おへそに手をあてて……

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花冷えのころ [2008年04月09日(水)]
花冷えのマウイはここ数日、春雨が降ってはやみ、朝晩は首をすくめたくなるような空気が流れています。

桜の花の咲くころ、雨や寒さが舞い戻る花冷え、花が散り急ぐのをと心配しながら空を眺めることもしばしば。しかし、マウイ島の花々は、日本のそれに比べて、ちと丈夫でありますから、そのような気遣いは無用。花見の宴はいつでも大丈夫のようです。

私は山育ちですから、私にとっての桜は山桜、もしくは濃い紅色の八重桜。ソメイヨシノのようにはらはらと散り急ぐことを心配する必要はありませんでした。小さかったころに、花の下でお弁当を広げ、梅、桃、桜の花を何度も楽しんだのを覚えています。

この島で桜などの花にかわって、私がお花見にいそしむのは、高原に咲く藤色のジャカランダをはじめ、裏庭のククイの優しい乳白色の花まで。子どもたちに人気のお花見はエンジェルトランペットの花。名前の通り、トランペットのかたちの花がぶらんぶらんとさがり、風が吹けば音が聞こえてきそうな花で、花が奏でる演奏とともに、お花見の宴を楽しめます。


エンジェルトランペットの音が聞こえる


週末、私の友人のお誕生日のお祝いとククイのお花見をかねて、我が家で宴会が催されました。雨が降りそうな雲行きだったので、ククイの花をゆっくり眺めることのできるリビングルームでの食事会です。

集まったのは、私のフラの先生でありハーナイ・ママでもあるアンティ・ケアラ、夫の親友のハワイアンミュージシャンのペケロ、ペケロの息子さん、コメディアンのブライア、ロミロミやハワイの薬学を伝承しているブラと内科医の美穂さん夫婦。私たち家族と家族ぐるみでお付き合いのある人ばかりです。

そして、宴には欠かせないお料理は、蒸し蟹をほぐしたものとキュウリとアボカドを巻いたお寿司、バーベキュービーフ、シュウマイ、トマトと山芋とらっきょうのサラダ、鳥のささ身とアスパラガスとキュウリとレタスの千切りサラダ、ロールキャベツ。お料理の上手な夫に手伝ってもらって、手作りしました。

宴は、午後三時にはじまり、まずは米大統領選談義、次に、ハワイアン・コミュニティーがいかに文化損失の危機に面しているか、さらに、どのようにハワイの文化を次世代に継承していくべきか、など。話好きの面々は熱弁をふるい、お誕生日を迎えた美穂さんや満開のククイの花を横に置き、お花見にふさわしい講談だともいわんばかりに、釈台(しゃくだい)を張り扇で打たんばかりの大騒ぎ。

ひととおり話し終えたころ、マンゴーとバナナと生クリームをくるりと巻いたロールケーキに、キャンドルをたててテーブルに運ぶと、お喋りはバースデーソングに変わりました。お誕生日は何歳になってもうれしいものですよね。



お酒好きの人は甘いものを好まないという定義は、ハワイの人々にはあまり当てはまらず、ワインやビールのグラスをひとまずテーブルにおいて、ケーキに舌鼓。お腹に甘いものがおさまると、やっと花を眺める余裕と、ひとときの静けさが訪れました。

「ククイでレイを作りたくなったわね」というアンティ・ケアラと、「写真でしか見たことがないから、今度作ってみたいなぁ」「お店で売っているお花のレイよりも、身近にある植物で作るレイのほうが素敵よね」などと、花の話がしばらく続きます。「あの葉っぱは、髪に飾るのに最適」「愛の家の裏庭の眺めは最高ね。マウナレオの山もよく見えるし」と、突然、ペケロがギターを片手に歌いだしました。


満開のククイナッツの花


夫がにんまり。どうやら、ソファに沈み込むペケロのお腹にのっていた赤ワインのボトルを、さっとギターに変えたら、条件反射で歌いだしたようなのです。ペケロのギターと歌に聞きほれていたアンティ・ケアラのところに、娘のアイナがウクレレを持ってきました。

あの歌は、この歌は、と十数曲ほど続いたでしょうか、ふと、アンティ・ケアラがこう言いました。

「昔、私が小さいころに、おじさんやおばさんたちが、こうやって週末に集まっては、食事をして、お酒を飲んで、ギターやウクレレを弾きながら夜まで歌っていたのを思い出していたの。それで、いま、ふと、横を見たら、アイナが愛の膝の上で、一生懸命に音楽を聴いていて、あっ、自分はあのときのおじさんやおばさんたちになっているんだなって、気がついたわ」

未成年と呼ばれなくなり、経済的に独立もし、子どもではない年齢になっても、自分のなかで何かが変わったようには思わなかったのに、親になった途端、まるで二つの目を持ったように視点が増えたのは私だけでしょうか。

子どもに話しかけている自分、子どもに言い聞かせる自分、子どもの叱りつける自分。そんな自分を別の誰かがみているような気分になり、「あれ、私、誰かみたい? 誰だろう」「あ、私ったら、ママみたいなこと言っている」「やだ、私、いまパパみたいだった」と、どきり、とするのです。

あのときを見ていた目は、確かに子どもだった自分の目なのに、まるですり替わったかのように、今度は同じあの風景を違う自分が見つめているような気分。

アンティ・ケアラとペケロの奏でる音、深い歌声は、夜中まで続きました。

「アンクル・ジョージ・ナオペが教えてくれた、今日のパーティはもうお終い、というときに歌う曲を歌うわね。もうHana hou(もう一度!)は、今度会うときまでなしね」

と、宴もたけなわでございますが……、の曲が流れるまで。

プロフィール
神宮寺愛
エッセイスト×フラダンサー
東京での出版社勤務を経て、現在はエッセイストとして活動。マウイ島ワイルク在住。著書『心と体がピュアになるハワイアンな暮らし』(青春出版社・刊)他。フラやハワイ語等を学ぶダンサーでもあり、カノエアウダンスアカデミー所属。現在カアナパリビーチホテルのディナーショーにレギュラー出演中。