ボリショイバレエ団に入団することの誇り? それを感じないと言ったら嘘になるね。
キーロフ・バレエと並んでロシア最高のバレエ団と呼ばれていて、その輝きは今も失っていないと思うよ。
毎年モスクワ・バレエ・アカデミーの卒業生のうち選ばれた数名だけが、このバレエ団に採用されるのさ。団員は全部で3百人はいたね。
ただ、私の場合はそこら辺りの事情がちょっと違っていてね。私はわずか12歳で当時のコリオグラファー、ラブレンチに入門という形でボリショイに研究生として関わることになってね。16歳になるのを待って、正式にボリショイバレエ団に入団したのさ。
2年後18歳の国際コンクールで金賞を受賞、その年に第一舞踏手に抜擢されたんだよ。そしてそのわずか一週間後にプリマに指名されたのさ。
バレリーナには階級があってね、最初がコール・ド・バレエ。コール・ドとは言っても、バレエ学校に入学するだけでも40倍もの競争率を勝ち抜かなきゃならないし、しかもそこを優秀な成績で卒業したものにしか入団は許されないんだから、そりゃ皆一級の技で、常に上を狙っている者ばかりさ。
それからコール・ド・バレエのトップの「コリフェ」、その上が主役が踊らないソロを踊るソリスト、一番上がプリマ・バレリーナってことになるんだけど。
つまりね、わずか18歳11ヶ月で、この私がボリショイバレエ団の頂点に登りつめたってわけさ。
でも正直、そんな実感はなかったね、5階まで重なる2100の桟敷席を陣取る観客の視線を一度だって怖いと思ったことなどなかったしね。なんだか常に夢の中にいるみたいにフワフワした気持ちだったね。
もちろんレッスンは厳しかったし、ボリショイとクレムリンで演る出し物はそれぞれ全部違ったから、その振り付けを自分のモノにすることだけでも大変だったけどね、そういう苦労も日常生活に埋没してしまえば、当たり前としか感じないわけでね。4歳から体操を始めて、常に戦いに勝たねばならないっていう世界で生きてきて、そういうことが私にとっては当たり前のことだったからね。疑問なんて浮かぶはずがない。
キーロフが女性的な演出なのに対して、ボリショイは言うなれば男性的でね。男性的というのはつまり、男性がやるような高い跳躍とか、速い動きとか、そういうのを求められているということでね、ラブレンチの無茶な注文にも応えなければならない、そうしないと、いつ頂点から引きずり降ろされるか知れたもんじゃない。そういう強迫観念は常にあっただろうからね。もっとも当時の私はそういうプレッシャーをまったく感じていなかったんだけどね。
でも実のところ、そういう想いに蓋をしていた、というのが正確なところだと思うよ、今となってはそう思うね。厳しい現実を見ないようにして生きていたんだと思う。
だって18歳でプリマになったものの、5年後にはバレエ・ミストレスになって後進のダンサーにレッスンをつけるなんていう人生はあまりにつまらないと思っていたからね。
自分にはこの先もっと素晴らしい人生が用意されている。もっと眩い日のあたる場所が用意されている、そう信じてひたすら光を求める蝶のように必死に飛んでいたんだろうね。自分では軽やかに飛んでいると信じながらね。
私には23の年に大きな転機が訪れる、という予感めいたものがあったんだよ。占い師にそう言われたとかじゃなく、自分の中で23歳という年が何か特別な年に思えて仕方なかったね。理由はわからないね、ただ物心がついた頃にはそう感じていた。
23歳。。。あまり良い予感ではなかったね。なにかとてつもなく悪いことが起きるような気がしていたのさ。確信というわけじゃなく、単なる予感めいたもの、普段は忘れているんだけど、夜寝る前にふと23歳まであと○年なんて頭の中で考えている自分に気づいたりしてね。
もしかすると大きな怪我をするのかもしれない、という不安は漠然とあったね。なにしろレッスンは厳しくて、レッスン生の誰かしらが常に怪我に悩まされていたからね。
肉離れに捻挫、関節症にワケのわからない発熱、腰痛、疲労骨折、バネ指に斜頚、ありとあらゆる症状のオンパレード、それでも誰もレッスンを休もうとしないのさ。痛みがあることさえ隠してギリギリまで我慢する。
じゃないと、あっという間にほかの誰かに役を持っていかれてしまうからね。皆、必死だったのさ。この私も怪我にだけは細心の注意を払ったね。怪我をしたら終わり、みたいな恐怖心は常にあったからね。
だから23という数字がとてつもなく怖かった。ひょっとすると23でダンス生命を断たれるような大怪我をするのかもしれない、いや、最悪の場合、死ぬのかもしれない、なんていう漠然とした不安もあったけど、その年、私の身に起きたことは死とはまったくかけ離れた出来事だったんだよ。
そのことが私のアメリカ行きを決意させ、そして最終的に今の私につながっていくわけだけど、その時にはそんなことわかるはずもない。ただ突如訪れた大きな衝撃に流されるままだったね。
それは唐突に始まったのさ。いつもの稽古場のいつものレッスンのはずだったのにね。レッスンの内容は今でもハッキリと憶えているよ。
「白鳥の湖」第一幕二場だった。王子がオデットを見初め愛を語るシーン、私が演じるオデット役とジークフリード王子のパ・ドゥドゥ。
その日のレッスンが私の人生を大きく変えたのさ。
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