おへそに手をあてて……

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フラダンサーのお道具・その3 [2008年05月31日(土)]
「フラダンサーはみんな肌がきれいだけれど、どんなケアをしているの?」


フラダンサーのお道具・その3 素肌


私たちは、通常、毎週月曜日にマウイ島カハナのコンドミニアムで四十五分程度のショウを行います。観光客のみなさんに向けたショウでの踊りが、アウアナと呼ばれる現代的なフラや、タヒチアンなどの他のポリネシアの踊りに偏るなか、一九九一年よりカヒコと呼ばれるフラの古典をお客様にお見せしているのです。

そのショウのなかでは、お客様からのいろいろな質問をお受けする、質疑応答のようなコーナーがあるので、ハワイの文化のことから、ダンサーの年齢のことまで、幅広い質問が飛んできます。

この肌に関する質問もそうでした。

「お日さまをいっぱい浴びて、魚を食べるのが一番」

とすまして答える、私のフラの師、アンティ・ケアラにはじまり、肌をほめられた私たちは一家言あり、とばかりに大騒ぎ。

「毎日シャワーをして、顔を洗うから!」と答えるのは十一歳のリーレイ。まだまだベイビー・スキンの持ち主ですから、質問の意図を汲んでいるとは思えません。

「あんまり人を自分の近くに寄せないことが秘訣ね。遠くで見るくらいでちょうど良いのよ」と、ショウの司会のアンティ・ノエの答えは会場に笑いを運んできました。

内弁慶なティーン・エイジのダンサーたちを代表し、私はマイクの前で、

「石鹸で顔を洗うのが秘訣です」とスマイル。

質問をした女性は今度はすかさず、年齢を質問してきます。司会のアンティ・ノエは待ってましたとばかりに、「あててごらんなさい」と私の年齢をトークの題材に。

世界中からマウイを訪れる観光客のみなさんのなかには、黒い髪、黒い瞳の隣人をもたない方もいらして、私のことをハワイアンだと思う方もいらっしゃるので、年齢にいたってはことさら当てにくいようです。

小柄で、発育のよい体つきではない私は、三十五歳にしてティーン・エイジと間違われてしまうこともあるほど。一番若い年齢の勘違いは十二歳、娘が六歳であることを告げても二十六歳という、誉め言葉を頂戴してしまうのです。

このみなさんの勘違いを、おつむりが年相応ではないと思われているのか、とか、体つきが成熟しないまま年をとっているということを自覚しないといけないのか、などと、ひねくれて考えてはいけません。肌は年齢をあらわしますから、若々しい肌を保っているという、誉め言葉に受け取るべきでしょう。

洗顔を石鹸ですることの良さは、私が日本で雑誌編集の仕事をしていたときに、石鹸で洗顔することと、洗顔フォームのようなクリーム状のもので洗顔することの違いを、知識としてしったことからはじまりますが、一番の理由は、石鹸での洗顔の気持ちよさです。

石鹸のなかでも、石鹸を作るベースになるオイルは、ココナッツオイルなどのように、熱帯の気候をもつ地域で作られる植物オイルが、特に優れているといわれています。私が長年使っているのは、インドの石鹸で、ニームというハーブが入っているもの。ニームというハーブはインドでは、地球上の病気を救う神様のハーブとも呼ばれています。


http://www.auromere.com/


実は、私のおじさんの水虫治療に使ったらいいと買ったのがきっかけだったのですが、おじさんの水虫はもちろんきれいに治療され、いまでは家族でこの石鹸を使って肌の健康に心がけているというわけなのです。

最近、お友達がマウイ島のおすすめ石鹸をプレゼントしてくれました。いま、この石鹸が、ニーム石鹸の子分として我が家では頭角をあらわしています。お風呂では頭のてっぺんから足の先まで、キッチンでは食器洗いに、とがんばりやさんです。


http://sunny-kshop.com/shopping/s00index.cgi?category=SO


フラダンサーの道具のひとつ、きれいな素肌。

その理由は、毎日、毎日、汗をかいて踊るから。太陽のしたで踊って、たくさん汗をかいたあとは、石鹸で汗をきれいに洗いながし、お魚、野菜、ご飯と美味しいご飯をしっかり食べるから。

食べる時間、伝える時間 [2008年05月24日(土)]
BABY LUAU(ベイビー・ルアウ)とは、ハワイの人々が盛大に祝う、赤ちゃんの一歳のお誕生日会のこと。

日本では、お七夜、お宮参り、お食い初め、初節句、七五三……。ベイビー・ルアウの意味合いとしては、「家族のなかに生まれた赤ちゃんを、はじめて地域、社会の一員として認めてもらうためのお祝い」が強いので、お七夜のような感じでしょうか。

どちらにしても、赤ちゃんという存在はかよわい命、病気などにかからないように、災難がやってこないようにと、祈りながら、家族全員で大切に育て、のちにお披露目の意味で、成長を地域社会に報告していくということに、とても共通感を感じます。

ベイビー・ルアウのお祝いのスタイルは、それぞれの家族が話し合って、様々なかたちで行われています。場所は、自宅、ホテル、レストラン、地域の集会所、ビーチなど、人数は、数十人から数百人、といろいろですが、基本は「みんなで集って、食事をする」という和やかなお祝いです。



当の本人、つまり赤ちゃんは一歳、ようやく歩けるようになり、いくつかの食べ物が食べられるようになったばかりですから、お祝いの会の食事や催しは、集まった大人たちや、子どもたちのためのもの。一日がかりのベイビー・ルアウは、食べて、喋って、遊んで、踊って、歌って、の大宴会というわけです。

週末、私のフラの家族のひとり、Auli’i(アウリイ)のベイビー・ルアウが行われました。場所はマウイ島の南西の町、キヘイのビーチパーク、百数十人の集まるお祝いでした。アウリイのお母さんであるカウイは、私が毎日一緒に踊っているフラ・シスターですから、私自身も準備に大忙し。食事の支度から、引き物の準備まで、目の回るような状態のまま、当日の朝をむかえ、なんと百八十個のおむすびをにぎりました。



ベイビー・ルアウの会場の飾りつけは、ピーターパンの物語に登場するティンカーベルという妖精がテーマ。女の子たちに人気のキャラクター、ティンカーベルが、会場のあちらこちらに飛び回って、きらきらと光る魔法の粉をふりかけています。テープルクロス、風船、お皿、ナプキン、そして、なんと特大バースデーケーキにも。



ビーチからの風が心地よく吹き抜けるなか、大人たちは食事の支度の最終段階、バーベキューのグリルからいい匂いをさせながら、お肉やシーフードなどを焼いています。子どもたちは、アウリイのお父さんのキモが用意したウォータースライド、水浴びしながらの滑り台でおおはしゃぎ。

時計がお昼に近くなるころ、八十二歳のアウリイのひいおばあちゃんを筆頭に、おじいちゃん、おばあちゃん、おじさん、おばさん、兄弟姉妹、いとこたち、フラ・ファミリーが一同に集まって、食事をはじめました。

みんなで食べる時間は、美味しい時間、そして、伝える時間。

私は子どものころ、祖父母の家に、親戚や村の人たちが集まって食事をしたことをぼんやりと思い出していました。祖母や母やおばさんたちが、台所で忙しく食事の支度をし、私たちは、ご馳走の並んだ長いテーブルにお皿などを運ぶ、お運びさんだった……。食事はいつまでも続き、大人たちはにぎやかに長い間話をしていたっけ。

ぼんやりしていた私の前を、目の前をアウリイのお母さんのカウイが横切り、カウイのおばあちゃんへ食事のお皿を運んでいきました。子どもたちは、年上の子どもから赤ちゃんまでが一緒に食事をしています。食事のまだ上手にできない小さな子どもたちの世話をやくお姉さん、お兄さん姿は、頼もしいものです。

世代というものの存在は、存在するだけで、その時間を伝える時間に変えていく。

それは、次世代を生み出し、そこからまた、親としての成長をはじめた、いまの私の実感です。伝えることが、私にとって、とても大切なことだと気がついたのは、親になってからでした。以来、仕事として、書いたり、踊ったりするときも、伝えることを大切にしていくようになったのです。

そんな私に、以前、仕事仲間の友人が「そんなに家族が大事なんだね」と、少し問い詰め気味に言ったことがありました。

「とっても大切」としっかり答えた私。最近、その友人が結婚し、お腹に赤ちゃんができたと聞き、友人の心のなかに、家族を大切にする気持ちが深まっていくことを願うばかりです。

キヘイの海が夕焼け色に染まるころ、私たちの顔も体も日に焼けて、夕焼け空と海に混ざってしまいそうでした。片付けをしながら、長い一日の疲れを感じる私に、娘はまだ遊び足らずにはしゃぎながらのお手伝い。その笑顔は、私の疲れをいつも一瞬に吹き飛ばしてくれる笑顔なのでした。

命名 初(うい) [2008年05月13日(火)]
ほんの数文字に、こんなに強く願いをこめることは、あまり多くはないでしょう。

子ども、もしくは子どものような存在になるものに、名前をつけるとき。気持ちを引き締め、そして、自分の胸に手を置いて、どうか名前をつける自分が謙虚でいられますように、と願いながら、その命に名前をつけるのです。



命名。
命に名前が、名前に命が宿ること。

書く仕事をしているなかで、心をこめて原稿を書くことは私の基本です。想いをこめ、言葉を発し、文字を選ぶことにおいては、名前をつけることも、書くことと同じことです。

ですが、名前をつけるときは、なんだか特別に気持ちが高ぶり、そして静まるのです。空の上のほうまで飛んでいって、海の底のほうまで沈むような……。名前が、ほんの一文字、もしくは、二、三文字であることが、想いをさらに凝縮させるのかもしれません。幾重もの、とてつもなく大きなものを、手のひらにのるほどの大きさにするときの興奮の渦が、私のお腹のなかでおこります。

私がいままでつけた名前は三つ。

ひとつめの名前は、古い着物生地を生かして、まるで花のようなドレスやハンドバッグなどを作るデザイナーの女性へ、彼女の生み出した子どもたち、つまりブランドの名前でした。

ふたつめは、鞄職人の友人のアトリエの名前。何よりも彼女の作るものの縫い目が好きだった私からのプレゼント。

みっつめは、今度の夏に七歳になる娘へ。

どの名前も健やかに命を育んでいます。

「名前をつけてほしいのだけれど」「どんな名前がいいかしら」という状況から離れて七年。次にそのような機会に恵まれるのは、私がおばあちゃんになるときかしら、と思っていたら、なんと、やってきたのです。

「もしもし、お姉ちゃん?」と、電話をかけてきた妹は妊娠七ヶ月。

「あのね、赤ちゃん、女の子みたいなの。名前を考えてもらえるとうれしいんだけど」

妹と電話でしばらく話しました。妹曰く、名は体を表す、という言葉どおり、やはり、名前はその名前の持ち主を表す、自分たちの名前ひとつとってもその通りだと。確かに、祖父がつけた私の名前「愛」、母がつけた妹の名前「晶」、名づけ親の意向は、やはり、遅かれ早かれ、私と妹の人生にあらわれていると言えるでしょう。

名づけ親になるとは、大変なことです。親であることも難しいですけれど、名づけ親になるということは、親であることとはまた違った大変さがあるような気がします。

でも、妹が五歳年上の私に頼んできたということは、その五年分の経験を生かして、名づけをするべきでしょう。

妹からのリクエストは、

しっかりした日本語の、日本らしい名前であること
ハワイのお姉ちゃんが名づけたことが残るようにハワイ語の意味ももつ名前であること


名前の意味は幾層にも……


私は、娘に、日本語とハワイ語の両方の意味をもつ名前をつけました。今回、姪にも、音のみが同じなのではなく、意味も同じであるものを選びたかったのです。

二週間ほど考えたころ、ふと、ハワイ語の名前ならば、私の大切な人の名前からあやかりたい、と思いつき、毎日一緒にいる、私の妹のような存在、カウイ、の名前が浮かびました。彼女の名前は、カ・ワヒネ・イ・クーリア・イ・カ・ウイ、心の美しさによって輝く女性という意味です。名づけ親は、彼女の伯母のアンティ・ケアラ。

カウイと私のフラの師であるアンティ・ケアラの想いのこもった名前をもつカウイは、名前の意味を描いたような女性。彼女の名前のウイを、日本語の名前にしたら、想いがもっと紡がれていくに違いありません。

「うい」がいい。

愛い(うい)とは、特に年をとった人々が、年下の人をほめたり、可愛がるときに使う言葉です。そして、UI(うい)というハワイ語は、同じく、美しさや可愛らしさを意味します。

しかし、日本語の名前はカウイの名前のように、長くつけることはできません。どんな美しさを求めているのかを、どうやって、名前という数文字のなかに示したらよいのだろう……。

愛い、Ui、愛い、Ui、うい。

何度もつぶやきました。

……、初々しい。

いつも清らかに、初々しい心の美しさをもった女性になりますように。


おめでとう、名前が生まれたよ


妹に電話をしました。

「もしもし?」

「命名、初(うい)」

初ちゃんは、今年の七月に生まれます。

プロフィール
神宮寺愛
エッセイスト×フラダンサー
東京での出版社勤務を経て、現在はエッセイストとして活動。マウイ島ワイルク在住。著書『心と体がピュアになるハワイアンな暮らし』(青春出版社・刊)他。フラやハワイ語等を学ぶダンサーでもあり、カノエアウダンスアカデミー所属。現在カアナパリビーチホテルのディナーショーにレギュラー出演中。