おへそに手をあてて……

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ありがとうはいつでも、いつまでも [2007年11月27日(火)]
先週の木曜日は、サンクスギビングデーという祝日でした。アメリカ先住民であるアメリカインディアンが、農作物が育たず、狩猟もうまくゆかずに困っていたヨーロッパからやってきた人々助けたことに感謝し、その後収穫を祝うようになったという謂れのある日です。

この日は、家族や友人が集まって食事をして過ごすことが多く、七面鳥やカボチャ、芋、トウモロコシなどを使った料理をみんなで囲みます。私はいつも、クム・フラであり、私のハーナイ・ママであるアンティ・ケアラの家で昼食、その後、私と夫の共通の友人夫婦、ペケロとロビンの家へ。

どちらの家のお料理も数日かけての手作りです。私もアンティ・ケアラの家に前日から泊まり込みでした。みなさんにまずはお腹を満たしていただくためにも、両家のメニューをご紹介しましょう!






【アンティ・ケアラの家のおおごちそう】
七面鳥の丸焼き・ピーチとクローブで煮込んだハム・野菜入りのスタッフィング・コーンとサクサクのクラッカーのバター風味オーブン焼き・マシュマロトッピングのヤム芋のマッシュドポテト・蟹入りポテトサラダ・洋ナシとクランベリーとピーカンナッツののっているグリーンサラダ・グレイビーとクランベリーソース・パイナップルとスイカ・パンプキンクランチパイ・ブルーベリータルト・カスタードとチョコレートカスタードのタルト





【ペケロ&ロビンの家のおおごちそう】
七面鳥の丸焼き・甘辛い鳥のから揚げ・リンゴとセロリとクランペリーとマシュマロのヨーグルト風味のサラダ・コーンとグリーンピースのサラダ・マッシュドポテト・野菜入りスタッフィング・チャイニーズヌードル・グレイビーとクランベリーソース・カスタードバイ・ピーカンパイ・パンプキンパイ

※スタッフィングとは、七面鳥を丸焼きにする際にする詰め物。



実は、どちらの家にもお料理の美味しさ以外にたくさんの共通点があるのです。

其の一・アメリカンインディアンの血が流れていること
其の二・ロビンのお母さんはアンティ・ケアラの恩師、アンティ・ケアラはペケロとロビン、ロビンの姉妹の高校時代の先生
其の三・マウイ島のハナで長い間暮らしていたこと


ロビンのお母さんの家の数々のアメリカンインディアンのアート


マウイ島は小さい島ですから、つながりがあることは不思議ではないのですが、夫が娘のプリスクールの手伝いに出かけた時にすっかり意気投合し、とても仲良くなったのがペケロ、その後、娘たちが大親友と呼び合う仲になり、私とロビンも姉妹のように。あるとき、娘が親友のナーマカをアンティ・ケアラのフラの練習に連れてきたところ、其の二の事実が発覚したというわけです。

今年のサンクスギビングデー、いつものように私はアンティ・ケアラの家で、お腹がはちきれんばかりに食べ、踊っていると、アンティ・ケアラがペケロとロビンの家に早く行くように私をせかしました。その理由は、今年、ロビンのお母さんが癌で亡くなったからでした。

大切な人を亡くした年のはじめての大きな祝日に、ロビンをさみしい気持ちにさせたらいけない。サンクスギビングデーの前日に大親友を亡くしたことのあるアンティ・ケアラはその話とともに、まだ涙のかわかない私の背中を押しました。

ロビンのお母さんは、「先生」という仕事が大好きな人。マウイ島のハナ・ハイスクール、ボールドウィン・ハイスクールで教えたあと、学校に行かなくなった子どものための学校で、癌の手術の前日まで教壇に立っていました。


ロビンのお母さんの若きころの写真、聡明な面差しが印象的


博識で、私にもいろいろなことをわかりやすく教えてくれた彼女。教会のバザーやセールなどで日本語の本を見つければどっさり買って私に、娘には誕生日やクリスマスに必ずプレゼント、子どもに見せたほうがよいイベントや聴かせたほうがよいコンサートがあれば連絡をくれ、泊まりにでかければ、娘に自分の孫と同じように本を読んでくれたりする、とっても頼れる「グランマ」でした。

私がペケロとロビンの家に行くと、二人はキッチンで七面鳥を食べやすく切っているところでした。ロビンはお母さんの言いつけどおり、食卓にはどんなときも本物のお皿とフォークとナイフ。外で食べるときも、小さな子どもが使うときも、何十人のお客様でも、紙のお皿やプラスティックのフォークやナイフを嫌ったお母さんの言いつけを実行していました。以前は、「ママったら、六十枚のお皿を外に持ち出して、しかもそのあとお皿洗いは私がするなんて」とぼやいていたのに。

娘と親友のナーマカ、その妹のエラはまるで姉妹のように仲良し。外にあるテーブルのそばの大きな椅子に二人で座り、賑やかに食べはじめました。

私が二度目のごちそうをほおばっていると、ロビンが、「じゃあ、今日はサンクスギビングデーなので、みんながそれぞれ何に感謝しているかを言いましょうよ」と言いだしました。

子どもたちが元気に、「パパとママ!」とか、「ママがおっぱいをくれたこと!」とか、「毎日幸せだってこと」などと叫びはじめます。しかーし、大人はちょっと口が重めというか、特に男性陣は照れがあるようでした。

そこで私はロビンに、アンティ・ケアラの家でとっても盛り上がった話をおすそわけ。それはマウイ島の高原クラにあるラベンダーファームで働いているアンティ・ケアラの友人とファームのお店にやってきたお客様との一悶着の話。ラベンダーファームのお店は、ラベンダーを使ったスキンケア用品、アロマテラピー用品、もちろんフラワーアレンジメントもあり、最近はラベンダーを使ったクッキーやスコーン、紅茶なども人気で、お店はいつも賑わっているのです。

「たいてい女性のお客様がお店のなかで時間をかけてお買い物をして、男性は外で首を長くして待っている感じなんですって。でね、待ちくたびれた男性の一人が、ちょっとひねくれた口調でこう言ったの。『この時分、どこもかしこもサンクスギビングデー、オレンジや赤や黄色の色だっていうのに、ここは年がら年じゅうラベンダー色ってわけかい』って。

そこで、アンティ・ケアラのお友達、そのお客様に思いきって言ってやったんですって。『サンクスギビングデーってみんなは騒ぐけど、その日だけ感謝すればいいってわけじゃないでしょう。感謝は毎日するものよ。だからここではサンクスギビングデーだからって、赤やオレンジの色で飾りつけたりはしないの。毎日がサンクスギビングデーだったら、赤やオレンジの色を毎日飾るわけにいかないでしょ。だから今日の色はラベンダー色ってわけ!』ってね」

ロビンは大笑い。少し前にお母さんの話をしながら涙ぐんだロビンにちょっと心配をしていた私は、一安心しました。

私にとってサンクスギビングデーは親しみのない祝日です。日本の秋の収穫を祝う様々な行事のほうが何倍もしっくりきます。でも、家族や友人が集まって、一緒にお料理をしたり、食事をしたり、今日のこの話を聞いて頷き合ったり、笑いあったりするのはとっても楽しいこと。

ありがとうの気持ちは一年中。サンクスギビングデーを、サンクスギビングイヤーに!

師走が音をたててやってくる十一月の末に、ふさわしい週末だったように思えます。

「どれ、宿題を見せてごらん」 [2007年11月20日(火)]
大人になったら宿題なんかしなくていいだもん、と思っていたのに、大人になって、親になったら、子どもの宿題を気にしなくてはいけない、というわけでした。

ううっ、宿題。「宿題したの?」「宿題しなさーい!」って、今度は私が言っているなんて、……恐ろしい。

ハワイ州の学校は、プリスクール(一年間から二年間)、エレメンタリースクール(キンダーガーテンから五年生までの六年間)、インターミディエイトスクール(六年生から八年生までの三年間)、ハイスクール(九年生から十二年生までの四年間)とあります。

娘は、プリスクールに二年行き、今年の夏からエレメンタリースクールの一年生になりました。問題の宿題は、エレメンタリースクールのキンダーガーテンのときから登場し、登場した当時、私をぞっとさせたのですが、キンダーガーテンの宿題はどちらかというと、これからの学校生活の一部としての習慣をつくるため、というような、遊びの延長のようなものでした。

ところが、一年生になった途端、毎週の読み書きテストに備えた練習問題、計算式がずらりと並んだ紙が、毎日ぴらりぴらりと、やってくるではありませんか。

しっ、宿題かぁ、と昔の嫌な思い出が、どうにも私の動きをぎこちなくさせるとはいえ、小学一年生の宿題ですから、「どれ、ママが見てあげよう」と親の貫録を示しつつ、毎日宿題と対面し、実のところは、宿題のない金曜日は、私がうれしい、という始末。



平日、私は娘が学校から戻ってくるとすぐ、カアナパリビーチホテルのディナーショウの仕事に向かいます。衣装とメイク道具をかかえた私と、宿題とおやつを持った娘は、家の前からアンティ・ケアラの車に乗り込み、私はメイクを仕上げ、娘は宿題をするのです。

「どれ、できた? 見せてごらん」

足し算と引き算を練習中の娘は、その日、絵を見ながら足し算や引き算の式を考えるという宿題を持っていました。指を使いながらも、足し算と引き算はできるはずの娘、当然いつものように問題を解いたのかと思えば、五つの問題のうち、三問が引き算のはずなのに、引き算をせずに足し算をしているのです。

問題の絵のなかには、十人の女の子や、六羽の鳥や、八匹の魚などがいました。そして、五人の女の子が背を向けて歩き、二羽の鳥が飛び立ち、三匹の魚が泳ぎ去っていくという設定が、子どもにもわかるように描かれていました。

「ねえ、この女の子たち、何をしているの?」
「みんなで遊んでいるの」
「この、バイバイってしている、お家に帰っていく子たちは何人?」
「五人」
「この五人の子がバイバイって行っちゃう前は、みんなで遊んでいたんだよね、そのときは何人?」
「十人」
「それじゃあ、お友達は何人残っているの?」
「……」

十、引く、五、は、五。当たり前ではないか、という言葉が口からでそうな私。しかし娘は、答えが間違っているとはまだ思っていない様子。私は足踏みしながら、娘が答えを見つけるのを待っていました。

ところが、

「はじめは十人で遊んでいたのよ、ママ。お友達は全部で十人なのよ」と娘。

自分が母になって学んだことは「忍耐」。ここで間違っても、「さっさと、十引く五は、五って書いちゃいなさい!」などと叫んではいけないのです。

心を落ち着けてもう一度、

「はじめに十人で遊んでいて、五人の子が家に帰っちゃったから、ここに五人の女の子が残っているよね? この絵に描いてあるよね?」

と、もう少しで答えを言いそうになる私に、娘はまた、

「でも、ママ、お友達は全部で十人でしょ」

を繰り返すのです。

この会話が数回繰り返された結果、ついに私は、

「あのさ、誰かがバイバイって行っちゃうときや、鳥が飛んで行っちゃうときとかは、引き算するんだってこと、覚えてくれる?」と根負け。

自分の説明力の無さを反省しながら、ホテルに到着すると、今度は私のフラシスターの弟、娘と同じ年のナイルズが、またしても宿題をひらひらさせながらやってくるではありませんか。気を取り直して、その紙を見ると、娘の宿題とほぼ同じ内容。そして、同じように彼も、引き算を全部足し算しています。

反省しても、説明に至る妙案が浮かんでいたわけではない私に、ナイルズは、

「どうして、十引く五は、五なの? ここに五人の人、こっちに五人の人がいるんだから、引かないんだよ」と、娘の「お友達は十人であることは変わらないはず」案に並ぶ、「五と五は存在するのである」案を提示。

もともと算数が苦手な私、彼らの案は私にとってはやけに説得力があり、つい、「そうよね、お友達は十人、減ったりはしないのよね、お友達だし。それに確かに、絵のなかには五と五は存在するのよね」と納得しそうになってしまうのです。

その日家に帰るとすぐに、夫に今日の宿題の話をしました。夫は、「君がそれを説明できるわけがないよね、だって思考回路が彼らと一緒だもん。納得しそうになったんだろう」とお見通し。

「そういうときは、こういう友達とか、生き物を例にとって説明したらだめだよ。君たちにわかりやすいのは食べ物だろうね。はじめに十個あったイチゴを、五個食べちゃったら、残りは五個、そして食べちゃった五個は決して戻ってこない、ってわかるだろう」と笑うのです。

確かに。

友達も、鳥も、魚も、目の前から消えてもどこかに存在するけれど、食べ物は食べてしまえば消えてしまう……。もっと食べたくても、戻ってきたり、どこかにしまってあったりはしないのです。やっぱりお腹で考えなくっちゃね。

「どぅれ、ママに宿題を見せてごらん」って、今日は余裕の笑顔で言えるかも!



痛みの処方箋 [2007年11月12日(月)]
「99%が痛い、1%が楽しい、これ、な〜んだ?」と訊かれたら?

私の答えは「フラ」です。「出産」「恋」と答えた方もいらっしゃるかもしれませんね。ともあれ、みなさん、ちょっと考えてみてください。

それにしても、私ときたら、フラダンサーだというのに、フラの99%が痛くて、1%しか楽しくないなんて困りもの。でも、嘘はつけません。本当に、本当に痛いんです。毎日のように踊っていても、やっぱり痛いんです。

そもそもフラは、一般的なイメージとして、ゆっくりした動きで、ウクレレなどが奏でる心地よい音楽とともに、楽しげに踊る踊り、というものがあるかと思います。いろいろな国や地域の文化である踊りのなかには、見るからに大変そうで、自分もできるかもしれないという希望がまったくわかないほど難しそうなものもあります。それらにくらべると、フラは確かに、楽しそうだから踊ってみたい、私も上手に踊れるようになるかもしれない、と思わせる踊りなのでしょう。



でも、考えてみれば、「芸」と呼ばれるものが簡単なわけがないのです。

フラはいにしえの時代には、ハワイの神々が踊り、彼らが選んだ人々にそれを教え、人々が神さまに奉納するために踊ったと言われ、日本のお神楽ととてもよく似た存在。現在も、その踊りは受け継がれ、フラ・カヒコと呼ばれる古典的なフラがあります。対して、フラ・アウアナといったら現代的なフラ。そして、どちらも、それぞれの時代と地域によって多様、フラ・カヒコもフラ・アウアナも、たくさんの種類があるということです。

私はそのなかのほんの一部分について学び、現在に至るわけなのですが、どんなに学んでも達成感はありません。知れば知るほど、自分の知識はひとつの小さな点としか思えないからです。

大海原のなかで泳ぎ続ける私に、いま、ここまで泳いできたよ、と教えてくれるのは、フラの世界に存在する踊り手を区別する言葉。

まず、オーラパとは、踊り手。オーラパであるということは、生きている間はフラを踊り、関わっていくことを承知して、フラを学び、踊ることのできる踊り手のことです。

次に、ホオパア。オーラパとホオパアの違いは、フラの根幹である詩を暗記し、詠唱することができ、踊ることができることです。学んだことをすべて覚えていなくてはいけません。

そして、最後がクム。クムの意味とは、基盤。つまり、基礎が完成し、フラを教えることができるようなったということ。

一言でフラを踊るといっても、踊るためにしなくてはいけないことは、とてもたくさんあります。ひとつの曲を踊るためには、詩を覚えて詠み、詩を書いた人、書かれた経緯や意味、歴史などを学び、手足を中心に体の動きを稽古し、表現するまでに至るようにするのです。さらに、踊るときにどのように装うのか、布地、染め、デザインからはじまる衣装作り、衣装とともにどのようなレイ(主に植物や貝、鳥の羽などをつなぎ合わせて作り、頭、首、手首、足首などを飾る)を身につけるのか、考えただけで、頭痛。すでに50%くらい痛いわけです。



私のクム、アンティ・ケアラは、私のことを、ホオパアにするために教えているオーラパであると言います。私のひとかき、ふたかきが、大海原を少しでも進んでいる証拠なのでしょう。

99%がどのくらい痛いのか、その大きさ、深さ、それを何かや誰かと比べることはできません。でも、1%が楽しいがために、99%が我慢できてしまうものの存在は、私には大事に思えるのです。

私が信頼している友人のひとりに、出版社に勤めながら、ボクシングの稽古をし、ボクサーとしてがんばっている人がいます。彼がボクシングをはじめたのと、私がフラをはじめたのは同じころで、当時、自分たちがどのくらいそれに夢中なのかを語り合ったり、のめり込み具合をからかいあったりしたものでした。

すでにそれから十年ほどがたちますが、私と彼はいまもきっと、はじめたころと同じように、熱っぽく想いを語り合うことができるでしょう。はじめたばかりのころ、まだたいした痛みもないようなとき、「これはやめられない!」と言ったお互いの言葉、それを信じあった友人同士として。

今度、尊敬の気持ちをもって、私は彼に答えのわかりきった質問をしてみるつもりです。

「99%が痛い、1%が楽しい、これ、な〜んだ?」

「魚見知り」なく [2007年11月08日(木)]
おへそに手をあてていたら、浮かんだことと言えば、今晩何を食べようかな、でした。

お腹がすいているときは、早くお料理ができて、すぐに食べたいですよね。そんなときは、一汁一菜、つまり、ご飯のほかに汁物と一種類のおかず、簡単メニューが一番。お米をといで、笊にあげ、お鍋にはった水に出し昆布を放りこんだら、魚を買いに走る……、これは日本で暮らしていたころと変わりません。

変ったのは私ではなく、魚売り場の魚たちの様相。

「おっ、青々として旨そうな魚じゃ」「う〜ん、このシャキッとした姿、よく黒潮にもまれてきたのぅ」「いいねえ、この時期は。身がぷりっとしいて、あぶらものってるし」と、魚たちが成仏できること間違いなしの食いっぷりが想像できる、魚売り場前の私。

処変わると……。



「んっ、青いのはいいが、やけに青いな」「えっ、こっちは赤いし、あっちは虹色、いったい身の色は何色なんだ」「えっと、君は水槽から来たのかな」「うーむ、姿かたちよりも大事なのは中身、とはいえ、このかたちはちょっとなぁ」となるわけで。

このころやっと人見知り、いいえ、魚見知りがなくなり、「どぅれ、食べちゃうぞぉ〜」と脅かせるようになってきたところなのです。

人見知りというのは見知らぬ人に対しておこるのであって、見知った人にはおこりませんよね。つまり、魚見知りをしていた私は、魚を見知ってきたというわけです。

まず、ハワイの魚料理といったら一番手にあがるのは、ポケ。これは生の魚の切り身を漬けたものです。アヒ(キハダマグロ)のものが圧倒的に多いですが、ほかにも、アク(かつお)、タコ、オピヒ(貝)、蟹などがポケに使われます。



味付けは天然塩、ククイナッツを砕いたもの、リム(海藻)、醤油、ごま油などを使うのですが、日本の魚料理の漬けと似ていて、馴染みやすいもの。一口大に切ったものなので、食べやすく、おかずにもププス(おつまみ)にも最適。たいていは、魚などの切り身のほかに玉ねぎやネギを刻んだものと和えます。

売り場などをのぞくと、キムチ味、海苔ふりかけ味、ワサビ風味など、バリエーションはとっても豊富、もっともシンプルなものを買ってかえって、家でオリジナルの味付け、合わせを楽しむのもあり。私は、納豆や胡瓜、大根おろしと混ぜて和風おかずにしたり、他の野菜と一緒にマリネしたり、ときには食べ残しを炒めものにしたりもします。

ところが私のお腹ときたら、しばらくすると、いつも馴染みやすい顔ばかりでは、と、ほかの魚たちに興味津々。まずは、作れるようになるには食べなくては、と、美味しいと聞く魚料理を食べることに専念。でも、美味しいければ美味しいほど、「食べるばかりではなく、自分でだって作りたい!」 

そこで、元船乗り、元板前の我が夫に指南役をお願いしたのです。

「魚臭いの嫌いなんだよね」「え、じゃあ、いままで鼻つまんで仕事していたの?」「新鮮な魚って臭くないんだよ」 つまり、新鮮かどうかを見分けるには、匂いをかげばいいのです。臭くない魚を買って帰ることだけはできるようになり、次は料理法を学ぶことに。

「ハワイの魚はね、あぶらがのってないから、たいていの魚は揚げ物にするといいよ。ほら、この間もフライド・アクレ(あじの揚げ物)の定食、美味しいって食べていたでしょ」

これを聞いて、どれだけ目の前が暗くなったことか……。自称・料理好きの私、お料理上手との褒め言葉を素直に受け取ってしまう私、なんと、揚げ物料理が大の苦手だったのです。しかし、そんなことは我が夫は百も承知。薄ら笑いを浮かべながら、こう言いました。

「魚にね、粉をつけて、揚げ物にするとちょうどいいよ。でも、揚げ物するとき、油の入った鍋に、遠くから魚を投げ込んだら危ないよ」

日本のガスコンロと違って、火加減が見えない電気コンロ、油の温度の調節をどうやってするんだろうという不安、油がピチバチはねるに決まっているという思い込みによる、揚げ物恐怖症。家で作る揚げ物のほうがヘルシーに決まっているのに、「外で揚げ物食べることが多いんだから、家では揚げ物する必要がないよね」と家族をマインドコントロールまでしていたのです。

しかし、食欲は恐怖よりも強し。

昨晩、これが新鮮で旨いに違いない、それに名前もかわいいし、と買ってきた「ムーン・フィッシュ」を揚げ物に。

「ねぇ、ムーン・フィッシュってどんなお魚? 切り身で売っているってことは、大きいの?」
「このくらいで、赤い魚だよ」
「げっ、どんな赤い色? まさか、食欲失うような赤色じゃないでしょうね」
「えっと、えっと、鯛の仲間だよ」
「あらっ、素敵、赤い鯛なんてお目出度いし! 高級感たっぷり!」

お目出度いのは私のほうなのでしょうけれど、魚見知りもなくなり、揚げ物恐怖も解消できた、私の食欲に、おへそに手をあてて感謝しなくていけないですよね。

Aloha 'Ohana Cafe Globe !  [2007年11月01日(木)]
カフェグローブの読者のみなさま、こんにちは。
改めまして、ご挨拶させてくださいね。

わたくし、神宮寺愛(じんぐうじあい)と申します。
このたび、ご縁があり、カフェグローブの公式ブログとして、
マウイ島より『おへそに手をあてて……』をお届けすることになりました。
みなさんと一緒に、文字通り、おへそに手をあてながら、
想うことあれこれを分かち合っていくことができたらうれしいです。
どうぞ、よろしくお願いいたします。

でも、どうして「おへそ」なのでしょう?

それは、このブログをはじめるときにも書かせていただいたのですが、私が何よりも「お腹モード」な人間だからです。(はじめにの『ブログはじめ、食べはじめ』参照

頭でじっくり、胸がドキドキ、というよりも、お腹にグッとくる……、どうやら私の心はお腹にある様子。ちょっと意外に思う方もいらっしゃるかもしれませんが、頭で考えるよりも、胸中で思いめぐらせるよりも、お腹に想いをこめるほうが強い力が湧きますよ。

そのお腹の真ん中にちょこんと存在する「おへそ」は、お腹に力をいれるときの力点。おへそを眺めてみたり、おへそのうえにそっと手をあててみてください。そして静かにお腹に力をこめると、おへその裏側あたりが温まってきませんか。私は、その温かさこそ、その人の持つ心の力だと思っているのです。

伝えたいことがはっきりしない話を「へそのない話」と言いますし、雷さんが嘘つきな子どものおへそをとりにくる怖い昔話の存在といい、おへそがとても大切なところであることは確か。おへそのないのっぺらぼうのお腹を想像するだけで不気味ですよね。

ハワイでも、おへそは「piko/ピコ」と呼ばれて大事にされています。日本と同様に、ピコとは、物事の要点や発祥の意味をもっていて、過去から未来への家族のつながりを示す言葉です。

今回、カフェグローブで編集やデザインを担当してくださる方に、私は『おへそに手をあてて……』のブログスキンのデザイン用に、カロという芋の葉っぱとココナッツの実の写真をお渡ししました。何よりも、みなさんと「へそのある」話をしたかった私は、その象徴である二つをどうしてもデザインに組み込みたかったのです。

カロは、ハワイの人々の命、生きる力。

ハワイの創世記神話『クムリポ』にはこう残されています。天空の神であるワケアと母なる大地の神パパの娘、ホオホークーカラニがワケアとの間に生した子ども、ハーロア。いつまでも続く長い息という意味の名をもつハーロアは、生きることのできるかたちで生まれてこなかったため、誕生後すぐに命が絶え、ワケアとホオホークーカラニによって、大地に埋められました。すると、そこにカロが生まれ育ち、カロはその後に生まれた人々の生きる糧となったのです。

カロはハワイの人々の祖先であり、カロがなければハワイの人々は存在しなかった、という言葉が語り継がれ、カロは、いまでもハワイの人々のソウルフード。日本ではミズイモ、英語名のタロからタロイモと呼ばれたりしています。このカロの葉の中心、やはり、ピコと名付けられているのです。



もうひとつのココナッツは、私が特に尊敬している植物。

みなさん、学校の音楽の授業で習いましたよね、「名も知らぬ、遠き島より、流れ寄る椰子の実ひとつ……」。実ひとつで、流れ、根を張り、見上げるほどの木になり、また実を実らせる……。そしてその実はどんな場所であっても、ちゃっぷん、ちゃっぷんと音をさせるほどの水をたたえ、果肉は島人に必要な脂肪分をたくわえ、果肉を覆っている部分は暮らしに必要な器になったり、楽器になったり、布地になったり、と無駄なくすべてが役立つのです。



そんな人間って、なかなかいないですよね。ココナッツができていること、私もできるようになりたいです。

というわけで、私、ココナッツのようになれるよう、がんばらなくては、ココナッツのような子どもを育てなくては、と、今日も風に吹かれて葉音をたてる椰子の木を見上げる次第です。

カロ、ココナッツ、どちらも美味しいんですよ。私自身、いつも正直にお腹の声に耳を傾けている食いしん坊ですので、『おへそに手をあてて……』、みなさんと一緒に日本とハワイの美味しいものの話もできたら、うれしいです!

それでは、みなさん、これから末長く、よろしくお願いいたします。

マウイ島より、愛をこめて。

ALOHA 'Ohana Cafe Globe ! (アロハ、オハナ・カフェグローブ!)

プロフィール
神宮寺愛
エッセイスト×フラダンサー
東京での出版社勤務を経て、現在はエッセイストとして活動。マウイ島ワイルク在住。著書『心と体がピュアになるハワイアンな暮らし』(青春出版社・刊)他。フラやハワイ語等を学ぶダンサーでもあり、カノエアウダンスアカデミー所属。現在カアナパリビーチホテルのディナーショーにレギュラー出演中。