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ひよこ感想文

人として未熟モノのひよこの感想文集。
芝居・映画・仕事の感想、生きてることの感想など。

失われた時間を求めて
本日初日の阿佐ヶ谷スパイダース、観てきました。
ここ最近お気に入りの長塚圭史。
今回はもっそいシュールでした。
不条理芝居?といっていいのかな?
ちょっと違うか。
とにかくあまり派手な動きはない舞台で。
4人の役者がちょっとずつずれたことを言い続けてるような。
でも、そのずれが最後には1つとこに収束してゆくみたいな。

中山祐一朗の壊れ方が好き。
かわいい崩壊者だ。
壊れてるのに、伝えようとしてることは本当みたいなこと。
本当が何かわからないので、「本当みたいなこと」なんだけど。
枯葉とゴミ箱。
時間とか人生とか、流れを体現すると、
ああなるのかもしれない。

奥菜恵は老けたけどかわいい。
ベニサン・ピットの最前列で観ると、
本当に(マスカラでなく)目が大きいことに驚く。
衣装がまた、かわいい。
でも、ちょっと鼻につく芝居。
下手ではないし、
役のイメージで「だから奥菜か」と思ったところもある。
どこだったか思い出せないけど。
ストーリー上、出口を探す役を担う。
女は男以上にリアルってことか。

迷い猫を探す男、長塚圭史。
圭史は自分が出演して演出する作品では
一歩ひいた役が多いみたい。
猫を探す男が探すのは、
いつかいなくなった猫。
いつか見失っていくモノ。
探し続けるのは男。

伊達暁の男もよくわからない。
ぶれない本当なのかと思いきや、
そうでもない。
自信に満ちた男が本当なのかはわからない
といったところか。
特に奥菜とのからみは、引き寄せられるものがある。
物語上展開を促す役を担う。

帰り道のOLの会話から
隣で寝てたおじ様もいたらしいが、
さもありなん。
目に見えてわかる展開を求めると
眠くなるかも。

「動物園物語」を知っていれば、
もっと楽しめたはず。
つくづく自分の無学無知が嫌になる。
2008年5月8日(木) 23:40 [ ブログ ]
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バーバー吉野
今、TUTAYAではDVDが5枚で¥1000なのだ。
安い。借りねば。ということで、今日もTUTAYAに行ってきた。
ちょっと暇人。

はゆるーい映画(特に邦画)が好きなので、
もたいまさこは結構好きである。
で、公開時に興味があった「バーバー吉野」を借りて観た。

町中の子どもたちが町の風習で「吉野刈り」という
ぼっちゃんカットにしているのだが、
そこに東京から茶髪の転入生がやってくるところから、
古い因習から静かな田舎町が解き放たれるみたいな内容だ。
しかし、ゆるい。ひたすらゆるい。
でも、田舎育ちのは風景を眺めるだけでものんびりさせてもらった。
つまりはうたた寝った・・・

心がささくれてる時には、いいかも。

2008年5月1日(木) 01:21 [ ブログ ]
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押井守という人
GW初日、「真・女立喰師列伝」なるDを観た。
怪しいタイトルだけど「押井守が監督だったので」。
相方には「クソつまんないよ」と言われた挙句、
観てる途中で逃げられた。

オムニバス6話で各話を5人の監督が担当する。
噂の押井は1話と6話。
1話は背中と胸に金魚の彫り物を持つ伝説の女立喰師。
飴細工で金魚を頼み、気に入れば彫りを見せ、気に入らなければ店の飴を全て持ち去る。
お祭りの夜店をモチーフとして使うのが好きな押井っぽい。
写した写真を定着液に浸すと、浮かび上がってくる金魚がするりと泳ぎだす。
押井の幻想的はところをを余すことなく映像化している。

2話は水野美紀の「バーボンのみき」。
女立呑師は早撃ちのガンマンで悪徳保安官と激しい銃撃戦で伝説のバーボンを守る。
話は二の次、JAC出の水野の打ち合いが見もの。

3話は「学食のマブ」。
学生時代にいつも学食をたかられていた男がファミレスの店長となり、
コーヒーをただのみする「マブ」に再会するが、
彼女はただの立喰師ではなかった・・・という、しょぼい切ない系。

3話と4話の間に入るCMは面白い。
各監督がコーヒーのCM(完全なネスカフェゴールドブレンドなんだけど)。
CMもどきの中で流れてるTVCMが押井なのもちょっとプッ

4話は唐黍畑で菓子を奪う女立喰師。
怪しい魅力で男を唐黍畑に誘い込み、菓子だけを食べて逃げる。
泉鏡花の「高野聖」のような雰囲気。
ちょっと現代の民話的な感じ。

5話は完全な「魔法の天使クリーミーマミ」のオマージュだろうと。
タイトル自体が「歌謡の天使 クレープのマミ」。
ただ、話は面白い。
戦後復興から社会を操作するためにアイドルを創り続けてきたとう基本設定は
結構笑える。
マミが最後、どう見てもかつての「オニャンコ」なのも時代を知ってると笑える。

6話は押井の監督で、昨今のCG駆使の完全なロボットアニメの様相を呈している。
佐伯日菜子がソルジャーのいでたちで荒廃した砂丘に立ち、
かのカーネルサンダースの巨像を見上げ
「もう一度食べたかったよ」とつぶやく。
近い将来、KFCが気軽に食せない時代が来るという予告なのだろうか?
KFCが無償に食べたくなる最終話であることは間違いない。

押井守好きなら、結構楽しめるかも。
2008年4月30日(水) 12:35 [ ブログ ]
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ノンフィクション
日曜午後の「ノンフィクション」が結構好き。
つい見てしまう。
でも相方は「ノンフィクション」が嫌い。
だからいない時ににみる。
いる時はよほどつまらないらしく自分の部屋に引き上げてゆく。

今日のはおかまの「マキさんの老後」。
怪我をしても保障はなく、
生活には常に不安定さが付きまとい、
生みの母から認めらない孤独と偏見。
でもマキさんにはヨシエさんというおなべの奥さんがいる。
ヨシエさんは水商売から足を洗ってヘルパーのパートをしている。
顔合わせればけんかばっかりなのに、
離れていればお互いに甘えて必要としてる。
変な夫婦だけどノンケと何ら変わりない。

おなべのヨシエさんが言った。
「子ども生んどけばよかった」

おかまのマキさんが言った。
「次に生まれる時は普通の生活・結婚がいい」
2008年4月27日(日) 14:27 [ ブログ ]
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スパイダーウィックの謎
昨日、公開初日の「スパイダーウィックの謎」を観に行ってきた。
初日なのにがらがらだったのは、
地元だから? 午前中だったから?

の感想は・・・、TVでやるの待ってもいいかな?

お話はありきたり。
ハリウッドでよくありがちな少年の成長譚。
やんちゃな少年が封印を解いてしまった妖精図鑑を狙う悪い妖精から守ろうとするお話。
そこに家族の絆を絡めてかかれてる。
見ごたえはCGつかったスピード感。
でも、昨今の速さから比べればゆるやか。
つまり可もなく不可もなく。
2008年4月27日(日) 13:54 [ ブログ ]
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物語が、始まる
月影番外地の「物語が、始まる」を観ました。
今まで興味はあった「月影」。
今回「観よう」と決めたの理由は
原作の川上弘美好き、
辻修が気になっていた、
脚本の千葉雅子が気になっている「猫のホテル」主宰、
どこかで木野花の演出を観かけて気になっていたため。

これは観なければいけない運命でしょうと。

話は男の雛形を拾った女の話で、
動物電気の辻修が雛形だ。
辻修の舞台は5〜6年ぶり。
初めて観たころ刈上げ頭に細身の身体、
つるりとした肌質感と長い手足で
くねくねとした動きを見せてた辻修。
あの辻修が雛形をやるのは観たいと思った。
予想通り、雛形を演じるには適した役者だった。
辻修という人自体が造形物のような存在だからだ。
どこが? 四谷シモンの人形を思い起こさせるところ。
でも、言葉を連射する辻は原作よりかしましかった。
原作はもっと静的だ。

原作は読んでるにもかかわらず、結末を忘れていた。
でも脚本も演出も川上雰囲気だった。
川上が理系なので、余計な言葉のない、
いたってシンプルな言葉の物語。
原作はもう少し生々しいが
舞台はそれよりも幻想的になってた。
千葉雅子の脚本は原作より実はわかりやすくなっていて、
川上行間から読み取る部分を
木野花演出で視覚的に見せてくれる。
うまい。

好きなもの掛け合わせで失敗が多いだが、
今回は大成功だ。

余談
千葉雅子が双葉の卒業生だったことにびっくりした。

余談
高田聖子に全く触れないのは、彼女が文句なしの演じてだから。
この人、実はもっと振り幅の広い役者なんじゃないかと、
今日思った。
2008年4月26日(土) 01:34 [ ブログ ]
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魔法にかけられて
本日は「魔法にかけられて」を観た。
いまさらなのだが、他に心ひかれるものもなく。

う〜ん。
アニメーションは私の嫌いなディズニー。
CGはまあ。
ミュージカル調にセントラルパークで歌い踊りだした時は
TDLのパレードかと思った
綺麗な見せ場だけどね。

これから得る教訓は
「あほみたいに幸せノー天気なおとぎ話より、
 苦があればこその幸せの現実の方がいいんじゃない?」
てことと
「シビアな現実を生きるにも
 ピュアな心でいきなさい」
てなとこか。
そして最後は
「王子様に助けられるだけじゃなくて
 王子様を助けてこそプリンセス」ってか。

う〜ん。
可もなく不可もなく。

あ、でもエイミー・アダムスはかわいかったかな。
ちょっと目尻のしわがプリンセスとしてはどうかとも思ったけど。
まあ、実年齢をみてびっくり。
もまだまだいけるかな。
2008年4月14日(月) 02:25 [ ブログ ]
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きみがいた時間 ぼくのいく時間
キャラメルの東京楽日観てきました。
平日昼だというのに、通路までぎっしり。
さすが上川隆也の3年ぶりキャラメル千秋楽です。

話はキャラメルの中でも私の好きな「クロノスシリーズ」の4作目。
第1作目は舞台で観たのですが、その後の2・3作を観ていない私に
うちの相方さんが2日かけてDVDで予習させてくれました。
ハーフシアターだったんだから、続けて見せてくれればいいのに
1日に2本観ると消化しきれないのだそうです。
そういうとこは私と似てます。

で、「きみぼく」ですが、う〜ん・・・。
一番の見所は上川隆也の演技力かな?
妻を助けるために39年前に飛ぶんですが、
舞台上上川はメイクも変えずに
33歳から39年後の74歳までを演じるんですよ。
違うのは衣装の小物と声、くらいかな
(ま、それを言ったら坂口理恵もか)。
成井豊も販売パンフでそれが出来るのは
「大河経験済みの上川だけ」と書いてましたが。
やっぱり上川は凄い役者なんだなぁと、
「大地の子」で号泣以来久々に思ってみました。
他の舞台でも上川は観てますが、
やっぱりキャラメルだからなんだろうか?
上川がのびのび見えるというか、
やりやすそうに見えるというか、
楽そうに見えるというか。

でも、それ以外他は全てキャラメルなんですよ。
仕込まれてるこネタも、お話の展開も。
OPのダンスは小劇場の懐かしさを感じさせてくれて
私の好きな創り方なんだけど、
それももともとキャラメルだしね。

泣いてる人、たくさんいたけど
私それほど泣けなかったな。
涙は流しましたけどね。
「クロノス」の雰囲気はあるんだけど、
愛する人を助けるために何度も過去へ飛び、
そのたびに先の未来へと飛ばされてゆく
「クロノス」が泣けてしまったからね。
自分はもう二度と逢えないけど、
彼女が生きてさえいればそれでいい。
そんな「クロノス」は最高に泣けた。
それに比べると39年ひとりで生きるのは
何となく易しく感じてしまう。
それとSFを読む人なら感じてしまう「タイムパラドックス」が
完全に無視されている。
一つの時限に同一人物が存在出来るか?ということなんだけど。
それを言ったら話自体が成り立たなくなってしまうので、
ま、いっか。
2008年4月11日(金) 04:57 [ ブログ ]
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トゥーランドット
「トゥーランドット」を観に、今話題の赤坂へ先週末出かけました。
桜も満開になったためか、混んでることといったらない。
しかも行ってみるとTVで見るほどではなく、
「ふ〜ん」て感じ。
若くない証拠かも。

なんとなく揃えた面子に興味があり、
試しプレしたら取れてしまったモノ。
赤坂サカスオープン10日後、
赤坂ACTシアターのこけら落とし。
演出 宮本亜門!(どーん!!)
音楽 久石譲!(どーん!!)
衣装 ワダエミ!(どーん!!)
脚本 鈴木勝秀!(どーん!!)
作詞 森雪之丞!(どーん!!)

期待はして行きました。

まず、劇場。
狭い。狭い場所にこれでもか!てくらいに座席を作ったもんだから、
岸壁のごとく急斜面。前の席とかぶらないように
ずらしてつくってあるのがせめてもの救い。
あえて2階席を取ってたけど、まあ、全体を見渡すにはよいかな。

しかもここ、オーケストラボックスまである。
今回は生オケ。
久石譲の音楽は確かに素晴しい。
でも、なぜなんだ。かち合ってしまうんだよ、コーラスとオケが。
歌聞かせたいのか音楽聞かせたいのか、どっちなんだよ
メインキャストが歌う時はさすがに聞かせていたが、
コーラスの時はオケでかすぎ。
祝祭しすぎ。それも自己チューな祝祭。
もっと調和を図らんか。

この舞台で何がよかったって、一番は衣装。
ワダエミの創るアジアンテイストの衣装は美しい。
10年くらい前に観た野田の「キル」(堤と深津の方)の衣装も
確かワダエミ。舞台が華やぐ。でも調和を乱さない。
でも獅童くんは動きにくそうだったけど。

そう。この舞台、殺陣に切れがない。
岸谷五朗は年齢のわりには頑張ってたとは思うが、
メインの二人にスピードとか躍動感がない。
だから少林武術の人たちの動きも
ひとりでとび蹴りしながら舞台を過ぎる場面は動的なのに、
二人にからむ場面ではもたもたと見えてしまう。
岸谷五朗。地球ゴージャスだともっと動けるように見えるのに。
残念。

残念といえば中村獅童。
歌わせてはいけなかった。
たぶん彼に与えられたキーが低すぎるのだ。
正義の男・岸谷より低い悪役の音だから、
あれ以上あげられなかったのだろうか。
それにしてもかわいそうだ。

そして岸谷五朗。彼はもっと見せる役者のはずだった。
なぜなのか? 今回のくすぶり方は?
もっと振り幅のある芝居が出来るはずなのに、
どこか型にはめられた窮屈な芝居に見えた。
他人の演出だったからか?

早乙女太一。「座頭市」のなんとも言えない曖昧さが懐かしい。
最近は大衆の求める像になってしまってちょっと残念。綺麗だけど。
流し目は見えなかったけど、踊りはさすが。
しかし、役どころが「ああ、やっぱりね。だから早乙女太一か・・・」
と思わせてしまうところがちょっと失敗。役者にあてて書き過ぎ。
と思ったら、案の定キャスティングありきの脚本で。
こういうところに商業臭さが出ていて、舞台自体が腐ってる。
それでも、彼が上半身裸で鞭打たれる拷問シーンでは、
鞭がしなるたびに、我々の両脇の「おばねーさん」たちが
そろってオペラグラスをかざすのには、参った。
これも腐女子と言っていいのか。

問題外だったのがアーメイ。
かわいそうなくらいだ。
最初のハミングでは「お」と思ったのも束の間。
科白の日本語が、、、。
台湾だから仕方がない。
「たちつてと」が下手なのは。
しかしトゥーランドットの科白のたびに現実に引き戻されて
壮大なはずの音楽祝祭劇にはまれない。
歌わせても日本語の歌詞に気持ちがのらないのか、
のどで歌われて終わる歌には人をひきつける力がない。
アジアの歌姫のはずなのに歌まで
完全になっちにもって行かれてる。

そしてもっとも期待してなかった安倍なつみが
今回もっとも頑張っていた役者。
そう、もうアイドルじゃなく役者と呼んでもいいくらい。
リューという役が彼女のイメージにはまったというのもそうだが、
想像以上に舞台で歌える(しかもコーラスを別にして一番うまい)。
舞台の動きが出来ている。
彼女はきっとこれから舞台の仕事が増えるに違いなし。
もっと鍛えれば、本田美奈子のようになってゆくかもしれない。

うちの相方は話がムリクリと憤慨してたが、
もともとの話自体がムリクリだから仕方がない。
それでも何とか仕上がってたとは思うし、
ストーリー上のミッシングリンクは観客が読み取るべし。

全てが終わった後、何か納得しきれないのはたぶん、
装置自体は完璧な個々のパーツを組み合わせて出来上がっていたのに、
そこに入れた人形がちぐはぐだったからかな?
人形一体一体はよく出来てたんだけどね。
一緒に入れてみたらなんか不自然だったんだよ。
もったいないなあ。
2008年4月1日(火) 02:23 [ ブログ ]
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身毒丸 復活
『身毒丸』復活 を観た。
藤原竜也が蜷川幸雄に見出された伝説の舞台である。

期待通り。いや、それ以上。
真っ暗な舞台上方から降り注ぐグラインダーの火花と轟音。
ゆったりと後方の暗闇から登場する奇怪な人々。
寺山修司らしい猥雑で見世物小屋のようなオープニング。
それだけで「寺山×岸田×蜷川」の世界に引きずり込まれる。

寺山の世界はどこか「世の中的に正しい人々が目をそらしてしまう卑猥さと哀しさ」がある。
世間一般が正視に堪えないものとは、自らが自らのために排除してきたもの。
ある種の人間である場合もあり、ある種の職種である場合もあり、
ある種の禁制である場合もある。
中世説話にはそれらが多聞に隠されている。
説話が出典の「身毒丸」にもふんだんに盛り込まれる、それ。
観ているだけで痛々しい舞台。

ファンタジーな美しさが好きな相方には不評だったけど。
「話は単純だよね」って。

ただの近親相姦話じゃない。
母子譚は古来多くの文化で語られる。
母と子には、父親には介入出来ない繋がりがある。
男と女はどんなに愛し合ってもいても
繋がっていられる時間は限られる。
母と子は「十月十日」もの長きに渡り繋がっている。
その繋がりは計り知れない。
しかも、身体だけでなく、心も繋がっているのだ。
母親の気分、精神状態は全て子どもに伝わっている。
恐ろしい。

それでも、母親売りから買われた「撫子」は、
「十月十日」身籠ること、子を欲する。
夫に女として必要とされなくなった後、
誰かに必要とされたいという感情、
愛情の注ぎ先となる対象を求める結果。
夫の浮気を勘繰る妻が求めるものも「子」。
自分と繋がるものを求める結果が「十月十日=妊娠」なのかも。
だから最後に身毒丸が撫子に言う、
「おかあさん、もう一度僕をにんしんしてください」。
身毒丸の持つ胎内回帰願望と、
撫子の願望がこの科白でひとつに纏め上げられている。

しかも、この優れた原作と脚本を表現するに耐え得る役者がそろう。
白石加代子の母性を請う妖艶さ。色香とは違う。
生みたいという欲望に駆られる女の怖さ。
美しいというよりグロテスクなまでに「女」なのである。
そして藤原竜也。やはり映画やテレビよりも舞台が映える役者だ。
身毒丸にしては大人になり過ぎた感もあるが、
それでも見ごたえはある。
逞しく成長してしまった分、「母を求める子」というより「義母に恋慕う少年」という
近親相姦モノAVの匂いを感じさせられた人もいるかも。
舞台の完成度の高さに、そんなものは終わるまで気付かなかったのだが。
とにかくこの二人を引き立てるまわりの役者の抑えた芝居もすごい。
何が哀しいわけでも、嬉しいわけでもないのに、
あまりの美しさと完璧さに涙がこぼれてしまうほど。
人生2度目のスタンディングオベーションだった。
2008年3月11日(火) 01:19 [ ブログ ]
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