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やっとお会いできましたね

2007-07-31 03:54:16
土曜日の朝、いつもの出勤時間と同じく玄関をでて、空港へと向かいました。


British Airways、London行きの便です。






近いから、かばんも小さくて、その中にかえるちゃんを一匹、バックへ放り込んで
玄関を出ました。
かえるちゃんもたまには旅行しなくちゃ・・ね。


空港は夏休みでごった返していて、かえるちゃんは余裕でバックの中でくつろがれていましたが、出国ゲートが混みあっていて大変でした。

左奥にみえる飛行機がロンドン行きの飛行機です。



飛ぶこと1時間弱、機上でコーヒー飲んでたら、あっという間にロンドンに到着。


そこから、急行電車に乗って行った先は、ロンドンのヴィクトリア駅。


いつか、会えることがあったら、ヴィクトリア&アルバートミュージアムのシャンデリアの
下でお待ちしています。とmarbleさんと以前約束しました。そして、その日が7月28日のお昼でした。

待ち合わせの時間まであと1時間もあるし。。。ということで、ミュージアムまで歩いていくことにしました。
ごちゃごちゃしたロンドンの込み合う道を抜け、懐かしい場所へ。

おぼっちゃまと一緒にすごした時間を思い出しました。
おぼっちゃまの小学校が見えて、なじみのパン屋さんが見えて、角を曲がると
最後にAfternoon teaをご馳走になったホテルのTea room。

小さなおぼっちゃまの手を引いて歩いた道を一人、ぽつんとあるくと、数年前のこととはいえ、
ちょっとさびしくなった瞬間でした。

わたしがロンドン時代に住んでいた家から、ミュージアムまで歩いて10分も掛かりませんでしたので、以前、すんでいた家の前を経由して、ミュージアムへと向かいました。





いつか会えたら・・場所はここにしましょう。




2年半ぶりに入ったミュージアムはすこし内装が変わっていて、
ああ、ここも変わったな・・としんみり。

まだ時間があったので、大好きなイスラム文化の展示室をぐるりとまわって
シャンデリアのある入り口へと向かいます。

どんな人だろうmarbleさん・・。

日本人らしき人がしばらく見えなかったので、椅子に座って本を読んでいると
そこに、その人が現れました。

Posted at 03:54 | ロンドン | この記事の詳細

今日は半休

2007-07-28 05:48:53
先週、アフリカな料理を食べにいきました♪


ワインを飲んだり、たのしいおしゃべり。
本当に気の合う人たちと食事って楽しい。



夕方からバタバタとする生活は、苦手で、夕食後はゆっくりするのが
好きなのだけど、今週はいろいろと忙しくて。

今日は午後から半休を取り、のんびりしていました。

明日は土曜日ですが、目覚ましを掛けます。
早起きしてお出かけです。

明日、天気がいいようにお願いします。
Posted at 05:48 | オランダ | この記事の詳細

静かな時

2007-07-26 03:00:09
7月も、もう終わるというのに今朝も、薄めのコートを羽織って
玄関を出ました。世間は夏休み。

朝8時前、いつもだったら通学や通勤の人も多いのに、休みにいって
いる人が多いのか、毎日が日曜日の朝のように静か。

市電乗り場に急いでいると、どこかの家からアラビアの声が。
窓からこぼれてくる、アラビア語が、一瞬、まったく違うところに
私を運んでくれました。

テレビや映画でみるアラビア語やコーランの声が聞こえる風景
はモスクであったり、また暑い、中東の風景。

涼しい朝の空気に、このアラビアの音は、なんとも表現しがたい感じでした。
美しい声で、まったくイスラムのことはわかりませんが、独特の雰囲気。
また明日の朝も聞こえてきたらいいな。。。と思います。

私は平日は目覚ましをかけますが、土曜日の朝は特別な用事がないかぎり、目覚ましは
セットしません。目覚めるまで寝てすごす、といってもいつも8時ごろ起きてしまうのですが
春や夏場は太陽が昇るのがはやくて、カーテンからもれてくる光と小鳥の声で目が覚めます。

日曜日も目覚ましはいりません。
近所の教会の鐘の音で目覚めます。クリスチャンの方は日曜日に教会へといかれますから
時を教えてくれる鐘の音とは別に、日曜日だけの音があります。
カランコロンと気持ちがいい音です。

朝はできれば、うるさい音はきかないようにしています。
しばらく前まで通勤時はラジオをきいていましたが、今はそれもやめました。

テレビも見ませんし、聞こえてくるのは、隣の家の赤ちゃんの鳴き声や、鳥の声、
雨がふっていれば雨の音。

これは私の感覚ですが、電磁波や、朝からうるさい音などは、やはり五感を鈍らせます。
無の中に入ることも、大切だと最近は思います。

アラビア語を今朝きいて、日本の詩吟ににているな・・と思いました。

ある時を境に携帯電話もほとんどつかわなくなりました。
家に戻れば一番遠いところに置いているし、仕事中も机の中にいれているので
ほとんど使っていません。

つまり、わーわーと電話を使って話す友達もあまりいない、ということです。
でも、たくさんの人と話していたときより、心はとても落ち着いています。
静かに暮らせている今、心の落ち着きを感じているのは、たぶん、静かな時間を
つくってからのような気がします。

それに気がつくのに、なんと時間がかかったことか。




Posted at 03:00 | オランダ | この記事の詳細

茶の本

2007-07-25 03:29:26
 今、この本に出会えてよかったと思いました。岡倉覚三著書、
The book of tea.
和訳名「茶の本」。岡倉天心により明治39年に英文で書かれ、ニューヨークで出版された
和訳の本。

岡倉覚三という名は、岡倉天心の本名ですね。

茶道の心得もほとんどもたぬ私が読んで理解できるものか、と不安もありましたが
たぶん、いままでの人生でここまで影響があったのは、本当に久しぶり。

ここ数年の書物といえば、自己啓発本が多くて、実はもう見るだけでうんざりして、なにかに多くの人が覚醒されているような感覚。自己を追うのではなく、静の中にある深いもの、見えぬなにかあるのではないかと、思う日々が数年続いていました。

それにしても、明治39年に英文でこの内容を表現した、岡倉覚三(天心)は、すごさを
感じて、心が震えるというか、偉人がおられたことに、また日本語の美しさにも感動しました。

以前、岡倉天心の逸話を聞いて、すごいなあ、と思ったのが、
(有名な話であるから、ご存知の方も多いと思うのだけど、好きな話だからご紹介

明治36年に、羽織、はかまで天心が弟子を引き連れてボストンを歩いていると、若い米国人に冷やかしの声が飛んできたとか。




What sort of nese are your people? Are you Chinese, or Japanese,
or Javanese?"

あんたらは、何ニーズ?チャイニーズか、ジャパニーズか、ジャワニーズか?



天心こう言い返す。

We are Japanese gentlemen. But what kind of key are you?
Are you a Yankee, or a donkey, or a monkey?"

我々は日本の紳士である、そういうあなたこそ、何キーか?ヤンキーか?ドンキーか?
モンキーか?


流暢な英語で、即座に答え、その姿を弟子は尊敬の目でみていたと。

天心は、こういったことを言い返す時には、より洗練された英語を、つまり流暢に言わないと
格好が悪い、ようなことを伝えたそうです。
とくに自分たちは、西洋人とはちがう服装、羽織、はかま、日本の文化を身につけている
から、なお、格好が悪いことはできないと、弟子に伝えたといいます。


(弟子に伝えたこと、ここはうらおぼえなのだけど、上の英会話はすごいな、と思いました)


いつも、外国語に詰まったときに、よくこの天心の言葉を思い出します。

気がつけば、ジタバタとみっともない姿をさらして、一生懸命話しているのだけど、
もうすこし、ビシッとしたいものです。

私は上記の英文の中で一番好きなところは

「我々は、日本の紳士である」


あとのヤンキー、ドンキー、モンキーは、あまりにもゴロがよすぎて、
このゴロのよさも、言葉のセンスなのだろうけど、どんな英語の本よりも
この逸話が一番、心にビシッときます。

この英語のすごさと、また日本文化を極めた人物の本から、学ぶものは
多いようです。


この夏は、長い休みには入らないので、本を読んで楽しみたいと
思います。

日が沈む

2007-07-24 02:22:45

まもなく夕日が沈むビーチ。




夏はまだやってきません。コートをきて朝、玄関を出ます。
本気で、まずいな地球・・と最近、目覚める度に思います。気温が上がらない、太陽がなかなか出てくれない・・。ローマは40度越えて死者もでている暑さなのに。一体、どうして。



波がやってきて、また引いていく。そして、また新しい波。何かを想うが、それがなんなのか
わかりませんでした。


週末になる前、日本から荷物が届き、頼んでいた数冊が手元にきました。
一冊は、戦中に鹿児島の知覧から飛び立っていった特攻隊の若者の話。
母が私に「いつか知覧にいってほしい」といっていたのを急に思い出して、一冊購入してみました。それと、こちらにいると、ディスカバリーチャンネルなどで、アメリカの航空母艦に突っ込んでいく映像を、半ば馬鹿にしたような感じで、見る人がいる、それを感じるたびに、イライラするというか、カミカゼと馬鹿にされたようにいわれたときに「あんたら、毛唐にはわからぬ、高貴な精神」といいかえしたこともありました。

こういったことは、戦争賛美につながる、という人もいますが、やはり、読後は、すごい精神の持ち主が戦中におられたのだなあ、と。
飛び立つ前の遺書が達筆、立派。自分のことよりも家族、兄弟、またおいていく恋人に、過去に生きるなと自分が去った後のことを気にして、最後の言葉とするところは、すごいな、と感じました。それは究極のラブレターでもありました。

遺書がすごかった。と読後にオランダ人に話しました。
「あなたがたには、わからぬ精神だとおもうが、自分を捨てる行為、死ぬのに家族や恋人を心配している、その後、死にいくのに」というと、その人はこう尋ねました。

「死んだあとに、家族はなにかもらえたのか?」と。

なにも。死んで終わり。

要するに、命を捨てるから、なんぞ保障があったのだろう、、と聞きたかったのだけど
「死んでおしまい、それだけ」というと、じゃあ、なんで自ら死ぬの?ときかれ、
そこが説明できない、、なにかなんだよね・・・。と、


その本には、自分が犠牲になることで、誰かの一日が伸びる、と、その誰かは家族かもしれないし、恋人であったのかもしれないけど、この本を読んで、こんなに一日という時間が貴重であるとおもったことがなかったというと、なにやら、その人もしんみりしていました。

なにも期待しない行為ってすごい。そして、まもなく死ぬのに、その遺書はあまりにもシンプルで重たくて、すごいとおもった。と感想をいいました。

いろいろ調べてみると、もちろん、特攻隊の中にも、逃げた方がおられたのかもしれないし、
死ぬまで決意できない人もおわれたかもしれないし、また、標的であった航空母艦まで行き着くことなく、打ち落とされた機体も多かったし、ほとんどが目的を達成できずに、空で散ってしまわれた方も多いようで、それもまた涙が止まらぬ内容でした。


見返りを期待しない行為。

当然、あのような歴史が繰り返されることは絶対に阻止しなくてはいけませんが、あの精神、
見返りを期待しない行為の精神は、誇りにおもうべきだと思いました。



Posted at 02:22 | オランダ | この記事の詳細

ブリュッセルのパスタ

2007-07-21 06:36:13

それにしても、ベルギー人はあいかわらず、パスタをゆでるのが下手だった・・




昔も、学食やカフェでパスタを注文したものだけど、(つまり、お腹が膨れるからよい
べちょべちょ系か、なーんか茹で上がってないものなど、失敗作を口にすることが多かったんですが、また今回もパスタのゆで具合が変・・。

写真をみると、盛り付けは美しく、お皿の淵には、パプリカのパウダーとパセリを散らしていて見た目OKだったんだけど、食べてみると団子っぽい・・オイオイ。

やはり、ベルギーのパスタはまずい・・と思いました。

気温の高い午後、水も持たずに散歩していると、のどが渇くし、
お腹もすくし、木陰があるカフェのテラスに腰掛けました。

とにかく急に空腹になったので、サンドイッチではなく、パスタでもたべてエネルギーを
補給せねば!

と注文して、レモン水を飲みつつ、持っていた本をパラパラとめくる・・。

一人旅で、カフェは当然ながら、「おひとりさま」でございます。
おしゃべりするひとは、ウェイターだけ。
オランダ語わかる?と聞いたら、ノンとわからねえよ、といわれてしまいました。

こういったおひとりさまで、カフェに座ると、座り姿が汚くないかなあ・・とつい思ってしまいます。
時折、一人ですっと綺麗に座ってきちんと食事している人をみると、素敵だなあ。と思うし、反面、猫背で本を読み、だらだらと食べる人をみると、あれだけはやらないでおこう・・と
思います。この日も、わたしの後に近くに座った女性が、綺麗に座って、すずしい顔で綺麗にサラダを食べていました。

一人でも、綺麗に座って、綺麗に食事できる人になりたいな・・と思います。



小さなマーケットでカラフルなガラスのお店がありました。



中にキャンドルをいれると綺麗でしょうね




小さいですが、店番がんばってます。


素敵なブルーのワンピースを着ていて、かわいい少女だなあと思いました。
しかし、子供が店番していいのかしらん・・ベルギー。

隣の国なんだけど、まったく違う文化で、州の半分はオランダ語圏、あと一つの州はフランス語、首都であるブリュッセルはオランダ語とフランス語が共通言語のはずなのに、いろいろと
歴史がありまして、フランス語勢力が強いんです。


フランス語圏の国からの移民も多いことから、言語の人口比率がフランス語が強いんですね。。

こうやって時折、違うところにきて、静かにすごすのは、本当によい
気分転換です。

ちょっと行き詰まったら、隣の県でも街でもいいですので、ちょっと旅行気分でお出かけするのをお勧めします。
Posted at 06:36 | 旅行 | この記事の詳細

ブリュッセルの風景

2007-07-20 02:50:08

こちらが有名な、小便小僧です。






世界一の衣装もちさんらしく、近くには小僧さんの衣装を飾ってあるミュージアムもございます。衣装を着ているときもあれば、裸のときもあり、この日はブルーの衣装をきていました。
なにか意味があったのかもしれません。

ちなみに小僧さんは、金太郎の衣装もお持ちです。


そして、この小便小僧とはまったく違う場所になんと、小便小娘がいます。


それは

こちらです!










小僧はあんなにおしゃれさせてもらっているのに、小娘はこんな姿で・・・おしっこしているのだろう・・・

小便小僧は有名ですが、小娘のほうは洋服も着せてもらえず、こんな姿で、それも格子の中。

レストラン通りの脇にはいった行き止りに影の女のように、小娘は存在します。

ちなみに、こちらの小便小娘は、カップルでいって男性が彼女に浮気をしない誓いの場として
有名です



花売りのおじさん。





しぶいお顔っ。



通りでは、綺麗な音楽が流れていました。





木琴や鉄琴の音が大好きなので、しばし足を止めて聞き入ります。

チップを払うと二コリとおじさん




しばらく歩いて、目標だったこの場所、裁判所へとたどり着きました。

ここを訪れたのも10年ぶり。風景はほとんど変わりませんでした。



この裁判所の坂を上ると、ブリュッセルの町並みが綺麗にみることができます。

それを思い出して、裁判所の坂を目指しました。

変わらぬ風景とは、本当に気持ちが和むものです。

ああ、なにも変わってない・・とホッとしました。
Posted at 02:50 | 旅行 | この記事の詳細

自分の変化

2007-07-19 02:37:34

青空が広がったブリュッセル。
この日、オランダのほうはあまり天気がパッとしなかったそうで、脱出して
よかった・・と思いました。





ブリュッセルから戻って、次の日、友人と食事へ。
一人で、ベルギー行ってた、というと。よく一人でいけるね。といわれました。
まあ、友人にも二タイプいて、一年間、一人旅する人もいれば、一人で旅行にいきたくない人もおり、それぞれ。

一人になりたかった・・から。というと、「一人になりたくないとはよく思うけど、一人になりたいとは思わないなあ」といわれて、んんん。そうだねえ。とも思いました。


一人になるのが、怖い、一人になりたくない。昔のわたしもそうだったかもしれません。

自分の変化を感じる旅でした。


ブリュッセルでの二日間、必要最小限しか話していません。
服を買ったところのお店の人、ホテルの人、カフェの人。

聞こえてくる言葉はほとんどフランス語で、言っていることがわからない。

でも、その静けさがまた気持ちがいいのです。

10年前の私は、言葉がわからぬところにいくのが怖かったのです。
オランダ語もあまりわからぬ日々のストレスの中、今度は本当になにもわからぬフランス語圏に気軽に来ることすら、怖がる人間でした。

今、まったくわからぬ言語の中で、一人、歩いてみると、それが心地よいことに気がつきます。雑音がまったく耳にはいってこない。静けさ。






私もずいぶんと変わったものだなあ・・・とこの日、思ったものです。
10年前に訪れた、このブリュッセル南駅の朝市も、初めてきたときは、とても大きく感じたのだけど、今あるいてみると、特別巨大だ、とも思わず。

それだけ、余裕をもって歩いたり、物事を見ることができるようになったのかな・・と。

いつも何かを追いかけて、目標があれば、そちらばかりを見て、歩んできた後ろのほうを
見ることがなかったな・・とも。

なかなかがんばったじゃないか・。私も。お疲れ様・・。







早朝、ホテルを出て、散歩していると素敵なパンやさんがあったので、ここで
朝食をとりました。
カゴに盛られたクロワッサンと天然酵母パン、フレッシュオレンジジュースにカフェオレ。






噛めば噛むほど味がいい、天然酵母パンが大好きで、バターを薄くぬって、食べました。

卵もなにも頼まずに、パンとカフェオレとオレンジニュースのみ。

地味な朝ごはんだなあ・・と思うのですが、これでいいんです、わたしの人生。
たくさん並んで迷うホテルのブッフェよりも、数個のパンにカフェオレで。

全部食べ切れなかったので、紙ナプキンにつつんで、バックにいれました。

お店を一度でて、朝市へと向かった後、またこのパンやに戻って、クロワッサンやチョコレートクロワッサン、エクレアにレモンタルト、そして、朝食の際にでてきた、プレートを一枚購入して
オランダへと戻りました。

このプレートがかわいいなあーと思って、自分のお土産に買ったのです。

パンを食べるのが楽しくなりそうだし、焼いたお菓子を簡単に置くのにも便利そう・・。

おにぎりとかも置いてみようかな。
Posted at 02:37 | 旅行 | この記事の詳細

グランプラス

2007-07-18 03:38:57
22時、日が暮れたグランブラスです。






この広場は有名で、夏場などは、一晩中、座って友達と話して夜を明かす人たちもおり。
この日もたくさんの人が座っていました。


ホテルで休んだ後に、日が暮れたころ、広場へいってみました。
ライトアップされた夜景を見ておこうとおもったのです。

10年前にベルギーに住んだころ、夏場のグランプラスは見たことがありませんでした。
当時、ブリュッセルより電車で1時間の街に住んでいて、電車代もあまり使えなかった頃、
夏場は美しい光のショーがあるというのに、それも見る、つまり楽しむ余裕がそのころの私にはありませんでした。

そして、その夏限定の光のショーのこともすっかりと忘れていました。

広場について、上を見上げていると、照明が消えて、周りの人がすわりはじめました。










本当に、照明が消えたその次の瞬間まで、昔、留学したころの記憶がほとんどなかったので
光のショーが始まることに気がつきませんでした。




フランス語の案内と共に音楽とそして光のショーが始まりました。


本当に忘れていて、やっと10年後、この広場で見れたことに、
有難う・・・と心の底から思いました。
涙が出てきそうでした。

10年前の私は、まったく余裕がなく、そのため、勉強も悪循環、気分転換をすることも罪のような生き方をしていたと思います。

音楽と光にあわせて、フランス語で語られる言葉、意味はわからないのだけど、それが
心地よくて、この瞬間、つらかったこともまた意味があったことだと思いました。


この10年の自分の経験から得たものは、やはり何事も一朝一夕では達成できないと
いうことでした。

もし、期間中に達成できない場合は、それが次の課題なのだと。



大変にきつい思いをしたことも、意味あることであったと、この晩、思ったのです。

いい10年だったと思いました。

勉強できてありがたかったし、素敵な人にも会えた。お金だけがすべてではない・・。



グランプラスの一角に有名な横たわるキリストの像があります。






キリストの足を触ると願いがかなうということで、この場所はいつも人だかりです。
10年前、わたしもキリストの足にさわり願い事をしました。数回、触らせてもらったと思います。


この日も多くのひとが、願いを込めて足を触っていました。


わたしはこの像をすこしはなれたところから眺めて、「これでいい」と思いました。

もう、お願い事はない・・と。


もう、十分に幸せな人生を送っています。




Posted at 03:38 | 旅行 | この記事の詳細

ブリュッセルの安宿

2007-07-17 06:01:02

ブリュッセルをふらふら歩いていると、小さなホテルに
素敵なリースが掛かっていました。




今回、ホテルを予約して思い出したのですが、ホテルから歩いて10分ほどの場所に数年前、一泊したことがあったのです。

それは冬の寒い日でした。
ブリュッセルを経由して、違う街で人と待ち合わせをしていたので、その前日に宿泊しました。当時、ホテルを贅沢するお金もなかったので、安宿を探して、泊まったのです。

そこは大通りから脇に入った車の通りの多い場所で、近くにはレストランや洋服やが立ち並ぶ場所。治安は良い、とはいえない場所でした。

古い建物が並ぶ通りで、やっとそれらしき住所を見つけ、ベルを鳴らすと、ドアを開けたのはヨボヨボのおじいさん・・・。
安いだけあって、すべてがボロボロで、おじいさんもかなりのヨボヨボ

部屋に入ると、道路側で、おじいさんに、わたしが車の音で眠れないことを伝えました。
するとおじいさんは、奥の広い部屋を空けてくれて、予約もないから、ここにどうぞ、とシングルの値段だったのに、ツインの部屋をあけてくれました。
シャワールームは共同、時間を決めて使用する、ユースホステルのような感じ。

寒くて、部屋はすこし暗めで、おじいさんはよぼよぼ、次の日が早いので、古いベットに丸くなって寝てしまいました。

次の朝、安宿ながら、朝食込みとのことで、下の食堂に降りていくと、宿泊客が数人、すでに朝食をとっていました。テーブルをみると、たぶん、スーパーで一番安売りしていたであろう、バケットを切ったもの、ジャムにコーヒー。安っぽいバター。

席につくと、おじいさんが「卵はほしいかね?」ときいてきたので、ハイ、、と返事をすると、よろよろと奥へと消えていきました。すると卵を割る音、しゃかしゃかとかき混ぜる音が聞こえて、その後にじゃ〜っとオムレツを焼く音がしました。

数分後、おじいさんはわたしのところへ焼きたてもオムレツを持ってきてくれました。
それは、卵ひとつに量を増やすためミルクを普通以上にいれて、伸ばして焼き上げたもの。

でも、おじいさんが、こんな安い宿なのに、一人、一人に卵を焼きに裏のキッチンに戻ってくれているのを知り、なんだか、心がほっとした気持ちになりました。

実は、この日、ある人に会うのが嬉しいような、ちょっと怖いような、他にも不安材料をかかえていたので、当時の私はなにか、ストレスのようなものがあったと思います。

安っぽいパンやオムレツをおなかいっぱいに食べて、「よし、今日もがんばんなさいよ」といわれているような、、そんな気になりました。

吐く息が白い早朝、乗り継ぎの電車に乗るために北駅へと出発する私はなんとなく
その日がいい日になるような気がしました。

あの、裏から聞こえてきた卵をまぜるおと、オムレツを焼く音が心地よくて。。

また聞きたい・・・。


今回、宿泊していたホテルから、歩いても10分くらいだから、おじいさんの安ホテルがあるか見に行きたくなりました。

その通りをずっと歩いてみました。
すると、もうおじいさんのホテルはありませんでした。

綺麗なレストラン付のモダンなホテルへと変身していて、たぶん売られてしまったのでしょう。

おじいさんは、たぶん死んでしまったのだと思います。

その場所を前に、あの卵を混ぜる音が懐かしくなり、すでにない、ホテルを懐かしく
思いました。


おじいさんは、多くのお金のない旅行者に毎朝、卵を焼く人生を送っていたのでしょう。

ありがとう、オムレツを焼いてくれて。

いつかは、なにもかも無くなるんだ。

おじいさんも、ホテルも。


そして、いつかわたしも。



宿泊先に歩いて戻っていると、その距離は数百メートル、星がひとつもついていないおじいさんの安宿と5つ星ホテルの距離は、たくさんの大事なことを思い出させる道、でした。


Posted at 06:01 | オランダ | この記事の詳細
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