正しいキャリア留学のススメ
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留学先でのサバイバル術 [2007年07月26日(木)]
 
今回は、私が仕事をやめて留学してからのお話を。
留学したての頃は、苦手な英語での生活なので、本当に毎日がわけがわからない状態で過ぎてしまった感じがします。

MBA取得コースで行ったので、英語が出来て当然だろう? と思われる方も多いと思うのですが実際は……TOEFL120点満点中100点を取得してい読み書きはそこそこできても、話す・聞くなんてちんぷんかんぷん。「昨日予習で読んだ教科書、今この辺をこの先生は話してるのかなあ?」こんないい加減なもんです。それでも、英語が出来なくても生き抜いていく方法ってあるものです。

現在、留学カウンセラーとして大勢の生徒を送り出しているわけですが、無事卒業しました〜と言ってもらえるのは、以下のことを話して聞かせて送り出したからだと思っています。


一番大切なことは、
わからないことをわからないと言える正直さ。


「日本人ばかりで固まっていると英語ができなくなる」。これも本当のことですが、ここは英語学校ではないのです。クラスのほとんどがアメリカ人なんです。日本人同士で助け合っていかないと損をします。

同じコースや学校に日本人がまったくいなければできないことですが、日本人がいれば助け合いの精神でお互い仲良くしましょう。どうもこのあたりは韓国や中国圏の人はがっちりと組むようですが、日本人はそうでもないようです。日本人コミュニティから出たり入ったりすればよいわけで、仲良く情報共有しましょう。


クラスメイトたちと一緒に。助けてもらってばかりでした。

そして、ネイティブの仲の良い友だちを持つということも大切です。実際、現地で効力を発揮したのは「この授業ではこの人のコバンザメになる」というネイティブの友だちを決めておく方法です。そして、授業中、隣の席に座ってもらうのです。

授業が始まる前に早めに教室に行って席を取っておきます。そして意中の人がきたら「あー。こことっておいたわよ」とさりげなく隣の席に誘導。何が助かるって、先生の言うことはある程度わかっても、生徒からのスラングバリバリの質問は最初はまったくわからないものです。すると「何て?」という顔をして隣の人に聞くのです。「あんなのは聞かなくていいよ」とか、授業が終わった後「あれはこういう質問だったんだよ」と教えてくれるものです。それから、ノートも貸してくれる人を見つけるのもいいでしょう。ハンドライティング(手書き)だと信じられないくらい解読不可なものもありますから、パソコンでノートを取っている人がいるとラッキーです。

ただし、お礼も忘れずに! 私の場合、週末の「スシホームパーティ」にご招待しました。まるで「スシ買収」ですよね。(笑)。スシのネタなんてあるのか? と思われるかもしれませんが、マグロなんてなくても、スモークサーモンとアボカドは必ずスーパーにあるでしょうから、ホワイトビネガー(さすが米酢はありません)と塩砂糖ですし酢にして、で充分です(巻き簾は日本から持参しましょう!)。


サンタモニカにアパートを借りていました。ここでホームパーティが何度となく催されたのでした。
Posted at 12:20 | この記事のURL

仕事を辞めて行っちゃう?〜私の場合〜 [2007年07月19日(木)]
 
さて、前回に引き続き「私がキャリア留学を決めるまで」のお話です。

白状してしまいますが、私は、日本の大学時代はまったく授業に出席しない不良学生。「留学したい」と思ったものの、留学先のアメリカの大学でも授業に出席しない不良学生をやったところで仕方がない、と思いました。

留学が自分の目的達成のために合うのかどうか……。日本で想像するばかりでは埒が明かないと思い、一度現地を見に行くことにしました。そして、一路アメリカへ。格安航空券の旅行会社に電話してサンフランシスコ行きの飛行機を予約しました。サンフランシスコは単なる思いつき、「勘」というやつです。カリフォルニア州立大学バークレー校(UCBerkeley)やスタンフォード(Stanford)などの大きな大学から、小さな大学まで数が多いというのも理由のひとつでした。


決意の末、ついに留学を果たしたキャンパスで。

とにかく、空港でレンタカーを借り、地図を片手に各大学へ飛び込み見学をします。お恥ずかしいことに英語がまったくわからず、何を言っているのかちんぷんかんぷんでしたが、百聞は一見にしかず。まさにいろいろな人種がいると言うことを知ったのでした(アメリカなら当たり前か)。

しかも、生徒と先生がディスカッションによって授業が成り立っていると言うことを知ったのです。これなら、国際人になれるかも、と感じました。しかし、ここにきて「TOEFL」という存在を知りました。大学の担当の人が「You need TOEFL」と言うのです。帰国後、受けてみたところなんと120点中30点しかありません。「うわっ、ヤバい! 勉強しないと」。……ここから苦難に道が始まるのでした。

いつ取れるとも知れぬTOEFLのスコア。しかも留学したからと言って、将来が保障されているとも限らない……。むしろこのまま居心地の良いこの職場にいたほうが私にとっては幸せかも、と弱気になるときもしばしばでした。


卒業式でのヒトコマ。こんな光景も、留学するかどうか悩んでいた当時は夢のまた夢だった?

同期に相談すると「このまま頑張ったら、一番に課長になれるかもしれないのに。もったいないよー。それに留学して何になるの?」と言われます。別に課長には興味はないのですが、「留学して何になる?」にはグサッときました。

上司にも相談しました。「ドメスティックも極めていないのに、インターナショナルになんかなれないんじゃないか。あせる気持ちはわかるけど、外国に行ったって変わらないぞ」。おっしゃるとおりかもしれません。「そんなことありません」と言い返せませんでした。

それでも、恐れ多くも留学してみたいという気持ちは沸々と沸いてくるのです。もしかしたら、この沸々と湧き出てくるもののほうが間違いかもしれないとも思い始めました。そう、一時の機の迷いかもしれない……。

実際、そんなときに限って「TOEFL」のスコアは遅々として上がらないのです。泣きそうになりながらも、さざなみのように自分の感情は押し寄せてきます。「ぬるま湯から出て、自分の足で立つ勇気をもて!」と、内なる自分が言っているような気になります。

結論から言いますと、留学はぬるま湯から出る一つの理由付けでしかないと思いますが、確かに大きな動機になります。しかも、自信と英語力というお土産をもらって……!


留学中の旅行先でのスナップ。
Posted at 15:35 | この記事のURL

留学指南ブログ、始めます! [2007年07月12日(木)]
 
はじめまして!
今日から連載を開始することになりましたっ!

私は、『留学図書館』という「3歳から80歳までの留学」をお世話する会社を経営しています。このブログでは、海外情報、留学情報、英語の情報等がお伝えできればと思っています。

さて、自分自身のことで恐縮ですが、私が留学を思いついたのは27歳。実際に留学したのは30歳でした。今思うと、30歳を手前に「なんだかもうひとつジャンプアップしたい!」と思ってしまったのです。

27歳のとき……当時リクルートで営業の仕事をしていましたが、なかなか仕事のほうは楽しいものでした。入社して5年も経つと、仕事自体にも慣れ、社内で「これを頼むには、誰それさんに頼めばいいな。」という信頼関係も築きあげられた頃でした。そういう意味では仕事がやりやすかった環境にいたのですが、それでも何か、鼻血がでるような感覚・「脱皮したい!」という感じに度々襲われました。

1994年当時はバブルがはじけて、猫も杓子も「国際化だ」と叫んでいた時代でした。どこの経営者も「我が社は国際化へ向けて」なんて言っていました。社会経験のない小娘だった私にも、「この人本気でそう言っているか」「みんなの真似事か」くらいは判断できたものです。

そんなあるとき、営業のお客さんで、ある中小企業メーカーの社長さんがいたのですが、この人は、小さい会社ながらも真に国際化を目指している人でした。「かっこいいっ!」と思いました。そして、「この人のように国際人になりたい!」と決意しました。

それじゃあ、どうするか。会社を辞めて、外資系なんかに勤めてみるがいいのでしょうか?「いや、私のような英語もできない国文出身の女をどこの会社が雇ってくれるか」などと心の中で自問自答しました。「それでは、猿岩石のように流浪の旅に出るのはどうだろう(ひらめき!)。いや、27歳にもなってそれはないだろう(がっくり)。うーん、じゃあ……留学ってどうなんだろう?」と思いつきました。

その頃の思いは、まだまだかすかな光で決定打ではありませんでした。

そんな27歳の私が、実際の留学に向けて動き出すまでは、すぐに次の記事で書いてみようと思います!
Posted at 12:50 | この記事のURL

プロフィール
プロフィール
平川 理恵
留学カウンセラー。会社員時代、30歳にして米国留学を一念発起し1年間でMBA取得。帰国後、「個人の人生に合わせた留学情報が少ない」との想いから1999年に『留学図書館』を起業。「オーダーメイド留学」という言葉を国内で初めて使い、学生から社会人、シニアまでの丁寧な留学カウンセリングがクチコミで評判に。現在までのカウンセリング実績は5000人以上。著書に『ここなら安心安全!おすすめ200校厳選 マル特留学プラン』(講談社)など。日本旅行作家協会会員。
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