おへそに手をあてて……

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Aloha 'Ohana Cafe Globe !  [2007年11月01日(木)]
カフェグローブの読者のみなさま、こんにちは。
改めまして、ご挨拶させてくださいね。

わたくし、神宮寺愛(じんぐうじあい)と申します。
このたび、ご縁があり、カフェグローブの公式ブログとして、
マウイ島より『おへそに手をあてて……』をお届けすることになりました。
みなさんと一緒に、文字通り、おへそに手をあてながら、
想うことあれこれを分かち合っていくことができたらうれしいです。
どうぞ、よろしくお願いいたします。

でも、どうして「おへそ」なのでしょう?

それは、このブログをはじめるときにも書かせていただいたのですが、私が何よりも「お腹モード」な人間だからです。(はじめにの『ブログはじめ、食べはじめ』参照

頭でじっくり、胸がドキドキ、というよりも、お腹にグッとくる……、どうやら私の心はお腹にある様子。ちょっと意外に思う方もいらっしゃるかもしれませんが、頭で考えるよりも、胸中で思いめぐらせるよりも、お腹に想いをこめるほうが強い力が湧きますよ。

そのお腹の真ん中にちょこんと存在する「おへそ」は、お腹に力をいれるときの力点。おへそを眺めてみたり、おへそのうえにそっと手をあててみてください。そして静かにお腹に力をこめると、おへその裏側あたりが温まってきませんか。私は、その温かさこそ、その人の持つ心の力だと思っているのです。

伝えたいことがはっきりしない話を「へそのない話」と言いますし、雷さんが嘘つきな子どものおへそをとりにくる怖い昔話の存在といい、おへそがとても大切なところであることは確か。おへそのないのっぺらぼうのお腹を想像するだけで不気味ですよね。

ハワイでも、おへそは「piko/ピコ」と呼ばれて大事にされています。日本と同様に、ピコとは、物事の要点や発祥の意味をもっていて、過去から未来への家族のつながりを示す言葉です。

今回、カフェグローブで編集やデザインを担当してくださる方に、私は『おへそに手をあてて……』のブログスキンのデザイン用に、カロという芋の葉っぱとココナッツの実の写真をお渡ししました。何よりも、みなさんと「へそのある」話をしたかった私は、その象徴である二つをどうしてもデザインに組み込みたかったのです。

カロは、ハワイの人々の命、生きる力。

ハワイの創世記神話『クムリポ』にはこう残されています。天空の神であるワケアと母なる大地の神パパの娘、ホオホークーカラニがワケアとの間に生した子ども、ハーロア。いつまでも続く長い息という意味の名をもつハーロアは、生きることのできるかたちで生まれてこなかったため、誕生後すぐに命が絶え、ワケアとホオホークーカラニによって、大地に埋められました。すると、そこにカロが生まれ育ち、カロはその後に生まれた人々の生きる糧となったのです。

カロはハワイの人々の祖先であり、カロがなければハワイの人々は存在しなかった、という言葉が語り継がれ、カロは、いまでもハワイの人々のソウルフード。日本ではミズイモ、英語名のタロからタロイモと呼ばれたりしています。このカロの葉の中心、やはり、ピコと名付けられているのです。



もうひとつのココナッツは、私が特に尊敬している植物。

みなさん、学校の音楽の授業で習いましたよね、「名も知らぬ、遠き島より、流れ寄る椰子の実ひとつ……」。実ひとつで、流れ、根を張り、見上げるほどの木になり、また実を実らせる……。そしてその実はどんな場所であっても、ちゃっぷん、ちゃっぷんと音をさせるほどの水をたたえ、果肉は島人に必要な脂肪分をたくわえ、果肉を覆っている部分は暮らしに必要な器になったり、楽器になったり、布地になったり、と無駄なくすべてが役立つのです。



そんな人間って、なかなかいないですよね。ココナッツができていること、私もできるようになりたいです。

というわけで、私、ココナッツのようになれるよう、がんばらなくては、ココナッツのような子どもを育てなくては、と、今日も風に吹かれて葉音をたてる椰子の木を見上げる次第です。

カロ、ココナッツ、どちらも美味しいんですよ。私自身、いつも正直にお腹の声に耳を傾けている食いしん坊ですので、『おへそに手をあてて……』、みなさんと一緒に日本とハワイの美味しいものの話もできたら、うれしいです!

それでは、みなさん、これから末長く、よろしくお願いいたします。

マウイ島より、愛をこめて。

ALOHA 'Ohana Cafe Globe ! (アロハ、オハナ・カフェグローブ!)

ブログはじめ、食べはじめ [2007年07月03日(火)]
根が食いしん坊であることは間違いない……。

仕事で原稿を書いているとき、内容が食べ物のこととなるとやけに筆が早い私。食べ物とはまったく関係のないことを書いているのにも関わらず、結論を食べ物に結びつけてみたり、食べ物のことを引き合いに出してみたり。食に興味がある、といえば聞こえがいいけれど、食い意地が張っているとも言われかねません。

このカフェグローブでのブログをはじめることになり、私が一番はじめに考えたことは、読者のみなさんとどうやってお腹を満たすか、ということでした。

「朝ごはんって大切よね」と朝一番の食卓に向かう午前七時、
「今日のお昼は何を食べようかな〜」と考える午前十一時、
「この仕事が終わったら飲むぞ〜、おつまみにはアレ!」と胸が高ぶる午後五時、
「ああ、いい匂い、やっぱり家での夕食は最高ね」と一息つく午後八時、

きっと、私だけではなく、みなさんにとっても、食べ物のことを考えることは楽しいこと。この、求めて、そして満たされる、という流れは素敵なことですから。お腹が満たされれば、心と体が自然にゆったりとし、自分のなかの幸せ気分がむくむくと盛り上がって、心のなかの小さなかすり傷などはすぐに癒してくれるような気持ちがするのです。

私は、心ってお腹の中にあるのかも、と思っている人。つまり、「腹心」。

ドキドキと胸が高鳴る、胸のうちを明かす、というときでさえ、それは、お腹にズンズンと響く、お腹のなかから話し合う、ということかな、とお腹モードに切り替えてしまう。

情報がたくさんある社会のなかで生きている私たちの周りには、忙しくて疲れているとき、考えても自分らしい答えが見つからず迷っているとき、「まずは心を満たそう」というメッセージが常にあふれ、私たちをサポートしてくれています。バランスのよい食事の仕方や、癒されるための香り、気持ちを引き立てるファッションやヘアメイク、心を揺さぶる音楽やアート、心地よい汗を流すためのエクササイズ、リフレッシュさせてくれる旅の時間など……、なくてはならないメッセージです。

以前出版社に勤めていたときに、私はこれらのメッセージを作り出す側にいました。はじめはただただ夢中で作り出していたのですが、あるとき突然、「受け取る人はどこで受け取っているんだろう」と考えてしまいました。

「お腹で受け取ってほしい」

私の願いはこれでした。心を満たしてくれるメッセージがあっても、そのメッセージを行動にうつす人がいても、その人たちがメッセージを胸だけで受け取っていたら、それは浅い呼吸のような儚いものになってしまう……。

胸モードからお腹モードへ。
おへそに手をあてて、感じてみませんか。

ブログはじめ、食べはじめ。このブログを通じて、これから末永く、お腹で感じるすべてを、みなさんと一緒に楽しめたら最高です。



プロフィール
神宮寺愛
エッセイスト×フラダンサー
東京での出版社勤務を経て、現在はエッセイストとして活動。マウイ島ワイルク在住。著書『心と体がピュアになるハワイアンな暮らし』(青春出版社・刊)他。フラやハワイ語等を学ぶダンサーでもあり、カノエアウダンスアカデミー所属。現在カアナパリビーチホテルのディナーショーにレギュラー出演中。