一服のもてなし

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八十八夜 [2008年05月28日(水)]
 
5月1日は八十八夜でした。

夏も近づく八十八夜・・・という茶摘み歌は皆さんご存じだと思います。立春から数えて八十八日目を八十八夜といいまして、節分と同様に日本独自の雑節であり大切な季節の節目であります。



茶道会館にある茶室・山茶屋は茶の木に囲まれています。
毎年、その茶を摘み家族で頂きます。


「八」という字は末広で縁起のいい字でありまして、それが重なる「八十八」は更に縁起モノですね。八十八才の年祝いは米寿といいます。「米」という字を分解すると「八十八」となりますので、その字を当てて祝い喜ぶのです。

「米」という字は、米を作るのに八十八の過程があることから「米」の字を書きます。その過程のなかで八十八夜が目安となるのが籾蒔きであります。開墾して最初の過程ともいえる籾蒔きに、末広の八が重なる日が目安となると更に縁起も担げ、豊作への願いを込める事に気が入ることでしょう。

古く、中国から伝わった五節句・二十四節気・七十二候といった行事と違い、八十八夜は日本独自の農耕民族であるからこそ産まれた行事と言えます。

また、食文化だけでなく衣文化でも重要な日であります。蚕の掃立て(はきたて)の目安となっているのです。蚕が孵化しまして、羽箒で蚕座(さんざ)に移し、はじめて桑を与え、飼育をはじめることを掃立てといいます。蚕が産みだす糸は生糸といい、まさに生きる糸です。命を育て命を作る。その育てはじめも八十八夜なのです。


話を戻しまして、夏も近づく八十八夜・・・。茶畑で絣(かすり)姿で赤い襷(たすき)を掛け茶を摘んでいる姿が目に浮かびます。絣は藍染めであり、藍染めは虫除けの役割をします。赤いたすきは茜染めで、茜は傷薬にもなり茶摘みで手を切り痛めてもその場で治療出来るのです。共に昔の知恵であります。そのような格好はできませんが、庭の茶を摘んで煎って頂くだけで自然のありがたさと日本文化の良さを感じます。




抹茶にするには量が必要ですし、
蒸して揉んで味を楽しむというより、
煎るだけで香りと話題を楽しみます。


八十八夜は茶摘みをはじめる目安で、八十八夜に摘んだお茶は極上と言われます。「茶」という漢字は草冠に八十八と書きまして、八十八夜に摘む草だけにうまくできてますね。さらに草冠は十と十で20それに88を足すと108で煩悩の数となり偶然にしては出来すぎですね。

更に抹茶には「○○の昔」「○○の白」という名がありまして、この「昔」は十と十と一に日で21日となり八十八夜を入れて前十日と後十日の二十一日間で摘まれるからそう呼ばれ、それ以外のお茶と言うことで、百より一つ足りないから「白」と呼ばれるとも言われます。お茶屋さんはこの話は嘘といいますが、ネタとしてはおもしろい話ですね。

八十八夜が過ぎましてもお茶は2番茶・3番茶と摘まれていきます。八十八夜の籾蒔きが済み1番茶、田植えを終え2番茶、収穫が済み3番茶となります。農作業に合わせて茶の葉が付くところがこれまた偶然にしては出来すぎですね。

もっと深い意味がありそうですが残念ながら偶然のようです。縄文時代からある「米」と天平頃に伝わった「茶」では繋げるには離れすぎです。どちらも命がけで作るのですが、命の意味が違うのかも知れません。

「米」は食物として作るのに対して「茶」は薬物として作ります。薬を作ることには命を繋げる一種のまじないでもあります。それを摘む衣装に魔除けの意味も持つ茜・藍を用いるのもその一つかも知れません。もしかしたら、もっと深い意味があるのかも知れませんが目眠れなくなるのでやめときます。

昔、明かりがない夜に頼りになるのは月でありました。また、満月をたたえて祭ったり、満月に盆踊りするように日本行事にも主となります。その月が顔を出さない新月は煙たいモノです。立春から数えて三度目の新月に近づく頃に八十八夜を迎えます。月明かりが取れなくなりそうな夜が八十八夜なのです。

昔の人は月に敏感でしたね。
確かに明かりが無くては大変です。酒がどこにあるかもわかりません。
月が無くては酒が飲めないですね。

ではでは。

【今日のワイン】


ニコラス 2004er Classic
ドイツ/ラインガウ
リースリング
☆☆★★★

端午の節句 [2008年05月27日(火)]
 
5月5日はこどもの日、端午の節句です。

毎年、5月3日・4日の三河内曳き山祭りに参加しているため、こどもの日は京都の野田川町三河内で過ごしております。とても緑が美しく五月らしい陽気です。

五月は早苗月(さなえつき)、苗代から田へ移し植える月であるからそう呼ばれます。それが略され皐月(さつき)といいますが、この「皐」という字は「神にささげる稲」の意味を持つからこの字が当てられました。農耕民族の日本人に取りまして大切な月であります。



与謝野町は米どころでもあります。
散歩に歩けば所々に田植え準備の様子が目に出来ます。
初夏を感じることがます。



端午の「端」はモノの先の「はし」ですから「はじめ」の意味があり、「午」は初午のときにも上げましたが「午の日」のことです。古くは月のはじめの午の日を言ったのですが、午のゴと五のゴを結び、更にゴの重なる5月5日を端午の節句としたのです。

端午の節句も他の五節句と同様に節目の身のけがれを祓う大切な行事で、古く中国では、よもぎ・菖蒲などの薬草摘みをしたり、よもぎで作った人形を飾ったり、菖蒲を浸した酒を飲んだり、蘭を入れた湯を浴びたり、悪鬼を退治する為に午から弓矢を射る儀式をしたそうです。



少し山には入れば山菜が取れるのも丹後の良さです。
こども達とよもぎを取りに行き、笹舟をつくって川に流したり、野遊びを一緒に楽しみました。
途中の池には1メートル程の鯉が顔を出し、こどもの日に相応しい一日でした。




日本に伝わり、鎌倉時代には武家社会らしく「菖蒲」を「尚武」と結び、尚武の節日と盛んに祝うようになったのです。江戸時代になると徳川幕府により式日に定められ、将軍にお祝いを奉じるようになりました。また、将軍に男の子が生まれると、表御殿の玄関前に馬印(うましるし)や幟(のぼり)を立てて祝うようになりました。それに習い、武家に男児が生まれると門前に馬印や幟を立てて男児誕生を衆々に知らせてお祝いしたそうです。町衆は幟旗を立てることは許されていなかったので鯉のぼりをあげるようになったのです。

その鯉幟ですが、最近、東京で目にするのは屋根より低いモノが多いですね、因みに我が家も鯉のぼりは屋内にあり屋根には届きそうもないですが、和紙で出来ているのが自慢です。もう一つの自慢は一刀彫りの具足人形です。鎧武者は魔除けの意味を持つモノで一生おともしてくれるよう願っております。





この時期になりますと茶室の床の間には「三級浪高魚化龍」の軸を掛けます。

「三級浪高魚化龍」(さんきゅうなみたかくしてうおりゅうとかす)とは碧巌録(へきがんろく)にあり、中国の夏王朝を開いた禹(う)が黄河の氾濫をしずめるために、上流の竜門山を三段に切り落とし三段の滝を作りました。これを「禹門(竜門)三級」と称し、竜門三級を登りきった鯉がものすごい勢いで登り雷で尾を焼き、頭上に角が生え、雲を起こし、雨を呼んで龍となって天に昇っていくといいます。この言い伝えから、登竜門という言葉や鯉のぼりが産まれたのです。

三級を登りきれば鯉は竜となる。努力すれば必ず成し遂げられるという意味で男子の節句でもある端午の節句にはたくましく育ってほしいとの願いを込めて鯉のぼりを飾り、その家の誰よりも高くなるようにと屋根より高くに昇らせます。

古く日本では男は外に出て、女だけが家の中に閉じこもり、田植えの前に穢れを祓い、身を清める五月忌み(さつきいみ)という儀式がありました。それは何時か端午の節句と同じ扱いになったのですが本来、日本では女性の節句であったのです。

皐の月は日本人に取りまして大切な月であることはかわりませんね。
ではでは。

【今日のワイン】


エーデルワイン五月長根葡萄園[2006]
岩手県花巻市大迫町産100%/リースリング・リオン
☆☆☆★★

素晴らしき弟子 [2008年05月23日(金)]
 
私のお弟子さんにはホントに素晴らしい自慢の弟子が沢山います。もちろん、そうとも言えない弟子もいて困ってもいるのですが・・・。

下は9さいの女の子から上は86の翁まで、職種はライター、大学教授、植木屋などなどバラエティーに飛んでおります。性格はおしとやかな人もいればとんでもない人もいます。

そんな中、お洒落でお転婆でいつまでも乙女心を忘れないお弟子さんがいました。シューズデザイナーの高田喜佐さんです。2006年2月にお亡くなりになったのですが、亡くなる2ヶ月前まで稽古に来るほど熱心な茶人というもう一つの顔も持ってました。




2005年クリスマス茶会が喜佐さんとの最後の一会でした。
隣はいつも一緒にお稽古に来ていたふくよかさんです。



茶道を習い始めたときは荒っぽい仕草で困っていたのですが、利休の残した歌を百種集めた利休道歌の「何にても置き付けかへる手離れは 恋しき人にわかるゝと知れ」を教え、仕草に「ためらい」を演出することを教えましたら、毎回毎回、げらげら笑いながら「ためらい、ためらい」と呟きながら点前をしている内にまあまあお淑やかになった喜佐さんでした。

オリジナルブランド「KISSA」のデザインも素敵ですが、生き方も素敵な方です。詩人である高田敏子を母にもつだけあり、文芸も多彩でしたね。出版するたびに頂戴した本は本棚に喜佐コーナーが出来るほどで、下駄箱も同じくKISSAコーナーがあります。偶然にも喜佐さんの地元は同じ高田馬場で小学校は隣同士、地元話にも花が咲く事も多くありました。ホント縁深いです。



men’sはサイズが中々無いので一足しか手に入りませんでした。
kidsは発売第一号を誕生祝いに喜佐さんから頂戴しました。
「暮らしに生かす江戸の粋」は着物・和物が大好きだった喜佐さんらしい著書です。



喜佐さんがお茶の稽古をしていたのは代官山の庵という裏千家茶道教室でした。今は無くなってしまった庵は伊住宗晃宗匠、中村宗哲さん、大樋長左衛門さんといった茶道に深く関する方から、田中一光さんをはじめとする20名ほどのデザイナーの方が集まる茶の湯サークルでした。

どんなに暑い日でも着物で稽古にきて「せんせい、素晴らしい暑さだね。」なんて言う強い意志をもっていて、病との戦ってる間も稽古は真剣に通う喜佐さんでした。

庵は一軒家で茶室が三階にあり、その階段を息を切らして上っても、ニコッと笑い「おはようございます!」の気持ちいい顔でしたが、ホントは水指を持ち出すのも辛い筈です。私も腫瘍を持っているのでよくわかります。

稽古が終わる頃に合わせて、私の家内と息子が顔を見せにきて、体になるべく負担がないように車で高田馬場まで送ってました。その度に息子におみやげを持ってきてもらい、「絵本を書くからたのしみにしてて」なんて話してましたが、残念ながらかないませんでした。





積もる話は沢山あります。弟さん夫妻といっしょに除夜釜に来ていただいた思い出、茶事で桃山の煙管を使い慌てた思い出、吹き出すような話ばかりです。
悲しいですが靴を探しに天国に行ってしまいましたが、いまでも大切な弟子の一人です。天国でお淑やかになるよう点前の稽古してる筈です。

私はお弟子さんに恵まれていますね。
これからも弟子の期待に応えられるよう努力していきます。

ではでは。



【今日の梅酒】


星子/2005
喜佐さんに頂いた梅酒・星子
Posted at 17:17 | この記事のURL

「もてなし」会議 [2008年05月21日(水)]
 
先日、裏千家淡交会青年部関東第一ブロックのコンファレンスに参加してきました。テーマが「もてなしの心」という考えるほどまとまること無い内容なのに、いつの間にかすべての参加者が楽しんでいまして、いい一会がありました。

雑誌の取材でも良く「もてなし」とは何ですか?と聞かれることがあるのですが、これは禅問答に近いですね。このブロックコンファレンスのお陰か、ここ最近「もてなし」の検索率は可成りアップしていまして、「もてなし 茶道」で検索しますとこの『一服のもてなし』が1ページ目に出ますから、おかげでアクセスが増えた訳です。

結局、そこでは「もてなし」とは何ぞや?の答えは出なかったのですが、当日の流れは素晴らしく、来ていたお客さんは満足している様子でした。企画・準備等で見えない努力をして、来ていただいたお客様に楽しんでいただこうとしている関係者すべての方の様子を見ていると、これぞ「もてなし」だな。と感じました。

この企画のスタッフは毎週のように打ち合わせをして、毎日のようにメールでやりとりをして、講師依頼に京都へも足を運ぶといった影での苦労を重ねてきた訳です。〈本来、私もその中に入らなければならないところを任せっきりで、メールもスパム扱いになっていて前日に気づく始末、ご迷惑ばかり掛けてばかりで申し訳ございませんでした。〉その苦労・努力はすべて来ていただく方を喜ばせるためですから、これぞ「もてなし」ですね。

九割の人は「もてなし」を受けていることに気づいていないのでしょう。それほど「もてなし」は自然なモノなのです。

ではでは


【今日のワイン】


シャトー・ガザン[2005]
AOCポムロール/ボルドー/フランス
メルロー 90%、カベルネ フラン 3%、カベルネ ソーヴィニヨン 7%
☆☆☆★★

東大寺 [2008年05月07日(水)]
 
5月2日、奈良の東大寺で聖武天皇祭に参列させていただきました。

毎年、聖武天皇祭では家内の実家である牛田織物が『天平聖武絹』を大仏様の御前に奉納しておりまして、関係者として参加させていただきました。



毎日、目が回るほどの観光客の視線に囲まれている大仏様ですが、この日は観光客に目も触れずじっと座っていらっしゃいました。



大仏殿にあがる急な階段をあがり、奉納するのは牛田織物の井上社長です。後ろ姿はすこしぎみですがその緊張感は儀式であるからこそ産まれる魂です。



邪気を祓い、場を清めて仏を迎えるため撒く散華が偶然にも足下にきまして、頂戴いたしました。聖武天皇祭は毎年5月2日に行われています。

皆さん、是非、足を運んでみてはいかがですか。
ではでは。

身の回りの和モノ その1 [2008年05月06日(火)]
 
毎日毎日、着物で生活していますと身の回りのモノも和モノになっていきます。
「一服のもてなし 〜其の2〜」と新しくなったからと言う訳ではないのですが、財布も新しくしてみました。今回から身につける鹿革に漆で模様を付けた甲州の印伝です。



元々、使っていた財布は丹波の牛田織物で作ってもらったモノとちんぎれ屋のカード入れと前にも紹介した蝦蟇口でした。



ケチな人は財布のヒモが固いと言いますが、昔は財布のヒモが長いとお金が貯まると言ったそうです。ヒモが長いとお金が出しにくく使うのに躊躇するからだそうで、そこをねらって作ってもらいまして、更にお札も出しにくくしてもらいました。

ところがカードが取りやすくお金は貯まらず、マイレージが貯まるばかり、中の赤地が失敗だったようです。

今度は鹿皮の印伝ですからヒモは無いですが丈夫で堅いのが特徴で、お札も小銭もカードも入るので一つで済みますし、中は黒地ですから可成り期待できますね。また、蝦蟇口というのは味わいがあり昭和のおばぁちゃん系で嬉しいモノです。

もう一つ蝦蟇口の小物入れを持っているのですが、こちらはカメラのバッテリーやUSBの配線などを入れてカバンに携帯してます。



こちらは愛弟子であるふくよかさんのご主人である粟辻博さんのデザインです。

身の回りにこれだけあるとホント楽しめます。

ではでは。



【今日のワイン】


ジャニソン・バラドン・エ・フィス
V・ヴァンドヴィール RM
AOC シャンパーニュ/フランス
☆☆☆☆★


プロフィール
プロフィール
北見宗幸
社団法人茶道文化振興会講師。みやび流和装道マナー部師範。高田馬場で昭和25年から続く「茶道会館」でお茶の稽古や茶会を催すほか、テレビ、雑誌などでも幅広く茶道の指導を行う。『はじめての茶の湯―茶道の基本がよくわかる』(成美堂出版)監修。
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著書・監修・掲載誌
DVDではじめる茶道入門(DVD付)

はじめての茶の湯―茶道の基本がよくわかる (和のお稽古BOOK)

茶道具百科 6―扱いと心得 (6)
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