ティッシュアート、模写や習作をノッケテいきます



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ボリショイバレエ団とオリガ [2007年07月30日(月)]
ボリショイバレエ団に入団することの誇り? それを感じないと言ったら嘘になるね。
キーロフ・バレエと並んでロシア最高のバレエ団と呼ばれていて、その輝きは今も失っていないと思うよ。
毎年モスクワ・バレエ・アカデミーの卒業生のうち選ばれた数名だけが、このバレエ団に採用されるのさ。団員は全部で3百人はいたね。

ただ、私の場合はそこら辺りの事情がちょっと違っていてね。私はわずか12歳で当時のコリオグラファー、ラブレンチに入門という形でボリショイに研究生として関わることになってね。16歳になるのを待って、正式にボリショイバレエ団に入団したのさ。
2年後18歳の国際コンクールで金賞を受賞、その年に第一舞踏手に抜擢されたんだよ。そしてそのわずか一週間後にプリマに指名されたのさ。

バレリーナには階級があってね、最初がコール・ド・バレエ。コール・ドとは言っても、バレエ学校に入学するだけでも40倍もの競争率を勝ち抜かなきゃならないし、しかもそこを優秀な成績で卒業したものにしか入団は許されないんだから、そりゃ皆一級の技で、常に上を狙っている者ばかりさ。
それからコール・ド・バレエのトップの「コリフェ」、その上が主役が踊らないソロを踊るソリスト、一番上がプリマ・バレリーナってことになるんだけど。

つまりね、わずか18歳11ヶ月で、この私がボリショイバレエ団の頂点に登りつめたってわけさ。
でも正直、そんな実感はなかったね、5階まで重なる2100の桟敷席を陣取る観客の視線を一度だって怖いと思ったことなどなかったしね。なんだか常に夢の中にいるみたいにフワフワした気持ちだったね。

もちろんレッスンは厳しかったし、ボリショイとクレムリンで演る出し物はそれぞれ全部違ったから、その振り付けを自分のモノにすることだけでも大変だったけどね、そういう苦労も日常生活に埋没してしまえば、当たり前としか感じないわけでね。4歳から体操を始めて、常に戦いに勝たねばならないっていう世界で生きてきて、そういうことが私にとっては当たり前のことだったからね。疑問なんて浮かぶはずがない。
キーロフが女性的な演出なのに対して、ボリショイは言うなれば男性的でね。男性的というのはつまり、男性がやるような高い跳躍とか、速い動きとか、そういうのを求められているということでね、ラブレンチの無茶な注文にも応えなければならない、そうしないと、いつ頂点から引きずり降ろされるか知れたもんじゃない。そういう強迫観念は常にあっただろうからね。もっとも当時の私はそういうプレッシャーをまったく感じていなかったんだけどね。
でも実のところ、そういう想いに蓋をしていた、というのが正確なところだと思うよ、今となってはそう思うね。厳しい現実を見ないようにして生きていたんだと思う。
だって18歳でプリマになったものの、5年後にはバレエ・ミストレスになって後進のダンサーにレッスンをつけるなんていう人生はあまりにつまらないと思っていたからね。
自分にはこの先もっと素晴らしい人生が用意されている。もっと眩い日のあたる場所が用意されている、そう信じてひたすら光を求める蝶のように必死に飛んでいたんだろうね。自分では軽やかに飛んでいると信じながらね。

私には23の年に大きな転機が訪れる、という予感めいたものがあったんだよ。占い師にそう言われたとかじゃなく、自分の中で23歳という年が何か特別な年に思えて仕方なかったね。理由はわからないね、ただ物心がついた頃にはそう感じていた。
23歳。。。あまり良い予感ではなかったね。なにかとてつもなく悪いことが起きるような気がしていたのさ。確信というわけじゃなく、単なる予感めいたもの、普段は忘れているんだけど、夜寝る前にふと23歳まであと○年なんて頭の中で考えている自分に気づいたりしてね。
もしかすると大きな怪我をするのかもしれない、という不安は漠然とあったね。なにしろレッスンは厳しくて、レッスン生の誰かしらが常に怪我に悩まされていたからね。
肉離れに捻挫、関節症にワケのわからない発熱、腰痛、疲労骨折、バネ指に斜頚、ありとあらゆる症状のオンパレード、それでも誰もレッスンを休もうとしないのさ。痛みがあることさえ隠してギリギリまで我慢する。
じゃないと、あっという間にほかの誰かに役を持っていかれてしまうからね。皆、必死だったのさ。この私も怪我にだけは細心の注意を払ったね。怪我をしたら終わり、みたいな恐怖心は常にあったからね。
だから23という数字がとてつもなく怖かった。ひょっとすると23でダンス生命を断たれるような大怪我をするのかもしれない、いや、最悪の場合、死ぬのかもしれない、なんていう漠然とした不安もあったけど、その年、私の身に起きたことは死とはまったくかけ離れた出来事だったんだよ。
そのことが私のアメリカ行きを決意させ、そして最終的に今の私につながっていくわけだけど、その時にはそんなことわかるはずもない。ただ突如訪れた大きな衝撃に流されるままだったね。
それは唐突に始まったのさ。いつもの稽古場のいつものレッスンのはずだったのにね。レッスンの内容は今でもハッキリと憶えているよ。
「白鳥の湖」第一幕二場だった。王子がオデットを見初め愛を語るシーン、私が演じるオデット役とジークフリード王子のパ・ドゥドゥ。
その日のレッスンが私の人生を大きく変えたのさ。



Posted at 06:01 | art+ | この記事のURL
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ある写真家の話 [2007年07月27日(金)]
最初に世に問うた作品は「sleeping men」というタイトルの写真集だったね。
2000年に出したんだ、扇出版の森田さんとこ、そうあの有名な。

工事現場の路上や、タクシーの運転席、あるいは芝居小屋の床の上など、とにかくベッド以外の場所で過酷な労働の合間を縫うようにして、わずかな睡眠をむさぼる男をテーマに数々の写真を撮ったね。

撮影には1年半ぐらいかかったかな。深夜から早朝に撮って、そのまま普通にバイト行ってましたから、あんときゃ辛かった、よくやったな、オレって感じですよ。

まぁ、そんな話はおいといて、この作品集で僕が何を伝えたかったかというと、まぁ簡単に言えば、最近メディアでやたら虐げられてるオヤジの存在、だけど、オヤジはがんばってる。
オヤジはカッコいいってことを伝えたかったんだな。
まぁそれなりに雑誌やなんかに取り上げてもらって、いくつか賞ももらったし、それなりに意義のある仕事だったと思ってる。

それから次の作品集は女性の肌の重なり合う部分、たとえばひざとか肘とか、胸とか、そういう部分にオイルやスキムミルクを垂らして、マクロで撮り貯めたモノを「スキン」というタイトルの写真集で出したんだ。

その中で一番気に入っているのは、30ぐらいのフランス人女性の写真で、鎖骨と首すじと肩の交差する辺りを撮ったものでね。
肩のラインによっては、そういう写真がヌードよりも、よりエロティックになる瞬間ってのがあるんだな。
彼女名前はなんてったけなぁ、そうそうアニエスっていったな。
アニエスの思い付きで、鎖骨にピンク色のオイルをたっぷりと垂らしたんだよ。
ほんの遊び心でね。
あごの線の辺りに小さなそばかすがたくさんあって、それが鎖骨に溜まったオイルの色と似ていて、あれはいい感じに撮れたなって思う。
あの写真にだけタイトルがあったでしょう、そうそう「LAC」って。
フランス語で湖って意味ですよ。
鎖骨のオイルがまるで日に染まった湖みたいだなぁ、ってそう感じたんだよね。
あれは狙い通り、いやある意味、期待した以上の写真になったと思ってる。
アニエスは勘のいい女性でね、あの作品が出て、まぁ色んなとこからボチボチと話が来るようになって、あのモデルと出合ったのも運が良かったんだろうね。
今頃彼女はどこで何をしてんのかな。
『アニエス、この記事見たら連絡ちょうだい』なんて、私的なことに利用しちゃっていいでしょうか?

そうそう、オリガの話だったね。
オリガの名前は聞いたことありますよね。
そう、ロシアからアメリカに渡った超一級のバレリーナだね。
そのオリガが日本に住んでいるって情報を得て会いに行ったんだ。
ヌードを撮らせてもらおうと思って。
あの頃、次のテーマを探している最中でね。
迷ったらヌード、つまり原点回帰ってことかな。
なにはともあれ世界的バレリーナのヌードを撮っておこうと思ったわけですよ。
口説き落とす自信はあったな。
彼女は限りなく美しい肢体の持ち主だったから、彼女もきっと残しておきたいと思うだろうって、そう踏んでたんだけど。

僕は初対面の時にはカメラを持たないようにしているんだ。
なぜって相手に余計な警戒心を持たれるからね。
最初は簡単な挨拶と、とにかく気心が知れるよう会話を重ねるんだ。

ところが会ってみて驚いたよ。
オリガには昔の面影がまったく残っていなかったんだな。
率直に言ってしまえば、恐ろしいほどに太っていたんだ。
僕は鎖骨の窪みとか、首筋の細さとか、そういうのをオリガに期待していたんだけど、彼女の鎖骨は肉に埋もれてしまって、どこを探しても見当たらなかったんだ。

不思議だったね。
昔どこかでダンサーは太りにくいって話を聞いたことがあったからね。
彼女のダンサー時代の写真と見比べて、どうしたらこんなに太れるんだ? て神秘的な想いすら抱いたものだよ。

それもこれも彼女の話を聞いているうちに全て「わかったよ」って気になったもんだよ。
「わかったよオリガ」って、そう言いたくなったんだ。

本当にわかったんだ。
オリガの部屋を出てから、僕はもう新しいテーマと出会っていた。
僕の姉にも関わってくる話なんだが。

うん、ちゃんと姉には了解をとっている、姉のことを公けの場で口にするのは、なかなかセンシティブな問題だからね。
あぁ、こんなこと言うと逆に叱られそうだな。
姉は特に気にしている様子ではないからね。
いや、気にしているんですよ、そりゃ誰よりも、きっと。
でも、自分は美しいと思っている。
それは勘違いなんかじゃなくて、姉のいる世界では姉はまぎれもなく美しいんです。
僕はそのことをアナタに証明することさえできますよ。

つまりこういうことでね、僕の思う美の基準と姉の基準が違ってしまったってだけなんだ。
まぁこの話はまた次回ということになるのかな。

そうそう、まずはオリガの話。
オリガの話を聞いてもらおう。
それから姉の話を聞いてもらった方がいいと思う。
そうすれば、僕の次の作品集への想いも理解してもらえると思うから。



Posted at 10:43 | art+ | この記事のURL
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あるプリンシバルの話 [2007年07月25日(水)]
「さてさて、なんの話だったか」とOrega(オリガ)は言う。
そろそろ冬に移りゆこうかというこの季節にあって、額に大粒の汗をかき、フーフーと大仰な息を吐く。あごの下には幾重にも脂肪がつらなり垂れ下がっている。
120キロはあろうかという体躯を窮屈そうにベッドに横たえ、アルコールで濁った眼は虚空を見つめている。

「元はハバロフスクの出でね、10才ですでにオリンピック体操の強化選手だった」とオリガは言う。
今のオリガを見て、この女性がかつてボリショイ・バレエ団のプリマ・バレリーナであり、アメリカン・バレエ・シアターのプリンシバルとして名をはせた超一級のバレリーナだと誰が思うだろうか。
しかしそれは紛れもない事実である。

ロシアの中でも精鋭中の精鋭、その類まれなる才能を活かして、オリガは少女時代、体操で頂点を目指していた。そのオリガの高い身体能力を買って、バレエの世界に引き入れたのは天才コリオグラファーとして当時の名声を欲しいままにしたラブレンチだった。

「ウラジオストク駅からモスクワまで一万キロの旅さ、12歳の子供がたった一人で未来を切り開こうとしていたってわけさ」と語るオリガの眼には一片の誇りも、懐かしさをも見出すことができなかった。





Posted at 20:01 | art+ | この記事のURL
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阻む [2007年07月22日(日)]
タイトル「阻む」

今日ハッキリ気づいたが、最近はあの女が冷蔵庫の中身を自分の部屋に隠すようになった。
どのように隠しているのだろうか? あの女の部屋には冷蔵庫は置いてないはず、ポリ袋に保冷剤と共に突っ込んで、あるのかもしれない。
魚や肉は庫内に生のままで残されているが、自分で料理をしようとは思わない。料理の仕方さえわからない。
あの女はそのことを知っているのだ。


あの女は私がどんな気持ちで今日最後の力をふりしぼり、階段を降り、キッチンまでたどり着いたかを知ろうともしない。
こうなると自転車で5分のコンビニが途方も無く遠い場所に思える。
バイトの帰りにやはり買っておくべきだったのだ、と思う。
甘いパンを、小さなカップのヨーグルトを、アイスを、弁当を、大量のチップスを、2g入りのお茶を。
もう一度財布を取りに部屋に戻る気力もなく、どうしようもなく、その場にしゃがみこむぐらいのことしかできない。
立っているのもやっとなのだ、大げさではなく。


あの女め、あの女め、と口の中で繰り返す。私を支配し、がんじがらめにし、そして阻む、あの女。
部屋で寝息を立てているであろう、あの女。
あの女が気にしているのは、私のこのカラダのことではなく、冷蔵庫の中身の方なのだ。買っても買っても翌朝には綺麗さっぱり中身が無くなっている毎日に、異様に高くなるばかりの食費にあの女は悲鳴を上げているだけなのだ。


喰えない、喰えなきゃ吐けない。
それをやらなければならないのに、とそのことだけに囚われてしまう。
胃に隙間無く食べ物と水を詰め込み、それを吐く、その一連の行為を、その深い快感と、その後に訪れる罪悪感をも含めて、私はやり遂げなければならないと思う。


こうなったら肉を焼くか、フライパンで焼けばいいんだろう、でもその前にどうやって解凍すればいいのだろう? やはりダメだ、やはりコンビニに行くしかない。
すぐじゃないか、ほんのすぐじゃないか。
玄関の扉を開けて、自転車に乗り、あぁその前に財布を取りに戻らなければ。
そこで私の気力は萎えてしまう。


いっそこのまま死んでしまえたらいいのに、と思う。
死ねば食べずに済む、吐かずに済む。
この囚われからも解放されるだろう。


しかしそう思いながらも、未練たらしくもう一度庫内を覗いてみる。
と、隅にバターの箱があるのに気づく。私は蓋をはぎ取り、両の手でむさぼり舐める。
唇と指が溶けたバターでどろどろになる。
あっという間に箱は空っぽになる。唇から喉すじにかけて溶けたバターがゆっくりと伝い落ちていくのがわかる。なめくじが肌を這う様を想像しゾッとするが、そのムズムズとした感触を楽しんでいる自分もいる。
胃が動き始め、さらに食べ物を要求する。
コンビニに行こうと思う。さっきより少しだけコンビニが近くなった気がする。
今は二階に財布を取りに行けるような気がしている。


急がなければ。
胃をパンパンに満たした後は、消化が始まる前に、全てを吐き尽くしてしまわなければならない。既に箱ひとつ分のバターが胃の中に収まっているのだ、急がなければ。


と、振り返ると、あの女が立っている。
恐ろしい眼でこちらを睨んでいる。
女は何も言わない。
私も何も言わない。
私の胃は動いている。こうしている間にもバターをエネルギーにカエテイル。
急がなければ。
でもあの女が動こうとしないで私を阻む。
阻む。

Posted at 05:30 | art+ | この記事のURL
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