

空港での三人の最後の別れ。ちょっと悲しいのも青春だよね。









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南ア初日本人プロサッカー選手

2010年8月25日(水) 06:22
「自分は自分の好きなことしかしてきていないんです」

とは、南ア初の日本人プロサッカー選手、村上村上範和(むらかみのりかず)さん。

Nori.jpg


今回のワールドカップは、前々回の原稿でも触れたとおり、私にたくさんの出会いをもたらしてくれました。
 
その一人が、この村上さん、南ア人は敬愛を込めて、“NORI”と彼を呼びます。

人より優れた身体能力とは、それを極めることで、生活の糧にでも、その人の人生をかけた仕事にも発展する、ということをプロのスポーツ選手は私たちに見せてくれました。

ところが、メディアを通して知る、サッカーや野球などの選手たちは、私にとって別世界の人たちでした。

これまでは、彼らの人生が書かれているインタビュー記事を読んでも、「へえ〜、すごいね」どまりだったのです。

つまり、彼らが生身の人間として、私の隣でおしゃべりしたり、食事を食べたり、または問題に直面して悩んだり、といった面を実際に知ることはいままでなかったからでしょうか、メディアの記事は私の心には深く届かなかったのです。

これは、私の受け取り方にも問題がありそうですが、とにかく、彼らは今までの私の人生にはあまり関わりのないグループの人たちだったのです。

ところが、今回、村上さんの南アのエージェントを通して、彼とも親しくなる機会ができ、ダーバンに村上さん家族がお見えになるときは、我が家に泊まっていただくくらい親しくさせていただくことになったのです。

日常生活を通して知る、プロのサッカー選手。私としては、いつもながらの好奇心と、彼の爽やかな人柄に接して、とても楽しい時間を過ごさせてもらいました。

冒頭の発言は、私が彼に聞いた質問の答えです。

「プロのサッカー選手になるってどういうことなのかしら」

彼は、サッカーが好きで、ボールを蹴ることが好きで、サッカーをすることで、世界の人と共有する時間ができること、自分だけではとうてい達成できないようなことも、他の選手、関わりのある人と同じ目標に向かって努力して夢を実現する楽しさを語ってくれました。

またサッカーの持つ「ゴール」の意味にも、私は感銘しました。

サッカーの究極の目的とは、「ボールをゴールすること」。

それが積み重なって行って、ゲームに勝ち、トーナメントに勝ち、最終的には4年に一回の世界のひのき舞台、ワールドカップにつながるのです。

なんて明快で、単純で、誰にでも、どんな人にも分かりやすい達成目標なんでしょう。

そして、そんな素晴らしいことを、たんたんと語るノリさんの人柄にも私は心の底から感嘆しているのです。

ノリさんのことはこれからも折を見てお話ししていきたいと思いますが、今回は、彼がどのようにして南アのプレミアム・リーグ、“プラチナム・スタース”に入団したか、という顛末を少々。

ノリさんは、学生時代からサッカーではプロの道を目指し、大学卒業前から、シンガポールのクラブにスカウトされ、シンガポールには合計5年間滞在しました。その前には、ブラジルにも、イタリアにもサッカー修行に出ていていた時期もあります。

プロのサッカー選手たちは、自分たちの人脈などをフルに活用して、世界中のサッカークラブが、自分たちのチームにどんな選手が必要とされているかを探ります。もちろん、Agentと呼ばれる代理人が、彼やの行き先を探す場合もあります。

ノリさんの場合は、現在の南アの代理人を彼の友人の一人が知っていて、その関係で、南アのプレミアム・リーグ、“プラチナム・スタース”に入団したのです。

驚いたのは、こういった話はどのくらい時間をかけて、進めるのか、という質問に、彼がいとも簡単に、

「ああ、今回、南アに来た時は、決めてから南アへの出国までに、2,3日しかありませんでした」

と軽々と答えたことでした。

ノリさんには、奥さんも昨年南アで生まれた可愛いメイちゃんもいるのです!そう簡単な引っ越しではないと思うのですが、彼はなんでもないような雰囲気で、シンガポールから南アへの移動を語ってくれました。

Rie & Mei.jpg


つまり、南アに来る前から、彼にとって世界そのものが、彼のサッカー選手としての活躍の場だったのです。だから、まるで国内移動のようにたんたんと動けるのでしょう。

彼が次々と越える国境、それはどんな意味をしているのでしょう。

誘われる声があれば、それが南米であろうが、アジアであろうが、またはアフリカであろうが、軽々とその国境を、人種を超えて、出向きます。

「僕はサッカーが好きなんです。サッカーができれば、どんなところにも行きます」

という彼は、実は、子どものころ、中国に住んだことがあるのです。これは、彼のお父様が日本の商社勤務で、中国に駐在していたことからの理由でした。実は、ノリさんは、この中国語も、ブラジルの言葉であるポルトガル語も、そして南アの公用語のひとつ、英語も話すことができるのです。

「そんなに器用な人間ではなし、言葉が足りないことも多いし、面倒くさいことは嫌いだし……」

とは発言するものの、彼の生活や人との交わり方、私やショウコ、カンジたちとの付き合いかたを見ていると、彼がいかに他の人の仕草や発言にきちんと注意を払っているのがよく理解できます。

K, S & Nori.jpg

我が家の二人ともすっかり仲良しに


英語で言うところの、“Attentive”という単語がぴったりくる青年なのです。

“サッカー”というスポーツに秀でた、日本の青年が世界を転々としながら、丁寧に、現地の人、または同じ境遇の様々な地域出身のチームメイトと共に、練習し、試合をし、そして、「ボールをゴールする」という、サッカーをただひたすら体現している爽やかさがあります。

スポーツの凄さ、それに関わる人たちのさわやかにやっと開眼した私にとって、ノリさんの今後から目が離せません。
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プロフィール
Profile
吉村峰子
(日本語/英語教師・ライター・通訳)
東京都生まれ。1980年頃より日本語・英語教育に関わる。教えた国は、日本、米国、デンマーク、ドイツ、リべりア、エチオピア、マラウィ、南アフリカなど。1986年頃より、アフリカと日本を交互に生活した後、2003年、南アフリカ・ダーバンに家族とともに移住。現在はダーバンで日本語・英語教育、執筆業、通訳業で大忙しの毎日を送る。

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