血と同じくらい濃い水 [2007年07月10日(火)]
|
私と継母と私の娘、私の娘と継母の母、私と継娘、私の娘と私の継娘……。 書くと随分ややこしいのですが、私の家族のなかで、このややこしい関係の結びつきはとても強いものです。それもそのはず、だって「親子」で、「おばあちゃんと孫」で、「姉妹」ですもの。 「血よりも濃い水もある」という言葉を教えてくれたのは私の母でした。 血でつながった家族以外の人を、家族と同じように信頼することができるということ、そしてその大切さ、家族ではない人が私に対して向けた信頼心をどのように理解していくか、どうやって信頼関係を築いていくか、などを、私に考えさせたかったのだと思います。 この言葉を知ったころ、それなりに理解をしたのでしょうけれど、私がこの言葉の重さをしっかり実感したのは、私自身が母になってからでした。自分が受け取ってきたことを娘に伝えようと思ったとき、そのひとつとして浮かんできたのです。 家族と同じように信頼できる血でつながっていない人間の存在。 この存在はまぎれもなく、私を強くしてくれます。そして、私を見て育つ娘に、その存在をじっくり見せておくことは、私という母が娘にできることを、遥かに超えると信じています。 私には、母のような、姉のような存在の女性が、マウイ島に一人、日本に一人、アフリカに一人。彼女たちは、いままでの私の人生のどんなときも私の心に寄り添ってくれていたし、きっとこれからも、母や姉のように叱咤激励してくれるでしょう。 ハワイでは、養母、母同様に信頼関係のある女性のことを、ハーナイママと呼ぶのですが、この三人のハーナイママのうちの一人、、私が毎日数時間を過ごしている女性を少しご紹介しますね。 ケアラ・ブロクリック・クコナ、アンティ・ケアラと呼ばれるこの女性は、私のマウイ島の母。クム・フラ(フラの師)として、ハワイの文化を次世代に継承している彼女は、私をダンサーとして、娘として、育み、愛してくれる存在です。 このアンティ・ケアラのもと、フラ・ハーラウ(フラを学ぶところ)として、カノエアウダンスアカデミーという集団があるのですが、そこは、学び舎であり、親の家。つまり家族が集い、伝統文化を継承していくところというわけです。 この母のもとには、おばあちゃんもおじいちゃんいれば、おばさんもおじさんもいて、兄弟姉妹、従兄弟(従姉妹)もいます。八十歳から赤ちゃんまで、一緒に、ご飯を食べたり、寝起きしたり、泣いたり、笑ったり。 結婚して家族が増え、フラを学ぶことで家族が増え、私は血と同じくらい濃い水のなかに浮かんでいます。 ただ、まだまだ母にはかないません。血と同じくらい濃い水、血よりも濃い水、その濃度の違いが、私には今、わかりませんから。 ![]() |




