端午の節句 [2008年05月27日(火)]
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5月5日はこどもの日、端午の節句です。
毎年、5月3日・4日の三河内曳き山祭りに参加しているため、こどもの日は京都の野田川町三河内で過ごしております。とても緑が美しく五月らしい陽気です。 五月は早苗月(さなえつき)、苗代から田へ移し植える月であるからそう呼ばれます。それが略され皐月(さつき)といいますが、この「皐」という字は「神にささげる稲」の意味を持つからこの字が当てられました。農耕民族の日本人に取りまして大切な月であります。 ![]() 与謝野町は米どころでもあります。 散歩に歩けば所々に田植え準備の様子が目に出来ます。 初夏を感じることがます。 端午の「端」はモノの先の「はし」ですから「はじめ」の意味があり、「午」は初午のときにも上げましたが「午の日」のことです。古くは月のはじめの午の日を言ったのですが、午のゴと五のゴを結び、更にゴの重なる5月5日を端午の節句としたのです。 端午の節句も他の五節句と同様に節目の身のけがれを祓う大切な行事で、古く中国では、よもぎ・菖蒲などの薬草摘みをしたり、よもぎで作った人形を飾ったり、菖蒲を浸した酒を飲んだり、蘭を入れた湯を浴びたり、悪鬼を退治する為に午から弓矢を射る儀式をしたそうです。 ![]() 少し山には入れば山菜が取れるのも丹後の良さです。 こども達とよもぎを取りに行き、笹舟をつくって川に流したり、野遊びを一緒に楽しみました。 途中の池には1メートル程の鯉が顔を出し、こどもの日に相応しい一日でした。 日本に伝わり、鎌倉時代には武家社会らしく「菖蒲」を「尚武」と結び、尚武の節日と盛んに祝うようになったのです。江戸時代になると徳川幕府により式日に定められ、将軍にお祝いを奉じるようになりました。また、将軍に男の子が生まれると、表御殿の玄関前に馬印(うましるし)や幟(のぼり)を立てて祝うようになりました。それに習い、武家に男児が生まれると門前に馬印や幟を立てて男児誕生を衆々に知らせてお祝いしたそうです。町衆は幟旗を立てることは許されていなかったので鯉のぼりをあげるようになったのです。 その鯉幟ですが、最近、東京で目にするのは屋根より低いモノが多いですね、因みに我が家も鯉のぼりは屋内にあり屋根には届きそうもないですが、和紙で出来ているのが自慢です。もう一つの自慢は一刀彫りの具足人形です。鎧武者は魔除けの意味を持つモノで一生おともしてくれるよう願っております。 ![]() この時期になりますと茶室の床の間には「三級浪高魚化龍」の軸を掛けます。 「三級浪高魚化龍」(さんきゅうなみたかくしてうおりゅうとかす)とは碧巌録(へきがんろく)にあり、中国の夏王朝を開いた禹(う)が黄河の氾濫をしずめるために、上流の竜門山を三段に切り落とし三段の滝を作りました。これを「禹門(竜門)三級」と称し、竜門三級を登りきった鯉がものすごい勢いで登り雷で尾を焼き、頭上に角が生え、雲を起こし、雨を呼んで龍となって天に昇っていくといいます。この言い伝えから、登竜門という言葉や鯉のぼりが産まれたのです。 三級を登りきれば鯉は竜となる。努力すれば必ず成し遂げられるという意味で男子の節句でもある端午の節句にはたくましく育ってほしいとの願いを込めて鯉のぼりを飾り、その家の誰よりも高くなるようにと屋根より高くに昇らせます。 古く日本では男は外に出て、女だけが家の中に閉じこもり、田植えの前に穢れを祓い、身を清める五月忌み(さつきいみ)という儀式がありました。それは何時か端午の節句と同じ扱いになったのですが本来、日本では女性の節句であったのです。 皐の月は日本人に取りまして大切な月であることはかわりませんね。 ではでは。 【今日のワイン】 ![]() エーデルワイン五月長根葡萄園[2006] 岩手県花巻市大迫町産100%/リースリング・リオン ☆☆☆★★ |











