おへそに手をあてて……

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Heavenly HANAへの道標 [2008年06月25日(水)]
「Hanaというところは、どうしていつも“天国のようなハナ”と呼ばれているのですか」

二週間ほど前、急に、そんな質問がやってきました。

今月の前半、私はこの質問の主とのお仕事に奔走していたのです。この連載のエッセイを更新できず、いつも私のエッセイを読んでくださっているみなさまにご迷惑をおかけしてしまいました。

さて、みなさまへ、私のごめんなさいのしるしに、マウイ島のハナ、天国のようなところといわれるハナの村のことをご紹介します。



ハナの村はとても小さな村。

現在、村の人の多くが働いているホテル・ハナマウイを中心に、ハナ牧場、生活必需品がそろうたった一軒のジェネラル・ストアと数軒の小さなお店、学校、警察署、消防署、保健所、村の家々などが広がっています。

マウイ島のカフルイ空港から、約八十三キロメートル。六百以上のカーブをまがり、車一台しか通り抜けることのできない橋や道を注意深く走り、二時間半ほどかかります。


ハナへ向かう道は一本道


ハイウェイをまっすぐに走って到着する、青い海と白い砂浜が広がる場所に立ち並ぶホテルやショッピングセンターとは、正反対の存在のハナの村。

それでも、多くの観光客のみなさまが、慣れない運転に気を配りながら、椰子やククイ、ハラなどの木々が鬱蒼と生い茂り、艶やかなジンジャーの花々が咲く香りのいい森をくぐりぬけ、ハナの村にやってきます。

私がハナの村と出会ったのはかれこれ十年ほど前でした。

村は十年たった今もまったくといっていいほど変わりませんが、私は変わりました。十年前は、ハナの村が年に一度行う「タロ・フェスティバル」を楽しむだけだったのが、いまでは、ことあるたびに訪れる、家族ぐるみでお付き合いのある親友夫婦のふるさとの村になったからです。

さて、今回の私の仕事のベースとなったのはホテル・ハナマウイ。小さなホテルですが、私はこのホテルにまさる宝物を持っているホテルは、マウイ島にはないと思います。

全室がコテージ、自然の音しか聞こえない広い敷地のなかは、色鮮やかな花々や緑が匂う木々、目の前に広がる海に続いていくくかのようなプール、寝そべって空を眺めるは最適な広大な庭。この素朴なホテルは自然の豊かさに抱かれて、ありのままの姿で訪れる人々を迎えています。



私のフラの師、ハーナイ・ママのアンティ・ケアラはハナ高校を卒業し、このホテル・ハナマウイで踊るダンサーでした。毎週金曜日に行われるホテルのダイニングでのショウを今回は見ることができませんでしたが、ホテルのジェネラルマネージャーが、こんなことを言っていました。

「ホテルで働く人の九割がハナの村で育った人たちだよ。金曜日のショウを見たら、それがわかるよ。ミュージシャンもダンサーもハナの人、そしてほとんどが家族。おばさん、おじさん、姪っ子、甥っ子、なかには三世代が一度に登場したりもする。そもそもホテルで働く九割の人はハナの村の三家族の人たちだからね、ホテルがこれほど家族ぐるみで切り盛りされているところは他にないね」

私は本土から来たという、かなりお年を召したマネージャー氏に、「ハナの村に、よそから来てみてどうですか?」と聞いてみると、

彼の孫ほどの年の私の肩に手を置きながら、

「僕は忘れっぽいからね、よく鍵をかけ忘れる、物を置き忘れる、でも、何も起こらないよ、ここでは。鍵をかける必要もないし、物は置き忘れたまま、いつまでもそこにあるだけ。それが一番好きだ。今の僕に合っている。

一割のよそ者に村の人はやさしい。アメリカの冒険家のチャールズ・リンドバーグが、年老いてから癌になり、あと少し残されたという命をここで、と無理をしながらでもこの村に戻ってきたという気持ちがわかるよ。彼が本土からここに戻る手はずを整えたのは、いまホテルでコンシアージュをしている従業員のお父さんだよ」

ハワイはキャプテン・クックの来訪以降、急激な環境の変化、歴史の荒波、ときには津波のような波にもまれ、今に至っているのは、みなさんもある程度はご存知だと思います。変化はどんな時代にも、どんなところにもおこるものですが、その歴史の変化のなかで、いにしえを学び続けなくては、私たちはきっと迷子になるでしょう。


道標


ハナの人々に迷子はいません。

彼らの土地との結びつきの強さが、ハナを訪れる人々に安らぎの時間を与え、発せられた迷子注意報を感じる人々に、地図をお土産にするのでしょう。

「天国のような、という言葉が大げさだと思いますか?」

と、私は質問の主に聞いてみようかと思います。答えは彼の作る雑誌の数ページの特集のなかにあるでしょうから。

命名 初(うい) [2008年05月13日(火)]
ほんの数文字に、こんなに強く願いをこめることは、あまり多くはないでしょう。

子ども、もしくは子どものような存在になるものに、名前をつけるとき。気持ちを引き締め、そして、自分の胸に手を置いて、どうか名前をつける自分が謙虚でいられますように、と願いながら、その命に名前をつけるのです。



命名。
命に名前が、名前に命が宿ること。

書く仕事をしているなかで、心をこめて原稿を書くことは私の基本です。想いをこめ、言葉を発し、文字を選ぶことにおいては、名前をつけることも、書くことと同じことです。

ですが、名前をつけるときは、なんだか特別に気持ちが高ぶり、そして静まるのです。空の上のほうまで飛んでいって、海の底のほうまで沈むような……。名前が、ほんの一文字、もしくは、二、三文字であることが、想いをさらに凝縮させるのかもしれません。幾重もの、とてつもなく大きなものを、手のひらにのるほどの大きさにするときの興奮の渦が、私のお腹のなかでおこります。

私がいままでつけた名前は三つ。

ひとつめの名前は、古い着物生地を生かして、まるで花のようなドレスやハンドバッグなどを作るデザイナーの女性へ、彼女の生み出した子どもたち、つまりブランドの名前でした。

ふたつめは、鞄職人の友人のアトリエの名前。何よりも彼女の作るものの縫い目が好きだった私からのプレゼント。

みっつめは、今度の夏に七歳になる娘へ。

どの名前も健やかに命を育んでいます。

「名前をつけてほしいのだけれど」「どんな名前がいいかしら」という状況から離れて七年。次にそのような機会に恵まれるのは、私がおばあちゃんになるときかしら、と思っていたら、なんと、やってきたのです。

「もしもし、お姉ちゃん?」と、電話をかけてきた妹は妊娠七ヶ月。

「あのね、赤ちゃん、女の子みたいなの。名前を考えてもらえるとうれしいんだけど」

妹と電話でしばらく話しました。妹曰く、名は体を表す、という言葉どおり、やはり、名前はその名前の持ち主を表す、自分たちの名前ひとつとってもその通りだと。確かに、祖父がつけた私の名前「愛」、母がつけた妹の名前「晶」、名づけ親の意向は、やはり、遅かれ早かれ、私と妹の人生にあらわれていると言えるでしょう。

名づけ親になるとは、大変なことです。親であることも難しいですけれど、名づけ親になるということは、親であることとはまた違った大変さがあるような気がします。

でも、妹が五歳年上の私に頼んできたということは、その五年分の経験を生かして、名づけをするべきでしょう。

妹からのリクエストは、

しっかりした日本語の、日本らしい名前であること
ハワイのお姉ちゃんが名づけたことが残るようにハワイ語の意味ももつ名前であること


名前の意味は幾層にも……


私は、娘に、日本語とハワイ語の両方の意味をもつ名前をつけました。今回、姪にも、音のみが同じなのではなく、意味も同じであるものを選びたかったのです。

二週間ほど考えたころ、ふと、ハワイ語の名前ならば、私の大切な人の名前からあやかりたい、と思いつき、毎日一緒にいる、私の妹のような存在、カウイ、の名前が浮かびました。彼女の名前は、カ・ワヒネ・イ・クーリア・イ・カ・ウイ、心の美しさによって輝く女性という意味です。名づけ親は、彼女の伯母のアンティ・ケアラ。

カウイと私のフラの師であるアンティ・ケアラの想いのこもった名前をもつカウイは、名前の意味を描いたような女性。彼女の名前のウイを、日本語の名前にしたら、想いがもっと紡がれていくに違いありません。

「うい」がいい。

愛い(うい)とは、特に年をとった人々が、年下の人をほめたり、可愛がるときに使う言葉です。そして、UI(うい)というハワイ語は、同じく、美しさや可愛らしさを意味します。

しかし、日本語の名前はカウイの名前のように、長くつけることはできません。どんな美しさを求めているのかを、どうやって、名前という数文字のなかに示したらよいのだろう……。

愛い、Ui、愛い、Ui、うい。

何度もつぶやきました。

……、初々しい。

いつも清らかに、初々しい心の美しさをもった女性になりますように。


おめでとう、名前が生まれたよ


妹に電話をしました。

「もしもし?」

「命名、初(うい)」

初ちゃんは、今年の七月に生まれます。

細かくなくて、細かいもの [2008年04月26日(土)]
「どんぶり勘定」という言葉をご存知ですよね。

「私のことでございます」と正直に告白しながらも、「決して、お金に対して、理由なく無頓着ではないのです」と弁解したりしてしまう私です。どんぶり勘定とは、お職人さんたちが腹掛けのどんぶりにお金をいれて、無造作に出し入れをしたことから、その無造作加減を、大雑把なお勘定の意味として言い表すようになったようです。


細かい、細かくない……


勘定に細かい人は、すべてのことに細かい人。そう考える人はたくさんいます。つまり、どんぶり勘定、宵越しの金は持たぬ、などの言葉がぴったりといわれる私は、どうやら細かくない人の部類に入ります。

こうして、自覚症状があることを人に伝えないと、私が細かくない人の部類のなかでも、強度の大雑把だと思われてしまいます。

「確かに私は細かくないと思う。特にお金には。でも、仕事では細かい作業をしていると思うし、細かさには自信があるんだけど……」
「それは、訓練されたからであって、もともとは細かくなかったと思うよ」

「あのね、たとえば、原稿を書いているときは、句読点ひとつもこだわるし、踊っているときは、小指の第一関節まで気になるのよ」
「だから、それは、自分の仕事だからでしょう」

私と夫の朝食中の会話です。

というのも、実は先週、私のクム(フラの師匠)のアンティ・ケアラの飛行機のチケット手配を間違えるという大事件が勃発しました。なんと、マウイ島発・オアフ島行きの午前の便を手配したつもりが、午後の便を予約していたことが判明。出発五日前にくわえ、週末の便であること、いままでは島間を結ぶ飛行機会社が、ハワイアン航空とアロハ航空の二つあったというのに、アロハ航空は三月末で閉業したため、予約集中のハワイアン航空の便にまったく空席がないのです。


細かい文字、細かくない文字


アンティ・ケアラは、私たちのハーラウのシスターズ・ハーラウ「ナー・プア・リコ・ワイ・ホオラ」のダンサーにフラを教えるために日本にいくのですから、飛行機のチケットの予約ができないとなると計画は丸つぶれ。私とアンティ・ケアラは、まず空港の発券カウンターで直談判。ですが、同情たっぷりの空港職員のおばちゃまから、空席なしとの答えが。

そこで、私と夫は夜を徹してのチケット探しとなりました。

「あ〜、電話で予約していれば、午前と午後を言い間違えなかったのに」
「インターネットで予約って、便利だけど、間違えのもとね」
「どうしてすぐに、きちんと確認しなかったんだろう」
「だいたい、私、向いてないのよ、こういう細かいこと!」
「一緒に画面を見ていたのに、なんで二人そろって見間違えたのかしら」

に、はじまり、

「そもそも、このウェブサイトの画面、“am”と“pm”が見えにくいったらないわよ! 詐欺かもしれない!」と思いつくままに怒鳴ってみたり。

何を言っても、空席が見つからないので、口は閉じ、ひたすら作業をする私と夫。ほとんど徹夜に近いなか、翌朝も空港へ直談判にでかけ、空手で家に戻り、なんとか精神を集中させながらパソコンの画面をにらみ、四方八方の旅行会社に電話をしていた午前九時。

私の叫び声が響き渡りました。

まるで幻のように、一席のみの空席が、ハワイアン航空のウェブサイトの予約画面に現れたのです。私のパソコンに現れたそれは、不思議なことに、夫のパソコンには現れず、まさに幻そのもの。私は震える指で予約をし、興奮状態のまま、アンティ・ケアラに電話。

事件はめでたく終結を迎えました。

その事件を踏まえ、私と夫は、「細かい性格とは?」をテーマに朝食の会話をはずませたというわけです。

「だいたい、どんぶり勘定だからね、君は」
「それは認める。宵越しの金は持たぬの江戸下町芸人の曽祖父母と祖母、職人一家の祖父たちや父の気質は、きっと脈々と受け継がれていると思う。でも、自覚しているんだから、いいでしょう」
「それを自分で言わないの」
「じゃあ、細かい人って、いったいどういう人よ。銀行にお勤めの人のこと?」
「義父さん、若いころに銀行に勤めたけど、すぐ辞めたってね」
「どうせ、私たちは細かくないわよ。でもね、目に見える細かいことだけがすべてじゃないでしょう」


細かいもの、細かくないもの、どちらも大切なもの


細かいのか、細かくないのか、という二者選択はしないほうがいいのかもしれません。何かと比較して細かさをはかるのも、無粋なのかもしれません。でも、今回のような出来事はもう二度と起こさないように、細かさを大切にすべきでしょう。

私は朝ごはんの片付けをしながら、どんな非常事態でも、協力を惜しまない夫と、私の祈りにこたえ、導いてくれる、大いなる存在に、心から感謝しました。

耳を澄ませば…… [2008年04月16日(水)]
最近、インタビューを受けることが増えています。

書く仕事をしている私は、取材などのときに、私がインタビューをすることはあったとしても、インタビューを受けるとなると、どうにも落ち着きません。

インタビューをしてくださったのは、港区青山にある出版社の雑誌編集者さんです。その出版社は、作家でもある落合恵子さんが経営されていて、子どもや女性の暮らしをテーマにした本屋さんを中心に、出版事業、レストラン、通販など、総合的にライフスタイルをサポートする、とても面白い活動をしています。居心地のよい本屋さんであり、美味しい食事もできて、ゆっくりお茶を楽しめるので、私が東京に住んでいたときにはよく通っていました。

以前、その雑誌にフラについてのコラムを書かせていただいたご縁があり、今回、インタビューをお受けしたのですが、まだ慣れない私は、いただく質問に答えられているのかどうか、と心配ばかり。

というのも、質問には質問する人の意図があるというのを、私が自分がインタビューをする経験から知っています。なので、すぐに意図をくむこともできるのですが、ときに、自分がその意図に対して十分な答えをもっていないことにも、気がついてしまうのです。

もちろんそのようなときは、正直にお伝えし、どのくらいその質問の意図に幅があるのかを伺って、対応するようにしています。そのことから、インタビューが長引くこともありますし、結果的に質問を変えていただくことも。私には、適当に対処するということが、あまり向いていないのでしょう。

いろいろなインタビューのなかで、よく質問にあがるのは、「リラックスするための音楽について」です。

いま、音楽を楽しむことがとても簡単になっていて、世界中の音楽をインターネットでダウンロードできるようになっています。ダウンロードした音楽を、小さな入れ物にたくさんいれて、どこにでも気軽に持ち歩くことができます。リラックスをするための音楽をそばに置いておくことができたら、いつでもどこでもリラックスできて、さぞかし便利なことでしょう。

ところが、私は、いわゆる「リラックス」をするために、音楽を聴かないのです。



そもそも、一般的なリラックスのイメージは、「静」でしょう。たとえば、読書をするとしたら、感極まって涙が止まらず胸が苦しくてたまらないような本や、問題を提議し弁論に及ぶような本をリラックスするために選びません。エクササイズをするとしても、重いバーベルを何回も持ち上げたり、著しく激しい動きが含まれるような運動も避けるでしょう。

つまり、イメージは、「動」ではありません。

そこで、私は、私にとって音楽を聴くことが、「動」のリラックスであることから話しはじめます。我が家は、夫の趣味のオーディオ機器がぎっしりと並び、さらに夫の仕事でもあるオーディオ関係のものが、それこそ家中にあるのです。スピーカーが数十、レコード針が数百……にはじまり、私には理解不能のたくさんの機材がそろい、いつも音楽が流れています。


何故かレコード針がかわいく思える今日この頃


しかし、私は、自分で彼のオーディオを使って、音楽を聴くことができません。それは、夫が私の仕事机にある原稿や資料にむやみにさわらず、私がショウで使う衣装や道具を使わないのと同じで、我が家の専門領域の縄張りの問題のようです。

それでは不自由だからと、ipodなどの何か便利なもの買うことも考えるのですが、なかなかそれに至らないのは、我が家のスピーカーから流れる音に私が惚れているからに違いありません。

クラッシック、ジャズ、ハワイアン、オペラなどコンサートのレコードをかければ、その臨場感は最高。観客の息から、演奏者の動きまで、目に見えるように、肌で感じるように聴こえるのです。時代をこえて、距離をなくす、我が家のコンサートホールを、家にいる限りはいつでも楽しめるのですから、便利な小さな音楽の入れ物に手が伸びないわけです。

私にとって、音楽を聴くことは、食べたいものを食べる、読みたい本を読む、踊りたい踊りを踊る、話したいことを話すこと、会いたい人に会う、などのように、「動」のリラックス。

質問には、こう答えます。

CDやパソコンからダウンロードした音は、デジタル信号だということを考えるきっかけを持ってみてください、と。お気に入りの音楽をいつも身近におくのは素敵なこと、でも、同時に、デジタル信号であることも知っておくと、デジタル信号を生の音に近づけて音楽を聴くにはどうしたらいいのかな、レコードを聴いてみようかな、コンサートに行ってこの曲を聴いてみたい、などの、聴く広がりが増えると思うのです。

そして、生の音を聴きたいという気持ちがわいてきたら、楽器をそばに置くこともできます。私は、楽器をたしなむ夢はあるのですが、なかなかたどり着かないので、裏庭で洗濯物をほしながら、仕事に行くときに子どもと手をつなぎながら、私のまわりにある生の音を楽しんでいます。


木のざわめきの音楽もおすすめです!


いい音のある生活は、耳を澄ますところからはじめたいですね。

香時間 [2008年03月13日(木)]
雨の季節が通り過ぎたことを知らせてくれる匂いが、朝夕に漂いはじめました。

我が家の庭に咲くピーカケです。白く小さな花で、別名はアラビアンジャスミンとか。私は大好きなこの花を前にすると、鼻の穴に花を詰めておきたいという衝動にかられるのを、抑えなくてはいけません。



娘が一度、私が眠っているときに本当に、鼻に花を詰めたことがあったのですが、どんなによい香りでも、鼻につめると匂いは味わえません。ということで、いまは、体全体を鼻にして香りを吸い込むことにしています。

このピーカケ、ハワイでは、プリンセス・カイウラニの花として愛されています。プリンセス・カイウラニの名前は、ヴィクトリア・カラニヌイアヒラパラパ・カヴェーキウ・イ・ルナリロ・カイウラニ。スコットランド人のお父様と、ハワイ王国第七代目の王様カラカウア王の妹、リケリケ妃をお母様とし、カラカウア王の養女として育ったプリンセスです。

当時のワイキキには、たくさんの王族の人々が暮らし、プリンセス・カイウラニは、アーイナ・ハウと名づけられた場所に館をもち、お父様が世界中から取り寄せた珍しい植物が植えられた美しい庭に囲まれていたそうです。

その庭には、お母様のリケリケ妃がプレゼントした白い孔雀が数匹、プリンセス・カイウラニの愛する白い孔雀(ハワイ語でピーカケ)にちなみ、彼女の好んだアラビアンジャスミンは、ピーカケと呼ばれるようになりました。


プリンセス・カイウラニの肖像画とピーカケ


余談ですが、日本の明治時代に、日本を正式訪問したカラカウア王が、明治天皇に養女であるプリンセス・カイウラニを日本の皇族の山階宮定麿王の配偶者にしていただければと、申し出たという逸話もあります。

ハワイ王朝は、プリンセス・カイウラニの伯母であるリリウオカラニ女王を最後に王朝を閉じたため、カイウラニは最後のプリンセスとなりました。イギリスへ留学し、流暢なイギリス英語と王女としてふさわしい行儀作法を身につけた彼女は、ギターやウクレレを弾きこなし、乗馬やサーフィン、文学を愛する才能豊かな美しい女性。ハワイ王朝が米国に統合されるという歴史的な出来事の際も、ハワイの人々のために心を砕いた人物として、今もハワイの人々に愛されています。

彼女のために歌われた歌は数多く、私たちが彼女の曲でフラを踊るときは、ピーカケの花のレイを纏います。レイはこの小さな花をつむいだものを長く垂らすこともあれば、短めのものをいくつか重ねて使うこともあります。私が一度、そのあまりの美しさに驚いたのは、ピーカケのつぼみで作った長いレイを幾重にもしたもの。まるで真珠の首飾りのように輝いていて、その香りといったら、つぼみがどれだけの香りを封じ込めているのかを知る思いでした。

我が家では、このピーカケは、娘がレイを作って遊ぶほか、お風呂にいれたり、部屋に置いたりして香りを楽しんでいます。香りとともに、プリンセス・カイウラニの物語や歌を思い出したり、この香りが好きだという家族や友人のことを考えてみたりと、香りが私に贈ってくれる時間は、私一人が過ごす時間とは比べ物にならないほど豊かです。



花の匂いに限らず、匂いは目に見えないにも関わらず、想いをいざなう名手でしょう。

私は、娘が小さいころ、娘の匂いが大好きでした。よく、匂いをかいで、笑われたりしたのですが、彼女の匂いは本当にいつも私をほっとさせてくれる匂いです。「あぁ、お母さんになってよかった」と思わせてくれる匂い。

いまは娘がもう六歳なので、匂いといえば、学校で食べたパンケーキのシロップを髪の毛につけてきたり、埃臭いような真っ黒な手足に、「早く洗いなさい、お風呂に入りなさい」と口うるさくなってしまうのですが。それでも、不思議なことにいまも、私がすぅーっと抱き寄せたくなるとき、彼女からは私の大好きな匂いが少しします。

ハワイでは、亡くなった人に想いを馳せたり、亡くなった人が何かを伝えようとするときに、その人が好きだった花の香りが、花がないにも関わらず、強く香ると言われています。人を花に例えることの多いハワイならではですね。

私は、香水などをつけるのが好きではないので、基本的には無臭、私から香るとしたら体臭か、シャンプーなどのちょっとした香りです。でも、ピーカケの香りだったら、いつもそばに置きたいと思った私は、アロマオイルや、香水などでピーカケのものを買ったこともありました。

確かにかなり近く、よい香りのものがあるのですが、私はやっぱり時期を待つことにしました。なぜか、どんなによい香りの香水も、花が咲くのを待って、香りを楽しむほうがよいでしょう、と私に訴えかけてくるのです。



香りを待つこと。

これは三十歳の半ばになってから、いくらかできるようになった「待つこと」のひとつ。

今日は、咲きそろいはじめたピーカケを娘の部屋へ。

小さな鼻の穴が心地よさそうに広がるの考えただけで、笑いがこみ上げます。きっとこんな時間が、我が家の香りの思い出をつむいでくれるのでしょう。

雪や、こんこん [2008年01月31日(木)]
寒い冬の朝、遠くの山の頂の白さを眺めながら歩くと、吐く息もまた白く……。

ふっふっふ。

みなさん、「えっ、どこの山?」と、不思議な気分になりませんでしたか?

なんと、マウイ島の最高峰、ハレアカラに雪がつもりました!



「ハレ・ア・カ・ラー」とはハワイ語で、太陽の家を意味。標高約3055メートルの世界有数の休火山、その大きな火口には大小の丘があり、丘陵のうねりは現代も多くの人を魅了し、文学から映画までに描かれるほどです。



いにしえの時代、マウイという名前の神様が、ハレアカラに住んでいた彼の祖母マフイエの助けをかりて、太陽を捕まえ、綱でしばり、ウィリウィリの木に結びつけ、太陽の足を早く走れないようにしたという言い伝えからも、この山が太陽の家という名にふさわしい場所であることがわかるような気がします。



そこに、いまは雪が!

毎年とは言えないものの積雪のあるハレアカラ。標高のことを考えると、雪が降るほどの寒さに頷けるものの、サーフィンのできる海と雪の帽子をかぶった山が並ぶのは、はじめは妙な気分だったのですが、いまは私にとって、晴れた空に舞う風花のような趣、マウイの季節の移り変わりを感じさせてくれる風景のひとつです。

今年も「雪が積もったよ!」という一声に、みんながハレアカラを見つめていました。

ところが、今年はどうしたことか、雪を降らせているに違いないずっしりとした雲が、ハレアカラの頂に被さったまま、なかなか動かないのです。「雪が見えない〜」とはじめは不満をもらしていたマウイの人々、だんだん心配になってきたのです。



もしかして、ハワイ島からポリアフが来て、リリノエと喧嘩しているのかも。雪の女神の家族が仲良くおしゃべりを楽しんでいるといいけれど。

ハレアカラの頂上、もしくはマウイ島の東側から見ることのできる、隣のハワイ島の山々、マウナケア、マウナロア。この「マウナ・ケア(白い山)」には、山の名前からもわかるように、ほぼ毎年雪が積もります。ポリアフとはこの山に住む雪の女神、リリノエとはマウイ島ハレアカラの雪の女神。あまりに動かない雪雲に、ポリアフとリリノエの雪合戦を思いついたというわけです。

本日、めでたく晴天。以前より少し暖かい風が心地よく吹いています。

日本の文化は、特に冬から春への季節の移り変わりを、風によって表し、欧米の文化ではそれを光によって表すといわれていますが、ここハワイは日本の文化に近いのではないかと思います。

「春風や、白き長きを、吹流し」と調子よく。

また少し季節が変わったことを感じる一日でした。

無いなら、無いように [2007年10月03日(水)]
「あの番組みた?」と聞かれて、「我が家にはテレビがないんです」というと、大概の人は驚いた顔に。

正確にいうと、テレビ番組をみるための回線をつないでいないだけですので、テレビはあります。テレビのスイッチをいれても、何も映りませんが、DVDやビデオなどで映画を見るために、大きなスクリーンのものを昨年購入し、週末の夜は映画を見て楽しんでいます。

ここ数年、子どものいるお父さんやお母さんに向けた情報雑誌や、子どもの絵本、インテリア、ファッション、食べ物などの専門雑誌でお仕事をさせていただく機会が増え、お仕事先の皆さんとお互いの子どもの話をするのですが、そのとき、「テレビがない」ことはいい子育ての方針だとおっしゃる方が多いです。

確かに思い当たることはあります。たとえば、食事のときには、テレビをみながら食事をするよりも、家族で話をしながら食事をしたほうが家族のコミュニケーションにはよいでしょうし、食べ物の味を味わうこともできますし、消化にもいいでしょう。でも、私は、テレビを見せない子育て方針をもっている母ではありません。

テレビの回線がつながれなかった理由は、まず、子どもが小さいときに引っ越しをし、引っ越しのあと忙しかったため、回線をつなぐことを後回しにしていたこと、私は家にいるときは書き仕事か、家事をしているので、テレビを見る時間がないこと、夫がいつも家族同様に大切にしているスピーカーやその他の機器をいじり、日々、音楽鑑賞に余念がないこと。

回線をつないで、どの番組を購入しようかと話したこともあったのですが、それも忙しさのなかで立ち消え、その後、特に必要性もなく、我が家の音の暮らしのなかに、テレビの音が入る隙間がなかったのです。

ときどき、「あの番組はすっごく面白かったよ」などと聞くと、私も見たいなと思うこともありますけれど、私の友人たちは、面白かった話をまるで私がその番組を見せてくれているかのように話してくれるし、これは見なきゃ駄目とばかりに、録画をしてきてくれるので、それで十分。

無いなら、無いように生活を楽しむことは、いまあるものを大切にすること。

今日の風はこんな音、風の音が変わると季節も変わる、木の葉の音の雄弁さ……。自然の音を聞く聴力もついてきます。そして、数えきれないほどあるスピーカーたちが再現してくれる演奏の素晴らしさ。

スピーカーと言ったら、長方形の箱のことだと思っていた私が、スピーカーとはその箱に設置されている、ジンギスカン鍋をひっくり返したようなものだと知ってから数年。いまでは、音を聞いて、どこの国のスピーカーなのかを言い当てることができるようになりました。耳も数年あれば、暮らしにあわせて成長するんですね。

テレビ、電話、パソコン、冷蔵庫、洗濯機、車……。生活のなかで当たり前のように使っている便利なもの。ときどき、ゲームみたいに、今日はこれが無い日にしてみよう、と楽しんでいる私です。



プロフィール
神宮寺愛
エッセイスト×フラダンサー
東京での出版社勤務を経て、現在はエッセイストとして活動。マウイ島ワイルク在住。著書『心と体がピュアになるハワイアンな暮らし』(青春出版社・刊)他。フラやハワイ語等を学ぶダンサーでもあり、カノエアウダンスアカデミー所属。現在カアナパリビーチホテルのディナーショーにレギュラー出演中。