「トゥーランドット」を観に、今話題の赤坂へ先週末出かけました。
桜も満開になったためか、混んでることといったらない。
しかも行ってみるとTVで見るほどではなく、
「ふ〜ん」て感じ。
若くない証拠かも。
なんとなく揃えた面子に興味があり、
試しプレしたら取れてしまったモノ。
赤坂サカスオープン10日後、
赤坂ACTシアターのこけら落とし。
演出 宮本亜門!(どーん!!)
音楽 久石譲!(どーん!!)
衣装 ワダエミ!(どーん!!)
脚本 鈴木勝秀!(どーん!!)
作詞 森雪之丞!(どーん!!)
期待はして行きました。
まず、劇場。
狭い。狭い場所にこれでもか!てくらいに座席を作ったもんだから、
岸壁のごとく急斜面。前の席とかぶらないように
ずらしてつくってあるのがせめてもの救い。
あえて2階席を取ってたけど、まあ、全体を見渡すにはよいかな。
しかもここ、オーケストラボックスまである。
今回は生オケ。
久石譲の音楽は確かに素晴しい。
でも、なぜなんだ。かち合ってしまうんだよ、コーラスとオケが。
歌聞かせたいのか音楽聞かせたいのか、どっちなんだよ

メインキャストが歌う時はさすがに聞かせていたが、
コーラスの時はオケでかすぎ。
祝祭しすぎ。それも自己チューな祝祭。
もっと調和を図らんか。
この舞台で何がよかったって、一番は衣装。
ワダエミの創るアジアンテイストの衣装は美しい。
10年くらい前に観た野田の「キル」(堤と深津の方)の衣装も
確かワダエミ。舞台が華やぐ。でも調和を乱さない。
でも獅童くんは動きにくそうだったけど。
そう。この舞台、殺陣に切れがない。
岸谷五朗は年齢のわりには頑張ってたとは思うが、
メインの二人にスピードとか躍動感がない。
だから少林武術の人たちの動きも
ひとりでとび蹴りしながら舞台を過ぎる場面は動的なのに、
二人にからむ場面ではもたもたと見えてしまう。
岸谷五朗。地球ゴージャスだともっと動けるように見えるのに。
残念。
残念といえば中村獅童。
歌わせてはいけなかった。
たぶん彼に与えられたキーが低すぎるのだ。
正義の男・岸谷より低い悪役の音だから、
あれ以上あげられなかったのだろうか。
それにしてもかわいそうだ。
そして岸谷五朗。彼はもっと見せる役者のはずだった。
なぜなのか? 今回のくすぶり方は?
もっと振り幅のある芝居が出来るはずなのに、
どこか型にはめられた窮屈な芝居に見えた。
他人の演出だったからか?
早乙女太一。「座頭市」のなんとも言えない曖昧さが懐かしい。
最近は大衆の求める像になってしまってちょっと残念。綺麗だけど。
流し目は見えなかったけど、踊りはさすが。
しかし、役どころが「ああ、やっぱりね。だから早乙女太一か・・・」
と思わせてしまうところがちょっと失敗。役者にあてて書き過ぎ。
と思ったら、案の定キャスティングありきの脚本で。
こういうところに商業臭さが出ていて、舞台自体が腐ってる。
それでも、彼が上半身裸で鞭打たれる拷問シーンでは、
鞭がしなるたびに、我々の両脇の「おばねーさん」たちが
そろってオペラグラスをかざすのには、参った。
これも腐女子と言っていいのか。
問題外だったのがアーメイ。
かわいそうなくらいだ。
最初のハミングでは「お

」と思ったのも束の間。
科白の日本語が、、、。
台湾だから仕方がない。
「たちつてと」が下手なのは。
しかしトゥーランドットの科白のたびに現実に引き戻されて
壮大なはずの音楽祝祭劇にはまれない。
歌わせても日本語の歌詞に気持ちがのらないのか、
のどで歌われて終わる歌には人をひきつける力がない。
アジアの歌姫のはずなのに歌まで
完全になっちにもって行かれてる。
そしてもっとも期待してなかった安倍なつみが
今回もっとも頑張っていた役者。
そう、もうアイドルじゃなく役者と呼んでもいいくらい。
リューという役が彼女のイメージにはまったというのもそうだが、
想像以上に舞台で歌える(しかもコーラスを別にして一番うまい)。
舞台の動きが出来ている。
彼女はきっとこれから舞台の仕事が増えるに違いなし。
もっと鍛えれば、本田美奈子のようになってゆくかもしれない。
うちの相方は話がムリクリと憤慨してたが、
もともとの話自体がムリクリだから仕方がない。
それでも何とか仕上がってたとは思うし、
ストーリー上のミッシングリンクは観客が読み取るべし。
全てが終わった後、何か納得しきれないのはたぶん、
装置自体は完璧な個々のパーツを組み合わせて出来上がっていたのに、
そこに入れた人形がちぐはぐだったからかな?
人形一体一体はよく出来てたんだけどね。
一緒に入れてみたらなんか不自然だったんだよ。
もったいないなあ。