Huaka’i o Kaua’i [2007年09月07日(金)]
|
島からでることは、たとえ数十分の間、飛行機に乗るだけであっても、「旅(Huaka’i/フアカイ)」なのです。
先日、毎晩の仕事であるホテルのショウから、四日間のお休みをいただいたフラダンサーの一団は、カウアイ島にいってまいりました。クムフラである私のハワイのハーナイママ(FAMILY STORYの『血と同じくらい濃い水』参照)、アンティ・ケアラを筆頭に、フラシスターのカウイをはじめ大人五名、子ども三名。ぞろぞろと夜更けのカウアイ島リフエ空港に降り立ったわけです。 翌朝、「おはよう」の声でも、「起きなさい」の声でも、「ママ〜」の声でもなく、私の目を覚ましてくれたのは、「ほら、食べたいって言っていたやつ、買ってきたわよ、食べなさい」というアンティ・ケアラの声。 その十秒後には口のまわりに砂糖が、そして、指についた砂糖をなめるころには、体のなかが甘いエネルギーで満ちてきました。爽やかなカウアイ島の朝、ではありませんけれど、強烈な目覚めであることは間違いありません。 ![]() 「やっぱりここのマラサダはハワイで一番!」と豪語するアンティ・ケアラは、朝四時に目を覚まし、午前九時には姿を消すというこのマラサダを買いにいってくれたというわけです。 旅するからには、美味しい食べ物は必要ですよね。それがたとえ、朝一番の甘くて巨大なマラサダでも。このマラサダ、生地は卵たっぷりでしっかりとした噛みごたえ、クリームは手作りカスタード。むっちりとした大きなマラサダを半分にちぎると、中は黄色い美味しさがいっぱいといった感じです。 マラサダの朝を迎えたその日は、この旅の目的をとげる日。カウアイコーヒーとマラサダのパワーで、一路、カウアイ島の南、ハ―エナへ。 ハ―エナは、タロ芋の畑が広がるハナレイの先、世界有数の降雨量で知られるカウアイ島の、水がたっぷりのタロ芋畑を通りすぎていきます。 「ここからは歩くのよ」 と、ハ―エナのケエビーチ沿いで降りた私たちは、ビーチとは反対の藪のなかに足を踏み入れました。木々が鬱蒼と生い茂り、岩がごつごつと飛び出した、一人がようやく歩ける程度の道のない道を、崖沿いにのぼっていきます。 ……フラの踊り手が一度は訪ねるとよい場所 ……フラの神様であるラカを崇めているところであり、いにしえの時代、踊り手は七年の間、外に出ることなく、そこで特別な踊りや詩などを学んだといわれる ……カウアイ島の王族ロヒアウが火の女神ペレを呼びよせた場所、ロヒアウ、ペレ、ペレの妹であるヒイアカ・イ・カ・ポリ・オ・ペレの登場するハワイの伝説の発祥の地 ……踊り手としていままで踊ってきたことを確かめ、これからも踊り続けること、それができるかどうかを考えにいくとよい 迎えてもらえるか、迎えてもらえないのか、それは私にもわかりませんでした。 入口で靴を脱ぎ、その場所に入ってもよいかどうかを訊ねるためにオリ・コモを詠唱しました。すると、私たちの声に答えがきました。 私たちの背後は木々が立ちはだかっているだけだというのに、後ろから、とても強い風が突然吹きつけたのです。背中を押すかのように、肩を抱いて迎え入れるかのように。 ![]() 目の前は海、背後は崖、閉ざされていながらも、明るく開放感のある空間。しばらくして、私たちはペレの踊りを踊りました。大自然のなかで踊ると、感じることはただ、自分の存在の小ささだけ。私の小さな体は軽く、風や太陽の光、海の音につつまれて、ただただ動きます。 涙がでるのですが、泣きたいわけではないのです。私とカウイは、風が涙を吹き飛ばし、乾かしてくれるのを、じっと静かに待っていました。 お礼の言葉とつぶやきながら、別れを告げたあと、 「後ろを振り返ってはダメよ」とカウイが言いました。その一言は、昔、私の祖父が山の古い墓地へお墓参りにいくと、必ず言ったものでした。 ですが、六歳の私の娘はもちろん納得いきません。すかさず、 「なんで? 後ろに誰がいるの? 何があるの?」と質問攻め。 「どんな場所にも、そこに住んでいる精霊がいるの。振り返ると、その精霊がついてきてしまうから、振り返ってはいけないの。精霊には住処があって、役目があるから、そこを離れないほうがいいの。住処を離れてしまった精霊が戻れなくなるといけないから」 足元ばかりを気にしながら来た道を戻ると、美しいケエビーチに向かう数人の観光客や、雄大なナーパリコーストへトレッキングに出かける人々が。私はその風景に、一瞬、ぼうっと揺らめきました。それは、私のカウアイの旅から、さらに時空間を越えた旅をしたような、不思議な感覚だったからです。 車のなかで、その日二度目のマラサダを頬ばりながら、二度目の甘い目覚めに思わず笑ってしまった私でした。 |





