おへそに手をあてて……

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新しい家族誕生の予感 [2007年10月30日(火)]
Aloha(アロハ・愛する気持ちのこと、挨拶のときにも使う)
Mahalo(マハロ・ありがとう、感謝の気持ち)

ハワイは観光地として、とても人気の場所ですから、ハワイで使われている言葉として、この二つの言葉をご存知の方は多いでしょう。

さて、この言葉、何語でしょう、
ハワイ州は米国の一州ですから、英語でしょうか?

いいえ、これはハワイ語。ハワイは、1893年に米国によるハワイ王朝転覆、その後米国への併合という状況のなか、人々は、ハワイ語から英語へ、という話す言語の変化を味わったのです。しかし、政策がどうあれ、言葉はそれを話す人々の強い想いで生き伸びました。

いまではハワイ語は、英語とともに州の公用語となり、各島に子どもたちにハワイ語で教育を行うシステムもあります。マウイ島では今年、ハワイアン・イマーション・スクール(ハワイ語のみで教育を行う教育施設)であるクラ・カイアプニが、二十周年のお祝いをしたところです。

このような、ある意味、政治や経済が関わった分野でのハワイ語の存在はもちろんですが、日常生活を、ハワイ語と切り離すことなど、到底無理に思えます。というのも、まず、ハワイの島々の地名、また道路の名前、施設の名前は圧倒的にハワイ語、人々が英語を話すときでさえ、ハワイ語が混ざることがとても多いのです。

ハワイ語は日本語と同様に、五つの母音で成り立っているので、私には英語よりも発音がしやすいのですが、英語を母国語とする人にはなかなか難しい様子で、ハワイ語の発音次第で、ハワイにどのくらい長く住んでいるか、どのようなエスニシティ(民族性)であるか、がわかってしまったりもします。

では、ここでみなさんに、AlohaとMahaloの次に覚えてほしいハワイ語をご紹介しますね。

‘Ohana(オハナ)

オハナとは、家族のことです。たとえば、私の家族、神宮寺家とは、オハナ・ジングウジ。ハワイをテーマにしたディズニーの映画『リロ&スティッチ』でも、キーワードとして登場したので、すでにご存知の方も多いかもしれませんね。

この言葉、とにかく頻出ハワイ語のひとつです。オハナ・ジングウジ、のような最少単位にはじまって、団体、職場、学校、地域などもひとつのオハナ。私がオハナ・ジングウジ以外に身近なのは、フラ・ハ―ラウ、私のハーナイ・ママであるアンティ・ケアラが率いるカノエアウ・ダンス・アカデミーや、日本のハーナイ・ママのフラ・ハーラウ、ナー・プア・リコ・ヴァイ・ホオラー、娘の学校であるクラ・カイアプニなどになります。

もともと、オハナのオハは、ハワイの人々のソウル・フードであるカロ(タロイモ、ミズイモ)の親芋からでた新しい茎「オハー」、息吹、新しい命、子孫の誕生を表わすオハーと、「ナー」という複数を表わす単語が組み合わさったもの。

日本のお正月におせち料理にのぼる八頭(やつがしら)の親芋のなどが、子孫繁栄を意味するのと似ていますよね。親芋からオハーがでて、親芋は子芋を生むという、芋の成長の特徴をとらえた意味深い教えです。

ですから、私たちはオハナなのだから、といったら、家族のように団結しようということ。これは、ハワイの社会の根底にあるもの、そして、日本の文化ともよく似た、私たちが理解しやすい部分ではないでしょうか。

ところで、みなさん、私はもうすぐ、もうひとつ新しいオハナを作ることになりました。

その名は、オハナ・カフェグローブ。

来月より、このブログが、カフェグローブ公式ブログになることになりました。これから、みなさんと一緒に、笑ったり、喜んだり、手を握りあったり、抱き合ったり、語りあったり、味わったり、そして時に、泣いたり、怒ったりしながら、オハナを作ることができたら思っています。

He ‘oha wau i ka ‘Ohana Cafe Globe !
(へ・オハ―・ヴァウ・イ・カ・オハナ・カフェグローブ)

オハナ・カフェグローブの誕生!


青の世界 [2007年10月18日(木)]


昔、むか〜し、学校の授業のなかでとりわけ「美術」が大好きだった私。

理由というと、「美」の「術」なんて、名前だけで素敵、っていうところから、美術の授業の先生はどの先生も個性派美人だったことまで、いろいろあるので、ちょっと絞りきれないのですが、いくつかあった学校の授業のなかで、一番自分の世界観が築きやすかった、つまり、没頭しやすかったような気がします。

デッサン、水彩、油彩、木工、彫刻、なんでも好きでしたけれど、特にデッサンを済ませ、色をつけるときに、とっても、とっても、ワクワクしていました。色が好きなんですね、きっと。

「青の使い方が上手ね」

私が六年間お付き合いした美術の先生に、そう言われたときのことは忘れられません。大好きな作業を、大好きな先生に誉められれば、誰でも忘れられないほど誇らしい気分にはなると思うのですが、私にはそれよりも、誉められたときに先生が話してくれた話が印象的でした。

「青が上手に使えると、美術を学ぶ人にはとっても有利よ。空を見てみればわかるでしょう、青は空間そのものの色だから、青を使って描くのが上手ということは、空間を描くことができるってこと。誰もが知っている、教科書にものっている画家が、青の世界を持っているのはわかるでしょう、ピカソ、ゴッホ、ムンク、ルオー、シャガール、とかね。だから私は青が上手に使えるようになりたいって思って、いろいろ勉強してみたの。それで気がついたのは、青はとっても人を癒す力があるってこと、インドでは、息吹は青い色をしているって言われているのよ」

色の世界があるってこと、それに気がついてから、何をするにも楽しさが倍増しました。友達と遊んでいるときも、本を読んでいても、お料理をしていても、外を眺めているときも、買い物をするときも、……「美・術」の授業は、まるで魔法のように、私の生活を楽しくしてくれたのです。

そのときから、かれこれ約二十年もの間、私の色遊びは続いていますが、これは一生続くのでしょうね。そうそう、私のキッチン、食卓に並ぶお皿は、気がつかない間に青の世界になっていました。

気がついてからは、食器を眺めたり、集めたりするのが大好きな私の継母と一緒に、陶器市をまわったり。旅先では、その国、その場所の青の器やグラスをお土産にしたり、マウイ島の蚤の市やアンティークショップで、歴史物の青い器と出会えたり。私のハーナイママ(FAMILY STORYの『血と同じくらい濃い水』参照)、ジュンコママのダンナさま、グラスアーティストのマルコム・ウォング氏の作品も。

美術の先生に後からこんな質問をしたことがありました。

「ピカソも、ゴッホも、ムンクも、みんな、どうして青の世界をでて、黄色のような暖かい色の世界に入ったのかな」

「晩年の作品に多いのよね。私の想像だけど、人生の終わりに気がついたからじゃないかな。まだ終わりたくない気持ちもあるだろうし、終わりに向かって勇気を持って歩こうとする気持ちもあるだろうし」

私の食卓にも、ずっとずっと後に、黄色の世界が広がる日が来るのかもしれませんね。母たちの食器棚も覗いてみようかなと思いつつ、青い世界を楽しむ時間がまだまだありそうだなと、器たちに話しかけた私でした。

「また、家族を増やしてあげるからね」と。

無いなら、無いように [2007年10月03日(水)]
「あの番組みた?」と聞かれて、「我が家にはテレビがないんです」というと、大概の人は驚いた顔に。

正確にいうと、テレビ番組をみるための回線をつないでいないだけですので、テレビはあります。テレビのスイッチをいれても、何も映りませんが、DVDやビデオなどで映画を見るために、大きなスクリーンのものを昨年購入し、週末の夜は映画を見て楽しんでいます。

ここ数年、子どものいるお父さんやお母さんに向けた情報雑誌や、子どもの絵本、インテリア、ファッション、食べ物などの専門雑誌でお仕事をさせていただく機会が増え、お仕事先の皆さんとお互いの子どもの話をするのですが、そのとき、「テレビがない」ことはいい子育ての方針だとおっしゃる方が多いです。

確かに思い当たることはあります。たとえば、食事のときには、テレビをみながら食事をするよりも、家族で話をしながら食事をしたほうが家族のコミュニケーションにはよいでしょうし、食べ物の味を味わうこともできますし、消化にもいいでしょう。でも、私は、テレビを見せない子育て方針をもっている母ではありません。

テレビの回線がつながれなかった理由は、まず、子どもが小さいときに引っ越しをし、引っ越しのあと忙しかったため、回線をつなぐことを後回しにしていたこと、私は家にいるときは書き仕事か、家事をしているので、テレビを見る時間がないこと、夫がいつも家族同様に大切にしているスピーカーやその他の機器をいじり、日々、音楽鑑賞に余念がないこと。

回線をつないで、どの番組を購入しようかと話したこともあったのですが、それも忙しさのなかで立ち消え、その後、特に必要性もなく、我が家の音の暮らしのなかに、テレビの音が入る隙間がなかったのです。

ときどき、「あの番組はすっごく面白かったよ」などと聞くと、私も見たいなと思うこともありますけれど、私の友人たちは、面白かった話をまるで私がその番組を見せてくれているかのように話してくれるし、これは見なきゃ駄目とばかりに、録画をしてきてくれるので、それで十分。

無いなら、無いように生活を楽しむことは、いまあるものを大切にすること。

今日の風はこんな音、風の音が変わると季節も変わる、木の葉の音の雄弁さ……。自然の音を聞く聴力もついてきます。そして、数えきれないほどあるスピーカーたちが再現してくれる演奏の素晴らしさ。

スピーカーと言ったら、長方形の箱のことだと思っていた私が、スピーカーとはその箱に設置されている、ジンギスカン鍋をひっくり返したようなものだと知ってから数年。いまでは、音を聞いて、どこの国のスピーカーなのかを言い当てることができるようになりました。耳も数年あれば、暮らしにあわせて成長するんですね。

テレビ、電話、パソコン、冷蔵庫、洗濯機、車……。生活のなかで当たり前のように使っている便利なもの。ときどき、ゲームみたいに、今日はこれが無い日にしてみよう、と楽しんでいる私です。



プロフィール
神宮寺愛
エッセイスト×フラダンサー
東京での出版社勤務を経て、現在はエッセイストとして活動。マウイ島ワイルク在住。著書『心と体がピュアになるハワイアンな暮らし』(青春出版社・刊)他。フラやハワイ語等を学ぶダンサーでもあり、カノエアウダンスアカデミー所属。現在カアナパリビーチホテルのディナーショーにレギュラー出演中。