2歳児のわがままっぷりと産まれたばっかりの赤ん坊。28歳の父親がつづる日常と、落とし物のようなしょうもない話。

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当時はこんなこと考えてたのね
二つ目の奇跡 [2008年05月22日(木)]
 
以前お話した通り二人目が出来ました。そして20日に男の子が産まれました。
今回は計画分娩ということで前もって休みを取り、その日に備えたわけです。
お腹に居る時から大きめということで早めに産んだ方がいいという先生の助言を受け
38週で出産ということになりました。

前回は陣痛に苦しむ奥さんをどうにかやわらげようといろいろ試みたんですが、今回二回目の分娩はスピードが全然違ってました。
「少しでも痛みをやわらげられるよう夫の僕もがんばらないと」思ってたんですが、電話を受けて病院に出向いたらもう分娩。出る幕無しってヤツです。

ただやっぱり命の誕生の瞬間は、今度も厳格で、だけど騒がしく、喜びに満ちあふれていました。
ほんの一年前は影も形もなかったのに今そこに居るという不思議。
はるとが産まれた時のブログにこう書いてありました。
とんでもない奇跡のもと産まれたきたはずなのに、僕はそれを目撃して強く心にきざんだはずなのに。どうやら僕はそれを忘れてしまっていたようです。

産まれた瞬間僕は『こんなにも小さかったっけ?」と思いました。
大切な瞬間のはずの記憶も忘れてしまうほど毎日は慌ただしく過ぎ、日々に向き合っているといつの間にか子どもは大きくなっています。

だから二度目となる今回はそれを忘れないよう、遼人の時も思い出しながら彼の成長を見守りたいと思います。


名前は「敦人(あつと)」と名付けました。その漢字の持つ意味の通り、真心をもって人に接し、尊ばれる人になってくれるようにと願いを込めた名前です。
細々とやってます [2007年11月07日(水)]
 
みなさまお元気ですか?
いつ間にやら11月。前回更新からすでに一ヶ月。
あれから僕は日々の仕事に追われ、家でははるとに追いかけられ、疲れ果てておりました。

そんな中ひとつ明るい話題が。
来年の6月に第二子の誕生予定です。
現在、奥さんは妊娠三ヶ月。ヒドいつわりに悩まされ体重が激減。既に八キロマイナスらしいっス。
はるとを産んでからいっこうに戻らなかった、体型がこの何週間かでみるみる元通り。
しかし家事のほとんどを休業状態のため、僕が炊事、掃除、アイロンがけなど出来る範囲でこなしておりますが、慣れない仕事に苦労も倍増。

朝起きてパジャマを着たまま1日過ごし、僕が帰ってきても部屋でゴロゴロって姿を見るとさすがにあきれてチクリと嫌みのひとつも言いたくなりますが、まあ男の僕にできないコトを、女性である奥さんがやってくれているんだからと我慢我慢。
自分で言うのもなんですが、いい旦那だぜ。っていうか他が言わないから僕が言うしかないんですけどね。

でも、それはそれで疲れのたまる毎日です。はい。
はやいもんです [2007年05月18日(金)]
 
こないだの15日で遼人は一歳になりました。
はやいもんです。
赤ちゃんから幼児へカテゴリーも変わります。
去年のことだけど、どこか遠い記憶のような、でも感覚としては2、3ヶ月ぐらい前のことのような奇妙な感覚です。
初めて抱いた時は妙に肩に力が入ってしまって、すぐに疲れてしまった憶えがあります。

ほんの1年前はただベビーベッドに寝たまま1日が過ぎていたのに、寝返りをうち、ほふく前進を始め、ハイハイに変わり、つかまり立ちをして、やがて歩く姿を見ている僕らの日々は驚きと喜びに満ちています。

泣き虫なのは相変わらずで、たまにうんざりもするけど、遼人が居なかった時より今のほうが幸せです。

これからもいっぱい泣いてそのあと笑って、いつか悩み迷う時が来るんだろうけどきっと乗り越えられると思っています。

どうかこれからの1年も元気に泣いて笑って過ごせますように

ご対面 [2006年10月14日(土)]
 
甥っ子に会いに行ってきました。
分娩の途中、陣痛が弱くなるというハプニングにあったため急遽、吸引分娩に切り替えてのお産だったそうです。

でも元気に産まれてよかったよかった
遼人も赤ちゃんの存在がわかるのか、寝ている赤ちゃんを覗き込んでいました。
男の子同士いっぱい一緒に遊べるといいね。
いとこ [2006年10月13日(金)]
 
今朝、姉夫婦に第一子が産まれました。男の子です。
いやあ、めでたい

僕の甥っ子、遼人のいとこ、母の二人目の孫、姉の長男。

一人産まれるとこんなにも関係を表す言葉が発生するわけですが、遼人にとって同性の同い年のいとこの存在は、将来何かと比較されたりすることもあるかもしれないけど、よきライバルになってくれれば嬉しく思います。

数えてみると遼人が産まれて、もう150日なんです。

これ遼人の生後三日目のとき。触るのも少し怖かったなあ。


今はたっぷりお肉もついて重たくなりました。
ホント大きくなったなあ(しみじみ
姉にも大きくなっていく子どもの姿を見る喜びを早く感じて欲しいものです。

明日あたりお見舞いに行ってこようかな。
立ち会い出産を終えて [2006年05月18日(木)]
 
おかげさまで5月15日に産まれました。

かねてから希望していた出産に立ち会う事も出来、よかったと思っています。
奥さんもが一番大変だったと思うけど僕もそれなりにサポートしたんです。
色々周りから聞かされてた話ってあくまでも分娩室入ってからで
その前段階には子宮口が全開になるまでの待ちがあるんだね。
それには激痛が伴うワケで、ホント見てるこっちが具合悪くなりそうなぐらい痛そうなのよ。会社を昼2時に出て病院着いたのが3時過ぎ。着いた頃には陣痛が激しくなり始めたぐらいで、看護士さんや助産士さん、担当の先生やらが入れ替わり立ちかわり様子を見にきて下さる訳です。
「イキんじゃだめよー。」とか「深呼吸してー。スー。ハーッ。」って繰り返し言ってくれるんだけど、びっくりしたのが「旦那さん。グーでお尻の肛門の辺り強く押さえてあげて!」って言われたんだよね。
『え?僕っすか?』って思いつつ、言われるままにそうしてあげた。
これは僕が勉強不足だったんだけど、いよいよ出産が近づくと便意に似た感じがお尻のあたりに来るんだって。それをこらえて力をいれてしまうと子宮口が開かなくなって赤ちゃんが出てきづらくなってしまう、ということらしいです。
グーで押さえてあげるとかなり楽になるようで、陣痛の波がくるたび叫んでいたのが静かになりました。ホントに全体重かけるぐらいの力で押さえないとダメなんだよね。少し疲れたからって力抜くと「もっと押してー!!」って泣かれちゃうので、着いてから分娩室入るまでの約3時間、陣痛の波にあわせて押し続けたよ。はじめは3分おきぐらいなんだけど、終盤になると1分おき。汗だくになって「もーダメだ。力入らん。」って思っても奥さんがホントにつらそうなのを見ると「やらなきゃダメだな」って思って押さえました。
だって、この10ヶ月つわりやら腰痛やら全部ひとりで耐えなきゃならんかったんだもんね。それ考えたらやりますよ。だって男の子だもん
なんとか子宮口の広がりも充分になったところで、分娩室へ。
あとはホント付き添うだけ。奥さんの気持ちが休まるならそれに越した事ないからね。
そして晴れて午後8時16分、出産。という運びです

結論。男は子ども産めないなら、産んでくれる女性をサポートせにゃダメだ。
24 am9:00りょうへいバージョン [2006年05月15日(月)]
 
時間は意外にもゆっくりと進んでいた。当然だ。そもそも時間なんて概念は昔の人間が自分たちに便利なよう作られた。人間以外の動物は時間を気にしない。結局は当人の主観なのだ。妻の腹に胎児の心電図と母体の腹部の筋肉の収縮を計測する機械がつけられた。
胎児の脈拍は通常120から160(回/分)程度。130だ。安心していいだろう。
妻の様子も落ち着いてきた。静かな病室に付けられた機械のスピーカーから胎児の心音が響く。40分ほど付けた後看護士さんが心電図を見ながら「安定してますね。しばらく様子見です。」と言って、妻に感染症予防の為の抗生物質を飲ませた。
妻と二人で少し会話をした。
破水したときの情況を聞いたが自分では『どうしたらいい?どうしよう。どうしよう。』そんなふうに思っていたらしい。でも僕にはそうは見えなかった。
そんな会話をしていたらお腹が空いてきた。いつの間にか10時をとっくにまわっていたのだ。近くのコンビニでおにぎりを買ってほおばる。妻とは六年間付き合ってきたが病院で二人しておにぎりを食べるなんて初めてだ。そしておそらく今日が夫婦二人っきりというのも最後になるだろう。僕たちは親になるのだ。少しくすぐったいけどそれよりも責任が肩にきた。
そうだ。親に連絡するのを忘れていた。今日は母の日だ。僕たちからのプレゼントは今日中に届けられるかな?電話をしよう。僕は外へ出た。空はきれいに晴れている。電話の電源を入れたら午前11時ジャストだった。
24 am8:00りょうへいバージョン [2006年05月14日(日)]
 
今朝、八時頃妻がトイレに立ったところ、破水をした。
その時僕はまだ眠っていて、少し動揺している声で「破水したっぽい。」と一言。
『何?まさか。陣痛もまだなのに?』夢うつつの中そう一人思っていた。
『あれ?ヤバくない?』と気づくのには少し時間がかかったけれど、すぐに着替えを済ませて、病院の産科に電話している妻のもとへ。
今日は日曜日、外来に掛けても誰も出ない。なので今日は産科病棟に連絡する事になっていた。
意外に妻は冷静だ。
普段僕たち二人の関係は、僕が主導権を握っているが実はそう思っているのは僕だけで、実際孫悟空とお釈迦様の関係のように僕が手のひらで転がされているのかもしれない。
まだうつろな感じでそんなことを思っていたら電話が終わり、「すぐに来て下さい。そのまま入院になるかもしれません」と言われたそうで、車に入院セットを積み込む。
病院は近い。車で五分程度だ。事故は起こさないよう細心の注意を払う。
産科病棟のある三階に着くと目の前がナースステーションだ。向こうも連絡をうけていた分準備がすでに出来ていたようで、
妻が「あのー・・・。」と声を掛けただけですぐに内診室に通された。
「旦那さんは廊下でお待ちください」と言われ少しホッとした。
立ち会い出産の希望は出していたけれど、
陣痛→破水→出産、というような通常のイメージをしていた分、陣痛も来ずにいきなり破水では動揺は隠せない。僕の動揺が妻を不安にさせてしまうのもイヤだ。そう思っていたら看護士さんがそう言ってくれた。

二十分ほどの診察をうけ、やはり入院になるそうだ。患者用のガウンに着替え、陣痛室という部屋に通された。ここでしばらく様子見になる。
看護士さんが慌て始めた様子がないので「そこまで切迫した状態ではないんですか?」と聞いてみた。
「そうですね。今は止まってるし、とりあえず機械をつけて赤ちゃんの状態も確認します。」やはり深刻な状況ではなかったみたいだ。少し気持ちが楽になった。
時刻はようやく九時になるところだ。

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