素晴らしき弟子 [2008年05月23日(金)]
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私のお弟子さんにはホントに素晴らしい自慢の弟子が沢山います。もちろん、そうとも言えない弟子もいて困ってもいるのですが・・・。
下は9さいの女の子から上は86の翁まで、職種はライター、大学教授、植木屋などなどバラエティーに飛んでおります。性格はおしとやかな人もいればとんでもない人もいます。 そんな中、お洒落でお転婆でいつまでも乙女心を忘れないお弟子さんがいました。シューズデザイナーの高田喜佐さんです。2006年2月にお亡くなりになったのですが、亡くなる2ヶ月前まで稽古に来るほど熱心な茶人というもう一つの顔も持ってました。 ![]() 2005年クリスマス茶会が喜佐さんとの最後の一会でした。 隣はいつも一緒にお稽古に来ていたふくよかさんです。 茶道を習い始めたときは荒っぽい仕草で困っていたのですが、利休の残した歌を百種集めた利休道歌の「何にても置き付けかへる手離れは 恋しき人にわかるゝと知れ」を教え、仕草に「ためらい」を演出することを教えましたら、毎回毎回、げらげら笑いながら「ためらい、ためらい」と呟きながら点前をしている内にまあまあお淑やかになった喜佐さんでした。 オリジナルブランド「KISSA」のデザインも素敵ですが、生き方も素敵な方です。詩人である高田敏子を母にもつだけあり、文芸も多彩でしたね。出版するたびに頂戴した本は本棚に喜佐コーナーが出来るほどで、下駄箱も同じくKISSAコーナーがあります。偶然にも喜佐さんの地元は同じ高田馬場で小学校は隣同士、地元話にも花が咲く事も多くありました。ホント縁深いです。 ![]() men’sはサイズが中々無いので一足しか手に入りませんでした。 kidsは発売第一号を誕生祝いに喜佐さんから頂戴しました。 「暮らしに生かす江戸の粋」は着物・和物が大好きだった喜佐さんらしい著書です。 喜佐さんがお茶の稽古をしていたのは代官山の庵という裏千家茶道教室でした。今は無くなってしまった庵は伊住宗晃宗匠、中村宗哲さん、大樋長左衛門さんといった茶道に深く関する方から、田中一光さんをはじめとする20名ほどのデザイナーの方が集まる茶の湯サークルでした。 どんなに暑い日でも着物で稽古にきて「せんせい、素晴らしい暑さだね。」なんて言う強い意志をもっていて、病との戦ってる間も稽古は真剣に通う喜佐さんでした。 庵は一軒家で茶室が三階にあり、その階段を息を切らして上っても、ニコッと笑い「おはようございます!」の気持ちいい顔でしたが、ホントは水指を持ち出すのも辛い筈です。私も腫瘍を持っているのでよくわかります。 稽古が終わる頃に合わせて、私の家内と息子が顔を見せにきて、体になるべく負担がないように車で高田馬場まで送ってました。その度に息子におみやげを持ってきてもらい、「絵本を書くからたのしみにしてて」なんて話してましたが、残念ながらかないませんでした。 ![]() 積もる話は沢山あります。弟さん夫妻といっしょに除夜釜に来ていただいた思い出、茶事で桃山の煙管を使い慌てた思い出、吹き出すような話ばかりです。 悲しいですが靴を探しに天国に行ってしまいましたが、いまでも大切な弟子の一人です。天国でお淑やかになるよう点前の稽古してる筈です。 私はお弟子さんに恵まれていますね。 これからも弟子の期待に応えられるよう努力していきます。 ではでは。 【今日の梅酒】 ![]() 星子/2005 喜佐さんに頂いた梅酒・星子 |
Posted at 17:17
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