ほんの数文字に、こんなに強く願いをこめることは、あまり多くはないでしょう。
子ども、もしくは子どものような存在になるものに、名前をつけるとき。気持ちを引き締め、そして、自分の胸に手を置いて、どうか名前をつける自分が謙虚でいられますように、と願いながら、その命に名前をつけるのです。
命名。
命に名前が、名前に命が宿ること。
書く仕事をしているなかで、心をこめて原稿を書くことは私の基本です。想いをこめ、言葉を発し、文字を選ぶことにおいては、名前をつけることも、書くことと同じことです。
ですが、名前をつけるときは、なんだか特別に気持ちが高ぶり、そして静まるのです。空の上のほうまで飛んでいって、海の底のほうまで沈むような……。名前が、ほんの一文字、もしくは、二、三文字であることが、想いをさらに凝縮させるのかもしれません。幾重もの、とてつもなく大きなものを、手のひらにのるほどの大きさにするときの興奮の渦が、私のお腹のなかでおこります。
私がいままでつけた名前は三つ。
ひとつめの名前は、古い着物生地を生かして、まるで花のようなドレスやハンドバッグなどを作るデザイナーの女性へ、彼女の生み出した子どもたち、つまりブランドの名前でした。
ふたつめは、鞄職人の友人のアトリエの名前。何よりも彼女の作るものの縫い目が好きだった私からのプレゼント。
みっつめは、今度の夏に七歳になる娘へ。
どの名前も健やかに命を育んでいます。
「名前をつけてほしいのだけれど」「どんな名前がいいかしら」という状況から離れて七年。次にそのような機会に恵まれるのは、私がおばあちゃんになるときかしら、と思っていたら、なんと、やってきたのです。
「もしもし、お姉ちゃん?」と、電話をかけてきた妹は妊娠七ヶ月。
「あのね、赤ちゃん、女の子みたいなの。名前を考えてもらえるとうれしいんだけど」
妹と電話でしばらく話しました。妹曰く、名は体を表す、という言葉どおり、やはり、名前はその名前の持ち主を表す、自分たちの名前ひとつとってもその通りだと。確かに、祖父がつけた私の名前「愛」、母がつけた妹の名前「晶」、名づけ親の意向は、やはり、遅かれ早かれ、私と妹の人生にあらわれていると言えるでしょう。
名づけ親になるとは、大変なことです。親であることも難しいですけれど、名づけ親になるということは、親であることとはまた違った大変さがあるような気がします。
でも、妹が五歳年上の私に頼んできたということは、その五年分の経験を生かして、名づけをするべきでしょう。
妹からのリクエストは、
しっかりした日本語の、日本らしい名前であること
ハワイのお姉ちゃんが名づけたことが残るようにハワイ語の意味ももつ名前であること
名前の意味は幾層にも……
私は、娘に、日本語とハワイ語の両方の意味をもつ名前をつけました。今回、姪にも、音のみが同じなのではなく、意味も同じであるものを選びたかったのです。
二週間ほど考えたころ、ふと、ハワイ語の名前ならば、私の大切な人の名前からあやかりたい、と思いつき、毎日一緒にいる、私の妹のような存在、カウイ、の名前が浮かびました。彼女の名前は、カ・ワヒネ・イ・クーリア・イ・カ・ウイ、心の美しさによって輝く女性という意味です。名づけ親は、彼女の伯母のアンティ・ケアラ。
カウイと私のフラの師であるアンティ・ケアラの想いのこもった名前をもつカウイは、名前の意味を描いたような女性。彼女の名前のウイを、日本語の名前にしたら、想いがもっと紡がれていくに違いありません。
「うい」がいい。
愛い(うい)とは、特に年をとった人々が、年下の人をほめたり、可愛がるときに使う言葉です。そして、UI(うい)というハワイ語は、同じく、美しさや可愛らしさを意味します。
しかし、日本語の名前はカウイの名前のように、長くつけることはできません。どんな美しさを求めているのかを、どうやって、名前という数文字のなかに示したらよいのだろう……。
愛い、Ui、愛い、Ui、うい。
何度もつぶやきました。
……、初々しい。
いつも清らかに、初々しい心の美しさをもった女性になりますように。
おめでとう、名前が生まれたよ
妹に電話をしました。
「もしもし?」
「命名、初(うい)」
初ちゃんは、今年の七月に生まれます。