2歳児のわがままっぷりと産まれたばっかりの赤ん坊。28歳の父親がつづる日常と、落とし物のようなしょうもない話。

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当時はこんなこと考えてたのね
遼人へ [2008年01月04日(金)]
 

1年前の君の顔は今と全然違うね。つかまり立ちと伝い歩きができるようになったころです


8ヶ月前。手押し車でなんとか行きたいところへ行けるようになったぐらいです。


半年前ひとりで歩けるようになり、歩き回って疲れたのかこんな風に立って寝ていました。


一ヶ月前。髪の毛が長いね。あごのお肉も無くなってすっきりしてきたかな?


昨日。こんなにも成長していたなんて忘れてしまっていたよ。


僕はつい忘れてしまう。
君がついこないだまで姿形もなかったことを。
僕はつい忘れてしまう。
君が産まれてきたことが奇跡であるということを。
僕はつい忘れてしまう。
君が健やかにのびのびと育っていることがどんなに恵まれている事なのかを。

せっかく君が全身全霊で教えてくれている事なのに、どうして忘れてしまうんだろう。
どうか僕にこの先も教えて下さい。君の声で。君の体で。生きているという喜びを。
遼人へ [2006年12月31日(日)]
 
今年は僕の人生が大きく変わりました。

遼人が生まれたからです。

まだ君が生まれて7ヶ月と半分。
君の早すぎる成長のスピードに僕たちはただ翻弄され走りまわって来た7ヶ月半でした。
生まれる前はもうちょっとうまくやれる自信はあったんだけど、現実は上手くいきません。

君をうまく寝かしつけることができずに一晩中歌いながら抱っこしたり、
泣きじゃくる君を前にただおろおろしたりしているこんな未熟な僕たちが、親になってよかったんだろうか?と思う夜もありました。
時々イライラしてつい乱暴にあつかったりもしました。ごめんね。

おとといは生まれて初めて雪を見ましたね。その前はクリスマス。初めての予防接種や、初めての季節。
これからもっともっとたくさんの初めてを経験する君のそばで、僕は君のときめく顔や泣き顔、不思議そうな表情や怒る顔をもっともっと見ていきたいと思うんだ。

僕の好きな歌にこんな一節があるよ。

”I hear babies cry    ”赤ん坊の泣き声が聞こえる
I watch them grow   この子たちの成長を見守るのさ
They'll learn much more  彼らはやがて学ぶだろう
That I'll ever know   僕が知りうるより多くのことを
And I think to myself  僕は心の中で思う
What a wonderful world" 世界はなんて素晴らしいのだろう”


君が生まれて僕は初めてこの歌のすべてを理解できたのかもしれない。
人生は初めての連続です。


君と僕とお母さんと、僕たち家族三人になって初めての年がもうじき終わります。
来年も一緒にいろんな「初めて」を経験しようね。


お父さんより





どうか届け [2006年11月17日(金)]
 
毎日、毎日、人は死んでいく。
望む、望まないに関わらず。
生まれて、それぞれの道を歩き、そして死んでいく。
大切な人達に看取られて生を終える人もいれば、自らの意思で暗い森の中、一人絶望を抱いて命を絶つ人もいる。

子どもが自殺という選択肢を取ってしまっている状況が続いている。
僕が思うに、いじめはおそらくこれからも無くならない。

自分と相手の差を測り、違いを認めて、驕らず、高ぶらず、蔑まず、卑屈にもならないなんて難しい。

大人が出来るなら、すでに民族紛争なんてなくなっていてもいいはずだし、宗教上の誤解で生まれた軋轢も存在しないはずだ。

からかい、仲間はずれ、肉体的暴力や、ことばの暴力。
つらい毎日を過ごし何もかも無意味に見えて、すべての人が自分を傷つけるように思えて絶望し、自分から歩くのをやめてしまう。
でも少しだけ伝えたいことがあって、家族に感謝を手紙で伝えた。
いじめたあいつらに文字で抵抗をした。
そのつたないけれど、気持ちのこもった手紙は、報道され見ず知らずの僕らに届き胸を締め付ける。

学者やコメンテーターを名乗る大人が責任や原因を指差してどうすれば無くなるか?を勝手にのたまう。

悲しいけれど僕ら大人はいじめをやめさせる手だてがわからない。
痛みを教え、人のぬくもりを教え、道徳を諭したとしても、はたしてどうか。

生きていくことは戦い。
今、つらくても居なくなってしまったら悲しむ人がいる。
人を泣かせることは罪。そのコトを分かって欲しい。
たとえその場から逃げたっていい。生きてさえいてくれれば。
きっといつかいい日がくる。
世界は思ってる以上に広く、思ってる以上に素晴らしい。
そのコトをどうか分かって欲しい。
スノーボード [2006年10月31日(火)]
 
寒い冬にまだ暗いうちから板を積み、ウェアを積み、
道中のコンビニで朝ご飯を仕入れ、
ゲレンデに着くまでの約二時間好きなCDを聴いて、
ゲレンデの駐車場に着いた時の外気と車内の温度差に少し驚きながら、
冬の凍てついた空気を胸一杯に吸い込んで、ワクワクするあの瞬間。

眠りこけた友だちを起こし、少し迷惑そうな顔をされても構わない。


こんな世界が目の前にあるのに眠ってなんかいたらもったいない。


早朝のゲレンデは、前の日に溶けた雪が夜の冷たい空気で再び凍りついて結構固い。
それでも朝日を背に滑るのは最高に気持ちがいい。
薄いオレンジ色に染まった向かいの山の木々。
まだ誰も滑っていない斜面にエッジをたて、深くシュプールを刻んだら止まって振り返る。
まだ人が少ないからリフト待ちなんか無い。


ただ上に登って板で滑って降りてくる。
その繰り返しだけだけどそれだけでいい。
子どもの頃に戻ったような感覚。
ネットもテレビもマンガも無くても楽しかった頃。
それを思い出させてくれるのが僕にとってスノーボード。
遼人へ [2006年09月14日(木)]
 

はやいものでもう四ヶ月ですね。
どんどん大きくなっていく君にいささか驚きつつも喜ばしく思っている毎日です。
君が産まれてから、生活が一変してしまったけれど、それはそれで僕自身生まれて初めての経験が出来て楽しいです。

君の顔を見ると嫌な事があっても忘れられる。
君の泣き声を聞けばすぐに駆けつける。
君の小さな手を握るととても幸せな気持ちになれる。
君のよだれで服をべちゃべちゃにされたって構わないよ。
だって君は僕の大切な家族だもの。

無事に生まれてきてくれてありがとう。
僕の人生に君が登場してくれてから、
僕の人生はとってもエキサイティングなものになったんだ。
これからも笑顔で楽しくみんな元気に生きていけたら僕はもうそれだけで満足だよ。

僕のお父さんは僕が一歳になる前に死んだんだ。
僕は今まで息子の立場からしかお父さんの事を考えてこなかったけれど
お父さんがどんな気持ちで死んでいったのか今ならわかる気がするよ。
とても悔しくて悲しくて残念だったんだろうな。
その事を教えてくれてありがとう。

まだまだ新米のお父さんだけどこれからもよろしくね


お父さんより
昭和の日ってなんだ? [2006年07月22日(土)]
 
来年から4月29日が現在の「みどりの日」から「昭和の日」になるって知ってた?
んで、5月4日は「国民の休日」から「みどりの日」になるんだって。
たまたま、Wikipedia見てたらそういう記述があったんだよね。
「昭和の日」ってなんだよ?
趣旨は「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす」ということらしいけど。なんで今頃、この名称にしたかったんだろうね?
また、アジアのどっかの国にナンクセつけられそうな気がしないでもないですな。

なぜだか、僕はかなり違和感を感じるね。
8月15日の「終戦記念日」とかのほうがよっぽど趣旨に沿うような気がするし。
昭和の前には大正や明治もあるわけで特に近代日本のスタート地点の「明治の日」とか「維新の日」とか新設したらいいのにとも思うのは僕だけかしら?

「みどりの日」の日付をわざわざ変えて「昭和の日」としたかった理由が僕には全然わからんよ。
この議論、実は平成になった直後からあったらしく3回も国会に法案提出されてたらしい。
どこの誰が法案出したかまではわかんないけど執念みたいなものを感じるよ。

戦争に引きずりこんだお詫びが相手国にちゃんと伝わっていないのに、それを無視して、「時代を顧み、国の将来に思いをいたす」も何もあるかよ。
悪い事をした時は、心を込めたお詫びじゃないと謝る意味がないし、相手はよけいに腹を立てるだけだよね。
ふつうの大人ならわかってることを60年かかっても、出来ない日本の政治家たちってなんなんだろ?

今日はちょっぴり社会派のりょうへいです。
かなうといいな [2006年06月05日(月)]
 
 遼人が産まれてもう三週間。早いもんです
会社の人とかに子どもが男の子だっていう話をすると、
「いいね。キャッチボールできるじゃん。」っていう人がちらほらいます。
野球よりサッカー派の僕は、『別にやりたかねえけど』って思いつつ「そうっスね。」って軽く流してしまいます。
ガン○ム好きなある人は、一人娘を強制的にガン○ム鑑賞会に参加させマインドコントロールに成功し、その娘もガン○ム好きにさせてしまいました。
きっとみんなも多かれ少なかれ、子どもが大きくなったら一緒にしたい事ってあるよね?
僕もいつかやりたいなって思うのは

バイクに乗って二人でツーリング。
少し前にHONDAの企業CMであったような感じのイメージね。
「小学生ぐらいの子どもを後ろに、タンデムで少し遠出をしてみるか。」って感じです。
そして、もっと大きくなったら二台でもっと遠くへ。
んでもって二人で、温泉入って背中流してもらおうかな?

って結構先の話だね。今26歳だから、子どもが16、7歳でバイクの免許取ったとしても42、3歳か。思春期のガキがオヤジと一緒に温泉行って背中なんか流しゃしねーよね。
ま、遠い先の話ではあるけどいつか叶ったらいいな。
今はたまに気が向いた時に乗る程度の週末ライダーだけど、それまで安全運転で行きます。

みんなはある?子どもが出来て大きくなったら一緒にしたいこと。
さみしー夜に考える事 [2006年05月22日(月)]
 
土曜日の夜退院した奥さんと子どもは、昨日からしばらく奥さんの実家に帰った。
たった一晩一緒に居ただけなのに、昨日の夜はとても寂しかった。

ベッドに入り、電気を消す。暗く静かな部屋に外の街灯からの明かりが入り込む。
目をつぶって、いろいろと考えながらいつの間にか寝てしまうのが僕の毎日だ。
眠気はあるのに眠れない。
向きを変えたりしてみるが目をつぶると子どものいろんな表情が浮かんでくる。
なんでだろう?たった一晩一緒に寝ただけなのに。昨日の賑やかさと少しばかりの苦労が僕の心に何かを芽生えさせたのだろうか?
「寂しいな。」
この言葉の意味を改めて噛み締める機会はあまり遭遇したくない。

奥さんは今も子どもの世話をしているんだろう。僕が仕事をしている時も、熟睡している時も、子どもが泣けば昼も夜も無く、おむつが汚れれば替え、ミルクをせがまれれば与える。行きたいところにも行けず、眠りの欲求を抑え、「やりたくない!」と言って放棄してしまうこともできず、給料も発生しない。

「子育ては女の仕事」と言う人がいる。確かに僕ら男性は産めもしなければ自分の体でミルクだって与えられない。だけど、よく考えるとそれ以外女性じゃなきゃダメなことって無いんじゃないか?

子どもの表情は見てて飽きない。疲れたって寝顔を見たら癒される。
今すぐには無理だけど離乳食が始まる頃にでも育児休暇が取れたらいいな。
そしてやっぱり家族って離れちゃダメだ。

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