書棚を整理していたら、な、なんと、大昔に書いた短い「小説」が出てきましたぁ。
いやぁ〜懐かしいなぁ〜

というわけで、恥ずかしげもなくUPしてみましたぁ。。。
「風の震え」
目の前の炎はゆらゆらと揺れていた。
誘ったのは私の方からだった。
「ずっと憧れていたの、アナタが結婚する前に一晩だけ一緒にいてほしい」
なのに私の心はこの炎のようにゆらゆらと揺れていた。
「好きになった人がたまたまフィアンセのいる人だったというだけのことよ。一晩であなたの気がすむんなら、それもイイんじゃない」
友人はそう言った。
しかし私は迷っていた。
フィアンセは私の友人だったが、私の迷いは、ほとんどそこにはなかった。
彼女はこれから先、一生彼を独占できる。
彼女が彼とこれから共有できる時間や喜びに比べれば、私のこの時はほんの一瞬にすぎなかった。
この一瞬にかけて、すべての想いを整理しようとしている自分は、むしろけなげに思えた。
彼はずっと黙っていた。
何も喋らずにウィスキーをがぶ飲みしていた。
後ろめたさを必死に打ち消そうとしている、その姿に心が痛んだ。
そんなに彼女のことを愛しているの? せめて今夜一晩だけでも私だけのあなたではいてくれないの?
彼に軽蔑されているかもしれない、そう思うと、炎のすぐ側にいるのに、私の心は冷たく凍ったままだった。
何もわからなくなってしまうほど私も酔ってしまいたかった。だけど彼は手にしたコップをただの一度もすすめることはなかった。
こんな想いをするために、ここにいるんじゃないのに。
そう思うと、私の頬がふいに温かくなった。
なんだろうと思うと、それは涙だった。
すぐ横に腰かけている彼を見ると、彼は驚いて目を見開いていた。
彼の瞳の中に私の泣き顔が映っていた。
私の頬を伝う涙は、炎に照らし出され彼の瞳の中でオレンジ色の筋になって流れていた。
どこからともなく風の震えが聞こえてきた。
私はその音を聴きながら、まるでロシアのタウロンテのようだと思った。
奇跡の喉を持つ男ファンテノーレは、自らの喉を小刻みに震わせギターの低音にも似た音色で寂しげな歌を唄う。
その調べは聴く者の胸にたとえようのない寂しさと懐かしさとを与えた。
炎は風の震えとともに、そのリズムに合わせるかのようにして、揺れた。
ふと気づくと、彼の瞳が目の前にあった。
彼はその目をゆっくり閉じると、私の頬に唇を寄せてきた。
彼の唇は流れ続ける私の涙を吸った。
私が目を閉じると、瞳にたまっていた涙が一気に頬を伝い、彼の唇へと吸い取られていった。
酔っている彼の唇は熱かった。
彼の唇が私の頬に触れた時、私の心がゆっくりと溶け出すのを感じた。
彼は私の心の痛みを理解してくれる。やはり私は彼でなくてはならないんだ。
それがはっきりとわかった今夜で、彼とはもうお別れなんだと思うと、
私の胸は引き絞られ、とめどなく涙は溢れた。
私は声をたてずに泣いた。
彼は私の右肩をそっとつかむと、私の唇に自分の唇を合わせてきた。
彼の唇は私の涙に濡れることもなく、熱く熱く、そして乾いていた。
なぜ彼の唇は濡れないのだろう? 私の涙では濡れないのだろうか?
それはちょうど、私の想いが結局彼の心には届かないことをあらわしているようで
つらかった。
彼の唇はカサカサに乾いていて、まるで冬枯れの木の葉のようだった。
彼の木の葉のキスを受け止めながら、私は目を開いたまま、目の前の炎を見ていた。
私はゆらゆらと揺れる炎の先を見つめながら、彼の舌が私の唇を開き、別の生き物のように中でうごめくのをおもった。
抱いてほしい……
私はなんの迷いもなくそう思った。
私は今、たぶん、彼を男として求めているのだろう。
その気持ちは私を幾分か楽にさせた。
彼はそっと私の肩を抱いたまま、横になった。
どうぞ優しくしないで。私は思った。
つまらなくして欲しい。そう思いながら、私は胸の前で手を組み、そしてそっと目を閉じた。
完