おへそに手をあてて……

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期間限定の宝物を探して [2007年09月14日(金)]
こんな「今」が好きでした。君が忘れてしまっても。

私の本を担当してくださった編集者さんが、同じく担当をされていた画家で詩人の菊田まりこさんの絵葉書を、私は大切に壁に飾ってあります。菊田まりこさんの作品はほんわかしていて、とっても可愛らしいのですが、絵にしても、添えてある言葉にしても、私の心を痛いくらいにつかむのです。



特に気に入っているのは菊田さんの絵と言葉が、一冊でも、一ページずつでも味わえるポストカードブック『おんぶして、だっこして』(青春出版社・刊)。菊田さんもお子さんがいらっしゃる「ママ」であることが、これらの作品を大きく左右し、強さと優しさを滲ませていることは間違いありません。というのも、子どものいる暮らし、と、子どものいない暮らし、というのは、比べることができない違いがあるからなのです。

最近、私のフラ・ファミリーと話していて笑ってしまったのは、はじめての赤ちゃんが生まれた後の夫婦の会話のこと。

「あのさ、ほら、雑誌とかテレビとかを見ると、きれいなママと可愛い赤ちゃんがいてさ、とろけそうな笑顔でさ、そのそばには、白とかピンクとかの色のベイビーグッズがあって。ゆったりとした時間のなかに、音楽が流れていて、……そういうの、どうしてうちの家族ではできないのかな」

「私はきれいなママだし、あなたの娘は可愛いでしょう。で、笑顔はとろけそうでしょう。白やピンクのベイビーグッズはあるし、あなたの好きな音楽だって流れているでしょう」

「……、でもさ、違うじゃない、雑誌とかテレビとかで見るのとは」

「あのね、そんなの当たり前に決まっているでしょ! あれは雑誌とか、テレビのなかのお話なの!」

こんな会話があったのよ、と披露してくれたのは、私と一番年齢が近い夫婦。ママは小さいときにJCPenneyという大きなデパートの広告モデルをし、その後はずっとフラダンサーをしていた美人ママ、パパは十年ほど前にはフットボールチームの人気選手で、いまは警察官。いま二人の間にいる十歳の娘と六歳の息子は、さぞかし可愛い赤ちゃんであったことでしょう。

私が思わず、「うちのはダンナさんはね、夜、彼が家に帰ってきたら、私と赤ちゃんが上半身裸で大の字になって寝ているのを発見する日々だったのよ」というと、彼らはそろって首を縦にふり、「それが普通よねえ」とうなずく次第。

まあ、子どもがいなければ、このような状況は存在しないでしょうから、子どものいる、いないに違いがあるのは事実です。違いをどのように受け止めるかは、それぞれのかたちがあるかと思いますが、私はこの違いを楽しむことにしています。子どもというのは、「相変わらずではなく(子どもたちからの贈り物の『相変わらず……』参照)」、目に見える成長をします。だとしたら、子どものいる生活の大変さも、忙しさも、期間限定の貴重品ではないでしょうか。

そう思った途端、子どもがいない暮らしではありえないような経験だらけの、いまの生活はすべて、菊田さんの「こんな「今」が好きでした」に凝縮されるような気がします。

大きな大きな子どもの笑顔や、大きな大きな子どもの涙は、ママになった人の宝物。『おんぶして、だっこして』、また、明日! を、これからも大切にしたいですね。
この記事のURL

http://www.cafeblo.com/piko/archive/12
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プロフィール
神宮寺愛
エッセイスト×フラダンサー
東京での出版社勤務を経て、現在はエッセイストとして活動。マウイ島ワイルク在住。著書『心と体がピュアになるハワイアンな暮らし』(青春出版社・刊)他。フラやハワイ語等を学ぶダンサーでもあり、カノエアウダンスアカデミー所属。現在カアナパリビーチホテルのディナーショーにレギュラー出演中。